エルネスト視点
私は公爵家の次男だ。そして、王子殿下たちとは親戚筋である。
そう、所詮王族というものだ。
父が先代国王の甥で、侯爵夫人が姪なのだそうだ。
その侯爵夫人は私の叔母さまで、私と第二王子であるアロイス様のことをとても可愛がってくれる。
なんでも、今は居ないお子様と同じ年なんだそうだ。
これは父に聞いた。
叔母さまは、私のことをたまにジルベールと間違えて呼ぶのだ。
エルネストだよ。というと、いつも悲しげに笑うので、私は言わないことにしている。
叔母さまはぼーっと遠くを見たり、突然泣き出したり、どこかに行こうとしたり、とてもお辛そうになるときがある。
アロイス様と一緒に、優しくて美しく儚いこの叔母さまを、私たちが守ってあげようといつも言っていた。
叔母さまに何があったの? と、私は父に聞いたけれど、まだ教えてはくれなかった。
もう少しあがきたいんだと、言っていた。
王族としての必要なことを覚えて、そしてたまに王子と遊ぶ。叔母さまに会う。
そんな日常を送っていたが、私は仕官養成学園に入ることが決まった。
そして入学した学園には、平民枠十名がいた。その中に、ジルベールという名の子がいたのだ。平民にも、その名前の子がいるのだな。などと考えつつ、私はたまに、ジルベールを見るようになった。
父に手紙を書いたときに、そのことにも少し触れた。
すると、長文の返事が返ってきたのには驚いた。
……なんと、ジルベールという名前を持つ平民を観察しつつ報告して欲しい。という返事だった。
まあ、たまに見て報告するくらいならいいか、と私は了承した。
ジルベールはいつもシリルと一緒にいる。シリルはとても小さな子だ。文官には結構小柄な子も多いが、なんといえばいいのだろうか? シリルは小柄なだけではなく、全体的に細いのだ。
私は調べてみた。
なるほど。シリルの出生届と共に、母親の死亡届が出されている……。これは痛ましい……。
それでジルは出身も一緒のようだし、守るようにいるのだな。
と、私は考えた。
そう、ジルは、まるで剣を捧げた騎士のように、そんなシリルに付き従っている。
しかもジルベールはシリルに近づこうとする奴がいると、こっそり威嚇するのだ。
そして、そんなジルにシリルは全く気がついていない。他全員は分かっているのに、シリルだけが気がついていない。これは気がつかないようにやっているジルが上手いのだろうか。
見ているとけっこう面白い。シリルは男だというのに小柄だし、守られている様子を見ると本当にお姫様のようだ。
そんな面白い二人と魔術の授業で一緒になった。
なんと王子も面白がっているらしい。
アロイス様も第二王子に手紙を書いていて、私が父にしていることと似たようなことをしていたらしかった。
思考が似ているのだろうか?
自己紹介が始まったとき、アロイス様はシリルに絡みだした。
あーー。話しかける隙を狙っていたな、これは。
ワタワタしているシリルは面白いけれど、こんな怯えている表情をさせて……全く。
と、ジルベールだけではなく、ガスパールとアレクサンドルまで庇いだした。
これは、アロイス様に火をつけたな……。
余計絡むようになるぞ。
ジルベールは水の適性なのか。平民なのに適性があるのも珍しいが、私たちと一緒の適性なのだな。
うん、これは父に報告しておこう。
ぶふぅ! シリルは本当に面白い。授業を聞いていなかったのだな……!
アロイス様が気に入るのも分かる。予想がつかないのが面白いのだろう。うん、分かる、私も気に入っているし。
回復の魔法は見事だった。
ジルベールを見ると、セルジュ殿に対して険しい顔をしているようだ。何かあったのだろうか?
ああ、嫉妬しているのか。
……しかし、ジルベールは男色家なのか? これはどう見てもシリルに惚れているようにしか見えないのだが、うーん。まあ、人の好みはそれぞれだしな……。
女性はいいものなのに。
やはり私が考えた通り、それからのアロイス様のシリルへの絡みっぷりったらなかった。
まるで女性にやるように、髪に触れ、頬に触れ、唇に触れ、首筋に触れる。そして、ジルベールやガスパール、アレクサンドルやセルジュ殿をおちょくるのだ。
私はいつも怯えているシリルを見てアロイス様を止める。全く、やりすぎなんだ。
その日は模擬戦が近づいてきたこともあり、稽古場で回復の授業をすることになった。
手分けして怪我を治してはいったが、まだまだ私たちの回復よりシリルの方が強い。段々顔色が悪くなってきている彼に私は心配になった。
案の定、休んでいればいいのに無理をして、倒れ掛かる。
全く、ジルベールに怖い顔で見られるのは私なのに。しかも私は男色家ではないのだ。
倒れこんだシリルを抱えて休憩場所に行こうとすると、落ちないように、と私の首に手を回してきた。
身体が密着する。
「……っ……!?」
これはっ!?
この軽さ、そして柔らかさ、胸の場所だけが硬い。これは何かを巻いているだろう?
ふわりと香る男とは違う甘い匂い……シリルは女性だ。……私は無意識に喉がなった。一瞬にして意識してしまい、急激に顔に血が集まってくる。
あああ、落ち着こう。
つい固まってしまうと、ジルベールが来ていたようだ。
うわっ。
これはまずい。視線だけで人が殺せるとしたら、こんな視線だろうという目で私を見ている。
シリル、シリル。早くジルベールに行ってくれ!
