表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

シリアルキラーショウ

作者: 一の沢慶舟

「ムシャクシャしたからやった」

 彼は動機について一言だけ語った。


 事件は某月某日未明に発生。

 自称、貿易商のA氏(仮称)が自宅近くの路上で死体で発見された。

 死因は失血死。腹や胸などを、鋭利な刃物で十数カ所を刺されていた。

 現場は人通りが少なく、深夜だったため事件発生当時の目撃者は無かったが、現場の状況から殺人事件であろう――と推測された。


 夜が明けて。

 マスコミが被害者のA氏を取材するようになってから、この殺人事件は思わぬ展開となる。

 生前、A氏が語っていた貿易会社は存在せず、勤務実態については不明。家族はなく、賃貸アパートに一人暮らし。近所での評判はほとんど聞かれず、そもそも彼の存在を知る者もほとんどいなかった。

 だが、取材を進めると、彼には五度の離婚歴があったことが判明する。

 しかも、現在、六度目の結婚生活中だった――遥か遠く地球の裏、コロンビアにて。

 彼は“ホセ・ズッコーニ”という偽名でコロンビア国籍を取得しており、現地の女性と結婚していたのである。

 派手な婚姻歴を暴くついでに、この事件の手がかりを得ようと、殊勝なマスコミの一社がコロンビアにまで記者を派遣した。

 未亡人は、十五万円のギャラと引き替えに快く取材に応じてくれたという。

 そして、彼女との間には息子がおり、現在はフットサルのコロンビアユースの代表選手で活躍中だということは分かった。

 だが、殺人事件については何も分からなかった。

 その後、現地で取材を続けると、未亡人はコロンビアの麻薬王の元愛妾だったことが判明した。その息子も愛人の血を引いているという。

 息子がユース代表選手になれたのも実の父親の権力によるものだ、というのが衆目の一致するところであった。

 A氏が、この事実を知っていたかは今となっては知るよしもない。だが、地球の裏側の島国で麻薬王の愛人を娶った男が殺された、というニュースは、様々な解釈を経て地球を半周していた。

 当事国の日本でも、なぜ“貿易商”を自称する必然性があったのか、という根本的な詮索から始まり。五度の離婚歴が判明した頃から、インターネット上ではA氏が“祭られ”るようになり、“ホセ・ズッコーニ”という偽名が明らかになるに至って、一気にA氏はマスコミ界の寵児へと上り詰めた。

 連日にわたって、ズッコーニ氏のエキセントリックな経歴が披瀝される。麻薬王の元愛妾が地元テレビ局の取材に応じ、カメラの前で号泣する傍らでマシンガンを構えた男が突っ立っている映像が配信されるや、多くの人々は無駄な想像力を大いにかき立てたものである。

 こうして、そもそもA氏がなぜマスコミに取り上げられるようになったのか、という根本的な原因すら忘れ去られようとしていた。


「そのような事実があったことは認識していない」

 証人喚問に立った国会議員の第一声である。


 A氏殺害事件から、ちょうど二週間後――そろそろA氏のネタも出尽くし、コロンビアの未亡人が要求する法外なギャラに苦笑が禁じ得なくなってきたころ。

 会社役員B氏(仮称)が駐車場で、頭から血を流して倒れているのを駐車場の係員が発見した。

 救急隊が駆けつけたとき、B氏はすでに死亡していた。

 死因は脳挫傷。鈍器のようなもので頭部を殴られ、それが致命傷となった。

 現場は、B氏が役員を務める会社の駐車場。衣服が乱れており、彼の自動車も荒らされていた。オフィスのセキュリティシステムに残っていた退社記録と死亡推定時刻から、深夜、勤務を終えたB氏が帰宅しようとしたところを殺害されたようだ。

 事件当時の目撃者は無かったが、現場の状況から強盗殺人事件であろう――と推測された。


 しかし、某新聞社の経済部記者へもたらされたリークをきっかけに、事件の様相は一変した。

 某社に脱税の疑い――申告漏れや過少申告などといったかわいげのあるものではなく、意図的に画策された悪質な所得隠し、背後には国際的なマネーロンダリングの形跡もある――があり、近日中に国税局の査察が入るという。

