ガスパール視点 アレクサンドル視点 1
----ガスパール視点
クラス名簿を見に行ったときに目に入ったのが初めての出会いだった。
最初の印象は、小さくて細い。これだけだった。
これが平民枠で受かった奴か。そういえばアレクが言ってたな。
俺はそう思っただけだった。
それが、「見るのが怖い。」などと騒いでいるのを聞いて、女みたいだなと思ったんだ。
そして振り返ったそいつを見て、つい心配になった。
こんな白い首なんかすぐに折れそうだ。……これは気をつけて見ていないと危険ではないのか? 武官志望のあいつらにぶつかって吹き飛ばされでもしたら……。当たり所が悪く死亡なんてことも……!?
いや、だめだだめだ。しかし、それがありえそうなくらい細いところがやはり怖い。
きちんと食事は取っているのか? 良い武官になるには、例え稽古で具合が悪くても、食べれるときに食べておかないと大きくならないんだぞ?
余計なお世話だろうなと思いながらも、俺は自分の口が止められなかった。
すると、武官志望ではなく、文官志望とのことだった。名簿の見る場所を間違えたようだった。
なるほど、文官か。それなら、このくらい小さくて細い子もいるな。しかも早産まれのようだし、俺とは学年は一緒だが、ほぼ一つ違う。
教えてやると、そいつは綺麗な笑顔でお礼を言われた。
俺は驚いた。
こんなにも周りがパッと明るくなるような笑顔をみたのは初めてだった。
なぜかは知らないが、引き止めて自己紹介をしていた。
平民なら、貴族の助けもあったほうがいいかと思い、家名も出した。
俺の家名を聞いた途端に、硬い表情をして畏まった礼をしたそいつは、家名もある貴族だった。俺も聞いたことのある旧貴族だ。
一瞬怯えた顔をして急いで逃げようとしたのだろうか?
自分でもなぜか分からないが、俺はその表情と態度に胸が引き裂かれるかと思った。
気が付いたら手を掴んでいた。
掴んだらもっとそいつ--シリル--の細さが分かった。
やはりあまり食べれていないのだろうか? クレティアン家といえば、優秀な血筋だったはずだが、領主経営が上手くいっていないのだろうか?
掴んだことで不興を買ったと思ったのか、シリルはビクッとし、恐る恐る俺を見る。
俺はまるで、自分が小動物をいじめたかのような気持ちになって焦ってしまった。
俺は必死に、怒っているのではないことと、俺を敬う必要はない。普通にしてて欲しいことを説明する。……家名を言わなきゃよかった、と、心の底から後悔したのは初めてかもしれない。
しかし、分かってくれたのだろうか、シリルは俺に「じゃあ、また。」と言ってくれた。
俺はうれしかった。
あのときのような笑顔がまた見たいと思ったのだ。
それなりに時間がたっているが、俺はどうしても視線がシリルを追うようだった。
食事の時間になると、知らず知らずのうちに探してしまうのだ。
そのうちに、シリルの隣に居るジルベールという奴がいつもシリルに食事を運んでいることに気が付いた。
なぜ、平民から食事を貰っているのだろうか?
……しかし、見ていると、シリルはやはり食が細いようだ。持って来る食事もほとんど食べていない。
やはり食べないからあんなに細いのだな? いくら文官とはいえ、あれでは仕事も大変になるだろう。俺はそう考えた。
せっかく持ってくるのだから、好きなものを持って来てやれば食べるのだろうに。なにをやっているのだジルベールは。
俺はイライラするようになってきた。
シリルは他の貴族たちが食べているデザートに目を奪われることがあるようだ。
違う! ジルベール。シリルはデザートが食べたいのではないか? ほら、残したではないか。
ああ、もう見ていられない。
俺は、デザートや果物をシリルに持っていくようになった。
俺が持っていくものはよく食べるんだ。
しかも、隠しているのか分からないが、顔が綻んではピクピクしたり、でもやはり美味しいのかほっこりしたりしている。
俺はその表情がうれしくてうれしくて、また持っていってしまうのだ。
そして俺はついついドヤ顔でジルベールを見てしまう。ほら、シリルが欲しいのはデザートではないか?
