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6#

 午後3時に飯田が木村を伴って会社に帰ってきた。澪はもうすでにデスクにいて無心にPCの画面に視線を釘付けにして、白く長い指を滑らかに滑らせている。


「ただいま。先輩。こちらはばっちりですよ。」


その声にはっと我に帰って横に立った飯田を見上げた。


「ああ、お疲れ様。その様子だといい返事が聞けそうね。」


後ろでにこやかに笑う木村の姿にも気付いて、立ち上がった。


「マネージャー、お疲れ様です。申し訳ございません。わざわざマネージャーに足運ばせてしまって。」


澪は笑顔で申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


「いや、いいんだよ。これぐらいしか僕はお役に立てないからね。君たちの役に立てて嬉しいぐらいだよ。レインボーさんからはいい返事をいただけたよ。早速で申し訳ないが、この後ひとつ打ち合わせがはいっているから、そちらのレジントンでの話とこちらのレインボーの話を報告し合おう。いいかい?」


「はい。もちろんです。」


澪は上機嫌で返事をするとすぐに社内ネットで会議室の検索をする。2号に春日の名前を見て一瞬どきっとする。いい加減慣れろ、澪は自分に言い聞かせつつ空きを探すが、どうやら流星がこもっている会議室の隣の3号しかあいてないようだった。


「ありました。3号で。」


澪はすばやく真藤と入力してそのウインドウを閉じた。


「じゃあ、ちょっと一服したいから15分後に。3号で。」


木村は煙草を吸う仕草をして澪に茶目っ気のある顔でウインクすると笑ってデスクに帰っていった。澪はその後姿をクスクスと笑って見送った。


「お茶たのんでおきますね。喉かわいちゃいましたよ。アイスコーヒーでいいですか?」


飯田がさわやかな笑顔で澪に声をかける。飯田に向き直った瞬間、さっきの棚橋の話がよみがえってきた。


『あいつは澪ちゃんにマジに惚れてたんだよ。』


澪は急に意識してしまって一瞬返答が遅れてぎこちなくなってしまった。


「えっ?あ、…そっ…そうね、冷たいもののほうがいいわね。よろしく。」


「先輩?どうかしたんですか?」


何も知らない飯田は不思議そうな顔で澪の顔を覗きこむ。


「えっ?べつに。なんでもないわ。いつも気が利いてるなって思って。」


澪が作り笑いで飯田に返した。


「そりゃあ、大好きな先輩のためですもん。たとえ火の中、水の中、俺はなんでもしますよ。」


すかさず飯田がいつものようにやり返してくる。いつもなら、軽い口をたたいて笑いとばすのだが、棚橋の話を聞いてからはどうにも気になってしまった。


「えっ?」


澪が言葉につまる。その様子に飯田が不信に思ってやや怪訝な顔をする。


「先輩なにマジにとってるんですか?今日、ほんとおかしいですよ。流星先輩と何かあったんですか?」



「えっ?な、何言ってるのよ。飯田君。なんにもないわよ。私、先に3号行ってるわね。」


飯田の思いがけないつっこみに澪は動揺して、あわててその場から逃げるようにして去った。飯田は様子が変な澪の後姿をしばらく首をかしげて見ていてた。



 澪が3号の会議室のドアをノックして開けようとすると、隣の2号会議室から出てきたセクレタリーセクションの美女、上条江怜奈に出くわした。上条はかなりの美人なだけでなくスタイルもよく大人の女の色香が漂う華やかな雰囲気を持つ、社内でもファンクラブがあるほどで、流星がちょっと前に付き合っていた女だった。上条は澪に気付くと品定めするような視線でじっとなめるように眺めると、その高慢で綺麗な顔に勝ち誇ったような薄ら笑いをうかべて何も言わずに澪の横を通りすぎた。その時、ふと嫌な感覚に襲われて、一瞬鳥肌がたつ。澪はなんだか気になったので3号に入らず2号のドアをノックした。中から流星の声が聞こえた。