 その脱税の疑いがあった某社の役員の一人に、死体となって発見されたB氏の名前があったのである。

 脱税の疑いがある会社の役員が査察直前に殺されるなんて、絶望的にセンスのない新聞記者でも疑いたくなるほどに、これ以上はないというほどにキナ臭い。

 殺人事件は、たちまちのうちに脱税に絡む陰謀へと衣替えした。マスコミは、こぞって殺人事件の裏に隠されたとおぼしき、謎を解明しようとやっきになった。

 ところが、この某社。探れば探るほど、叩けば叩くほどホコリが舞う。この会社に目を付けていたのは、マルサだけではなかったのだ。

 違法な商品・サービスは何一つなかったが、ありとあらゆる詐欺まがいの脱法商法を駆使しており、公正取引委員会からマークされていた。

 利益がすべてを優先するという経営方針の前には、帳簿操作は朝飯前。コストダウンのためなら、労働法や基本的人権なんぞクソ喰らえ。法の網をかいくぐり、労働基準監督署とはイタチごっこを繰り返す日々であった。

 労働者問題と関連して、不法入国した外国人労働者を大量に使っており(無論、雇用契約など無い)、外務省からもマークされていた。

 その外国人労働者は、文字取りボロ雑巾のように使い捨て。NPO団体の調査によると、怪我や病気、強制送還などで国内で働けなくなった外国人労働者は、本国へ帰されることなく、臓器ブローカーに売り渡されていたという。人間を解体して、利益を上げていたのである。

 そして、これら外国人労働者の不法就労に関わる件で、与党のとある大物政治家の関与が噂されることとなる。

 この噂は後に、大物政治家が問題の握りつぶしや隠蔽、出国元の政府との口利きなどに一役買っており、その見返りとして巨額の賄賂や下半身接待を受けていた、という一大疑獄事件へと発展。政治家本人はおろか、現役閣僚らが証人喚問に立つことになるのだが、それはまた別の話。

 ――この大疑獄事件の発端が、B氏殺人事件だったのである。

 連日のように某社の経営実態が暴かれ、人々は無法行為に憤った。このころには、すっかりA氏殺人事件は忘れ去られていた。


「つい、うっかりしていました」

 この供述は調書には載らなかった。


 A氏殺人事件から半年――この間にも、時は刻々と刻まれ、事件は次々と起こった。

 某大手芸能事務所社長を勤めるC氏が、事務所に所属する“同性”のタレントとラブホテルから出たところを何者かに襲われ死亡。

 事件の解決よりも、社長と同性の所属タレントとの関係にのみ話題が集中。どさくさに紛れて、故人となった社長との関係を暴露するタレントが続出して、お茶の間を賑わせた。

 某政治家D氏が、国会議事堂内の女子トイレの個室で死体となって発見された。死体発見時、D氏は下半身を露出していたという。

 その後、D氏の自宅を捜索すると特殊な性癖があったことを伺わせる物品――盗撮もののアダルトビデオや自分で撮影したと思われる盗撮写真など――が多数発見される。

 国会では、特殊な性癖――パンチラの角度や盗撮のベストポイント、はては盗撮に使うカメラはどのメーカーが優れているのかなどなど――を巡って、連日、激しい論戦が繰り広げられることとなる。


 この半年間で起きた四件の殺人事件。一見、何の繋がりもないように思える。

 だが、道路交通法違反で逮捕されたトラック運転手Eの取り調べの最中。これら四件の殺人事件が、Eによる犯行であったことが判明する。

 ――余談だが、Eが無免許なのにトラックの運転を容認し、かつトラックの過積載を強要していたということで、Eが勤務していた運送会社の社長も逮捕された――

 Eは四件の殺人事件の実行をすべて認めた。だが、取り調べには一切応じず、ただ

「ムシャクシャしたからやった」

 と一言語っただけであった。以降、Eは黙秘を続ける。


 当然のように、四人を殺した殺人鬼にマスコミは大いに注目した。

 Eが警察署に護送されるときには、何十台ものマスコミ車両が車列を作り、上空には数機のヘリコプターが旋回した。

 警察署に収監されてからも、まるでEの追っ掛けのように、漏れ伝わる一挙手一投足に注目した。


 そして、Eの逮捕から二日目。

 Eが警察署から脱走した。

 脱走時、警察官の一人はトイレに行ったついでに自販機でタバコを買おうと思ったが細かい金がなく、仕方がなく同僚に小銭を借りようと思ったがすげなく断られて、売店でお札を崩そうとしているところであった。

