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随分、更新が遅れてしまいました。大変申し訳ございませんでした。しばらくは遅れることもございますが、がんばって更新しますので、今後ともよろしくお願いします。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします、チアキ先生」
澪がチアキの姿を見つけて走り寄ってきた。
「おはよう、澪ちゃん。ああ、午後、倉元も取材にくるらしいわよ」
チアキはいつものように明るくさっぱりした感じで澪に応える。
「そうなんですね。リハでもいらっしゃるんですね。さすが、倉元さん」
「あらかじめ情報収集していいとことろに絞って撮影したいからよ。だって長いでしょ。このコレクション。4時間もあるのよ。」
「そうですよね。ほんとそんなすごいショーに参加させていただけて嬉しいです。これもチアキ先生と倉元さんのおかげですよ。感謝してます」
「何いってるのよ。澪ちゃんの熱心な仕事をみたら誰でも一緒にやってみたいと思うわよ。あら、森ちゃん、おはよう!」
ロングな巻き毛をゆらして満面の笑顔で森川クリスがお辞儀しながら姿を見せた。
「ああ!チアキ先生!今日はよろしくお願いしま〜す。」
森川クリスは今ノリにノってるトップモデルだ。最近ではCMやドラマの主役など、露出が多い。澪はいつもモニターや雑誌でしか見たことがないので間近で森川クリスを見るのははじめてだった。森川クリスは澪よりまた身長が高く、手足は華奢で長い。母方がロシア系アメリカ人らしく、日本人離れした色の白さと金色にも思える明るいブラウンの瞳は周りの雰囲気からぬきんでて浮き立つ。誰もがはっと振り向きたくなる存在だった。
「ねえ、紹介するわ。こちらが香麗堂の真藤澪さんよ。」
「真藤です。よろしくお願いします」
澪はニッコリ笑って丁寧にお辞儀をした。
「あ!噂の澪さんですね。よろしくお願いします。」
クリスは大きな目をくりくりさせながら人懐っこい顔で笑顔を向けてくる。
「えっ?噂?」
「だってー、チアキ先生も倉元さんも仕事の打ち合わせの時、いつも澪さん澪さんってべた褒めなんだもん。気になるじゃないですかー。ほんとステキな人ですね。綺麗だし。悔しいなあ。」
すねた子供のようにクリスはほおをふくらませて口を尖らせる。チアキが困った子供に言い聞かせるみたいにクリスを注意した。
「ちょっと森ちゃん!失礼よ」
「えーだって、普通にOLなのに、すっごく綺麗だし、チアキ先生や倉元さんにみとめられるってなかなか難しいのに、べた褒めなんですよ。悔しいにきまってるじゃないですか。みんな澪さんに関心ありありで来ますよ、今日。」
「えっ?私に?」
「何ばかなこといってんのよ、森ちゃん、貴方は私が担当でしょ?早く準備なさい。時間押してるんだから。」
「はーい。」
クリスはちょっとしたいたずらをした後、叱られた子供のように笑っておどけて舌を出すといそいそと控え室に入っていった。
それから続々と雑誌でよく見かけるモデル達がやって来た。もちろん全員をチアキが当日メイクするわけではない。チアキはメイクをプロデュースして、自ら担当するのはそのうちトップモデルの5人のみで、あとはチアキのスタジオのスタッフと香麗堂が抱えるメイクアップアーチスト達で手分けをしてのぞむ。先週の打ち合わせでメイク担当者を揃えて全員でチアキからメイクのイメージとメイク方法の像あわせを事前にすませている。今日は衣装も一部を除いて実際に着用する服を揃えている。V誌とM誌の専属モデルはTV出演やドラマ、その他さまざまな仕事を持っており、皆、多忙でそうそう何度も集められない。今日も全員ではないが、約8割方集めることができた。今日はりはといいつつも本番さながらの雰囲気がある。
チアキは次々と手馴れた手つきでメイクしてはイメージチェックをして、修正が必要な箇所を書きとめ、手早く修正を施していく。あらかじめイメージしても個々のモデルの顔の特長や肌特性が違うため、計画はおおよそにしか立てられない。実際にメイクした時に完成する。チアキは自分がメイクをこなすだけではなく、ヘア担当のスタッフに指示しつつ、スタジオのスタッフや香麗堂のスタッフのメイクの仕上がりをチェックしてアドバイスを含めて修正箇所を告げて像あわせを次々こなしていく。それでも、生身の人間である。いくらプロでコンディションを整えてくるとはいえ、当日何があるかはわからない。当日処置しなければならないこともでてくる。そこはプロの腕のみせどころである。それでも、さすがに大きなショーを何度も経験しているだけあって、チアキは戸惑うことなくスムーズ且つコンスタントに仕事をこなしていく。リハとはいえ、チアキもそのほかのスタッフも嵐のようにめまぐるしく動き回っている。澪もあちこち写真を撮りながら挨拶してまわっているとあっと言う間にお昼の休憩の時間がやってきた。お昼はチアキの控え室に澪の分もお弁当が準備されていた。
