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14♯

 澪が気付くと見知らぬ部屋の中のようだった。はっとして起き上がろうとする。


「澪ちゃん、いいの、心配しないで。ここは私の家よ。」


ふと声のする方を見るとチアキがダイニングキッチンから澪の様子を覗き込んでいた。


「調子はどう?熱は下がったみたいだったけど、どこか調子悪いところはない?」


澪はなぜチアキの家に自分がいるのかわからないといった顔をしていたが、取り合えずチアキの言葉に返事をする。


「あ…いえ…。大丈夫です…。」


「さあ、少し何か食べれる?軽くと思ってお雑炊を作ってみたんだけど、一緒にどうどうかしら?」


「え…?あ、すみません。…はい、いただきます。」


チアキがクスっと笑ってキッチンからやってきた。


「立てる?」


「あ、はい。大丈夫です。」


 澪はリビングのソファベッドから這い出すと、自分の足でややふらつきながらもテーブルのあるキッチンへ移動した。その様子を後ろから心配そうに眺めていたチアキが、澪が座ったのを見計らうと、すぐにできたての雑炊を澪についでやった。澪はゆっくりと覚ましながらレンゲにすくった雑炊を口に持っていった。


「…おいしい…。」


かつおだしに醤油のシンプルな味によく火が通った柔らかい白菜やにんじんが入ってそれに玉子がとじてあるのだけなのだが、体が欲しているのか、ことのほかおいしく感じた。


「お水も飲んだほうがいいわよ。随分汗かいたりで水分不足になってると思うから。」


澪が頷くとチアキが優しくニッコリ笑った。一通り食べて落ち着いたところで、チアキが澪に話しかけた。


「随分疲れてたのね。もう、まる2日ここにいるのよ。澪ちゃん。」


「えっ?」


澪は驚いて部屋の中に日付がわかるものを探した。


「今日は16日よ。澪ちゃんが倒れたのは14日。」


「…!、あの私…。」


「ああ、大丈夫よ。慌てないで。飯田君に連絡しておいたから、お家にも連絡を入れてくれたわ。お母様から電話いただいたから。それに会社も飯田君がうまくやっておいてくれたようだから安心して。」


「すみません…。何から何までご迷惑ばかりかけてしまって。」


ふっと優しくチアキが笑った。


「それを言うなら、倉元にいいなさい。」


チアキが笑って立ち上がって急須を手にとると静かにお湯を注いだ。緑茶の良い香りがしてくる。


「あ、倉元さん…。」


「思い出した?あなた、ベイエリアで雨に濡れてふらふら歩いてたようね。倉元が車で通りがかって声をかけたら、急に倒れ込んで…。倉元が慌てて、私に電話してきたのよ。それで、家はベイエリアに至近距離だからとにかく私の家にいらっしゃいって連れてこさせたの。そしたら、熱が高くて…。近くにね、幼馴染の医者がいるのよ。内科医じゃないんだけど、とにかく来いと呼びつけて見てもらったの。雨に長時間打たれて体が冷えて熱がでてるだけだからと、家で暖かくして寝てれば大丈夫だって行ってたわ。だから解熱剤だけ飲ませてそのままここでやすませたのよ。」


