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3#

 澪が会社に帰ってくると、飯田が眉間にしわを寄せて目配せをして口パクでなにか澪に言わんとしていた。そして小さく奥の会議室の方を指さした。


「おつかれさま。えっ?どうしたの飯田君。」


澪の顔には???が散っている。


「どうしたもこうしたもありませんよ。流星先輩がヒッジョーに機嫌悪く仕事してますよ。」


「え?流星?なにかあったの?」


飯田はあくまでも天然ボケの澪に頭を抱えて大きくため息をついた。


「なに言ってるんですか、真藤先輩。先輩が倉元さんに会いに行くのに楽しそうに出かけるからですよ。」


「え?」


一瞬赤くなる。


「な、なに言ってるの?お仕事よ。れっきとした打ち合わせ。」


澪が飯田を言い含める。実際、飯田も澪が倉元との打ち合わせに出かけていくときは気が気じゃない。飯田がむくれるように愚痴っぽく言った。



「仕事にしては、先輩、倉元さんと出かけるときが一番嬉しそうですよ。そりゃあ、流星先輩の怒るのもわかる気がするな。俺だって…。」


飯田がはっとして言葉を飲み込むと、やや頬を赤らめて黙りこんだ。


「え?」


澪が目を大きく見開いて少し首をかしげて不思議そうな顔をしている。いつもと違う飯田の様子に澪はじっと観察するように覗き込んだ。飯田は澪にじっと見つめられるとますます心臓が高鳴る。それでも心の中で飯田は、おちつけ、ばれるなよと言い聞かせて平静を装った。


「いえ、なんでもありません。」


飯田が低い声でぼそっというと自分のデスクのPCの画面に顔を向けた。


「ああ、真藤先輩が戻ったら、2号の会議室に来るように伝えてくれって。どうやら1人でこもってるらしいですよ。プロジェクトの仕事、かなりきついみたいで…。」


少しいつもと違う飯田の横顔が気になりながらも澪は生返事をして荷物を置くとフロアの奥の2号会議室へと向かった。


澪は会議室のドアの前にたつと、ドアを見つめて軽くため息をついた。ノックをしたが、返事がない。澪がそっとドアを静かに開けると、その瞬間、流星の刺すような視線にさらされた。一瞬手に汗を握る。流星の端正で綺麗な顔に表情はなく、黙ってじっと澪を睨みつけてくる。それでも澪が覚悟を決めて会議室にすばやく入り込んでドアをしめて振り返ると、再びじっと流星と視線が絡み合う。流星は視線を絡めたまま手にもっていた資料を机に置いてゆっくりと立ち上がって近づいてくる。その瞳の奥には怒りと執拗なくらいの嫉妬の炎が揺らめいている。澪はその瞳に息を呑んだ。


「澪…。」

 

流星は体が触れるぐらいに至近距離で立ち止まるとひんやりとした右手で澪の頬をなでた。澪は一瞬身震いをするが、そのままじっと流星の瞳に囚われるように見つめたまま立ち尽くしている。


「あの男に会ってきたのか?」


澪は流星の瞳に圧倒されて、一瞬心臓がきゅっと締め付けられるような想いにかられる。別にやましいことをしてきたわけではないのだが、流星にそんな目で見つめられると、倉元との打ち合わせに少しでも心躍らせていた自分に罪の意識を感じてしまうのである。


「…仕事で打ち合わせよ。」


澪は乱れる呼吸を整えて低い声でできるだけ平静を装って言った。


「それにしちゃあ、嬉しそうに出かけていくんだな。」


 流星は相変わらず鋭く刺すような視線を澪に向けながら澪にもう一歩近づくと、あいていた左手で壁に手をついた。流星が迫ってきたので、澪が一歩後ろへあとずさりすると背中が壁に触れる。もうあとがない。澪は流星と壁にはさまれて囚われた格好になった。流星は唇が触れるか触れないかぐらいに顔を近づけて身体を密着させてくる。息がかかるくらいの距離に澪の心臓は痛いほど激しく打ち付けてくる。そして力強くスパイシーなエゴイストの香に包まれると、途端に澪は体の芯から熱いものがこみ上げてきた。ベースノートのムスクの香が流星の匂いとあいまって強烈なフェロモンのように甘く澪に絡みつく。