「はあ〜。疲れた。」
そういってチアキは座り込むとお弁当をすごい勢いで食べ始める。そして早々に食べてしまったかと思うと、空になったお弁当箱をよけるといきなり顔を伏せて寝始めた。チアキのその様子に澪は驚いた。
「先生?だいじょう…」
「いいんだ。澪さん。チアキはいつもだから。短い時間でも寝るとすっきりして集中力があがるらしい。10分でもあればチアキは眠るよ。驚いただろう?チアキは一旦現場で仕事しはじめると半端じゃない集中力で爆発的に仕事をこなしていくんだ。それが、クノチアキの原動力さ。」
澪が後ろを振り向くと、そこにはなれた顔がにこやかに笑って立っていた。
「倉元さん、いらしてたんですか?食事はすみましたか?」
「いや、さっき打ち合わせで早いランチでいただいてきたよ。それより、様子はどうだい?」
「ええ。すごいですね。さすがですよ、チアキ先生。当たり前ですが、うちの商品を誰よりもよく知ってますね。先生が手にすると使い慣れた物のようにすばやく綺麗なんです。マジック見てるみたいですよ。さっき少し写真を撮らせていただいたんです。倉元さん、ご覧になりますか?」
澪がいそいそと傍にあったデジカメを取り出し、倉元に手渡した。
「ああ、是非」
倉元は慣れた手つきでカメラを操作して次々と画像を確認していく。
「へえ、澪ちゃん写真の腕前もなかなかだね。いい構図でとってるよ。」
澪はその言葉に照れくさそうに笑った。
「ええ?そんな、写真はド素人ですから写真の技術的なコメントは勘弁してください。」
倉元はくすくす笑う。
「いや、なかなかセンスあるよ。しかもいいところを撮ってる。」
「もう!倉元さん。」
倉元に褒められて顔を赤らめるが、専門家にいい視点だとほめられてるのである。澪はまんざらでもなかった。
「でも、チアキはやっぱりいい顔してるな。澪さんもそうだけど、チアキも仕事の時の顔はすっごく綺麗なんだ」
倉元は満足そうに画像に視線をやりながら嬉しそうに話す。その様子に澪も薬と笑ってうなずいた。
「そうですね。私も写真とりながらそう思いました。ステキな方ですね。憧れますよ。」
礼の言葉に倉元が顔を上げて澪を見てにこやかに頷いた。
「そうだな。俺もチアキには憧れるな。」
澪は倉元の思いもよらない発言に一瞬ドキッとさせられた。
「えっ?倉元さんが?」
澪が驚いて思わず倉元をまじまじと見つめてしまった。倉元は少し照れくさそうに笑ってもう一度頷くと再びカメラの画像に視線を落とした。
「ああ、チアキはいつも希望の星だなんだ。いつも一歩先で手招きしてくれてる。くじけそうなときもチアキの明るさや歯に衣をきせない辛口トークがいつも救いになるんだ」
倉元が懐かしそうに目を細める。澪はそんな倉元の意外な一面をほほえましく見つめた。
「あ、でも、わかります。私も何度も救われてますから。チアキ先生と話しをしてると元気でてきますよね。すごいですよね、チアキ先生って。みんなに頼りにされて」
「ああ、でも、竹を割ったみたいな性格に見えてるけどああ見えて結構繊細なんだよ。チアキは。さみしがりだし、失敗して泣いてる時だってあるんだ」
「へえ。倉元さん、チアキ先生のことなんでもしってるんですね」
「えっ?」
倉元は澪の指摘にドキッとする。
「ああ、付き合い古いからね。」
慌てて言い訳して答えながらも、澪の言葉への自分の心の反応がどこか引っかかった。
「ちょっと、何二人で人の話をしてるのよ。寝てる傍で欠席裁判はするもんじゃないわ」
いつのまにかチアキが目を覚ましていた。伸びをしながら片手を口にあてて欠伸をしている。
「裁判なんかしてないよ。チアキはすごい人だって話をしてたんだ」
倉元があきれたようにチアキに声をかけた。
「本当ですよ。チアキ先生」
澪もくすくす笑いながら声を揃える。チアキは冗談ぽく二人を睨むともう一度大きく伸びをして突然すくっと立ち上がった。
「さて、充電完了だわ。戦闘開始。倉元、終わりまでいるの?」
急にいつものチアキの顔に戻る。
「ああ、いるよ」
倉元がすぐに応える。
「そう…」
チアキが企むようににんまり笑った。
「じゃ、帰りに一杯付き合ってね。あ、澪ちゃんも時間あったらいかない?」
「え?いいんですか?是非!」
澪が嬉しそうに目を輝かせる。
「ということだから、倉元あとよろしく」
「はいはい。チアキ姫。店を見繕っておくよ」
倉元は優しい笑顔をチアキに向けると澪にも視線を飛ばして頷いた。
「よし!やる気が沸いてきた。じゃ、ひとがんばりするわ」
そう言って勇んでチアキは控え室を後にした。