ギャルゲーの世界に転生したらサルだった。「ウキィーッ」
ここはとある動物園。休日になると親子連れや初々しいカップルさんたちが
いっぱい来ます。
老若男女みんな楽しそうに見学してて、俺も微笑ましい気分でその光景を眺
めています。
あ、申し遅れました。俺はこの動物園の飼育員をしている――ってわけじゃ
無いんです。
俺、鮫坂ルカはギャルゲーの世界に転生したらサルになっていました。
あれは高校最後の夏休み――非リア軍団と名付けた三人の友人と自転車で坂
道を全速力で駆け下りる、という無駄な遊びをしていたら坂を上ってきたちり
紙交換のトラックに轢かれて即死しました。
享年十七歳です。まだチェリーさんで、女の子と付き合った事は皆無でした。
でも嬉しかったなぁ……お葬式のときちょっと顔を出したら、思いを伝えら
れ無かった大好きな女の子が俺の入った棺桶の前で号泣してて……
もう会えないのは悲しかったけど、最後に彼女に悲しんでもらえて本当に嬉
しかった。
葬式の後数人の男女でカラオケ行った事なんて俺は見てません。そのとき死
んでせいせいしたとか言ってた事も、一人のイケメンと熱烈なキスをしてたこ
とも、俺はな~んにも見ちゃいません。あれは幻覚です。
俺はその後天国か地獄か――はたまた○国に行くのかと路地裏をさまよって
いると、小さな女の子に出会いました。天使でした。――いや別にマイスイー
トエンジェル……とかそういう意味じゃ無く羽が生えていたんです。
いやぁ……トラックって本当にいいものですね。トラックに轢かれて亡くな
った方は異世界に転生する未来を選べるとか何とか、俺は迷わず選びましたね
何でもギャルゲーかエ○ゲーの主人公、どちらが良いですか? なんて聞かれ
て「あ、俺転生しなくていいです」なんて言うチェリーさんはいるわけ無いで
しょう。
ただですね。その天使さんが未熟だった事に俺は気付かなかったんですよ、
まさか主人公に転生させようとして……脇役以前に人間でも無い、動物園のサ
ルなんかに転生させられるとは思いもしませんでした。
「ユウ君見てーっ! おサルさんが手を振ってるよー!」
千歳ユウト。この世界の主人公、それと隣にいるのは……メインヒロインの
杉崎ワカバか。
ピンク色の髪に赤いリボンを巻きつけ可愛らしく微笑む女の子は、サルであ
る俺を指差して主人公さんの腕を抱きしめている。
「ユウ君! おサルさんって何食べるんだろう? バナナとかあげていいかな?」
本当はエサをあげてはいけないんだろうが、ここはギャルゲー世界。たとえ
ヒロインが規則を破っても、KYな警備員が止めに入ったりはしない。
「おサルさん! はい、バナナだよっ!」
キラキラした笑顔で俺にバナナを差し出すヒロイン。俺はありがたく受け取
ると、精一杯お礼を言った。
「ウキィーッ!」
さっきのヒロインからもらったバナナを平らげると、俺はまた檻の端にある
石の上に座った。どうやら俺のデフォルトの位置はここらしい、ここが一番座
りやすいし落ち着くのだ。
「あ……サルがいるわ……♡」
檻の外を見ると、今度は千歳ユウトが別のヒロインを連れてきた。
長い黒髪に若干不思議系な女の子。確か暗藤ミツとか言う生物部部長の女の
子だったっけ。
「ユウ……バナナあげてもいいのかしら」
主人公は静かに頷き、二人で一緒にバナナを持ち俺の方へ向けた。
「アーンするのよ……サルさん」
どうやら俺は主人公が連れてきたヒロインからバナナを受け取る役らしい、
なーんだ……意外とゲーム上必要な役だったのか。
俺はバナナをもぐもぐ食べながら、主人公とヒロインのカップルにもう一度
手を振った。
やっとこさバナナを食い終わり、皮をそのへんに投げ捨て「はーやれやれ」
とドサりと座り込んだ途端に、
「おおお! これが動物園……これがサルという動物なのか……!」
主人公千歳ユウトと、目の中に星が煌めいているヒロイン――あーっと、こ
の子の名前は確か……悠木フユカだったっけな。
でっかいお屋敷の一人娘で、外出とかもほとんどしたこと無い……そんなと
き主人公と家を抜け出して外の世界の素晴らしさを知り――とかそんな感じの
攻略方法だったな。――ああ何で俺がそんなに詳しいかと言うと、何のゲーム
が良いですか? と聞かれたときに、咄嗟に俺がやっていたギャルゲーの名前
を言ったからで、この悠木フユカのシナリオは俺もプレイしたことがあるから
だ。
「フユカ……一緒にバナナをあげてみようか?」
千歳ユウトの優しい声。プレイ中は主人公のボイスをOFFにしてたから気が
つかなかったが、かなりのイケメンボイスだ。声優さん誰だろう……
俺は本日三本目のバナナを必死に口の中に押し込んでいた。流石に同じもの
をずっと食べ続けるっていうのはかなり辛い。
だいたい読めてきた。分岐ルート以降は主人公が何人もいて、時間をずらし
ながら同じ場所に別のヒロインとデートに来ているのか……
待てよ、たしかこのゲームはサブ含めて十人以上のヒロインがいたはずだ。
サブの中にはこの動物園に来ないシナリオがあるとしても、メインヒロインは
もしかすると全員ここに来るんじゃ無いか……?