「何いってるの?Beauビューの企画が倉元さんのおかげでいい方向へすすんでるのよ。嬉しいに決まってるじゃない。」


 澪は今にも流星に縋りつきたくなる想いをぐっとこらえつつ、流星の静かに痛く突き刺さるような視線を浴びながら、澪に対しての執拗なまでの熱い想いを受け止めていた。同時に狂ったように打ちつける心臓の音やこみ上げてくる熱が流星に悟られないようにと心の中で願った。


「仕事ね…。」


冷たく流星が言い放つ。


「そうよ。倉元さんとの間に何もないわよ。」


しばらく黙って二人が見つめあう。


「ふん…。まあ、いい。」


流星が冷たく口元だけで笑った。そして澪の唇に軽く唇で触れるともう一度澪の瞳をじっと真顔で見つめた。


「おまえは誰にもやらない…。」


 流星の瞳は先ほどにも増して厳しく突き刺さる。澪はその言葉にかっとして体中の血液がすべて逆流して中心に集まってくるかのような感覚を覚えてぶるっと体を震わせた。すぐに肌もじんわりと熱を帯びてくる。澪は体の中に熱の塊の存在を感じながら、荒れ狂うように打ち付ける鼓動を抑えようとしてゴクリと唾を飲み込んだ。


「8時にロビーで待ってる。」


流星がそう言った時、ドアをノックする音が聞こえた。流星は、ぱっと澪から離れて返事をした。


「失礼します。」


女性の声が響いて、ドアが開いた。今どきOL風を絵に描いたようなファッションに身を包んだスタッフの江川だった。江川は流星1人が部屋にいると思っていたため、ドアを開けるなり、澪の姿を見て一瞬驚いた風にリアクションをしたが、そそくさと流星に近づいて資料を差し出した。


「先ほどおっしゃってた数字揃えましたので…。」


「ありがとう。」


流星は無表情で江川から書類を受け取ると、江川は少し頬を赤らめるとにこりと笑いかける。そして江川がちらっと澪に視線を向ける。澪はいたたまれなくなってそそくさと江川の横をすり抜けてドアへと近づいた。


「あ、真藤さん。」


流星がいかにも仕事の用事とばかりに澪を姓で呼んだ。澪はまた腫れ物にさわられたようにビクンとして振り向いた。流星が綺麗な顔で涼しげに微笑んだ。


「では、先ほどの件よろしくお願いします。では、後ほど。」


澪は一瞬、戸惑ったが、ぎこちなく笑い返してお辞儀をして出て行った。



 2号会議室を後にした澪はまだ覚めやらぬ熱をもてあまして、すぐにデスクに戻らずに休憩室へと足を向けた。幸い、休憩室には誰も居ない。澪はほっとしたようにドリンクのコーナーにいってアイスコーヒーのボタンを押した。なみなみとコーヒーがカップに褐色の液体が注がれる様子を見ている間にさっきの流星の言葉を思い出だして、静まりつつあった鼓動がまた再びぶりかえしてくる。コーヒーが一杯になった音に反応してはっと我に返る。

 何考えてるの、澪、今は仕事中よ。そう言い聞かせると澪はカップを手に取り、一気に喉へ流し込んだ。ひんやりとしてほろ苦いのがちょうどいい。

 流星は独占欲が人一倍強くて、あんな風に時々呼びつけては澪の気を翻弄させる。そして欲望をそそるだけそそってはぽんと放りだすのだ。まるで罰だといわんばかりに…。澪はその度に体の熱や乱れた呼吸をこうして収めるために苦労する。それでも、結局収まりきらず、帰るまで体の中で熱のくすぶりを抱えて仕事することになるのだ。

 体は正直である。澪は流星の傍にいると無条件に体が反応して理性が保てなくなる。あの暖かな肌のぬくもりと澪をそそる流星の放つフェロモンの匂いに思わず身を任せたくなるのだ。澪は周りには以前と同様に理性を保っているように見せているのだが、実際は流星におぼれているんじゃないかと自分でも自覚できるぐらいに最近の澪の心は流星で占められていた。唯一、仕事の時だけは仕事に夢中になれるのだが…。そんな澪の思いを知ってか知らないでか、流星はやきもちを妬いてはこんなことで澪を煩わせる。


「私はあなたしか見てないのに…。」


そうつぶやくと、澪は窓の外のビルの群れに目をやりながら大きくため息をついた。










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