 もう一人の警察官は携帯電話のメールに夢中になっており、その隙にEは脱走したという、なんともお粗末なものであった。

 まんまと警察署を抜け出したEは、近くに停めてあったマスコミのバイクを奪い、逃走を図った。


 それと同時刻、件のバイクを盗られた記者は、同僚が運転する車に乗り込んでランチを食べに行こうとしていた。この時点で、記者はEが逃走を図ったことを知らなかった。

 Eが駆るバイクは信号無視で交差点を右折――

「うわッ! 危ネーッ!」

 記者が乗る対向車は同じ方向へ左折しようとしていたため、バイクの寸前で急ブレーキをかけなければならかなった。

 Eは意にも介さず、そのまま大通を北へ向けて疾走。

「あんの野郎ーッ!」

 無茶な走りをするバイクに記者は歯噛みしていると、彼の携帯電話に着信があった。発信元は彼の編集部だ。

「はい、もしもし?」

『たたたた、た、大変だ! 逃げたぞ、アイツが! 脱走だ』

「っわ、なに言ってるんですか、編集長。どうしたんです?」

『逃げたんだよ、役員殺しのアイツが! 警察署から脱走したんだ!』

 編集長の声は裏返っている。とんでもない事態に部署内が上を下へのてんてこ舞いなのは、携帯電話越し聞こえる騒々しさからも推測できた。

「で、それで、アイツは! 行方は!」

 一瞬にして記者使命に駆り立てられた彼は、勢い込んで編集長に訊ねる。

『今はバイクに乗って逃げているらしい』

「バイク~ぅ? ったく、どこのバカが殺人鬼にバイクを!」

『大通を北に向かっている。他のマスコミも追ってるらしいぞ、お前も急げ!』

「おい、北だッ!」

 記者がハンドルを握る同僚に促すと、自分たちも同じ方向に向かってるとの返事があった。

 バイクは大通を突っ走り、某山の方角へと向かっている。

『今、ヘリからの中継が入った! 某山に向かってるぞ!』

 記者はフロントガラスから空を見上げる。上空には、マスコミ各社のヘリコプターが舞っている。バックミラー越しには、警察車両とマスコミ各社の車両が雲霞のごとく迫ってきていた。


