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ジルを離さない侯爵夫人ではなく、公爵様がお話してくれるようでした。
十年前に南の国としていた戦争が終わったこと。
終わったといっても勝ち負けではなく、休戦となっていること。
その捕虜の処遇を巡って貴族内部でも対立があったこと。
そして九年前、甥である、四歳だったジルベールが攫われたこと。ジルベール以外は殺されていたため、貴族なのか他国なのか、なんの目撃証言もなく探せなかったこと。
対立していた貴族は全員調べたが、ジルベールはいなかったこと。
そのうちに南の国から捕虜全員の変換とジルベールの交換の密書が届いたこと。
……しかし貴族の抗戦派が、捕虜の何人かをすでに殺してしまっていたこと。
それらの諸々の決め事をしているうちに、南の国からジルベールを殺したという文書が届いたこと。
絶望で侯爵夫人が病に倒れたこと。
どうしても諦められず、信じられず、南の国に行って密かに探していたこと。
まさか北にいるとは思いもしなかったこと。
そろそろ忘れなければと思っていた頃に、息子の手紙に、学園の友人だという平民枠に入ったジルベールという名前を見たこと。
その子が孤児だということ。
そしてピアスをしていること。
ピアスの形状が、我々王族の隠している状態のものに似ていること。
玩具のように見えるが、割ると中から王家の紋章が書いてある生まれつきの宝石が出てくること。
我々と同じ魔法の適性を持っていること。
本物のジルベールなのではないのか? と考えたこと。
それでも、希望を見せてしまうと、間違ったときに妹がまた絶望から出て来れなくなる。そう思い、慎重に調べていたこと。
逐一息子にあったことを報告させていたこと。
一緒に風呂に入ったこと。
あざがあると言ったはずのもう一人の友人にあざがなかったこと。
そしてその友人に幻影魔法が掛けられていたこと。
王家の血筋には、精神に作用する魔法が効かないように血に刻まれていること。
幻影は精神作用ではないはずだけど、血のせいで王家には効きづらいこと。
王子と息子がおかしく見えると言っただけで、ジルベールがおかしい=ぶれているとなぜわかったのか謎だ。と息子が書いてきたこと。
ジルベールには王家の血が混じっているのではないのか? と息子に聞かれたこと。
もう確定だと思った。
ただ、最終確認をしてから妹に言おうと思っていたこと。
ちょうど模擬大会もあるし、本人を見に来ようと思ったこと。
ジルベールが模擬戦に出てきたときから妹が動かなくなったこと。
などなど……。
公爵様は、淡々と事実をジルや王子、わたしに説明してくれました。
信じられないのか、信じたくないのか、うれしいのか、うれしくないのか、よくわからない気持ちが湧き上がりました。
このまま一度、侯爵家に行ったり、王様に会いに行ったりするそうです。
……ジルはこのまま王族になってしまうのでしょうか?
クラスの仕事に行く前に、わたしは部屋に戻り父に手紙を書きました。
ジルのこと、わたしの不思議な気持ち。
このまま学園にいてもいいのかどうか。
それを出してから、ふわふわしたよくわからない感情のまま、クラスの仕事をしに、学食に向かいました。
何も問題がなかったので、たぶん応対も大丈夫だったのだと思います。
あまり覚えていないのです。
エルネスト様と王子がなにこれとわたしのお世話をしてくれているようでした。
まるでジルみたいですね。
なんて考えていたら泣いていたようでした。
わたしはなぜ泣いているのでしょう?
エルネスト様が心配そうにわたしの頭を撫でてくれたのを覚えております。
部屋に行くとジルの荷物があるのです。が、ジルがいないです。
このまま戻ってこないのでしょうか?
何日かしましたが、まだジルは戻ってきません。
わたしはエルネスト様と王子とセルジュさんとよくいます。
ガスパール様とアレクサンドル様も、側にいてくれるようです。
お風呂の見張りはセルジュさんにお願いしました。
なんとか日常生活は送れております。
でもジルがいないのです。
エルネスト様の側にいると、なんとなく安心します。ジルに似ているのかもしれません。
父から手紙が来ました。
父の手紙には神父さんからの手紙が一緒に入ってきました。
父が言うには、神父さんから、もしわたしがいなくなってからジルやシリルから何か聞かれたときは、この手紙を渡してください。と言われていたそうです。
聞いていなかったけれど、わたしたちが学園に入り少しした頃から神父さんはいなくなったとのことでした。
父からの手紙には、こう書いてありました。
ジルが侯爵の御曹司だったのには驚きだけれど、でも、ジルをずっと探してた人からしたら、やっと見つけることが出来て本当に良かったと父さんは思う。
シリルはいつも一緒だったジルがいなくて寂しいだろうけど、ジルとシリルの繋がりはなくなるわけではないよ。
心配しなくても、大丈夫だと父さんは思う。
気持ちを強く持ちなさい。
ジルのお嫁さんになれるように、もっと勉強をがんばりなさい。侯爵夫人になるのだとしたら、幼馴染というだけではなれないかもしれない。もっと自分を磨くんだよ。
と、書いてありました。
ジルのお嫁さん?と考えていると、カァッと顔が熱くなっているのがわかりました。
これは、なんなのでしょうか?
そして、神父さんからのお手紙です。
神父さんは、戦争をしていた南の国の情報部の方だったようです。
そして彼には、戦争で捕まった、結婚を約束してた子がいたようでした。
ジルを誘拐したのは自分だと書いてありました。
ジルでなくても王族の血を引く子供なら誰でもよかったとも。
そして、王族の子を誘拐して人質に取り、戦争時に捕虜になった者たちと交換してもらおうとしたらしいです。
しかし、その婚約者の子は戻ってこなかったと。死んだのかも何もわからなかったと。
だから、南の国に行くように見せかけて、この国に残って調べることにしたのだと。
人質のジルは自分の命の保険として手元に置こうと思ったようです。
そのときに、うちの領地に孤児院を新たに作ると聞いて、ぐるっと遠回りをして北にあるここに来たとのことでした。
南にいったと見せかけていたので、好都合だったらしいです。
神父様はジルが入学するときに、こっそり王都まで来ていたとのことでした。そしてそこには、ずっと探してた婚約者が子連れで居たそうです。
そのとき彼は、
どういうことだ?
この国にいるということは裏切ったのか?
と思ったとのことです。
そして姿を見せてみるけれど、何の反応もされず、名前を呼んでも何も覚えていないようだったそうです。
それからは、調べに調べたようです。
やっと分かったことは、彼女は拷問か何かをされ心が壊れ、記憶をなくしたらしいということでした。
そして、その拷問に反対していた騎士が、罪滅ぼしもあったのだろうけれど、世話をしているうちに離れがたくなり結婚したらしいと。
それが、侯爵家の騎士、フェルディナンだと知ったこと。
面白いな。すべてが繋がっていると思ったこと。
そして、俺はもうここにいる必要もなくなったと分かったこと。
何より、命の保険として手元に置いておいたジルベールを殺すことは、もう俺には無理なのはわかっているということ。
だから、国に戻ると。
今まで騙してきてすまない。
ただ、次の戦争のときには敵になるつもりだ。
出来るだけ、戦争にならないようにジルベールが頑張れ。
という言葉で締め括られておりました。
わたしは神父様が違う国の人だとしても、騙していたのだとしても、それでも、いい思い出しか出てきません。
……でも、この手紙はジルや侯爵家の方に見せるべきだと考えました。
ジルに早く渡してもらうために、エルネスト様にお願いしたいと思います。




