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 「わあ、先輩!綺麗ですよ!チアキ先生ですか?」


澪が会社に戻るなりいち早く澪の繁華に気付いて飯田が賛美する。澪は照れくさそうに笑顔を見せた。


「チアキ先生にあなたと同じことを言われたわ。」


「えっ?美人が台無し…ですか?」


飯田がクスクス笑う。言い当てられて澪がまた顔を赤らめる。


「そりゃあ、チアキ先生、先輩を酷く気に入ってましたからね。モデルにさせろって試作品見に来た時もうるさかったじゃないですか。」


澪は途端にチアキにも飯田のことを言われたのを思い出してさらに真っ赤になった。


「先輩?どうかしたんですか?」


「えっ?いえ、向こうで写真撮られちゃったのよ。スタジオに飾らせてくれって。」


「へえ!そりゃすごい。是非、チアキ先生のスタジオ行く時は同行させてください。先輩の写真見たいですから。」


飯田が物欲しそう両手を組んでお願いポーズをする。


「ええっ?いいわよ、見なくても。恥ずかしいし…。」


「なんでですか?綺麗なものは綺麗なんですから、先輩そう照れなくても…。まあ、諦めてください。」


そう言って飯田はいつものように澪に明るく笑顔を向ける。


「あの…。」


ふと澪が真顔になって飯田に声をかけようとした。


「さあ、タイムスケジュール作ってしまいましょう。俺、3社分作りましたから。あと少しなんで、先輩の分も手伝いますからね。」


飯田は気付かないフリをしてすっと立ち上がった。


「おっとその前にコーヒー調達してきます。先輩も飲みますよね。」


飯田にニッコリ笑ってたずねられたので、澪はその勢いにつられて頷いた。しかしその返事を待たずして飯田は席を立って歩き出していた。澪はタイミングを失ってしまったので、ため息をついてしぶしぶPCのPOWERボタンを押した。



午後8時。


「先輩、おなか空きません?まだかかりますから、ご飯食べに行きませんか?」


飯田にそう言われてちらっと時計を見る。澪は流星のことが気になってできるだけ仕事にうちこんでいたいのだが、自分の仕事を手伝ってくれている飯田のことを考えてそうね、と頷いた。二人はいったん仕事を中断して、外へ食事に出かけた。


「何食べます?」


「簡単なものがいいわね。そんなに食欲ないし。」


飯田は少し顔をしかめたがすぐに澪に笑顔を向けた。


「じゃあ、麺にしましょう!そこの伊勢屋になんてどうですか。」


澪はうどん屋なら食べれそうなものもあるかもしれないと飯田の意見に賛成した。伊勢屋の店内は既に静かで夕食の波が通り過ぎたところといった感じだった。澪はざる一枚を、飯田はざる二枚と天ぷらを頼んだ。飯田の豪快な食べっぷりに澪がクスクス笑った。


「なんですか?」


飯田が照れくさそうに澪に話しかけた。


「いいえ、そう言えばスポーツマンだったんだよなってね、いつもあなたと食事に行くと思い出すのよ。」


「えっ?大食いだからですか?」


「そうね、今日はかわいいものだけど、いつもはもっとすごいものね。これにどんぶりがひとつつくもの。」


「そうですね、今日のはおやつみたいなものですから。」


さらっと飯田が言ってのけたので澪は驚いた。


「えっ?まさか帰ってからまた食べるの?」


「そりゃそうですよ。こんなんじゃおなか一杯にならない。」


そういいながら飯田は無心にうどんをほおばっている。


「えっ?もしかして遠慮してるの?飯田君。いいのよ、しっかり食べてよ。」


澪が焦って言うと飯田が手を止めてクスクス笑った。


「違いますよ。満腹になると眠くなるじゃないですか。仕事にならないんですよ。」


澪はほっとしてまたクスッと笑う。


「ああ、そういうことね。でも、よく太らないわね、そんな生活してて。」


「ああ、俺?エネルギー体質みたいですぐに燃焼されちゃうんですよ。ほら。」


飯田が不意に澪の頬に手を伸ばした。触れられた手にどきっとして一瞬固まった。飯田の手は飯田が言うように暖かいというより熱い。澪は飯田の思いに直接触れたみたいに感じてさっと体を引く。


「飯田君!」


澪がしかめっ面で睨みつけると飯田はいたずらっこのような表情で役得とつぶやいて舌を出す。それからニコニコ笑って、天ぷらを箸でつかんで口へ放り込んだ。


 食事が済むとと飯田がコーヒーを買っていきましょうとスタバに誘った。店内で注文した飲み物を待っている間、ふと窓ガラス越しに外に視線をやった。そしてすぐに澪の視線がそこに釘付けになった。すぐ目の前のカウンターの奥から店員がさわやかな声で澪に声をかけている。


「先輩?呼んでますよ?」


澪は飯田の声にも気付かずに、放心状態になって立ち尽くしている。飯田が不信に思って澪の視線の先に目を向けた。店と反対の通りに流星とその流星の腕に絡みつくようにしなだれた上条が何か話をしながら歩いてゆく姿があった。飯田がその光景にはっとしたが、同時に流星の無表情な顔に気付き、遠くなっていくその背中はなんだか哀愁が漂っているようにも感じた。もう一度店員に呼ばれ、我に帰った飯田は澪の分も受け取ると澪の腕を取ってすばやく店から連れ出した。

 飯田はすぐに会社に戻らず、会社と反対側の川沿いに澪を連れて歩いて行った。澪は黙りこくっている。しばらく歩いて人通りから外れたところにベンチがあったので、澪を促して二人でそこへ座った。飯田は手に持っていたスタバの袋を脇へ置くと、しばらく黙って二人で川の流れを見つめていた。

 飯田がすっと澪の手を握る。


「大丈夫ですって、流星先輩には何か事情があるんですよ。」


「…。」


澪は川に視線をやったまま黙っている。飯田はいたたまれなくなって、思わず澪を抱きしめる。今朝と違って余裕がないのか、飯田に抵抗する風もなくなすがままにされている。


「先輩、流星先輩を信じましょう。」


飯田がそういうと澪は飯田の腕の中でピクッと反応した。


「あんな二人を見て、信じろですって?」


澪が投げ捨てるように言葉を吐いた。その瞬間、澪が声を押し殺すように飯田の腕の中で嗚咽し始める。飯田は澪の頭を大事そうになでると澪の体をさらに抱き寄せてその抱きしめる腕に力をこめた。


『流星先輩、あなたはいったい何を考えてるんですか。』


飯田はその腕に澪を抱きしめながら心の中で流星を責めた。




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