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魔術交換生のセルジュ様は、わたしたちの平民クラスに入ることになりました。
やっぱり平民だったようです。
平民は貴族より魔力適性が出にくいらしいんだけど、セルジュ様はすごいなー。
そしてセルジュ様はみんなに魔法を見せてくれたり、授業の分からないところを教えてくれたり、一気にみんなの人気者になりました。
しばらくして、わたしも十三歳になりました。
セルジュさんとも仲良くなりました。魔法の話をしたり、うちの領地の特産品の話もして、色々助言もしてくれました。
それに、
「セルジュ様じゃなくて呼び捨てでいいよ。平民だし。僕もシリルと呼ばせてもらうよ?」
と言われました。
しかし、年上の方ですしそうもいきません。ということでセルジュさんになったのです。
そして、セルジュさんはとても親切なのです。
なぜ親切なのかと言うと、魔法を教えてもらえることになったのです。
わたしとジルに教えてくれるそうです。他にも聞きたい人たちもいたようですが、いっぱいだと大変だそうで、まずはこの子達からね、と言われていました。
わたしは、ごめんね。なるたけ早めに覚えるから! と、みんなに言っておきました。
しかも、先生に言ってくださったようで、地理の時間をそのまま魔術にしてくれるとのことでした。先生もわたしが地理を来年には交換すると分かっているし、しかも、適性があるから特別とのことで了承を頂いたのでした。
セルジュさんは、魔術学園で魔法を習いながら地理もしてきたということで、免除なんだそうです。なんでも、地形によって使える魔法が違ってくるとのことで、この国の地理はほとんど頭に入っているそうです。すごい!
三人で魔術の授業をしてくれるという個室に来たのですが、問題は、ジルです。
ジルは来年地理を交換するかは分からないのです。
「ジルはどうしよう?」
となったのですが、セルジュさんが
「シリルだけでもいいよ。ジルベール君には後ででも教えてあげようか。」
と言った瞬間ジルが叫びました。
「先生に聞いてくるから! シリル待ってて。地理は放課後でもやれるかもしれないだろう?」
と、走って出て行ったジルを見て、わたしは首を傾げました。
え? ジルどうしたの? そんなに魔術の授業を受けたかったのでしょうか?
セルジュさんはそれを見てなぜかクスクス笑っています。そして笑いながら、わたしを見て言いました。
「じゃあ、今のうちに……。ふふっ、そうだね、魔力を身体に流しやすくするよ? これが一番簡単だから、嫌かもしれないけれど目をつぶってくれる? ごめんね。」
「はい。」
わたしは目を閉じて待ちました。
頬にセルジュさんの手が触れる感じがします。と、唇に柔らかい感触がしました。
えっ!? なに?これ……?
びっくりしてセルジュさんっ?と聞こうと口をあけると、生暖かいものが口の中に入ってきました。
口の中をなにかが蠢いています、わたしの舌を絡めようとしている……のでしょうか?
わたしははっとしました、これってキスじゃないの!?
やだっ!?
驚いて抵抗すると、セルジュさんは、
「大丈夫、これが魔力を流しやすくする儀式だから。もうすぐ終わるし大人しくしててくれる? ……抵抗しないで口を開けるんだ。」
魔力の儀式??
一瞬いつものセルジュさんじゃない怖い感じで言うので、わたしは混乱しながらも言うことを聞きました。
セルジュさんはまたさっきと同じことを始めました。
……これって、やっぱりキス……じゃないの? 本当に儀式なの?
いつのまにかわたしの両手は後ろに押さえられていて、首の後ろを引き寄せられているようです。
セルジュさんのなすがままになっていると、一瞬ぞわりと背中になにかよくわからない感じがしました。
「…んっ」
えっ!? なんか鼻にかかったような声が漏れてしまいました。恥ずかしい……。
「セルジュ!!! 貴様!!?」
と、ジルの怒鳴り声がしました。
セルジュさんは平然としています。わたしの瞳を覗き込んでにっこりと笑うと、ゆっくりと唇を指で拭いてくれました。
「これで今日は終わったよ。後で魔法を教えるから、それで使えるよ。……ジルベール君、おかえり。なぜか怒っているようだけど、どうしたんだい?」
ジルは怒りで震えているようです。……ジル? やっぱり……今のはおかしい……よね?
「今のは……っ!?」
「ああ、今のは、体液の交換だね。魔法を使える者と魔法を使ったことのない者がすると、魔力が流れやすくなるんだよ。ここでは聞いたことがなかったかな? 驚かせてすまないね。
シリルは小さくて細いから、何かあるといけないからね。傷をつけたくなくてこうしたんだけど。ジルベール君はこっちでいいかな。
僕と同じようにこれで指先を切って、血の交換だ。はい」
そういうと、怒りで震えているジルの側に行って、ジルの手を取り指をナイフで切ったようでした。そして、その血をお互いにこすり合わせました。
……それでおしまいなの?
