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11♯

その晩は仕事にならないと判断して一旦会社にもどると仕事を片付けて、飯田が澪を送って帰った。


「先輩、大丈夫ですか?」


飯田が心配そうに澪の顔を覗きこむ。澪はだまったまま頷くととぼうっとして歩いて玄関の中に消えていった。しばらくじっと澪の家の前で澪の後ろ姿を見送ったまま立ち尽くしていた飯田が、帰ろうと振り返ると、そこにちょうど流星が現れた。飯田はその姿をみるなり、流星をどなりつけた。



「流星先輩!何考えてるんですか!あなたは!」


そう叫ぶと流星につかつか近づいていって胸倉を掴んで頬を殴りつけた。その反動で流星は地面に叩きつけられた。流星は殴られた頬に手をやって一瞬飯田を睨みつけたが、避けるようにすぐに地面に視線を落とした。ピンと張り詰めた空気が二人を隔てる。


「先輩!」


何も言わない流星がもどかしくて、飯田はもう一度、地面に転がっている流星に掴みかかった。


「先輩、さっき、上条さんと歩いてましたよね。どういうことなんですか。真藤先輩はまた・・・。」


飯田が言葉に詰まって思いをはきだせずにいると、流星がふいに自分の胸倉を掴んでいる飯田の手をとった。


「貴俊・・・。ちょっと寄って行けよ。」


淡々とそれだけ言うと流星は立ち上がって、門を通って玄関の方へ歩いていった。飯田もしばらくはじっとその様子を睨みつけていたが、流星が玄関の中に消えたのを見て、勢いよく大きく息を吐き出すとしかたないとばかりにあとに続いた。


 流星は部屋にはいって上着を脱いでベッドの上に放り投げると飯田にソファにすわるように促した。飯田はこの部屋に来るのは久しぶりだった。大学が近かったせいもあって学生の頃はしょっちゅう出入りしていて、今の会社にはいってからも入社したばかりの頃はよく泊まりに来て飲んで愚痴をきいてもらったものだ。その頃とほとんど変かわらない部屋の風景だった。相変わらず澪の写真ばかりが目立つ。


「先輩・・・。何かあるんでしょ?本当のことを言ってください。」


飯田が流星に詰め寄る。


「貴俊・・・。澪を頼む・・・。」


思わぬ言葉に飯田が一瞬あっけにとられた。


「え・・・?」


「澪を幸せにしてやってくれ。」


「どういうことですか?」


飯田が訝しげな顔をしながら問い正す。


「・・・江怜奈は妊娠してるらしいんだ。」


「えっ・・・?それ、まさか流星先輩の?」


飯田が不可解と言う顔をして流星にあいコンタクトで回答を求めると、流星は飯田からすっと目を逸らして苦笑いしながら頷いた。


「らしい・・・。」


飯田の顔がしんじられないと言わんばかりにゆがんだ。


「そんな・・・。でも、あなたは真藤先輩が好きなんでしょ?だったら・・・。」


「あいつは産むって言って、聞かないんだ!」


流星は飯田の言葉をさえぎって黙って聞けといわんばかりの強い口調で言った。


「しかも・・・俺に結婚しろと。じゃなければおなかの子供もろとも死んでやるって・・・。冗談かと思ったら本当に目の前で飛び降りようとして・・・。あいつ本気だった・・・。なんとか止めたら今度は、あいつ・・・澪の目の前でおなかの子供もろとも死んでやるっていうんだ。しかもどこで調べたのか、レジントンホテルのプレス発表で死んでやるっていうんだ。」


「そんな・・・。冗談でしょ?」


飯田は流星の言葉に驚きを隠せない。上条は確かに気の強そうな女だが、今までに浮いた話が多く、飯田には1人に真剣になるなんてタイプには思えなかった。


「冗談じゃない。あいつは本気なんだよ!」


流星が声を荒げたので飯田はその瞬間心臓がきゅっとしめつけられるように血の気が引いた気がした。未だかつて、こんなに余裕のない流星を見たことがなかった。いつも飄々としていてクールに振舞い、その余裕ぶりに対峙する相手はいつの間にか優位にたたれてしまう。そんな流星が今日は別人のように余裕がない。


「・・・あいつの神経は壊れそうなぐらいもろくてヤバイ・・・。そうさせてしまったのには俺にも責任があるんだ。」


飯田は、流星の苦しそうに話す内容に言葉を失った。

部屋中ずっしりと質量の重い空気で占められてまるで身動きできないかのように流星も飯田もその場で微動だにしない。ここは飯田にとっては学生時代から来慣れた好きな空間だったが、今は息苦しく居心地は最悪だった。飯田はそれでも重苦しい空気の中、じっと耐えていたがそのまま流星は口を閉ざしたまま何も語ることはなかった。

それに痺れをきらして先に口火を切ったのは飯田だった。低くこもるような声は怒りをやっとの思いで抑えつけているのか不安定に震えている。


「それで、先輩は上条さんと結婚するんですか。」


それでも流星は応えない。その態度に飯田が急に声を荒げた。


「それじゃ、先輩はどうなるんですか!真藤先輩はあなただけなんですよ!今だって、先輩ぼろぼろになって帰っていきましたよ!」


「貴俊…。俺の身からでた錆びだ。澪に嫌われるのが怖くて今の今までずっと思いをごまかしてきた。こんな卑怯なやつへのバツさ。・・・あいつは仕事が生きがいなんだ。あいつには才能があるしな。それで光る女なんだよ。生まれて間もない頃からずっと一緒だった。あいつはいつでも何かをみつけて思い込んだらもう一途なんだよ。あいつは誰かのために生きる女じゃない。だからそんな澪を・・・俺はいつでもそばで守ってやりたかった・・・。でも・・・もう・・・それもできない・・・。あいつのために今の俺にできることは・・・。」


流星はそのまま言葉を詰まらせて黙り込んだ。今まで見せたことのないような悲痛な苦しみが滲みでた表情に飯田は再び言葉を失った。流星は涙こそ流してないが、飯田には泣いているように見えた。


「先輩・・・。」


「江怜奈に体はやるが心はやらないって言った。そしたらあいつはそれでもいいって・・・。」

流星が諦めたように嘲笑すると、急に向き直ってまっすぐな視線を飯田に向けた。


「俺はあとにも先にもずっと澪だけだ。だから、澪を頼めるのもおまえしか居ないんだ。おまえなら・・・。」


流星が真顔でじっと飯田を見つめる。


「おまえなら澪を幸せにできる。頼むな・・・。貴俊・・・。頼む・・・。」


そう言って流星は床に崩れるように膝をつけると両手を床につけ頭を下げた。流星の握られた拳はやりきれない思いがあらわれるように指が手のひらに食い込みそうなほど強く握られていた。飯田が流星の頭を上げさせようと近づこうとかがみかけた時、流星の体が小刻みに震えているのに気付き一瞬うろたえて流星に差し伸べようとした手を止めてしまった。結局、飯田は歪でずっしりとした重い塊を心に抱え込んだまま流星にかける言葉もなく黙ってその場を立ち去った。







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