11
授業での王子はいつもわたしに絡んできます。
なぜなのでしょう?
わたしはこの頃は王子を前のように見れなくなりました。というか、王子はアレクサンドル様よりも皮肉屋で、怖いときがあるのです。きっと、命令慣れしているのではないかと思います。
スキンシップも多いです。
ガスパールが面白い顔をするから。などと言いながら、よくわたしを触ってきます。
そういうときは王子はとてもニヤニヤしています。
あっ、いや、触るというか、髪に触れ、頬に触れ、唇に触れ、首筋に触れる。その程度ですよ!?
わたしの反応がおかしいのでしょうか?
わたしが困っていると、ジルとガスパール様とアレクサンドル様とセルジュさんがやんわりと庇いに来てくれます。
それを見ては楽しそうに笑っているので、みんなをからかっておいでなのだと思います。
そしてエルネスト様に窘められては少し反省しているようでした。
模擬大会のためなのでしょうか? この頃の稽古は、みなさん鬼気迫る感じです。
そう、怪我も多くなります。
必然的にわたしの出番も多くなります。
ジルも回復はできるはずなのですが、ジルよりも王子とエルネスト様の回復を覚えさせるのが先なのだそうです。
王子とエルネスト様も水適性なので、セルジュさんが言ったのでした。
でもまだお二人は弱い回復しかできないので、わたしがメインで回復することになります。
うーん、多分もうすぐ限界が来ると思うのですが、どうしましょう。
怪我が多いのでもう少し頑張ってみましょう。
あれから何人かヒールをしました。……さすがに気持ちが悪いです。
エルネスト様が、休んでいてもいいよとご親切に言ってくださいました。
お言葉に甘えましょうか。
と、また誰かが怪我をしたようです。この方は王子とエルネスト様にお任せしてしまいましょう。
ああ、王子がわたしを呼んでいます。まさか、王子とエルネスト様だと手に負えない怪我だったのでしょうか?
わたしも、もう一発くらいならヒールできそうですし、この方が終わったら休ませてもらいましょう。
ヒールが終わった瞬間、わたしはグラリと倒れ掛かってしまいました。
「シリルっ!?」
という、声がしました。これはジルかしら。
ああ、抱き上げられているようです。この香りはジルかな? 少し汗でいつもと違うようですが、ああ、ジルが来てくれたようです。
わたしは落ちないように、ジルの首に手を回しました。
「……っ……!?」
なぜかジルが息を呑んだようです。あら? なんかいつもと違って手つきがぎこちないような……?
と、側から「シリル、こっちにおいで。」とジルの声がしました。
あれ? 側から?
えっ!? じゃあ、今抱いてくださっているのはジルじゃないの?
わたしはぼんやりとした頭を振りながら、目を開けました。
「っっ!?」
目の前には、なぜか真っ赤になって固まっているエルネスト様がいらっしゃいました。
まさか! わたしはジルと間違ってしまったようです。
「……もっ申し訳、ありません。エルネスト様。……あの、ジルだと、思って……。」
エルネスト様もコクコクと頷いていらっしゃいます。
ご機嫌を損ねてはいないようで、本当によかったです……。
「うん、わかってる。いいからシリルこっちにおいで。」
ジルが硬い声のままでわたしに手を伸ばしています。
わたしはエルネスト様に降ろしてもらって、ジルの肩を借りました。
王子が皮肉げに言いました。
「もっと魔力を増やさないとダメだな。きちんと食事を取らないからだ。」
あら、これは、皮肉だけではなく、心配してくださっているのかしら?
エルネスト様はまだ赤い顔をして、なぜか顔を背けて口を隠しています。
お礼を言わないと……。
「あの、エルネスト様、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。介抱しようとして頂きありがとうございました。少し休めば大丈夫ですので、ちょっと休憩してまいります。」
ジルと一緒に窓際に行きます。
ジルの機嫌がかなり悪いようです。間違っちゃったのが悪かったのでしょうか? それとも、限界まで魔力を使ってしまったのが悪かったのでしょうか?
「あの、ジル。ありがとう。……ごめんね。」
はぁ。とため息をついてから、
「いや、今回は仕方がないとは思う。けが人が多すぎだ。みんな回復がいつもより多いと思って真剣にやりすぎたんだ。シリルは悪くないよ。セルジュも注意しなかっただろう? ただ、次からは気をつけてくれ。限界が近かったら言わないとダメだ。」
わたしは、はい! と返事をしながら、魔力を増やすためにはもっとご飯食べないといけないのかなーと考えていた。
稽古も終わり、夕食になるころ、ジルとわたしは王子に呼ばれました。
今日はこちらで夕食を頂くようです。エルネスト様もガスパール様もアレクサンドル様もセルジュさんもフィルマン様もユーグ様もいます。
なんでも、魔力が増えやすい食事をするとのことでした。
そんな食事があるとは!
わたしも頑張って食べないと!
??
どれがそうなのでしょう? 普通の食事と変わらないような気がするのですが。
どれが魔力を増やす食事なのですか? と聞くと、王子が笑い出しました。
「そんなものあるわけがないだろう? さっき言ったことは冗談だ。シリルは素直にききすぎるんだ。もっと人を疑うことを覚えろ。」
なんだ、なかったのか。なーんだ。
せっかく一生懸命に食べてたのに!