 開いたドアから現れたのが澪だとわかると流星が酷く驚いた表情を見せた。澪は一瞬で何かあったと悟った。上条の香水の残り香がかすかに澪の鼻をつく。


「澪…。どうした?何か用か?」


いつもと違って余裕のなさそうなそぶりに澪は不信感を募らせる。


「今の…。上条さんでしょ?なぜここにいたの?」


流星がおもむろにPCに視線をやると淡々と答えた。


「べつに。秘書課が用事があったらしく、確認に来ただけだ。」


「そう?秘書課が企画の担当者になんの用事かしら?」


澪が疑うように嫌味っぽくつぶやいた。


「澪、忙しいんだ。後にしてくれないか。」


流星が不機嫌そうにPCに視線をやったまま澪に冷たく言い放つ。


「…。わかった。じゃ、帰りに待ってる。」


キーボードの上を滑っていた流星の指が一瞬停まった。それでも顔を上げずに澪にやり返した。


「ああ、今日はだめなんだ。先に帰っててくれないか。打ち合わせが長くなりそうなんだ。」


「え?あ…そう…。わかった。そうする。」


澪は低い声で不信感をあらわにして返事をすると2号の部屋を出て行く。流星は澪の消えたドアを険しい顔で食い入るように見つめていた。


 澪は3号の会議室に入ると、座らずに奥の窓際に立った。ここは17階である。下を覗くと高架線上を走り抜ける車が下に見える。大量の車がせわしなく流れる様子をぼんやり眺めながらも、澪は先ほどの流星の態度が思い起こされて心の中には不安が募っていった。

 ふとドアをノックする音が聞こえた。澪が返事をすると飯田が顔を出した。麗がほっとしたような顔を見せると飯田はすぐに何かあったと察知した。


「先輩、どうかしたんですか?顔色が良くないですよ。」


「えっ?そう?…そんなことないわよ。」


飯田が近づいてきて心配そうに澪の顔を覗きこむ。あまりに近くに来たので澪が驚いて一歩ひいた。飯田はかまわずに澪の額に手を当てる。


「熱はなさそう…ていうか、冷たいですよ。貧血?大丈夫ですか?」


 急に飯田の大きくて暖かい手が額に当てられて澪は一瞬ドキッとした。以前からそんなことは日常茶飯事で弟がお姉ちゃんに接してくるぐらいの感覚でしか受け止めていなかった。しかし、棚橋の話を聞いてからはどうにも意識してしまう。澪は飯田の手をさりげなくはずすとぎこちなく微笑んだ。


「大丈夫よ。きっとここの所忙しかったから疲れたのね。」


「先輩、俺体力有り余ってますからもっとこき使ってくださいよ。先輩が倒れたんじゃ、仕事に支障をきたしますから。」


飯田が澪を励ますように左手で右腕の力こぶをたたいて明るく笑って言った。澪はそんな飯田の様子に思わず噴出して笑った。


「そうそう、先輩は笑ってた方がいいですよ。何かあったら何でも俺が相談乗りますからなんなりといってくださいね。」


飯田は鋭い。何かあったと感づいているのだ。澪はそう思うと飯田の優しさがありがたいやら申し訳ないやらで、複雑な気持ちになった。ふと、また、ノックがあって木村が現れた。3人は時間を惜しみながら早速打ち合わせに入った。両方の報告をすませると木村がまとめた。


「さすがだな、飯田君。発売までの全体のスケジュールいい出来だ。こういうことをやらせたら君はぴか一だよ。おまけに順調に計画通り、内容も含めて関係者が呑んでくれたしね、もう後はこなすだけだね。」


木村はほめ上手だ。メンバーの個性をうまく伸ばす。だから木村の担当するセクションは活性化する。


「はい。真藤先輩の企画がいいからですよ。みんなノリ気になってこちらの要望を気持ちよく聞き入れてくれますから。」


すかさず飯田が澪をフォローする。木村も笑って頷いた。


「まあ、二人のチームワークがいいということだな。じゃあ、来週は関係者が一同に集まるから、今回の企画内容をそれぞれの役割別に細かくスケジュールと内容を落とし込んで企画説明会で話ができるよう準備に入ってくれるかな。大変なことは言ってくれ。僕も手伝うから。」


「はい。」


 二人は威勢よく返事をすると、木村は満足そうに頷いて次の打ち合わせに出かけた。木村を見送ったあと、澪は飯田とタイムスケジュール作りを役割分担して、内容の像合わせも同時に行った。そして互いのデスクに戻ると早速タイムスケジュール作りを開始した。














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