「見ろユウトーっ! サルだ! サルがいるぞ!」
聞き覚えのあるツンデレボイスとともに、金髪ツインテールのロリっ娘が主
人公千歳ユウトの手を引きながら走ってきた。
――ああ、こいつも攻略キャラだったっけ……たしか主人公の義妹で千歳コ
バト。イギリスだかからの帰国子女だけど日本語バッチリとかいう、超優等生
キャラだったなぁ……見た目はいかにもな自己中ツンデレキャラなのに。
「ユウト! バナナをたっぷり持って来い! あのサルは腹が減っているよう
に見えるのだ!」
もちろん指を差されたのは俺。だが待て、たっぷりだと? 俺はもう腹いっ
ぱいな上に、バナナは食いたく無いんだよ。
「ほらサル! 私がこんなにたくさんのバナナを差し上げたのだから、ありが
たくもらいなさい!」
「うぷっ……」
義妹さんは俺が全部食い終わるまで、じーっと期待の眼差しを向けているの
で食べないわけにもいかず、なんとか頑張って数十本のバナナを平らげた。
――つーかどこに持ってたんだよこんなたくさんのバナナを。
もうこれで最後だろう。――と考えた俺はまだまだ甘かった。
「オホホ……見なさい! サルがいますわよ」
園城寺レイカ。主人公の通う高校の生徒会長でお嬢様、学校長の娘で権力も
お金も何でも不自由無し! っていうテンケテキテキなご令嬢……ってキャラ
だったなぁ。
「ユウト! 私はあのサルが気に入りました。すぐにあのサルに食べきれない
くらいのバナナを差し上げなさい!」
もちろん指さされたのは俺。
すぐさま黒服の男たちが現れ、トラック二台分のバナナを檻の中に投げ込ん
だ。――これでも警備員も飼育員も来ないとか、この動物園世紀末だろ。
流石に食いきれるはずも無く、だからと言ってこのまま残しておくわけにも
いかない。もしこの後主人公と別のヒロインが来て、檻中にバナナがあったら
せっかくのムードも台無しになってしまう。それだけは避けなければならない。
なんとか他のサルたちも手伝ってくれて、残りは岩で作られた猿山の陰に隠
し、なんとか誤魔化した。
――これからバナナだけの生活が続くのか、やれやれ……
その後も千歳ユウトは何人もヒロインを連れてきては、俺にバナナを渡して
は去っていった。――どうせなら「サルが去る」とか言ってこの世界から去り
たかった。誰のせいでこんなところにいるんだ! ……俺のせいか。
しかしまあ……主人公とヒロインの恋仲が成就する大切なシーンだから……
俺も頑張らなくっちゃな。
閉園時間になり、お客さんはどんどんいなくなっていった。これからここに
いるサルたちと一緒に暮らすのか……なんて事を考えながら出口方面を見ると、
十数人の主人公が別々の道から別のヒロインを連れて出てくるのが見えた。
――あれ? これかち合っちゃったらまずいんじゃね?
同じ時間に主人公が別々のヒロインを連れてデートの帰り道を楽しんでいる。
これでお互いに出会ってしまったら、せっかくの甘いデートが……
俺は意を決し、最後の手段に出た。
「ウキィー! ウキッウキィッ! ウキーーーー」
盛大に泣き叫ぶ、主人公数人が立ち止まり俺の方を見た。ひと組は無心でキ
スをしていた。その内に杉崎ワカバを連れた主人公が出口から出て行った。
――よし! これを続ければ……
またしても全員出口へ向かう。――ここでまた。
「ウキィー! ウキッウキッ! ウー! ゲホゲホッ」
また主人公たちは一斉に俺の方を見た。――ヤバい、喉がかれてきた。
俺の決死の努力のおかげか、主人公たちはお互いに出会わずに動物園を出る
ことができたらしい。――やれやれ、俺は当分声が出そうに無いぜよ……
次の日。俺が目を覚まし檻の外を眺めると、信じられない光景が目に入った。
「何で今日もいるんだよ!」
入口から主人公が杉崎ワカバを連れてこっちに向かってくるのが見えた。
――そういえば、昨日必死に減らした園城寺レイカのバナナの山が無い!
なるほど、俺の登場シーンは今日のこの日だけ……
やれやれ……俺は一生、眠るかバナナを食うしか生きる道が無いのか……
喉の痛みもとれている。仕方無い、今日からまたバナナを食い続ける人生―
―サル生を頑張るか!
俺はそれから、どうやってバナナを食べれば、楽に食べ終わるかを考えなが
ら生活する事になったとさ。
ギャルゲーの背景キャラって本当大変なんですね。