どうして言ってくれなかったの? わたしはそのくらいの傷なんともないのに。
わたしは表情にでもでていたのでしょうか?
わたしの顔を見たセルジュさんが謝ってきました。
「ああ、ごめんねシリル。やっぱり最初に聞いたほうがよかったようだね? さっきも言ったけどシリルは小さくて細いから心配になったんだ。
それに、そんなに白くて細い指だと、僕も傷をつけるときに失敗して大きくならないかと気になってね……。怖くなってしまったんだよ。さっきの方法なら、絶対に傷もつけないし、痛くないだろう? だからやったんだが、本当にごめん。反省しているよ。嫌だったかい? 僕を許してくれるかい?」
たしかにアレクサンドル様にも細すぎると言われました。そんなことはないのですがね?
それに、そんな言い方されたら、許すしかないですよね……。本当に体液の交換だけだったようだし。
……セルジュさんはわたしに気を使ってくれたのかなー。そこまで心配されるほど細くはないはずなんだけどなー。
うーん、でもガスパール様にも言われたなぁ。みんな身体の大きい人だから余計そう見えるのかな。
そういえばセルジュさんも年上なこともあり大きいな……だからかな?
「……はい、大丈夫です。こちらこそ、取り乱してしまってごめんなさい。魔術のことは何も分からなくって……。」
「いいんだよ。これから教えてあげるから。さ、じゃあ、始めようか。ジルベール君もここに座って。」
ジルは恐ろしく硬い表情で、わたしの隣に座りました。
ここからでもピリピリとした気配がしてきます。
セルジュさんは全く気にせずに、魔法のことを教えてくださいました。
ただ、わたしもジルも適性があると言っても、魔力が弱いから、大規模な魔法は無理だそうです。
「そうだねー。シリルは光だから、回復を覚えよう。役に立つしね。ジルベール君の水だけど、回復も攻撃もできるんだけど、ジルベール君の性格から言って攻撃のほうがよさそうだね。ふふ。
じゃあ、体内の魔力を知覚するよ。さっき魔力を流したから分かりやすいはずだ。血液循環と魔力循環も同じように意識する。そう、魔力は体中を巡っているからね。うん、そして手に熱を集めるようにしてね。
シリルは熱くなったと感じたら、僕の指にヒールと言ってから指を包むようなイメージで魔法をかけてみて。
ジルベール君は、熱くなってきたら水を浮かしているイメージをするんだ。はい、やってみて。」
たしかに、さっきとは違うようななんとなく不思議な感覚がします。
なにかが巡っているのを意識します。
手や指あたりにそれが留まるようにまた意識します。
おおっ!? ちょっと熱い感じです……。できるかな?
包むように包むように「……ヒール」
ふわぁっとした光が手から出ました! 光がセルジュさんの指に入っていくと傷が治っていきました。
うわああ!! まさかできた!? できたの!?
「うん、シリル上出来だね。おめでとう。すぐ出来る子も珍しいんだよ? 素直だからかもしれないね。」
「ありがとうございますっ!セルジュさん!! 後で、ジルの傷も治すからね!」
わたしはもううれしくってうれしくって、仕方がありません。
あら? でもジルはまだできないようですね。
「ふふ。ジルベール君は、もう少し精神を落ち着けないと、できないかもね。また今度かな?」
セルジュさんはくすくす笑いながら言いました。
なんか少し嫌な感じがしたわたしは、ジルを庇います。
「セルジュさん、ジルはいつもは落ち着いているからすぐできるようになります! 今はわたしの所為で驚かせたから、できないだけです。」
「そうかもしれないね。ああ、ただ、たくさん練習しすぎると、魔力が少ないからすぐに気分が悪くなったりするよ。気をつけるんだよ?」
セルジュさんは頷いた後、練習時の注意をしてから、
「じゃあ、今日はここまでね。きちんとご飯食べるんだよ?」
と言いながら帰っていきました。
ジルの不穏な空気はまだ収まりません。どうしましょう?
「えっと、ジルごめんね。驚かせたね。……魔法で治す?」
「……シリル。後でうがいと手洗いと消毒絶対だ。あと、治さなくていい、これを見て思い出すから。くそ!」
ジルが怒っています。しかもかなり。
わたしはびくびくしながら一日を過ごすことになりました。はい。
途中の水場で思いっきり手と口を洗われました。
自分でもきちんとやったんですけど、足りないといわれて逆らえませんでした。




