恋心
俺は今野湊という。
ただいま、女子の会話を立ち聞きしています。
これだけ聞いたらおかしな奴みたいだな。
いや、実際は好きでそんな事してるわけじゃなくて、これは、否応なく始まった女子の・・
なんて、そんな事言ってても仕方ない。
少し気になったんだ。
三人グループの女子が俺の席の近くで話し始めた。
「最近彼氏とどう?」
彼氏がいるのか。
「うん、まぁ、ね」
恥ずかしげな声で、女子が喋る。
こんな近くに男子がいるというのに、気にされない俺って・・。
「恋ねー、いいなぁ。私もしたい」
聞いてた女子の一人がそう言う。
「最近できないんだよねー」
また別の女子も言う。
「あ、わかる。なんか、恋する心を忘れちゃった感じ?」
私たち、年とったみたい?
そう言って笑いあう。
俺は我慢できず後ろを向いて、三人に話しかける。
「そもそも恋ってどんな感じよ?」
三人は一瞬驚いたが、えー聞き耳立ててたのぉ?と言ってくすくす笑う。
三人は、顔を見合わせて考えて
「もっと近くにいたいとか、あの人のことをもっと知りたいと思う感じかな」
恥ずかしがっていた、彼氏がいるという川口が言う。
「ていうか、恋してるってわかんない?好きだっていうさぁ、なんか」
それがわかんないから聞いているのだ。
「ていうか、こん兄は恋したことあんの?」
こん兄とは、俺のこと。
もうすでにほとんどの人が、俺をそう呼ぶ。
「んー、よくわかんない」
そう言うと。
ま、こん兄だから仕方ないか、と三人は頷く。
納得のツボがわからない。
そもそも、俺には歳の離れた妹と弟がいて、面倒をよく見ている。だから、どんな人にも面倒を焼きたくなってしまい、(祖母いわく)しまいには兄と呼ばれるまでに。
どこかの組長か、俺は。
なんとなく、人を放って置けないのだ。
もうすでに、ただのお節介かもしれないが、もうこれは俺には課せられた宿命である。
だからか、異性からは兄に見られ、(心外であるが)恋愛対象という枠から外れていたような気がする。
俺は知らずのうちに、そんな周りの環境と同調していたのかもしれない。
いくつか考えていたら、女子の会話はもう訳のわからない話に飛躍していて、俺は戦前離脱して、前を向いた。
恋なんて知らずにしてるものだよ。どんな感じかなんて、感じてみないとわからない。
声が聞こえた。
横を見ると声の主は片瀬だった。手には本が握られている。
彼女は、しっかりと俺に目を合わせてきた。それはあまりにまっすぐで、悲しげに俺の心に響いた。
・・そんなもん?
そんなもん
彼女は少し笑って、経験だよ、と囁いた。初めてみる、 なんとも言えないくらいの、明るい笑顔がそこには咲いていた。
じゃあ、俺も頑張んないとなあ
無理しないでね
大丈夫だよ、きっと
うん。
授業を知らせる鐘が鳴った。