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わたしは、シリル=フォン=クレティアン。ええ。Cyrille です。六歳です。生物学的に女です。
でも世間の皆様は、わたしのことを男だと思っています。
なんでかって?
……それは、簡単に言うと、父上の所為です。
どういうことって?
……それは、詳しく言うと、父上が王宮に貴族出生届けを出したときにスペルを間違ったからです。
ええ、そうです! 父上がおバカさんの所為で!
と思って怒ろうとしたのですが、話を良く聞くと、母上の貴族死亡届けも一緒に出していたそうなのです。
……わたしは何もいえなくなりました。それは動揺もするでしょう……。母上は、私を生んですぐ亡くなってしまったそうです。母上が生きていたら、こんなことにはなっていなかっただろうと思います。でも、わたしを産んでくれた所為で母上が死んでしまったのかと思うと、悲しいです。父上には言えませんでした……。
本当は女性名 Cyrielle シリエルとなるはずだったのです。男性名であるシリルでも、女性ときちんと書いておけばよかったのですが、動揺のあまりそれをしなかった所為で……登録は『嫡男、シリル=フォン=クレティアン』になっています。
それに気がついたのは私が六歳になって、七歳から十五歳までが入学できる王宮仕官養成学園への入学案内が届いたからでした。貧乏ですが一応子爵の位を持つ貴族です。ほんの小さな領地もあります。ですから、案内が届いたのでしょう。
なぜ仕官学園から案内が来ただけで男で登録されているのが分かったのかって?
それは、この案内は男の子にしか来ないからなのです。
ええ、そうです。女性には、王宮淑女養成学園から入学案内が来るはずなのです。
後は、魔力があると見出された方々は少し特殊で、男性も女性も年齢も関係なく魔術学園の入学案内が来るそうです。
そして、仕官学園からの案内を見た父上は、あれー?おかしいなー?シリルごめんね。と言いながらも、でも、ちょうどいいから男として出世してこの家を建て直しておくれ。なんていうし。
どれだけ暢気さんなのですかー!?
ええ、我が領地が貧乏なのは知っております。領地のみなは心の優しい穏やかな者たちですし、父上も一緒に農地を耕したり頑張っていますが、--そのために私も精一杯頑張りますけれど--それとこれとは違います。
だって仕官学園は男しか入れないのですよ? わたしは女ですし!
まあ、メリットとしては、上手くいけば王宮で仕官ができます。うん。
仕官してしまえば定期的にきちんとした収入も入ってくるようになるでしょう。うんうん。
それに何とか最初の入学金さえ払ってしまえば、卒業のときに払う金額が足りなくなっても、王宮に仕官した後に出世払いということで済むようです。うん、何てすばらしい!
食費も寮のおかげで大丈夫なようです。ステキ!
あとは、仕官できなかったとしても、領地経営のノウハウを学ぶことができるようですね。まあ!!
服は、制服があるようです。しかも小さく、平民用でしょうか?書いてありますが、貸与可とあります。うわぁうわぁ!服まで借りれるなんて、本当に至れり尽くせりで素晴らしいです!
ってあれ?メリットばかりな気がしますね?
……デメリットは、女だと知られて追い出されること?
いや、追い出される前に経営のノウハウを必死に覚えてしまえばいいということでは? あら? あらあらあら?
あっ、武術系があるとか? ……これは武官希望者だけのようですね。
これはもしかしてもしかすると、いけるんじゃないでしょうか!?
なんていったって十五歳までですし? 男女差なんてほとんどわかりませんよね?
十六~十八の見習い仕官期間になったらその時考えましょう。それにもし問題になったら、入学案内が来たもので。と一度言ってみましょう!! それに、追い出されないような模範的で優秀な生徒になればいいのでは!?
そうです、それです! 私は仕官学園に入学し優秀な模範生になりましょう!
そして、定期収入を得られる仕官を目指すことにします!……できなくても領地経営のノウハウを盗んでまいります!
よし。そのためには、この女言葉をなんとか男っぽく直して。あとは、勉強してさっさとノウハウを学べるようにしましょうか! じゃない、するぞ! 髪は男装できるように肩ぐらいまでにして……。このくらいなら大丈夫でしょう? あまりにも短いのはちょっと寂しいですよね。わたしではなく僕と言ったほうがいいのでしょうか?
さてわたしはその日から、まず基本のお勉強をすることにしました。読み書き算数歴史兵法地理教養。全部はちょっと厳しいですね……。兵法地理教養は入学してから頑張ろうかなぁ。
そして、、家庭教師なんてお金の無駄はできません。入学金を貯めなくてはいけませんし。そこで、領地の教会に--いつもはみんなと遊んでいるのですが今日からはお勉強です--行って教えてもらうことにしました。ここには先にあった戦争での孤児や、捨てられたほかの領地の子供たちがいます。父上の領地は、できるだけそのような子を受け入れられるようにしてあるそうです。母上が亡くなった時に決めたそうです。
ここは、わたしが女だと分かっていますので、事情を話しました。神父様は笑っていましたが、そのくらいなら神もお許しになるでしょう。この領地のためなのでしょう? それに面白そうでしょう? ふふふ。とわたしを撫でてくださいました。
驚いたのが、女なんだし危ないからやめろ。とか、一人で行くのは無理だ絶対にやめろ。何かあったらどうするんだ。周りは男だらけなんだぞ。シリルが男に見えるわけがない絶対ダメだ。とかわたしの考えを止めていた幼馴染みの孤児--ジルベール--が、わたしがどうしても言うことを聞かないと分かると、平民枠を狙って受験すると言い出したことでした。
彼は四歳ほどのころに孤児院に連れて来られたそうなんだけど、人見知りが本当に酷くてみんなにもわたしにも慣れるのが大変でした。わたしに懐いてくれたのは、逃げ出そうとして迷子になったらしいジルベールをわたしが探し出し、そしてそのまま一緒に迷子になって--そしてわたしが転んで歩けなくなって心細くて二人で泣いてしまって--からのことでした。それからなぜか彼は、わたしを守らなければと思ったらしく、わたしの側から離れなくなりました。
彼は孤児らしくなく、教養のありそうな話し方もしますし、わたしよりも読み書きができます。
外見も、ともすれば冷たい印象を抱きかねないほど整っています。渋みのある自然で上品な琥珀色の髪。深い海の色を思わせる青の瞳。うん、あの人見知りがなければ、大きくなったら玉の輿に乗れそうなくらいです。うん、人見知りを早く直してあげなくちゃ!
平民枠?そうでした、それを説明しておりました。
平民枠というのは、普通貴族しか入学できない仕官学園に、人材確保の面で平民からも募集するべきという今の王様になってからできた制度です。--今の王様は素晴らしい方なのです。もちろんお会いになったことなどあるわけがありません。ただ、そう。税金を安くしてくださったのです!わたしは王様が大好きです!--
……ああ、ごめんなさいね。
えっと、平民合格者の中から成績優秀な者、十名だけが入学できる制度で、その優秀な存在を逃さないために入学金免除されるという破格の待遇なのです!! 合格さえできる頭を持っていたら是非狙うのはたしかにいいことです。うん、ジルなら十名に入りそうだし。羨ましい頭めっ!はっ、失礼ゴホン。