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佐々原との打ち合わせを10分少々ですませると、澪は一旦、ブランド統括マネージャーの木村ところへ報告に行った後、倉元と打ち合わせに出かけてくると飯田に上機嫌で声をかけて足早に会社を出た。
澪は倉元との打ち合わせにはことのほか楽しそうに出かける。なぜなら、倉元はさすがに元モデルでおしゃれなスポットをよく知っていて、毎回、今最先端のスポットに連れ出してくれる。
今日もベイエリアの海が一望できるスタイリッシュで静かな大人の空間のカフェに澪を連れ立ってやってきた。店内は少しテンポのいいジャズが流れている。
壁は打ちっぱなしのコンクリートで、大きな四角い板を不規則に張り合わせたようになっていて、店内はモノトーンでまとめられていた。床は所々段があって高くなっているところや一段低くなっているところなど、さまざまで、客同士の目線が合わないように配慮されている。すべてハイテーブルにハイチェアーでシャープなラインの造りになっていて、客同士の距離もたっぷりあるので、それぞれのテーブルで話される内容は互いに聞こえない。そして天井が吹き抜けで高くなっている上、店内はほとんどガラス張りのため、外の景色と同化しているかのように広々とゆったりとした感じを受ける。
「わあ、ステキです。景色もいいですね。こんな景色を見てると打ち合わせ忘れちゃいますね。」
澪は子供みたいに嬉しそうにはしゃいでいる。倉元はラテン系のような端正でメリハリのあるその形のよい顔立ちにクスクスと笑みを浮かべた。
「君は毎回、本当に嬉しそうに喜んでくれるので、連れてくる甲斐があるよ。今日みたいに遠くまで連れ出してしまって他の仕事の邪魔にならないかい?」
「そんな、毎日忙しいのは事実ですけど、時にはこんな息抜きみたいなこと必要ですよ。本当いろいろなところに連れて行ってもらえるので実を言うと倉元さんとの打ち合わせはとっても楽しみにしてるんですよ。」
澪はちょっぴりいたずらっぽく笑う。
「いい表情をするようになったね。幸せなんだね。なんだか妬けるなあ。」
そう言って倉元がやや苦笑いをしてため息をつくと、澪が小声ですみませんと言って、少し照れながら、嬉しそうに控えめに笑みを浮かべて肩をすくめた。
「今日の用件だけど、早速いい?」
倉元はふっとビジネスの顔になる。その表情を見て澪も気が引き締まる。
「はい。」
澪はやる気満々にはつらつと返事をする。
倉元との打ち合わせは毎回こんな風に、周りが見たら絶対にデートにしか見えないような雰囲気ではあるが、実際の内容は本当に仕事の話である。倉元との打ち合わせは内容はもちろんだが、段取りも効率もいい。仕事となると倉元は本当に切れ者である。
「ちょっとビッグなお知らせなんだ。もちろんそちらが承諾してくれればの話だけど。」
倉元が思わせぶりにニヤリと笑う。
「なんですか?」
澪も目をキラキラさせて興味深げに尋ねた。
「毎年、春と秋にうちの社のV誌とK誌の専属人気モデルが一度に集まって4時間通しでやるショウをしってるだろ?」
「ええ、毎年ご招待してくださってますもの。もちろんです。あの2万人以上集まるビッグイベントですよね。」
「そう。今年もドームで開催されるんだ。それで、今年はモデルへのメイクアップをクノチアキに頼むことになったんだ。」
「へえ、クノチアキさんに?」
「ああ、そうなんだ。今一番旬だからね。先日打ち合わせに行った折に、チアキと君の話で盛り上がってね。」
「ええ?私の?」
澪が驚いたような表情で倉元を覗き込む。倉元はそんな澪を見て目を細める。
「ああ、チアキとは古くからの知り合いなんだ。だから気心が知れててね、雑談に君の話がでてチアキも君をとっても気に入っていたらしく意気投合したんだ。」
「へえ、チアキ先生とお知り合いだったんですね。でも、言われてみればそうですよね。倉元さんもついこの間までトップモデルでしたもんね。」
澪が羨望のまなざしで倉元を見つめる。その目に一瞬ドキッとしながらも、倉元は話を続けた。
「君のところでスポンサーをするのはどうだろうかっていう話になったんだ。そのかわり、すべてのモデルのメイクアップは香麗堂の製品を使う。それプラス、ショウの始まりと途中の休憩でスクリーンに香麗堂のCMを入れる。そして会場周辺では、さまざまなキャンペーンを展開できる。こんな企画はどう?」
「ええ?それ本気ですか?」
澪の顔にぱあっと花が開いたように赤みが差し、嬉しそうに目がキラキラしている。
「本気だよ。会社にも了解を取っているんだ。商品の企画やうちとのコラボの企画内容を見て、是非にといってくれてるんだ。」
「はい!もちろんです、って言いたいところなんですが…、私には決める権限がないので、会社に帰ったらすぐ話してスポンサー契約の件検討していただけるように説得してきます!なるべく早くお返事いたします。それでいいですか?」
澪が興奮して上ずった感じで慌ててしゃべると倉元はまたクスクス笑った。
「良かったよ。君が賛成してくれて。じゃあ返事を待ってるよ。企画のほとんどは数日中に作っておくからいい返事をもらえたらすぐにでも進められるようにしておくよ。」
倉元がほっとしたような表情で澪に笑いかける。
「はい。これがスポンサー契約の企画内容の詳細だ。正式にはそちらの担当者と接触できた時にうちの担当者から詳しく説明させてもらうよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
澪は机に頭がつきそうなぐらい丁寧に深くお辞儀をした。その様子に倉元は目を細める。
「ところで、もうひとつ、レジントンでの話はどんなあんばい?」
テーブルと向かい合ってた澪が倉元の言葉にひょいっと頭を上げる。
「あ、はい、レジントンへは明日、ホテル側と手島企画の担当者と一緒に13:00から打ち合わせなんですよ。もっとも撮影のための機材持込の件とホテル側の対応だけですが。内容の段取りは今週関係者のアポイントを取りますので来週早々になります。ああ、倉元さんにも全員の顔合わせにいらっしていただけませんか?全体で打ち合わせしますので。全員のアポイントがそろい次第、連絡させていただきますから。」
倉元の目を見てしっかりと返答する。いつもの仕事の顔の澪である。澪はいろいろな表情を見せるが、仕事の顔は表情が引き締まって少しりりしさが光る。こんな表情がいいんだよなと倉元は心の中でふと思う。その瞬間少しやりきれない思いに胸が詰まる。まだ、心に引っかかってるいるのを嫌でも自覚させられる。そんな心の葛藤に苦笑するように倉元はまた澪に笑顔を向ける。
「了解。なるべく早く連絡をしてね。なんとしてでも調整してそちらへ伺うから。」
「はい。」
仕事の話が終わると人気モデルやアーティストの近況などを話して、打ち合わせを終えた。




