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 2号会議室。静かな空間にカタカタとキーボードの音だけが響く。流星はただひたすら画面を凝視し、男にしては優美な細長い指をしなやかに動かして、数字をリズミカルに入力していく。その間、指先以外はほとんど微動だにしない。その顔はどこにも感情がないかのように硬質でまるで温度が感じられない。流星は数字の入力が済むと一気にグラフに変換する。


「ふう…。なんとかなったな。」


流星は疲れた顔色で大きくため息をつく。これで明日の午後のMTで必要な資料はほぼ出来上がった。明日の午前中に概略をまとめたもののみコピーすれば十分間に合う。流星はふと時計に視線を落とす。20時過ぎ。ここの所、仕事が架橋に入って毎日深夜まで残業が続いている。いい加減36協定<※労働基準法第三十六条による協定。残業時間に限度が定められている。>に危うい。仕方なく、PCを終了させて片付けた。流星は重い足取りで会議室を出て行こうとすると、ケイタイが震えた。画面の表示は仙道将明せんどうまさあきだった。流星は今、大学の時のバレー部で同級生の仙道の借りているマンションに居候している。


「ああ、将明、どうした?」


仙道は大手証券会社に勤めていて毎日のように帰宅は深夜である。当然、今の時間も仕事中のはずだった。


「流星、今どこだ?珍しく早く終われるからな、仕事都合つくならたまには一杯どうだ?忙しいか?」


仙道は明るくノリのいいキャラで、周りの信頼も厚く誰からも好かれる。大学時代もいつもチームを盛り上げるムードメーカーだった。電話の向こうの能天気なほど明るい声にふと和まされる。流星はうっすらと笑みを浮かべて仙道に応えた。


「お前見えてるのかよ。まったく、するどいな。俺も今日は早仕舞いだ。今から帰ろうと腰を上げたところさ。」


「ああ、俺はお前のこと愛してるからな。なんでもわかるのさ」


「ばか、気持ち悪いぞ、お前。俺はそっちの趣味はない」


流星は冗談交じりに冷たく言い放つ。


「はいはい。そうでした。お前は昔から女にモテたからな。たまには俺にも紹介しろよ」


「ああ、いつかな」


「ちぇっ!つれないな。お前、女にかけては昔から冷たいやつだよな」


電話の向こうで仙道が冗談ぽく笑っているのが聞こえる。ここの所、気分がめいりっぱなしで気軽に馬鹿を言える仙道が酷くありがたい。流星は仙道のマンションの近くの居酒屋で待ち合わせをすると電話を切って会議室を少し軽い足取りで出て行った。


 流星が到着すると既に仙道は来ていて、生ビールのジョッキを半分あけたところだった。


「悪いな、さきやってて」


仙道がジョッキを持ち上げて笑う。流星は仙道の屈託のない明るい笑顔につられて少し微笑んで頷いた。


「お前もビールでいいよな」


「ああ」


流星の返事を待つか待たないかぐらいで店員を捉まえて流星のと自分のおかわりのビールを注文する。そのついでに店員に笑いながら話しかけた。店員も笑いながら愛想よく楽しそうに会話している。

 仙道はこんな風に誰でも親し気に話しかけ、その明るく社交的なキャラで大概相手の心を掴む。昔から根回しがうまい。流星はクールで頭の切れる論理的で合理的な判断を得意とし、計算能力は抜群の冷静なマネジメントをする部長だった。しかし、仙道は人の気持ちを掴むのにたけている。常に理性的な流星に対して、仙道は対照的で部員の感情的な部分を見事にフォローする副部長として、当時の二人のコンビは絶妙だった。