「でも、そう言ったから、お前はきちんと食事をしたであろう? いつもは量が少ないようだったからな。こうでも言っておけばもう少し食べるだろう。」
……まあ!! 王子はわたしの食べる量を少ないと思っていたから、あんな冗談を言って食べさせようとしてくれたということでしょうか?
驚きました。
「ありがとうございます。たしかに今日は、いつもより食が進んだ気がします。」
王子はふわりと微笑んで、よかったな。と言ってくれました。
ほわぁ……! 今の笑顔は不意打ちですっ!!
わたしは赤くなっていないでしょうか?
そして王子はこういいました。
「では、魔術組みで風呂に入るぞ。今日はみな頑張ったから、王子特権の一番風呂に入らせてやる。」
えっ!?
えええええええええ!!
ど、ど、どうしましょう!?
わたしはぶんぶんと勢いよく首を左右に振りました。髪が自分の顔をぺしぺし叩くが、それでもまだぶんぶんし続けます。
「あ、あざが身体中にあるので、ぼ、僕はご遠慮します。」
と慌てて断ったのですが、
「あざがあるくらい、なんでもない。それともなんだ? お前は私がそんなに狭量だと思っているのか?」
「いいえ、そんなことは全く思っておりません。」
「では、いいな。準備してこい。」
みんな準備に向かったようです。
わたしたちも部屋に向かいます。
どうしましょうジル。わたしはここでこの生活はおわりなのでしょうか?
ジルも難しい顔で悩んでいるようです。
「どうしましょうジル。……タオルを何枚も重ねて入ってみるのはどうでしょう? もし見つかったら、潔く退校します……。」
「ここまで来て断るのは無理だろうな……。何か疑われるのは確実だ。……サラシも巻いた状態で、タオルも何枚も重ねてやってみよう。俺の側からは離れるなよ? シリル。」
ジルと作戦会議をしながら準備します。
と、ドアをノックする音が聞こえました。
ジルが警戒しながら扉を開けました。
そこにはセルジュさんが立っていました。
そして、少し焦った感じでわたしを見て、
「ちょっといいか。俺ならなんとかできるはずだ。部屋に入れてくれ。」
と言いました。何のことでしょうか?
ジルはものすごく嫌がりましたが、わたしはどうぞ、と入ってもらいました。
と、セルジュさんが
「単刀直入に言うぞ。俺はシリルが女性だということを知っている。」
「えっっ!???」
「ああ、すまなかった。あの、魔力の交換をしたときに分かったんだ。身体がくっついたからな。あんなに柔らかい男はいない。
なぜシリルが男の振りをしてまでここにいるのかは知らないし、……今はそれはいい。風呂の件の方が先だ。
俺は、幻影魔法が使える。俺の適性は闇なんだ。それを掛けてやる。風呂の間くらいは間に合うはずだ。」
セルジュさんにばれていたのは驚いたけれど、隠していてもらったのは本当にありがたかった。
今回の件も、わざわざ来てくれて協力してくださるようですし……セルジュさんには頭が上がりませんね。
そしてわたしは魔法かけてもらうことになりました。
きちんとかかっているかは、ジルに見てもらいます。
ジルったら恐ろしく緊張しているようです。わたしがトイレで服を脱いでジルを呼んだときなんか、珍しく声が裏返っておりました。
「っ……、ああ、大丈夫だ。男に見える。はぁぁ……。こんなに心臓に悪いのはもう勘弁してくれ……。ん? あれ? なんかシリルがぶれるように見えるが? これは大丈夫なのか? セルジュ、男には見えるが、シリルが少しおかしい。これは、魔力のせいか?」
「おかしい? いや、大丈夫なはずだが。うん、男にしかみえないだろう? これに念のためタオルを重ねればいいのではないか?」
ひょいと着替えを覗かれ一瞬びくう!としたわたしでしたが、ジルにおかしいと言われたので魔法がかかっているか確認したのですね。
そしてお風呂に行くことになりました。
びくびくしながらタオルを重ねて入ります。
ジルの隣の端っこで身体を洗ってから湯船に入ります。マナー的には本当に申し訳ないのですが、タオルを巻いたままにさせてもらいます。
王子とエルネスト様に、なぜかじろじろ見られていて気が気ではありません。
と、王子とエルネスト様がわたしを見ていいました。
「私の目がおかしいのだろうか? エルネスト?」
「いいえ、わたしの目にもそう映っております。」
ひぃぃ! なんのことを言っているのでしょう? セルジュさんを見ると、大丈夫というように頷いていますから、魔法はかかっているのでしょう。
ではなにが?
と、ジルが言い訳してくれました。
「先ほど、シリルは魔法の使いすぎで倒れそうになりました。その魔力が切れそうになった影響かもしれません。回復中の魔力がぶれて見えているのではないでしょうか?」
王子とエルネスト様は、今度はジルをまじまじと見ております。
なにがあったのでしょう?
王子は顎に指を置き、エルネスト様を見たりジルを見たりわたしを見たりしながら、何かを考えているご様子です。
しかし、わたしはもう上がりたいです。
ジルの腕を引っ張って、一番風呂のお礼を王子に言ってから、上がる旨を言います。
ジルも頷いてくれたので、できるだけ離れた場所から上がることができました。
今日のお風呂は本当に疲れました。
セルジュさんには本当に感謝です。