 話題の殺人鬼が警察署から逃亡。白昼堂々のカーチェイスを、空から陸からとテレビ各局が生中継。

 唸りを上げてバイクが爆走する。地上からEを追うマスコミが、見事にバイクの音をマイクで拾っていた。

 警察車両が、なんとかバイクを追い込もうとする。

「そこだ、ツッコメ!」

 だが、警察車両は迂遠にバイクを取り囲もうとするだけで、決してバイクに特攻を仕掛けることはない。

「撃っちまえよ! なんのためにハジキ持ってるんだよ!」

 だが、日本の警察は逃走車両に向けて発砲することは許されない。

 日本中の人々が、テレビの前に釘付けとなり固唾を飲んでカーチェイスを見守っていた。

 ベビーカーを押した老人が、ヨロヨロと道路を横断しようとしているのを、上空のカメラが捕らえていた。

 バイクは巧みに老人の脇を駆け抜けていった。

 しかし、パトカーは彼ほどには小回りが利かない。

「危ない!」

 日本中の人々が、そう叫んだとき、パトカーはベビーカーを跳ね飛ばしていた。

 グシャリとひしゃげ吹き飛ぶベビーカー、そして宙をヒラヒラと舞うのは……大量の一万円札。

「お、おい、金だぞ!」

 路上にぶちまけられた大量の一万円札。まさしく降ってわいた札束に、周囲にいた人々が群がる。

 おかげで、後続していた警察車両とマスコミは、ここで足止めを食う羽目となった。

 ――これは後に分かったことなのだが、パトカーが轢いたのは札束を詰め込んだベビーカー。ベビーカーを押していたのは、老人に変装した銀行強盗だった。

 思わぬところで、銀行強盗は御用となってしまった。もちろん、金をネコババした人々も、余さず全て実況中のテレビカメラに納められていた。


「もはや、戦争だ」

 後日、幕僚長はこの発言の責任を取り辞任した。


 警察とのカーチェイスの果て、Eは某山の中腹に建てられた巨大リゾートホテルへと逃げ込んだ。

 このリゾートホテルは、第三セクター事業で建設されたものの経営不振に陥り破綻。未だに引き取り手もなく、管理もされずに遺棄されているという曰く付きのホテルであった。

 Eがリゾートホテルの中へ姿を消すと、やや遅れてマスコミの車両が到着。さらに遅れて警察車両が数台到着した。

 警察はホテルの入り口を固めると、どのようにしてEを追い込むか協議を始めた。

 なにせ、警察署内で容疑者に逃げられるという世紀の大失態を犯した上、容疑者とのカーチェイスとの挙げ句に捕らえきれずにホテルへ逃げ込まれるという始末。ましてや捜査の進展がマスコミによって逐一報じられ、国民環視のなか捜査を進めている実情だ。

 そして協議の末、八人からなる警察官部隊がホテルへ突入を試みようとした、まさにそのとき――後に、この様子を上空から撮影していたカメラマンは、「気が付いたときには、ホテルの窓から数条の火線が奔っていたんです。銃声は、その後から聞こえました」と語っている――

 先頭に立っていた警察官の頭を一発の銃弾が貫通した。それに続いて、地面を爆ぜる銃弾が無数に降り注いだ。

 時間にして、僅か数秒。八人の警察官たちは、物言わぬ死体となって地面に倒れ伏した。

 この光景は、地上と上空ありとあらゆる角度から、全てのテレビ局(NHK教育テレビとテレビ東京系列局は除く)によって、お茶の間へライブ映像で配信された。


 それから間もなく。

 国際テロ組織を名乗る某から、先ほどの警察官射殺に関する犯行声明文がインターネット上で公開された。

 犯行声明文によると、どうやら遺棄されたリゾートホテルは彼らのアジトになっていたようだ。ホテルが警察に取り囲まれたので、“自分たちの存在がバレた”と解釈したテロ組織が警察官に向かって発砲、射殺したそうである。

 国際テロ組織がこんなところに潜伏していたとはつゆ知らず――知っていれば、こんなところに来るはずもなかっただろうに――迂闊にテロ組織を包囲してしまった警察は、もはや上へ下への大騒ぎである。


 それから三日が経ち――日本国政府とテロ組織の対峙が続いていた。

 現場のリゾートホテルは、機動隊を先頭に厳重警戒態勢にある警察によって幾重にも包囲され、その警察官たちを取り囲むようにマスコミが押し寄せ、さらにそれを野次馬たちが興味深そうに見守っているという有り様であった。

 そんな日本中からの注目を避けるようにして、打ち捨てられたリゾートホテルの別館には極秘裏に特別捜査本部が設けられていた。

 特別捜査本部では、警察関係者や政府関係者が独楽鼠のように慌ただしく動き回っている。対テロ組織対策が極秘のうちに進行中であった。


 そして、日付が四日目に変わり、東の空が白み始めたころ……。

 リゾートホテルの一角から閃光が疾った。続いて、腹の底まで響き渡るくぐもった爆発音がビリビリと伝わる。無数の火線が疾ったかと思うと、銃声と爆音が山全体を覆った。

 ――これは後に判明することだが、SAT(対テロ特殊急襲部隊)がテロ一味を一網打尽にすべく突撃したのである。

 最初の爆発音から三〇分あまり……パタリと銃声が止んだ。現場はマスコミや野次馬の喧噪で相変わらず騒々しい。

 それから間断おかず、またぞろインターネット上でテロ組織による犯行声明文が公開された。SATを返り討ちにした、と。


 連続殺人犯の逃亡から一週間が経った。先ほど、二度目のSATの突入も返り討ちしてやった、とインターネット上で犯行声明文が公開されたところである。

 もはや警察の威信が地に落ち果てた。臨時に召集された国会では、ついに自衛隊の投入が正式に認められた。


 物々しい数の戦車がリゾートホテルを取り囲んでいる。その戦車に照準を合わせるように、マスコミのカメラが放列をなしている。上空には自衛隊とマスコミのヘリコプターが、互いに牽制し合うように旋回していた。

 右から左まで、あらゆる論客がマスコミを伝ってお茶の間を賑わす。インターネットでは、さらに斜め上や斜め下の論客らが熱弁を振るう。

 人が人を呼び、呼ばれた人がまた人を呼び……リゾートホテルが建っている某山の周りには、ありとあらゆる思想を持った人々が大挙して押しかける。おかげで対テロ対策を自衛隊に委譲した警察は、現場に押しかけてくる“思想家”を相手に戦う羽目となった。

