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「あ、先輩、おかえりなさい」


飯田がPCのキーボードを打つ手を止めて笑顔を向ける。


「ただいま、飯田君。はい、おみやげ」


「えっ?あ…これ、メゾン・ド・ショコラじゃないですか!うわあ〜」


澪はおもむろに喜ぶ飯田を見てクスクス笑う。


「飯田君、やっぱり知ってるのね。さすが、社内のアイドルだわ」


「えっ?そんな、僕はたまたまチョコが好きなんですってば」


飯田があわてて言い訳するのをにんまり笑って澪はさらにおもしろそうに飯田を構う。


「へえ、飯田君なら昔からモテたでしょう?たくさんチョコもらったんでしょ?」


「先輩、人聞きの悪いこといわないでくださいよ。俺はそんなモテませんてば」


「そうかしら?今年も君のデスクはチョコのプレゼントで一杯だったじゃない?」


「あ…あれは…。その…。みんな義理チョコですから」


「なに真面目に否定しるんだい?飯田君」


「えっ?あ、木村マネージャー」


木村が嬉しそうにニコニコして二人の会話に割って入った。


「まるで浮気を指摘されてあわててる男みたいだったぞ」


木村も楽しそうに飯田を構う。


「なっ!何いってるんですか!マネージャー」


「ははは。君をからかうとおもしろいな。どれ、美味しそうだな。それを肴に打ち合わせしようか」


澪がクスクス笑いながら頷いた。


「ちぇっ、酷いなあ…」


飯田はむくれた顔をしつつも社内ネットで空いている会議室の検索をする。しかし、いつも使う会議室はどこも空いておらず、唯一空いているのは企画室の中にある簡易なミーティングルームのみだった。


「ちぇ、ここだけか…」


飯田の頭にはチラっと流星の顔が思い浮かんだ。企画部は流星のいる部署である。今日に限って流星は会議室にこもっている様子がない。さっき見た一覧には名前がなかった。何かの会議中で席を空けていることを願いつつ、予約を入れた。そして電話の受話器をとると慣れた手つきでプッシュボタン4桁を押し、内線で社内の喫茶コーナーにコーヒーを注文した。


「企画室のミーティングルームしか開いていませんでした。でも、そこも2時間限定ですが」


一瞬、澪の顔がこわばった。飯田はそれに気付いたが、木村の前なので気付かないフリをした。


「ああ、いいよ。きっと一時間ぐらいかな。その後、僕は別件で出かけるから」


木村はいつものスマイルで気軽に応じると、澪としていたチョコレート談義に話を戻した。澪も今日は幾分リラックスしているようだ。やはり、クノチアキのところにいってくると澪はいつもひときわ明るい。先生にはかなわないなと軽くため息をついた瞬間、倉元の顔が浮かんでチクッと飯田の心が痛んだ。


『ああ、倉元は大人だからな。チアキがいつもあの男は完璧だってあんないい男はいないと絶賛してるよ。貴俊、お前のライバルはなかなか手ごわいな』


昨日は澪を駅まで送ったあと、いたたまれず、棚橋がきまって現れる店に顔を出した。棚橋は底抜けに明るい男で、気がめいっている時に会うと気分が晴れ晴れするのである。そんな棚橋に苦しい胸のうちを聞いてもらったときに言われた言葉が頭をよぎる。


貴俊、そんなこと気にしてどうする?先輩は流星先輩一筋っていうくらいだから、倉元さんなんか気にするんじゃない。俺は先輩を傍でささえられる立場にいるんだぞ。


飯田は自分にそう言い聞かせるとそんなもやもやした思いを払拭するように立ち上がった。


「さ、行きましょう。俺はPCを借りてから行きます」


会議室には通常備え付けのPCがあるのだが、ミーティングルームは簡単な打ち合わせ用のため、備え付けられてなかった。飯田は流星が席にいないことを祈りつつ、二人のもとを離れた。


木村と澪は二人で企画室に向かって歩き出した。すぐに木村がはっと何かを思い出したように立ち止まった。


「ああ、真藤くん、デスクに忘れ物したから先に行っててくれよ」


澪はクスクス笑って頷いた。


澪は木村の後姿を見送って1人になると急に表情を曇らせ、重いため息を吐いた。それから背筋を伸ばし、顔を引き締めると、自分を奮い起こすように企画室に向かって歩き出した。澪は企画室につくと部屋の中をおそるおそる覗いた。流星の姿は見えない。ほっとしたように部屋の中に入って企画部の人たちのデスクをやり過ごすと一番奥のミーティングルームの前に立った。扉を開ける前に大きく深呼吸して扉を開けた。