「久しぶりだな、一緒の部屋にいるのにほとんど会話してないよな」


仙道と流星はクリーミーな泡が盛り上がったビールジョッキをやや手前に持ち上げ、アイコンタクトで乾杯のしぐさをする。


「ああ、お前の会社どうかしてるぞ、いったい何時に帰ってるんだ?ちゃんと寝てるのか?」


流星はそう仙道に返すとゴクゴクとビールを飲み干す。


「寝てるよ。ちゃんと。朝はお前の方が早いだろ?働いてる時間はお前と対して変わらないぞ」


仙道もクスッと噴出すように笑うと残っていたビールを飲み干して、空のジョッキを角に置き、追加したビールに手をかける。


「やっぱり、いいよな、仕事の後のビールは」


幸せそうに仙道が笑う。思わず、流星もふっと目を細めた。


「ああ、そう言えば俺も久々に飲むな。ここの所、会社につめていたからな」


流星はそう応えると大きくため息をついた。仙道はそんな流星の様子にやや顔を曇らせる。


「おまえ、疲れた顔してるな、色男が台無しだぞ、お前こそ寝てるのか」


心配そうに仙道は流星の顔を覗きこんだ。流星は一瞬ちらっと仙道を見たが、すぐに視線を逸らして愛想笑で返答する。


「ああ、大丈夫だ。おまえこそ、俺が居候なんかして迷惑だろ?気ぃつかわしてるだろ?」


「いや、そんなことないよ。むしろ大歓迎だね。深夜疲れて帰るだろ?寝ていたにしろ、帰ったときに誰かがいる気配があるのはいいもんだぞ」


仙道が一瞬ふわっとやさしい表情を見せる。


「そう言えば、真藤さんは元気か?」


「ああ…」


流星が一瞬顔色を変える。すぐに平静を装ったが、仙道は人の顔色を読むのに長けている。


「ん?どうした?流星?」


「いや、別に。」


仙道は流星の一瞬の行動で何かがあったことを察知した。


「真藤さんとなんかあったのか?流星?」


流星は視線を逸らして黙っている。その顔は厳しく流星の端正でととのった顔から血の気がうせていた。しばらくの沈黙のあと、仙道が口を開いた。


「わかったよ。話ができるような状態じゃないってことか。悪かった。もう聞かないよ。飲もうぜ」


そういって仙道がまた、屈託のない顔で笑いかける。


「もう…手が届かないのさ…」


「流星?」


流星がぼそっと吐き捨てるようにつぶやいた。その顔には喪失感と絶望感がにじみ出ている。今までに見たことのない流星の落胆振りにさすがの仙道も息を飲んだ。


「もう、俺には何もない…」


「おまえ…」


「俺のせいなんだ。俺が自分をごまかして人の心をもてあそんで…。みんなを傷つけた。これは罰なんだ。自分の弱さのために澪すら守ってやれなかった…」


仙道は静かに独白する流星の青白い正気のうせた顔を真顔で黙って見つめている。


「俺にはいつもあいつしかいなかったのに…、あいつにも俺しかいなかったのに…、俺は馬鹿だ。本当のあいつの心を見ていなかった。己の恐れにとらわれて見失ってしまった」


そう言って自分をあざけるように苦しい笑みを浮かべる流星が仙道には泣いているように見えた。


「おまえ、真藤さんのことしか見てなかったもんな。気付いてたぜ?近くにいる連中はさ。お前ってばいつもクールでどっか遠いところから俺達を見てたろう?その冷静さがお前の魅力でもあったし、うちのチームの強みでもあったんだ。実際、お前の冷静な判断力はすごいからな。誰も気付かない先まで見越してそれにあわせてコントロールしてた。俺達はそんなお前に絶大な信頼感を寄せてたんだよ。でも、一方で、いつもは冷静なのに真藤さんのこととなるとお前は人が違ったように感情をおもむろに表わして、執拗なまでに執着する面を見せる。はじめは誰もが頭をひねってたんだ。でも、ずっと見ていくうちにおまえの人生には真藤さんしかいないんだって、ほかに何にも目にはいってないんだってわかった。おまえ、すっげえ才能があるのになんでもいとも簡単に捨てて真藤さんを選ぶもんな。俺達には理解不能だったよ」


仙道の話にはっとして流星が顔を上げた。そこには仙道のまっすぐな視線があった。目を逸らさずにそのまっすぐな瞳は流星に語りかける。


「将明…」


「でもな、ずっとチームで戦っていくうちにそんなお前だから、無欲なお前だから、誰も気付かないことに気付いて、冷静に的確に判断できるんだって、ほら、大学の2年の秋、合宿にいったろ?あの時お前が寝ちまってから、レギュラー陣で話してたことがあるんだよ。お前のことすげえやつだってみんな思ってたけど、近寄りがたいって話になって…。でもな、飯田が1人、お前を擁護するんだよ。後輩で肩身狭いくせにそこだけは譲らずに。ほんとうは酷く純粋で誰よりも繊細で誰よりも優しい人だって。先輩達は勘違いしてる、ってマジに怒って俺達にいい返してたんだぜ?あいつ、お前を本当に慕ってたもんな」


仙道は店の入り口のほうに視線をやると懐かしそうに目を細めた。流星は飯田の名前がでて、一瞬息苦しくなる。


「悪いな、取り留めのない話しちまったな。」


仙道がそういって一瞬微笑んだが、すぐに真顔になって流星にまっすぐに視線をやった。


「真藤さんはお前のすべてだろう?俺としてはお前にお前らしさを失ってもらいたくない。真藤さんとどうなったのかはしらないけど、お前の真藤さんへの思いは真藤さんを手に入れたいだけのものなのか?お前の愛情はそんな薄っぺらいものなのか?」


流星が驚いたように目を見開いて仙道を見た。


「普通のやつなら、他に女さがせよ、いい女なんて世の中たくさんいるだろって言ってやるけどな、おまえには無理だっていうのは今まで見てきて十分すぎるぐらいわかってるよ。真藤さんのためなら、命だって投げ出しそうなぐらいの勢いだったからな」


仙道が苦しそうに笑う。


「将明…」


「流星、俺はお前がうらやましかったんだぞ。あんなにひとりの女のことに夢中で他が見えないほどに思いいれられるお前がな。俺なんかさ、男には縁があるけど、女縁はからっきしだからな」


仙道が笑う。流星はそんな仙道をじっと視線で捉らえたまま黙っている。


「流星、お前達の間には特別に何かあると俺は思うよ。だから…、諦めるな…。…うまくいえないけど、諦めて欲しくないって言うのかな。人のことなのにな、俺、どうかしてるよな。さ、飲もうぜ。たまには男同士で、とことん飲もうぜ。家はすぐそこだからな。気にすることもない」


そう言って、仙道はいつもの屈託のない笑顔を見せた。





















 







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