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意識と無意識の境界線(短編)

意識と無意識の境界線 〜 plena taglumo

 「はい、◎◎◎◎です。いつもお世話になっております」


 お昼休憩から一時間ほど過ぎたオフィスに私はいる。何をしているのかと問われれば、至って普通の会社員。自席で取引先からかかってきた電話に応対してたところだ。


 「では失礼いたします」


 相手への最後の挨拶をして電話を置いた。ふぅっと一呼吸をおく。すると少し離れた所から、ダイレクターの労いの言葉が飛んできた。


 「お疲れさん、随分しつこい相手だったようだね。疲れただろう、頭を切り替える為にも少し休憩してきなさい。今日はそれ程忙しくないからね、みんなも適宜休憩を取るように」


 「はい、ありがとうございます」


 私はダイレクターの言葉に甘える事にした。


 最近、変な夢を見るようになってからどうもぐっすりと眠れている気がしない。いや、ちゃんと寝ているという自覚はあるのだが、起きた時、まるで今までも起きていたかと思う程、脳や体を使っていたかのような気怠さを感じる事が時々ある。

 お陰で今も気を抜けば、ふっと体が沈み込む様な感覚に囚われてしまう。


 (やれやれ業務に支障が出るのは問題だわ。休憩してこよう)


 軽く頭を振って意識を戻す。そしてポーチを手に取り、さも化粧室に行きますというのをアピールして席を立つ。


 実際は通常化粧と言うほどの化粧はしていないので、粉以外の化粧品は持っていないのだ。そして実は、今日はノーメークだったりする。このポーチの中はタオルが折り畳まれて入っているだけだ。


 近くの化粧室へ入り仕事用の眼鏡を外し勢い良くザブザブと顔を洗う。ノーメークの強みはこれだ。思い切り水を顔に押し当て何度も洗えばいくらか気分がすっきりした。


 タイミングが良かったのか私以外、誰もこの化粧室には居ない。ゴシゴシとタオルで顔を擦ればほんのり顔が温かくなる。血行が良くなったのだろう。顔に赤みがさせば健康に見えるだろうし、擦った刺激でいくらか感覚も研ぎすまされたように思える。


 ぷはっとタオルから顔を解放し目の前の鏡が視界に入る。


 「っ・・・・!!!」


 自分一人かと思っていたのに鏡には私ともう一人、いや数人が見える。大胆に顔を洗ってしまったのを見られたと思い慌てて眼鏡をかけてみれば誰もいない。


 「あら・・・?」


 かわいげが無いと思われるかもしれないが、私は超常現象なるものは全く信じていない。結果は原因があるからこそであり必ず説明がつくものだと固く思っている。実際、人の脳と言うものは未だ解明しきれていない。見たいものを見たいように見せる技すら隠し持っているのである。

 だから私はこの時見た人影もその様なものだと信じて疑わないのであった。


 「カフェに行ってコーヒーでも飲んで来よう」


 自社ビルにある社員用カフェテリアは休憩場所として人気がある。置いてある数々のソファやテーブル、ちょっとした飾りの小物までがこのカフェテリアをデザインした人の心意気を感じる。


 実際のところ連続しての仕事は効率が落ちる。だから会社側は、適宜、席を離れ休憩するようにこの場所を設けているのである。タバコを吸わない人には喫煙所なるさぼり場所がないと他の会社に行った子達は言うが、この会社は非喫煙者用にも分け隔てなくこのような場所を設けてくれている。


 私はそこへ向かった。

 こちらも時間帯が良かったのか、広いカフェテリアには私の他には数名が三三五五。ほぼ貸し切り状態だ。カウンターでコーヒーを受け取り、窓際の独立した広いソファを独り占めした。

 広くかなり座り心地の良いソファは実はお気に入りである。私くらいの背の高さの人が座ればすっかり見えなくなってしまうほどに大きい。(頭の先くらいは見えるが)


 コーヒーを一口飲めばすっきりするだろうと思っていたが、どういうわけか逆にだんだん頭が靄に包まれているような感覚に陥る。慌てて手に持っているカップをテーブルへ置いて私は腹をくくった。


 (10分だけ眠ろう。我慢せずに開き直って眠った方が良いってダイレクターもおっしゃってたわ)


 スマホでタイマーをセットし、適当にクッションを引き寄せると体を預け目を閉じた。





 「・・・璃。瑠璃、瑠璃、やっと来たね」


 誰かが頭を撫でる。


 「ん・・・」


 返事をするのも億劫なほどに心地よい微睡を手放したくない。それに、頭を撫でられながら眠るのはとても気分がいい。私はもっととクッションに頭をこすりつける。そうすればいっそう丁寧に頭を撫でられる。


