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俺は今何をした?

澪に…。

いい加減にしろ!

中途半端なことをして澪を悲しませるな。あの涙はお前の所為だ!

澪…。


流星は自分を責めながらも早足で席にもどると資料とPCを置いてそのまま部屋を出てホールへと向かった。ホールに出ると流星は一番近いエレベータの前に走り寄り、昇階用のボタンを荒っぽく押す。エレベーターの扉はボタンを押すと同時にすぐに開いた。流星はまだ扉が開ききらないうちに中に飛び込んでせわしく最上階を押す。扉が閉まると流星は耐え切れない思いをもてあましつつ、エレベータの壁にもたれてうなだれた。


澪…


「くっ…」


涙を堪えるようにぐっと拳に力をこめる。


しばらくしてエレベーターが止まり、ピンという音とともに扉が開いた。流星は力のない歩きでエレベータホールを抜けると非常階段の重い扉を開いた。そして一瞬立ち止まって階段を見上げると、重い足取りで一つ一つ階段を昇っていった。頂上まで昇りきると、「開放厳禁 関係者以外立ち入り禁止」とかかれた看板を無視してその向こうの扉を押し開けた。


屋上に出たとたん、流星は強いビル風の突風にさらされた。真夏の湿気を含んだ熱風が流星を拭きつける。風が止まると今度は温室のようにじとっと湿った空気が肌にはりついた。空を見上げると今にも雨が降り出しそうなほど、どんよりと重く厚い雲が広がり、周りは暗く灰色の湿気に包まれている。


「今の俺にぴったりだな…」


ふっと諦めたように笑ってつぶやくと、屋上のフェンスの辺りまで歩いた。周りはオフィス街の一等地なため、ビルで囲まれている。けっして見晴らしがいいとはいえない。ここのビルは一見新しく斬新なビルに見えるが、建てられてから随分年数がたっている。建てられた当時はモダンでこの辺りでは1・2を争うほどの高層ビルだったらしいが、その後立てられた周りのビルはもっと高く、ここは見晴らしがいいというよりはまわりのビル群が迫ってきているかのようだった。流星は暗く立ち込める雲によって光を失った無機質なビル群を眺めた。

 あの時、思わず澪の手を掴んでしまったことを思い返す。ほぼ衝動的だった。今まで、どんなときでも自分を抑えることは出来たはずなのに、あの時は気付くと澪を引き寄せて抱こうとしていた。流星は、あの瞬間、どうしても本能的に澪を欲してしまう自分を思い知らされた。


「くそっ!」


流星はフェンスに指を絡めて力をこめると何度も打ち付けるようにフェンスを叩いてその思いをぶつけた。


「澪…」


澪の少しグレーがかった憂いある瞳、やや細くて綺麗に通る透明な声、柔らかな髪、滑らかで少しひんやりした肌、昔からなじんだ澪の匂いすべてが流星を惑わせる。


「…くっくっく馬鹿だな…、俺は…。いい加減諦めが悪い」


流星はフェンスにもたれて笑い出した。


もうどうでもいい…

どうせ俺が自分の手で澪を幸せにしてやれるわけじゃない。今だけ…

時間がたてば澪だって忘れられるはず…


「くっくっくっく…はははは…」


「何がそんなにおかしいの?春日君。」


流星はその声に振り返りはっと顔色を変えた。


「江怜奈…」


「こんなところで1人笑いなんて、おかしな人ね。何がそんなに楽しいの?」


江怜奈が流星の傍にきていつものねっとりとした視線で流星を見上げた。流星はこわばった顔で黙ってじっと見返す。江怜奈は流星の目を捉えたまま、ニッコリと笑って流星に腕を絡めてきた。


「そう言えば、考えてくれた?結婚式の話。両親にも話をしないといけないのよ。いいでしょ?」


流星は厳しい視線を向けると深呼吸をしてから口を開いた。


「江怜奈、今、その話はしたくないんだ」


そして江怜奈が絡めた腕を解いて江怜奈から離れて背中を向けると、周りのビル群に視線をやる。


「必ず返事するから、今は1人にしてくれないか」


江怜奈の表情がピクっと動いた。


「さっき、企画室に真藤さんがはいっていくのを見たわ。しばらくしたら、あなたが飛び出してきた。会ったんでしょう?真藤さんと」


「…」


「隠さなくてもいいじゃない。話してあげてよ。私達の結婚式のこと。なんなら招待してもいいわ」


流星がピクっとこめかみを吊り上げる。


「悪趣味だな」


江怜奈はにやりと笑った。


「なぜ?あなたの幼馴染でしょう?呼ばないのも失礼じゃなくて?」


流星はちらっと江怜奈に視線をやるとうっとおしそうな表情をした。


「もういい。今は1人にしてくれ。たのむから…」


江怜奈は瞬間、目を剥いた。そして片側の口角をあげていやみっぽく笑う。


「だめよ。1人になると貴方はあの女のことばっかり考えるもの。あきらめなさいよ。あの女には貴方の後輩がべったりくっついてるじゃない。あなたよりお似合いよ」


「江怜奈っ!」


流星が鋭い視線で振り返った。


「それ以上言うな。俺はお前のものだからな、何をしても何を言ってもかまわないが、澪のことはいうな。たのむから澪に構うな!」


流星が声を荒げて言い返した途端、江怜奈の顔色を変わった。そして急にきびすを返すと走り出した。江怜奈はフェンスの扉の閂をぬくとフェンスの外へ飛び出した。流星は驚いてその後を追った。


「澪!澪!ってうるさいわね!私を馬鹿にする気?あなたと結婚するのは私よ!あの女じゃないわ!」


「江怜奈!ばかなことはやめろっ!危ないだろっ!」


「来ないで!今あの女は企画室にいるわよね」


そういって江怜奈がにやっと笑って社内の携帯電話を取り出した。


「私がここから飛び降りる前にあの女に電話したらあの女はどうするかしらね」


すでに江怜奈の目は尋常じゃない。


「やめろっ!江怜奈。わかったから。全部お前の言うとおりにするから、馬鹿な真似はやめろっ!」


ふっと笑ったかと思うと恐ろしい形相で叫んだ。


「もう絶対にあの女に会わないって約束して!」


「わかった。約束するから。だから、こっちへ来い。江怜奈!」


江怜奈が携帯をしまおうと下を向いたその隙に流星が江怜奈にとびついてフェンスの方に倒れた。流星は庇うように江怜奈を抱きかかえながら厳しい顔で目を閉じて大きく息を吐いた。








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