澪は申し訳なさそうにうなだれた。


「はあ…。すみません…。」


澪は仕事の相手なのに倉元やチアキに迷惑をかけてしまったことに酷く落ち込んだ様子だった。


「なによ。澪ちゃんらしくないわね。元気だしなさいよ。」


そういってチアキが澪に暖かいお茶を注いで差し出した。


「さ、お茶でも飲んで。ま、もっとも、澪ちゃんがここで寝てるだけならいいんだけどね、二人の大男がさ、家にとっかえひっかえ出入りする方がうっとおしかったわよ。」


チアキが何か思い出してクスクス笑った。


「え?」


「倉元と飯田君よ。澪ちゃんの様子を二人がとっかえひっかえ見に来るの。来ないとなったら今度は電話攻撃。ほんと澪ちゃん、モテるわねえ。」


チアキが吹き出すように笑った。


「すみません…。」


澪が赤くなって俯く。


「やあねえ、責めてるんじゃないのよ。ちょっとからかってるの。」


「えっ?」


澪が顔を上げるとチアキがウインクして笑った。


「ねえ、なぜあんなところを雨に打たれて歩いてたの?よかったら話してみない?」


澪はチアキにそういわれておぼろげな記憶をたどる。そして突然はっとすると、澪の顔色は見る見るうちに青ざめた。


「澪ちゃん?」


澪は急に呼吸が速くなったかと思うとふらっと倒れそうになった。


「澪ちゃん?大丈夫?」


あわてて、チアキが支えたせいでかろうじて倒れずにすんだ。


「ごめんごめん、私デリカシーがないわね。無理しなくていいわ。さ、もう一度立てる?ベッドいって休みましょう。」


チアキはベッドまで澪をささえて寝かせると、すぐにキッチンにもどって水と薬を携えて戻ってきた。


「さ、薬飲んでもう少し眠るといいわ。家は一向にかまわないからね。ゆっくりすればいいのよ。」


「すみません…。ほんと何から何まで…。」


「さあ、もう気にしなさんな。」


チアキが優しく微笑んで澪に声をかけた。澪はすぐにとろんとしてきたかと思うと、もう一度眠りについた。




 しばらくすると飯田がやってきた。仕事の合間に向け出てきたようだった。


「すみません、チアキ先生。先輩どんな様子ですか?」


「ああ、さっきね少し起きたから、食事したわよ。今眠ったところ…。」


 飯田がソファベッドに近づいて澪の顔を覗きこんだ。澪の寝息は静かでじっと体を丸めるようにして眠っている。飯田は、澪の寝顔をしばらく眺めてから物音を立てないように静かにチアキの傍に戻ってきた。


「でも…、澪ちゃん倒れる前のことを思いだしたら、急にまた、調子が悪くなって…。それで今眠ったところ。あれは、尋常じゃないわね。何かがあった様子だったわ…。飯田君なにか心当たりある?あなたがいつも一番近くにいるから何か知ってるんじゃない?」


飯田はチアキに聞かれてドキッとした。澪が倒れた理由もわかっている。それを話していい物か飯田は決めかねて戸惑う表情を見せた。


「飯田君?つまらないこと考えるんじゃないのよ。私達は仕事上の付き合いだけど、仕事は仕事よ。今は澪ちゃんの友人として接してるの。なにか知ってるんだったら教えてちょうだい。」


チアキは真顔でじっと飯田の目を見据えた。飯田は、しばらく考える風だったが、ようやく口を開いた。


「先輩はおそらく、知ってしまったんだと思います。大切な人の真実を。」


飯田は澪が倒れる理由はひとつしかないと思った。おそらく上条が澪に話したのだろう。あの日タクシーに乗り込もうとした澪に赤い傘の女が声をかけて一緒に乗っていったと顔見知りの警備員が言っていた。飯田は1人で帰したことをこれほど後悔したことはなかった。自分がついていれば、澪は真実を知ることもなく、こうして倒れることもなかったのだ。飯田は流星とのことや上条の妊娠のこと等かいつまんでチアキに事情を説明した。