 そして、この警察との諍いを見物しようと、さらに野次馬が集まる。

 利に聡い人々は、この騒動に便乗して屋台を開いている。自衛隊まんじゅうが売られるようになったのも、このころである。

 ――この後、かつて事業に失敗したリゾートホテルは、戦後、初めて日本の“軍隊”が発砲した地として歴史に名を残し、観光地として賑わうことになる。

 そして、国民がライブで、テレビで、インターネットで見守るなか、史上初の自衛隊による武力制圧が始まった。


「まるで戦争だな、こりゃ」

 ホテルへ向かって進行を始めた自衛隊を、ジュラルミンの盾を構える機動隊越しに眺めながら、とある新聞記者は表情が綻ぶのを隠しきれないでいた。


「当たれば死ぬな」

 戦車から放たれた砲弾が一瞬にしてホテルの壁を瓦礫に変えるのを見て、とあるテレビディレクターはチーズバーガーを頬張りながら、こう言ったという。


「この風、この肌触りこそ戦場よ」

 この日、現場に赴いた“一般市民”がインターネット上で書き込んだコメントで、最も多かったのがこれだったという(インターネット協会調べ)。


 テロ組織と自衛隊による戦闘は一昼夜続いた。だが、所詮は多勢に無勢。

 陽が暮れると同時に、テロ組織側からの反攻は止まった。

「ああッ、人です! 人がいます!」

 上空から戦闘の一部始終を捉えていたテレビカメラが、リゾートホテルの屋上に人影があるのを発見した。妙にハイテンションな実況が白々しい。

 着衣や外見特徴から察するに、どうやらこの人影は一週間前に警察署から逃走した、例の連続殺人の容疑者Eのようである。

 Eの発見からやや遅れて、ホテルから自衛隊員が出てきた。隊員らは慎重に銃を構えると、ジリジリと彼との距離を詰めていった。


「ッハァ、ッハァ……」

 Eは肩で息をしていた。一週間にわたる逃亡生活の結果、身なりは薄汚れ、疲労は極限に達し、表情はやつれ果てていた。

 病気の野良犬のようにうらぶれたEに、目の前の自衛官は銃口を向けている。階下に臨む戦車は砲塔を向けており、その戦車を取り巻くように無数のマスコミがフラッシュを焚いている。上空を旋回するヘリコプターからは機関銃とテレビカメラが覗いていた。

 そして、そのカメラの向こうでは幾千、幾万もの人々が固唾をのんでEを見つめている。

 Eに向けられる視線――日本中の目と眼と瞳がEに向けられていた。

「チクショー……チクショー、なんでこんなことに……」

 Eは自らの置かれた境遇を理解しながらも、この境遇に追い込まれた理由の一切を理解できなかった。

「ただ、オレは――!」

 Eは自衛官に背を向けると、屋上のフェンスに向かって走り出した。

「オレは――オレは、ただ目立ちたかっただけなのにッ!」

 ガシャッとフェンスの金網を掴む。

「お前らが! お前らマスコミが、一人殺せば人気者になれるって言ったから! だからオレは――!」

 しかしEの発言をマイクで拾うことはできず、この発言は一切報道されなかった。


おわり

 なんだか、いろいろあって、いろいろ書けない時期もあったんですが、とりあえず無理矢理書いてみました。

 雰囲気としては、『Memories』にある『最臭兵器』あたりなんかの影響を受けています。バイクでヘリコプターに追われてるとこぐらいなんですが。

 バカバカしいギャグと思って、笑っていただけると幸いです。


――ここまで2006年の執筆当時のもの――


 本作を読んでいただきありがとうございます。

 2013年になって「小説家になろう」に載せるために、ちょこっと修正しました。

 執筆当時と現在とでは、ネットを取り巻く環境の進歩の度合いがケタ外れに違うので、今となっては「なんで?」ってカンジの部分もあります。

 今ならテレビ局じゃなくて、一般ユーザーがスマホで動画をアップしまくったり、ヘタをしたら個人で実況までしちゃうんじゃないかと思います。

 その辺のリアリティの薄さは過去の作品として大目に見てあげてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