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それから、一年間、ほぼ毎日が勉強漬けでした。
……たまに、余りのストレスで逃げ出して……だって神父様が厳しいの。
池に落ちかけたところをジルが助けてくれたり。……そのまま泳いで遊んだり--でも、この時は少し神父様に怒られた。
--「こんなに綺麗なピンクブロンドの髪に、池のコケなどつけてはいけませんよ? それにもう涼しいのですから、風邪をひいてしまいます。ジルも、気をつけてください。いいですね?」
あとは、りんごを見つけて木に登ってそのまま遊んだり、降りられなくなってジルに呼ばれた神父さんに助けてもらったり。
--「あー。もう。木登りは禁止です。せっかくの白い肌が擦り傷だらけではないですか。ジルも、甘やかさないでダメなときはダメときちんと言いなさい。」
雪が降って珍しく積もってたからみんなで雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり。
--「ああ、鼻の頭が真っ赤ではないですか、それに手も! かわいらしい手がしもやけになってしまうといけません。早く帰りますよ?」
……あれ?遊んでばかり……それにいつも怒られていたなー。って、あれっ?
……。勉強漬けの日々でしたっ!
そして、一番驚いたのが入学金のことでした。なんと父上が、貯めていてくださったのです!あの、父上がっ! わたしは父上を見直しました。これで、わたしが貯めておいたお金は--実際少し足りなくて、牛乳配達や新聞配達のお仕事しようかと思ったいたところです。--父上にお渡しして、領地のために使えるはずです。
え? これも持って行けですって!? どうしたのです?父上っ。必要があるかもしれないから持って行きなさい。と言われてしまいました。僕たちは大丈夫だから。と。
わたしはありがたく、使わせていただくことにしました。ありがとう、父上。
そして入学の日。
わたしとジルの二人は、乗合馬車に乗って仕官学園まで来ました。
ええ、ジルは平民枠に受かったのです! さすが過ぎます。
着替えや荷物を自分たちで持ってくるのはとても大変でしたが、わたしは入学するまで勉強ばかりで、農作業のお手伝いもできていませんでした。ちょうど時期でもありますし、父上も領地のみんなもとても忙しそうだったので、ジルもいるし、わたしたちだけで来れるから大丈夫と言ったのです。
父上はとても心配そうな目でわたしを見ましたが、ジルに、シリルを頼んだよ。と言って見送ってくれました。
学園に着くと、わたしとジルは学園寮にまずは荷物を置きに行きました。
最初の大広間のところには部屋割りとクラス割の名簿が貼ってありました。わたしはジルの手を引き、慌ててたくさんの人が見ている、その名簿の前にいきました。
部屋割りは身分順のようでした。
って、身分順だとジルと一緒にいれないんじゃない!? と青くなったわたしは、ついジルの袖をつかんでしまいました。
ジルはわたしよりも早く部屋割りを見ていたようで、安心させるようにわたしの手をぽんぽんと叩くと、
「大丈夫、シリル。俺たちは一緒だ。出身地が一緒だから、変えてくれていたようだ。俺も安心した。」
と言ってくれました。
わたしもほっとして、
「ジルと一緒でよかった。これからよろしくね。」
と笑顔になりました。
他の方々は、奥の部屋から身分順--王族の方や、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家の貴族の方々、それから平民の部屋割り--に、なっているようですね。はぁ、王族の方なんて見たことがありません。あの税金を安くしてくれた王様のご親戚の方々ですよねー!? 良い方ばかりだといいのですが……。え?いいえ、話しかけるなんて滅相もございませんっ。そんな恐れ多い!
え、わたしのお部屋? わたしはジルと一緒ですし、貧乏貴族ですので男爵家の方の次のお部屋になっているようでした。別にどこでも構いませんのですけどねぇ。
そしてクラス割りは、成績順のようでした。
成績ぃぃぃ!?