 瞬間、澪は息を呑む。そこには会いたくて、触れたくて、抱きしめたくて…恋しい思いを募らせたその人、流星がいた。

 いきなり扉が開いて流星は驚いて顔を上げる。そして飛び込んできたのが澪とわかると流星もはっと息を呑んで固まった。一瞬で部屋の空気が凍りつく。

 二人は我を忘れて視線を絡めあった。互いにあふれんばかりの愛おしさと苦しさが濁流のようにこみあげてくる。わずかに残る理性のかけらで今にもあふれ出しそうになる想いを必死で堰き止める。


「あ…、ごめ…ん」


澪はどうしていいのかわからずに、やっと言葉を口にするのだが、流星を捉えた目を逸らすことができない。これ以上、何かしようとすれば、衝動的に流星の胸に飛び込んでしまいそうで身動きがとれない。それでも、なんとか自分を奮いたたせて扉を閉めようとした。扉が閉じる瞬間、流星は咄嗟に隙間から澪の腕を掴んだ。そして澪を部屋の中に引っ張り込むと、すばやくに扉を閉めた。


「澪…」


流星は一方の手を扉を押さえるようにして澪を扉と自分の体で挟み込んだ。その瞬間、エゴイストの香りが澪を包む。澪は流星の懐かしい香りに思わず目を閉じる。流星は澪の腕を強く掴んだまま、至近距離で澪を厚い視線で見つめる。


流星…


あれから半月しかたってないのに澪には流星に会えない時間が果てしなく遠い時間のような気がしてならなかった。想いが通じていなかった頃でも。流星と会えないなんて考えたこともなかった。いつもニヤついて澪をからかいながらも必ず振り返ると流星が傍にいた。流星の存在を感じられないことなんてなかった。なのに今はこんなにも流星が遠い。澪はそれまでのいろいろな想いが堰を切ったようにこみ上げてきて思わず涙とともにあふれ出した。そんな澪を見て流星がビクッとする。澪は涙で一杯になった目を開けると縋るように流星を見つめた。


なつかしい匂い、なつかしい体温、なつかしい顔!

間違いなく毎日思い続けたただ1人の人流星!

会いたくて会いたくて、その声を聞きたくて…

寂しくて何度となく流星の名前を呼びつづけた…

その流星が今、目の前にいる…


そう思うともう何も考えられなかった。澪が堪えきれずに流星に触れようと掴まれた手と反対側の手を伸ばそうとすると、その時、流星がはっとして我に帰ったかと思うと、すっと体を離した。


「ごめん…」


流星は目をそらして、澪に一言謝ると、掴んでいた手に気付いて酷く狼狽しながら名残惜しそうに手を離した。手を離された瞬間、澪は恐ろしいほどの不安が押し寄せてくる。流星はそんな澪の落胆振りがわかるのか、端正な顔をゆがませてそのまますっと背中を向けた。


「流星…?」


しばらく、流星は応えない。澪はその背中をじっと見つめた。


何か言って!流星!


澪が心でそう叫んだ時、流星は背中を向けたまま口を開いた。


「…ごめん、…なんでもないんだ。…打ち合わせか…?」


澪は一瞬何を言われたか把握出来ずにしばらく言葉を失っていたが、深く深呼吸して自分を抑えるように低い抑揚のない声でやっとの思いで返答した。


「…ええ、…ここしか開いていなくて…」


「ああ、そうか…。部屋取りするの忘れてたな…。そうか、じゃ、空けてやるよ」


流星は部屋の奥に戻り、PCの蓋をすばやく閉じた。そしてテーブルに広げていた資料をあわててかき集めると澪の横を通り過ぎようとした。その時、冷たくヒンヤリとした細い手が流星の手を掴んだ。