 (んふ・・・きもちいい・・・)


 目蓋も開けずうっとりと身を任せる。不思議と恐怖は無い。


 「瑠璃はこうするのが本当に好きだな、私も嬉しいよ」


 楽しげな声が聞こえる。手の主は私の顔を覗き込んでいるのだろうか。目を開けたい様な開けたくない様な、でも今はただ、この手のぬくもりを感じていたくて目を閉じている。


 「すまない、昨夜も逢ったばかりだというのにどうしても逢いたくなった。だからお前を呼んでしまった。仕事中なのにすまなかった。・・・だが無防備すぎるぞ、今は私と配下の者だけだから良いのだが、他の者にはこの姿は見せてはいけないよ。それに私以外にこうやって触らせてはいけない」


 優しい声で囁かれれば「うん」と無意識に返事をしていた。


 「それにあのように乱暴に顔を洗うのもどうかと思うが・・・。頬が赤くなっておる」


 ひんやりとした冷たい手が頬を撫でる。


 (見ていたの?)


 「ああ見ていた。そばにおったのだ」


 (そうなの? 誰もいなかったわ)


 「本来、姿を見せる訳にはいかないのでな・・・。先ほどはつい姿を出してしまって周囲の者どもが慌てて私を引き戻したのだ」


 手の主は不満げというか、少し怒っているようだ。


 (そんなに怒らないで)


 「・・・判っておる。・・・だがもう少しだ。もう少しで準備が整う。それまでの辛抱だ。今はただ、こうやって戯れているだけで良しとせねば」


 最後の言葉はまるで自分自身へ言い聞かせているように聞こえた。


 「もう少し? 準備?」


 微睡みの中で私は気になる言葉を口にした。すると手の主は私をソファから抱え上げ、自分へもたれかけさせた。今度は、私は一生懸命に目を開こうとしたがうまくいかなかった。体全体が気怠く目蓋も開けられない。それでも頑張って手を胸の所まで持ってきた。


 私を抱き締めている手の主は私の緩慢な動きに気づいたのか少し体を離した。


 「今はまだ寝て居なさい。瑠璃が寝ていればこうして私は逢いに来られる。この目蓋はまだ開けなくて良い」


 まるで子守唄のように穏やかな声で囁かれ、その内、両方の目蓋に交互に何か柔らかなものを押し付けられる感覚を感じた。ーーーひどく安心する。


 「残念だがもうすぐ時間だ。瑠璃は起きなければならない」


 全身を包み込まれるように抱擁をされ、再び優しくソファに寝かされた。


 「また今宵迎えに参る・・・あがきみ」


 (ん、、、待って。どこへ行くの・・・待って)


 手の主が立ち去ろうとする気配を感じ、一抹の寂しさが沸き上がった。


 (この感覚は・・・!)


 思わず手を差し伸べればその手を包み込まれる。そして手の主の顔にあてられたようだ。肌触りの良い、張りのある奇麗な肌だった・・・


 「どこへも行かぬ。私はお前の所以外どこへも行かぬ。だから・・・大人しく待っておれ」


 手に口づけをされたのを感じる。そしてそこから手の主の想いも流れ込んで来る。じんわりと心に温かみを覚える。

 もう片方の手は再び優しく私の髪を撫でている。


 (ええ待っているわ)


 そう呟くと顔に押し当てられている手を通して、ふわりと手の主が笑ったのを感じた。


 「では、今宵」


 手の主がそう言った時、無機質なタイマーの音とバイブが目覚めの時間を告げた。あれほど眠くて仕方が無かったのが嘘のように私はすっきりと目を覚ます事が出来た。


 時間を見れば席を立ってからちょうど15分経過したところだ。


 (何だかリアルな夢を見ていた気がするわ。脳内のシナプスって無意識下の欲求でも繋げて持って来られるのかしらね)


 夢のお陰か何だか心が凪いでいる。ありとあらゆるものをそのまま受け止められる様な、そんな心地の良い状態なのも珍しい。特に仕事中は気疲れの連続だ。先ほどの電話も半分クレームの様な電話だったのだ。


 (ダイレクターのおっしゃってた10分間の睡眠って本当に効果があるのね。スッキリしたわ)


 冷めてしまったコーヒーをクイッと飲み干し、少し皺になってしまった服を手で伸ばして私はオフィスへ戻った。


 オフィスに戻った時、ダイレクターは離席中だった。他の何人かも席が空いていたのできっと別室で打ち合わせか休憩にでも行ったのだろう。残っている他の社員は全く気にしていない様なので私も自席に戻り、スグに仕事に取りかかった。


 そして再び仕事に翻弄され、夢のことは思い出すことはなかった。

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