「そう…。そんなことが…。で、飯田君、どうするの?」


「えっ?どうするって?」


「だって澪ちゃんのこと好きなんでしょ?」


「えっ?なんで…?」


チアキは笑った。


「そんなのはじめからわかるわよ。あなたの様子見てはじめにピンときたわ。」


飯田はチアキの言葉に罰が悪そうに赤くなった。


「で、どうなの?」


チアキに問い詰められて、諦めたように飯田がため息をつく。


「もちろん、俺は今までどおり、先輩の傍にいるつもりですが、先輩が好きなのは流星先輩ですからね。その気持ちをどうこうはできませんよ。」


飯田は少し険しい顔をしてチアキに言い返した。


「そりゃあ、そうね、倉元も似た様なこといってたわ。」


「えっ?倉元さんが?」


チアキが頷く。


「ほんとあんた達はやさしいわね。私が男だったら、強引にでもこっち向かせちゃうんだけどな。」


「えっ?」


飯田が驚いた顔をする。


「嘘よ。澪ちゃんの気持ちを無視しては出来ないわよ。冗談。さ、飯田君、仕事抜けだしてきたんでしょ?そろそろ戻ったら?何かあったら連絡するから。」


チアキは飯田をなだめるようにして仕事へと向かわせた。





 入れ替わって夕方、倉元がやってきた。


「そろそろくる頃だと思ったわ。昼間ね、一瞬起きて食事したけど、すぐに眠ったわ。」


「そうか…。」


倉元はその場から眠っている澪に視線をやった。それから、飯田に聞いた話を倉元にもしてやった。


「そうだったのか…。ついこの間、幸せそうに笑ってたのに…。そんなことなら…。」


倉元が拳に力をこめた。チアキはその様子を見て大きくため息をついた。


「ほんと、澪ちゃんもね、あんたたちにしておけば、こんな苦しむことなく、幸せなのに。世の中、思うようにならないわね。」


チアキがチクリと棘のある言い方をした。


「すまない。迷惑かけてしまって。チアキしか頼れなくて…。男じゃこんな時役にたたないからな。仕事は大丈夫なのか?」


倉元は申し訳なさそうにチアキに尋ねた。


「ええ、今週はゆるやかなのよ。出るときは事務所のスタッフに来てもらってるし。っていっても、澪ちゃんはずっと眠りっぱなしだから、さして手をかけてないわ。よっぽど疲れてたのよね。かわいそうに。」


チアキがちらっと倉元に視線をやった。それに気付いて少し焦った顔をする。


「えっ?俺のせいだっていうのか?」


「冗談よ。あなたの仕事は澪ちゃんを輝かせるわ。」

チアキがふっと吹き出して笑った。


「あなたが自慢するからどんな子か興味があって仕事も請けてみたけど、本当、いい娘よね。才能もあるし。あなたが夢中になるのもわかる気がしたわ。なんだろ、一途ですごく気持ちいいのよね、この子と仕事すると。夢があるっていうか。忘れてしまいそうになる思いを掘り起こされるのよ。そういうことでしょ?」


チアキがおどけるように倉元の目を覗き込んだ。


「…ああ、そうなんだ。彼女といると、そんな純粋に夢を追いかけてた自分を取り戻せる気がして、妙にわくわくしてくるんだ。いろんな娘と仕事したけど、そんな思いにさせられたのははじめてだったな。」


そういって嬉しそうに倉元が微笑んだのでチアキが少しすねたように口を尖らせた。


「まったく、飯田君といい、あなたといい、澪ちゃんにベタぼれなんだから。ほんと焼けるわね。」


「えっ?」


倉元がチアキの顔を見上げようとすると、チアキがすかさず立ち上がる。


「様子見てやったら?気になってしょうがないんでしょ?私まだ、奥の部屋で仕事の途中なの。いいかしら?」


チアキが奥の部屋に向かって歩きながら背を向けたまま倉元に言った。倉元はチアキのその背中をじっと見ながらもああと返事を返した。


 チアキが奥の部屋に入り込むと倉元は静かに澪が眠るソファベッドに近づいて跪いて、澪の眠る横顔を覗き込んだ。澪のまぶたが濡れている。泣いていたのか…?そっとぬぐってやろうと澪に触れようとした。


「…りゅう…せい…。」


色を失くして少し乾いた唇が動いた。途端に澪の長い睫の奥から涙が湧いてくる。倉元は一瞬ぎゅっと胸を締め付けられた。それでも、気を取り直して澪の流す涙をぬぐってやる。


「諦めたはずなのに…。なぜ君はこうまで俺を惹きつける?」


ふっと苦笑いすると倉元は澪の髪をやさしく梳くようになでた。その様子を奥の部屋に入り込んだはずのチアキがドアの隙間から重い表情じっとで見ていた。



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