シリルが私に、ジルと間違ったと謝りながら、ジルの元に行く。私は顔を隠しながら、ほっとした。
一体なぜ、女性であるシリルが学園にいるのだ? いや、問題はそこではない。貴族名鑑には嫡男とあったはずだ。どうなっている? 調べる必要がありそうだ。父の協力も必要かもしれない……。もう少し様子見だ。
アロイス様が面白そうにジルベールと私を見ている。
これは……私の反応でシリルに疑惑でも持ってしまったのか……。
そしてアロイス様が珍しくみんなを夕食に誘っている。
これは、やはり何か気になっているようだな……。
風呂キター! シリルに断れないように仕向けてから、いそいそと準備に向かっている。
……シリルのことが心配だ。
見たいけれど、いやいや、何も想像はしてない。
あれっ?
これは、きちんと男性に見え…る? ……いや、これは、なんだろう?
と、アロイス様も不思議そうにシリルを見てるようだ。
お互いに目がおかしいわけではないことを確認してから、もう一度見てみる。
……これは、幻影魔法? 高度な魔法だった気がするけれど、どうだったか……。
と、何かに気付いたらしいジルベールが言い訳のように言った。
「先ほど、シリルは魔法の使いすぎで倒れそうになりました。その魔力が切れそうになった影響かもしれません。回復中の魔力がぶれて見えているのではないでしょうか?」
ぶれてみえているだと!? アロイス様も私もぶれているとは一言も言っていないはず。……これが見えるのは、ジルベールには王家の血筋が混じっているのではないか?
これは父に必ず報告することにした。
そして父たちが学園にこれるよう、アロイス様がシリルの言葉を聴いて一計を案じた。
かなり大々的になったが、楽しそうだしいいよな。
学園祭当日。
父と第二王子殿下と叔母が見学に来るそうだ。
ジルベールのことを少しでも教えられるように、シリルに聞いておこう。
……なぜかのろけのようなことを聞かせられた。
微妙に胸がキリキリする……おい、まさかな!?
と、またシリルが予想外のことを言い出した。アロイス様も楽しそうだ。
ああ、父たちが来たようだ。
シリルが恐ろしく緊張している。っと、危ないな。そんなに緊張しなくても取って食いやしないよ?
……と思ったけれど、シリルに触れた途端に食べそうになった。耳まで行ってた。私が危ない!
信頼している表情で私に頼ってくれるシリルに胸が弾む。
と、ジルベールの番のようだ。
シリルがぱっとうれしそうな顔になって、舞台を見る。
まただ、また胸がキリキリする……。これはどう考えても嫉妬じゃないのか!?
無理に決まっている。シリルはジルベールと相思相愛だろう?
もやもやと考えていると終わったようだった。ジルベールごめん見忘れた……。
沈黙に耐えかねたのか、シリルがそそくさとジルベールのところに行こうとしてる。
私だけに挨拶をしていくシリルに胸が苦しくなる。
と、セレスタン殿下が強くシリルを引っ張った。
なにしてるんだ!? 痛がってるだろう?
こんなに怯えさせて!!
つい、強い口調でセレスタン殿下を制してしまった。
あー、もう女性の腕に手の跡までつけて! しかも撫でた。なぜ触る。
セレスタン殿下は要注意人物だ。
……鼻血が出るかと思った……。シリルが私の後ろに小動物のように隠れながら、セレスタン殿下に言葉を返している。
ものすごくかわいい。頼られるということがこんなにうれしいなんて、思ってもいなかった。
それから全員でジルベールのところに行くことになった。
うれしそうにジルベールと話すシリルを見ているとムカムカしてくる。
やはりどう考えても嫉妬だろうこれは……。
はぁぁ、困ったな。
と、
叔母さまがジルベールのピアスを確認したようだ。
私は父から教えられていたから分かっていたが、シリルは驚いたのだろう。
つい、押さえるように腰に手を回して、引き寄せてしまった。
ジルベールの視線が厳しい。
違うんだ。
さっきセレスタン殿下から強く引っ張られて怖い思いをさせたから、違うところを持とうと思ったらこうなった。……いや、違う。触れたかったんだ。
赤くなってくれるシリルが愛しい。
腕の中で動き出したシリルに、もう少し待って欲しくて宥めるように髪を撫でた。
手が勝手に動く……首筋までいくと一瞬シリルの吐息が熱くなった。潤んだ目、赤らんだ頬、熱い吐息。
やばい、この顔は反則だ。……落ち着け。
シリルから離れないと何かしてしまいそうだ。……理性はそう言っているのに、本能が離れたくなくてわざわざ彼女の耳元で囁いた。
俯いたシリルから今度こそ身体を話して息を吐く。
これでは、セレスタン殿下どころではない、私が要注意人物だ。
ジルベールのことを父が話しているのを聞きながら、気分を落ち着かせて私はジルベールを見た。
……この顔はさっきのことを見ていたのか? 叔母に抱きしめられていて見えていないと思っていた。誤算だった!
思いっきり敵認定されている。
私とジルベールは従兄弟なんだが、仲良く……は無理そうだ。
手を出さないなんて無理だ。
側にいるんだ、触れたくて触れたくておかしくなりそうだ。
ジルベールは叔母に連れられて少し学園を休演するそうだ。
シリルはそれを知らない。
その日は大丈夫かと思っていたが、泣いていた。
私ではだめか? 宥めるように髪を撫でる。
いや、ジルベールがいない間だけでも、私を見てもらえるように、側にいよう。
何日かしても、シリルはいつも誰かを探すような目をしている。
できるだけ側にはいるが、なんとかならないものだろうか。