十三になるころ、俺は悩みだした。
誰にもいえないが……、俺はもしかして男色家なのだろうか……?
いつもシリルを見てしまう。
それどころか、一度家に帰ったとき、女を経験させてもらったのだが……いや、それはいい。いいんだが……その最中にも頭に浮かんだのはシリルのことなのだ。
俺はおかしいのか? これはシリルから離れたほうがよさそうだ。
そう思った。そう思ったのだが、シリルとジルベールが微笑みあって楽しそうに話しているのを見ると、なぜか苦しくなり知らぬ間にデザートを手に持っていた。
やはり俺はおかしいのか!?
意識とは別に勝手に行動しているようだ……。
そんなシリルが真面目な顔で何か考え込んでいる。
俺は何か手伝えることはないかと思い、話しかける。そしてなんと、シリルの教養の先生になることになった。
ジルも一緒のようだが、ちょっと気に食わなくて見てしまったのはもう仕方がない。
俺は本当に楽しみだ。
アレクサンドルにも言っておかなくては!
----アレクサンドル視点
父が平民登用の新設部署の上役になった。
私は学園で、平民が食事など滞りなくきちんとすごせているか、観察する役目を仰せつかった。たまに報告して欲しい。との父からのお言葉だ。
私は父の仕事をお手伝いできることが、ことのほかうれしかった。
すると、さっそくガスパールから情報を聞いた。
アレクが言ってた平民枠の平民だと思ったら、貴族だった。
平民と同じようで貴族に見えないやつもいるんだな。などと言っていた。
父は、こう言っていた。
平民は領地に税を納めてくれている。大切な領民だ。貴族も税は国に納めているが、縁の下の力持ちはこの領民だ。しかし貴族よりも領民の方が生活は苦しい者が多い。お前は領民が税を納めてくれているからこそ、こうしていられることを忘れるな。
その領民と同じように見える貴族だと!?
縁の下の力持ちである領民と一緒の生活を送るくらい、領民を大切にしているということだろうか?
私の周りにはそんな奴はいなかった。
私は興味を抱いた。
そして、ガスパールから聞いた、シリル=フォン=クレティアンを調べてみた。
クレティアン家嫡男。母親の貴族死亡届と一緒に届けられている貴族出生届け。……これは、シリルを産んで亡くなったということだろうか……。
なんと痛ましいことか。
それで、この領地は孤児院が全うなんだろうな。
うん、しかし……。これは……。
特産品--なし。
出荷物--小麦、大麦、芋
戦争のときも、領民の税はあげることなく、しかもきちんと国に税を納めている。
素晴らしい人柄だ。さすが、旧貴族である。
しかしこれでは、領地は少々貧しいのではないだろうか?
まさか!?
なんということだ……。
だからではないのか?
だから領民であるジルベールに食事を貰っているのではないか? そう、平民枠の平民は食事が免除だ。必ず国のために働いてもらうという民であるために、税で賄われているが、これはどうなのだろうか……?
しかしあのシリルもそんなに食べているわけでもない。これは気にするほどではないだろう。
しかし、入学金は? それに制服は?
もしやそれを捻出するために、今困窮しているのだろうか。
ありえる……。
嫡男のために、と、この高潔なクレティアン家のご当主ならば考えそうである。
しかし、平民枠の平民よりも貧しい貴族が居るとは盲点だった。
父もそれは考えていなかったのであろうな……。報告したほうがいいのだろうか? いや、報告の前に、まだ観察が必要だ。
……シリルとジルベールが、聞きなれない言葉を話していた。
新聞配達? 牛乳配達? 何を言っているのだろうか? 調べてみよう。
それは、領民たちがやっている仕事のようだった。
なるほど。
クレティアンの領地では、領民も貴族も一緒に仕事をするのだな?
うむ、他の領地の事はよくわからないため、中々興味深い。
父のためにも、私は観察を続けたいと思う。