「待って。流星…。私…私…」


そこへPCと資料を片手に飯田がやってきた。飯田は扉のノブに手をかけようとしてはっとして立ち止まった。


「私…流星がどんな状況でも、私は流星が好き。この先、一緒にいられなくても私には流星…あなただけ」


流星はその言葉にビクッとしてしばらくじっとしていた。そして澪に背を向けたまま低く曇った声で答えた


「澪…。俺のことは忘れてくれないか。お前には貴俊があってるよ。貴俊は優しい男だ。とことんお前をささえてくれるはずだ。こんな勝手で酷いやつなんか忘れちまえ」


そう言い放つと同時に扉を開けた。そこで流星は再び固まった。ドアの前には飯田が立っていたのだ。


「先輩…」


しばらく飯田の顔を辛辣な顔で見つめていたが、何も言わずに流星は出て行った。


「流星!」


追いかけようとする澪を今度は飯田が会議室に無理やり押し込んで扉を閉めた。


「先輩、耐えてください。ここは企画室ですよ。周りに人の目があります!」


そういってテーブルにPCと資料のファイルを置くと飯田が涙目で扉に穴が開きそうなくらいじっと見つめている澪を抱きしめた。


「先輩。仕事中です。耐えてください」


厳しい口調で言いつつも飯田は澪を優しく包み込むように抱きしめた。飯田の暖かい温もりとほのかに香るベルガモットの香りは澪を穏かにやさしくしみこんでくる。


「落ち着きましたか?先輩」


澪は飯田の胸の中で静かに頷いた。飯田は澪の両肩に手をやり澪から体を離して顔を覗きこんだ。


「じゃ、いつもの真藤澪にもどってくださいね。もうすぐ木村マネージャーがきます。涙を拭いてください」


そう言って飯田は優しい表情で澪の涙をぬぐってやった。澪は飯田の顔を見上げて少し微笑むともう一度頷いた。


「はい。ごめんなさい。もう大丈夫。いつもの真藤澪よ。ごめんなさい。取り乱したりして…」


「いいんですよ。僕はいつだって貴方を支えますから、いつでも泣きたいときは付き合いますから、仕事中だけは我慢してくださいね」


「ありがとう」


そういって二人は打ち合わせの準備を始めるべく席に着いた。しばらくして木村が忘れ物の資料を取りに行ったら電話でつかまってしまってと頭をかきながら申し訳なさそうにやってきた。そして、澪は今日の倉元とチアキとの打ち合わせの件を報告し、飯田は社内説明スケジュールについて報告した。


「いよいよ本格的にいそがしくなるぞ。しかし、社内説明は殺人並みのスケジュールだな。分刻みだ。大丈夫か?もう少し調整かけたらどうだ?」


木村が仕事が順調なことに満足して笑顔で澪に問いかける。


「はい。お気遣いありがとうございます。でも、毎度のことですよ。マネージャー。いつも段取りは飯田君が万全に取り仕切ってくれるので、私は話すだけなんです。」


飯田も笑顔で援護する。


「はい。任せてください。ちょっと説明用の机上用見本の仕上がりがギリギリなので心配ですが、後でもう一度進捗を確認に行って参ります」


「販売の方に気に入ってもらえるといいんですけど。できるだけ最新の情報を下げて説明に行こうと思いますので毎日説明内容が更新されますからちょっと忙しいんですけど、ここが正念場なのでがんばります」


さっきの折れそうなほどに同様した様子はなく、いつもの真藤澪の顔だった。仕事の時の澪は活き活きして凛々しい。


「そうだな。販売を取り仕切るマネージャーに気に入られないと店頭のBCビューティーカウンセラーも本気になってくれないからな。一番の落としどころだな。ああ、CMのVTRだが、間に合わせるようにちょっと強引だが手を回しておいたよ。なんとしてでも間にあわせてほしいって。そしたらさっき返事してきたよ」


そう言って木村が茶目っ気たっぷりにウインクした。


「えっ?間に合うんですか?良かった絵コンテのままじゃ伝わらないんでほとほと困ってたんですよ!さすがですね、マネージャー。ありがとうございます!」


澪は木村の抜かりない根回しに声が上ずる。澪の嬉しそうな様子に満足した木村はさらに話を続けた。



「それでね、明日、一本サンプルが届くんだ。聞くところによるとななえちゃんいい出来だったらしいぞ。真藤くん、いい子を落としたね。明日10時には届けるといっていたからみんなで見よう。モニターのある部屋をキープしといてくれないか」


「はい!かしこまりました」


澪が意気揚々と応えると飯田が援護する。


「楽しみですね。ななえちゃんの本気がみられるといいですね」


3人は顔を見合わせて進捗が順調な様子に満足気に頷きあった。















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