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お待たせして申し訳ございません。おそくなりました。
PCの調子が悪く、携帯での執筆、推敲のため、すこし時間がかかり、遅くなってしまいました。 携帯での作業はなかなか苦労しますね。笑
今回は流星の話の続きです。どうぞおつきあいください。m(_ _)m
「ヴィオニエ事業部から上がってきた計画をもとに見積もりを計算しますと、3年でこのブランドは270億に達する見込みで早ければ、5年で採算ベースに乗る可能性は十分かと。」
幹部は無表情のまま、誰も何も発しない。
「もう一度市場状況の資料を出してくれないか」
「はい」
流星も顔色を変えずに淡々と幹部の要望に応える。会長、常務、専務が頭を寄せて真剣な面持ちで資料を時折指をさし、なにやら密談をしている。その様子にまわりがざわついた。それでも流星は顔色を変えない。いつものクールフェイスを貫く。ヴィオニエ事業本部長の方が緊張して青い顔をしていた。
「ふむ。なんとか収めたな。」
会長の鶴の声にその場の空気が溶ける。
「いけそうだな。それでは、来春、ヴィオニエ事業部をヴィオニエ・プロダクツとして発足できるように法務部へ」
「はい。かしこまりました」
ヴィオニエ本部長がほっとした顔で満面の笑顔で会長に頭を下げる。
「では、以上だ」
そういって幹部一同が退席した。
ヴィオニエ事業部は香麗堂の中でも個性派ブランドである。スキンケアからメイクブランドまで、フィトケミカル<植物化学>から生まれた自然志向派高級ブランドで、化粧品のみならず、美容健康食品もファンが多く、最近ではヴィオニエグッズも化粧小物だけでなく、バッグ、食器、その他雑貨等そのブランド力とデザイン性でここ10年で勢いよく売り上げを伸ばしてきた。このブランドを来春連結子会社として独立させようと2年前からプロジェクトチームが組まれた。流星は企画に所属しているが、鋭い視点とクールに客観的に分析するその卓越した計算能力を買われ、2年前、このプロジェクトチームにこの若さで異例の抜擢をされたのだった。
幹部の退席をやり過ごすと残されたヴィオニエプロジェクトチームの面々は立ち上がって、互いをねぎらう。
「春日くん、お疲れさま。よかったよ。最後はどうなるかと思ったよ。でも、さすがに君の読みは凄いな。しかも、資料はわかりやすいし完璧だよ。君に助けられたな、随分」
ヴィオニエ事業本部長がにこやかな笑顔で流星に握手を求める。流星は営業スマイルで応える。
「いえ、皆さんの熱意に応えたまでです。私は事業部の中期計画の内容を数字にしただけです」
「いやいや、君の綿密な下調べは本当に頭がさがるよ。あんな数字をどこからもってくるのかと感心しながら聞いてたんだよ」
本部長の言葉に傍に居たマネージャーもスタッフもしきりに首を振る。
「ありがとうございます。本音を言うと、私もほっとしました。本当に皆さんの思いを裏づけできたかどうか、自信なかったのですが、結果オーライです」
「そうか?そんなふうにはみえなかったぞ。自信たっぷりで話してたように感じたけどな」
本部長は上機嫌で流星を持ち上げる。流星は苦笑いして、遠慮がちに首を振った。
「今日はちょっとした打ち上げだな、人数確認して場所を確保しておいてくれないか」
本部長は隣のマネージャーにそう声をかけると流星にも行くだろ?と誘いをかけた。流星は疲れているから、今日は帰りたい思い出一杯だったが、仕方なく笑顔で頷いた。
その晩、会社のすぐそばの居酒屋の個室を貸しきってプロジェクトチーム全員参加で飲んで食べて盛り上がった。
流星も少なからず、久しぶりに少し気分が良かった。
2年前、プロジェクトチームに抜擢されたときは、なにも見えない状態の手探りのような状況だったので、今日の日を迎えられたことが、やはりうれしい。流星はいつの間にか学生時代にもどったかのような感覚に酔いしれる。しかし、流星は学生時代に懐かしく思いを馳せた途端、ふと昨日の仙道の話を思い出した。チームで協力して何かを成しえる達成感は本当に気持ちいい。流星は、できればあの頃に時を戻すことが出来たらと学生時代に思いを馳せた。そして澪のことも。もっと早く澪の想いに気付いてやれれば、今のようなことにはならなかったはずなのに…。流星がプロジェクトメンバーの話しに頷きながら頭の隅で後悔の念に駆られていたとき、ふと胸ポケットのケイタイが震えた。
「失礼」
そういってケイタイを取り出しつつ、席を立って外へ出た。画面には江怜奈の文字が浮かび上がっていた。流星の顔が途端にこわばる。
「ねえ、今どこなの?」
流星は電話にでたもののためらって一瞬言葉を発することができなかった。
「春日くん?ちょっときこえてるの?」
江怜奈がむっとしたように語尾をあげて尋ねた。
「…あ、ああ、ちょっと周りがうるさくて、聞き取りづらいんだ」
流星は咄嗟に適当な言い訳をする。
「飲んでるの?」
「ああ、ヴィオニエ事業部の人達とな」
流星はややため息交じりに言葉を返した。
「そう…。…今から出られる?」
流星は時計を見る。
「何か用なのか?」