「ちょっと待って! 行かないでジル! やだやだやだ、わたし一人だとやだ。ジル頭いいから一人になるかも、見るの怖い。」
ついそう言ってジルに縋ってしまいました。
ジルは困ったように一瞬わたしを見て、
「ほら、シリル。僕って言わないとダメだろう? それに多分、王族とか身分の高い人たちと、平民を一緒にはしないと思うから。そこらへんは考えてあると思うよ。大丈夫、行ってみよう?」
とこそっと注意してから宥めてくれました。
そうでした。わたしは人前では僕と言うことにしたのでした。すっかり忘れていました。それに……うん、王族と平民はやはり別々なのでしょうか!? やっぱりジルは頭いいな。
と思ったその時、後ろから声が聞こえてきました。
「女みたいなやつだな。見るのが怖いなんて! ははっ。それに小さいし細いな。……ちゃんと食べてるのか?」
ギクッとしたわたしは仕方がないですよね!? つい振り返ってしまってその声の主を見ると、その子は、赤い炎のような髪をした、わたしよりもかなり大きく、ジルよりも少し大きい、子供のくせに鋭い薄い青い目をしている、少し怖い感じの子でした。
うわー大きいな。本当に同い年なのかなー?なんて思ってしまい目を見開いていると、その子が言いました。
「へぇ。金髪に緑の目か。見た目も女の子みたいだな。お前そんな小さくて細かったら、良い武官になれないぞ? ……ちゃんと食べれるときに食べないとダメなんだぞ?」
その子は武官志望のようで、なぜかお兄ちゃんのような口調でわたしにそう言ってきました。
「……わたっ僕は、武官志望ではなく文官志望なので、そ、それに早生まれなので小さいのですっ。大丈夫ですっ。ご飯は、これからちゃんと食べるから大きくなりますっ!」
と言うと、ははは。そうか、だとしたらクラスが違うな。文官志望のクラスはあっちに貼ってあるぞ。と逆側を指差しながら教えてくれました。
なるほどっ。志望でクラスも違うのかー。そりゃそうだね。それで、小さくて細いや、ちゃんと食べろ的なことを言ったのかー。とわたしは納得して、
「ご丁寧にありがとうございましたっ!」
と笑顔でお礼を言い、ジルを引っ張って行こうとしました。と、わたしをポカンと見ていたその子が、おっおい!? と呼び止めてきました。
まだ何か?と思って見ると、なぜか頬を少し赤くして、
「ク…クラスは違うけど、寮はみんな一緒なんだ。俺は貴族側だし、何かあったら頼っていいからな。俺はガスパール。ガスパール=フォン=ディノワールだ。」
「……? ディノワール? っ……これは、ご無礼を……。大変、失礼致しました。わたし、じゃない私は、シリル=フォン=クレティアンと申します。色々と教えて頂きありがとうございました。っで、では、御前失礼致します。」
……やっば、ディノワール家と言えば、旧貴族でもある伯爵家じゃない!?
と急いで立ち去ろうとすると、今度は手を捕まれた。ひぃっ!なんか無礼でもあったかな……?
ついついビクッとして恐る恐る見上げると、ガスパール様は首を振っていた。
「違うっ。怒っているんじゃない。……俺は三男だし、すぐディノワールの名は無くなるだろう。さっきのように普通でいい。……普通にして欲しい。大丈夫だから。……家名なんて言わなきゃよかった。」
と、少し落ち込み気味に言った最後のその言葉に、ついクスッと笑ってしまった。貴族側だから、と言ってしまった手前、言わないと。と思ったのかな。真面目さんだ。
でもジルに対してのようにはいかないから、やはり敬語は仕方ないよね。
「……わかりました。ありがとうございます。ガスパール様。何かあったら頼らせて頂きますね。……じゃあ、また?」
と、んーまた。でいいのかな? と、少し思い首を傾げながら言うと、ガスパール様はうれしそうに笑顔になった。
ジルと一緒に逆の名簿を見に来る。
と、ジルが聞いてきた。
「シリル、さっきの人の家って、そんなにエライの?」
えー。えへへ。ジルにわたしが教えられることはあんまりないから、ちょっとうれしい。
うん、えっとね、旧貴族と新貴族というのがあってね。旧貴族というのは、昔からの長い歴史のある貴族のことで、新貴族はそのままね。新しく貴族になった人たちのこと。そして、ディノワール家は、旧貴族の伯爵家だから、伯爵家の中でも一番権力のあるお家のはず? ん、たしかね。 間違ってると悪いから、というか、父上に聞いたんだからね? ほんとに知りたいなら後で調べないといけないよ? と念のためつけたしておいた。
でね、旧貴族派と新貴族派が今はあるみたいだけど、わたしはよくわからないな。
と、ジルがシリルの家は?旧貴族?新貴族?と聞いてきた。
あ、わたしの家系は貧乏だけど一応旧貴族なの。歴史だけはあるみたい。
どこかの侯爵か伯爵の副官をしてたご先祖様が、引退するときにご褒美として爵位と領地を貰ったんだって。血は古いみたいだよー。
ジルが興味なさそうに、ふーん。と言ってた。
むむっ。興味ないなら聞かなくてもいいのにっ。
そして二人でクラス名簿を見た。
ジルの言った通りで、名簿には貴族たちの名前がたくさんあるクラス--二十名程の名前--と、もうひとつのクラス--貴族十名程と苗字のない平民の方々十名の名前があった。
わたしはジルと一緒の平民クラスのようだった。よかった!!
こっちの貴族は子爵や男爵が多くて、あとは新貴族の人たちかな?がいるみたい。新貴族の方のお名前は、まだ覚えられてないんだよね。
もうひとつのクラスは、王族とか侯爵伯爵系、子爵も男爵もいるけど、これはあれだ。貧乏貴族ではなくて旧貴族の方々な感じだなー。
こんなところでも、旧貴族派、新貴族派ができちゃうのかもなー?
わたしは旧貴族だけど貧乏だからなぁ。
なんて思いながらジルと手を繋ぐ。
「ジル、もうすぐ式が始まるから行こう?」
わたしとジルは、できるだけ綺麗な服を選んで着てきたのですが、周りにはなんていうか……キラキラしい格好の方々ばかりで、わたしはもう怖いだけです。
平民のみんなと一緒だから、あんまり目立たなかったけど、入学金払っただけで服なんて綺麗なのなかったしなー。うーん、まあ、みんな男の子だからあんまり考えないんだろうな。うん、大丈夫。
すこーし悲しくなりながらも、順調に式も終わりました。
さて、今日から新しい毎日を過ごしますよ!