流星が淡々とした口調で問いかけると、電話口から江怜奈のため息が聞こえてくる。
「…春日くん、婚約者が用事がないと電話しちゃいけないわけ?」
江怜奈は怒って流星に噛み付いた。いつも以上に江怜奈は気が立っているらしかった。流星は沈黙を保って何も言葉を発しない。
「とにかく、すぐに来て。貴方に会いたいの。バレリアンの向かいの角にスタバがあるでしょ?そこにいるわ」
そう言い放つと江怜奈は流星の返事を待たずに一方的に電話をきった。流星は電話をおろして画面を眺めると、重いため息をもう一度吐いた。
その後、流星が席に戻るとちょうど締めるところだった。景気よく全員で前途を祈って1本締めで盛り上がるとおのおの帰り支度しはじめた。流星は2次会の誘いを適当な理由を言って断わると、江怜奈の元へ向かった。この場所から10分ほど歩いたところだ。流星は重い足取りでスタバの前に来ると、すぐに流星に気付いたらしく江怜奈が店の外に出てきた。
「随分待たせるわね。どうせ、会社のそばで飲んでたんでしょ?なんで、こんなにかかるのよ」
江怜奈はイライラした様子で流星を睨みつける。電話でも感じたが、何かあったのか、感情が高ぶって落ち着かない様子が見て取れた。
「戻ったらちょうどシメだったんだ、だからみんなと一緒に店を出たからな。まさか俺だけ先に帰るわけにはいかないだろう?江怜奈、どうしたんだ、こんな時間に?何かあったのか?」
江怜奈は続けて文句を言おうとして、はっと口を閉ざす。しばらく黙っていたかと思うと急に流星の腕を取ると強引に引っ張った。
「こんなところで話していたくはないわ、いきましょ!」
そういって江怜奈はカツカツと歩き出す。しかし、流星を引っ張って歩き出した途端に江怜奈が急に立ち止まった。流星は危うく江怜奈にぶつかりそうになるのをなんとかセーブして立ち止まった。
「江怜…」
訳わからず流星を振り回す江怜奈にむっとして一言言ってやろうと口を開きかけたが、江怜奈の様子がおかしいことに気付いて口を閉ざした。江怜奈は通りの向こうをこわばった顔で凝視し、その場に釘付けになって立ち尽くしていた。その視線の先にはどこかで見かけたことのある男がやはり、江怜奈をじっと真顔で見つめていた。ああ、バレリアンのバーテン…、流星はその男の服装やバーテンには似つかわしくない雰囲気で思い出した。バレリアンはカウンターがメインの店である。カウンターは広々として常に2〜3人はカウンター内でバーテンが配置されているようで、江怜奈はいつもあの男の傍に座っていた。行きつけのようだったので、その男を贔屓にしているのかと思いきや目を合わせることもなく、注文以外の会話をしているのを見たことがなかった。しかし、流星にはあの男が気になってしげしげと眺めたことがあるので記憶にあったのだ。その男は端正な彫刻のよう整った顔はいつもクールで表情を変えることはなく、知性的な物静かな雰囲気をかもし出しているが、その雰囲気はカモフラージュでいかにも野生動物が爪を潜めているような気がしてならなかった。時折、見せる鋭く漆黒のような瞳は強烈な程印象的で、闇の中を徘徊する猛獣のような鋭さを感じた。その男は数いるバレリアンのバーテンやウェイターの中でも異彩を放っていたのだ。
流星は二人の間で交わされる視線にただならぬ気配を感じとるが、江怜奈の傍でただ黙って立っていた。掴まれた腕に江怜奈の緊張がピークに達してきているのがわかる。その手はこわばるように痛い程力がこめられていた。江怜奈は感情が高ぶってわなわな震えているのすらわかりすぎるほどに流星に伝わってくる。流星が、江怜奈の腕を掴もうとすると、ふと、視線が自分に向けられた気がして男の方を見た。男が流星に笑いかける。しかし、それは決して好意的なものではなく、何か意味ありげに口元だけ笑って、視線は鋭く挑戦的に威嚇されたようだった。流星は反射的に訝しげにじっと見つめ返す。すると男はもう一度ふっと笑って店の中へと消えた。男が消えた後も江怜奈はその重く閉ざされたドアを見つめてその場に立ち尽くしている。
「江怜奈…?」
江怜奈は急に我に返ったのかビクッと大きく体が動いたかと思うと、さっきまでの強気でイライラしていた様子とは打って変わり、おどおどした様子で振り返った。
「えっつ?…あっ…」
ふいを疲れたかのように咄嗟に言葉が出てこない。
「あの男となにかあるのか?」
江怜奈は流星の言葉にカーッと顔を赤らめたかと思うと、ものすごい形相で怒りをぶちまけた。
「なんだっていうの?あの男は関係ないわ!みんな馬鹿にしてっ!なんなのよ!」
往来で大きな声でわめくように怒り出した江怜奈に周りが驚いて立ち止まって視線を向けてきた。
こういうヒステリーのような症状は流星は最近もう何度も見てきた。この状態だと衝動的に何か起こすことは目に見えている。流星はとにかく江怜奈を抱き寄せると近くに停まってドアを開けて待機していたタクシーに声をかけて乗り込んだ。江怜奈はしばらく流星の腕から逃げ出そうとあがいていたが、そのうちドアに身を寄せ、体をかがめるようにこわばらせると、無言で窓の外睨みつけた。流星はその様子を視界の隅でとらえながら、重い表情でタクシーの進む先の景色に視線を向けていた。