第88話 策士になったった
(……うっ)
動こうとすると、ズキリ、と頭の奥に痛みが走る。
気が付けば、仰向けに横たわって石造りの天井を見上げていた。
いつの間に眠ってしまったのだろうか?
後頭部から肩の辺りまで、弾力のある柔らかいモノがクッションになっているような……。
「目が覚めたようね」
「ここは……?」
頭上から話しかけてきた声には、聞き覚えがあった。
見上げれば、こんもりとした2つの膨らみの間から逆さまに覗くのは、野性味のある美貌。
――狼獣人の女剣士。たしか、名前はナブラだったっけ。
……って、あれ??
「なっ、さっき死んだはずじゃ、しかも何で膝枕っ!? ――ぅづっ」
慌てて体を起こそうとしたら、頭痛がひどくなった。
視界がグラグラして、吐き気がしてくる。
もう一度俺がダウンしたところへ、ナブラ以外の人物から声が掛かった。
「まだ起きない方がいいよ。魔法が妨害されて使えない場所だってのに、相当魔力込めたでしょ?」
そうだ!
ナブラが刀を自分の胸に突き刺した場面に遭遇し、とっさに水属性の回復魔法を掛けようとして、激痛に襲われたんだった……
「この頭痛は魔法妨害設備のせいか……って、アンタ誰?」
「おや、ボクのこと忘れるって、キミ、何気にひどくないか?」
気さくな感じで話しかけてきた声の主。
痛みに顔をしかめながらソイツに視線を向けると――椅子に腰掛けてこちらを覗き込んでいるのは、女性と見紛うほど華奢な若い男だ。
細身の身体に、シンプルだが上等な生地を使った衣装、そして、神々しいまでの美貌を持つ、金髪の青年。
……っていうか第二皇子のトウマ殿下じゃないっすか!
――――――――――――――――――――
「し、失礼を」
慌てて起き上がろうとしたが、殿下に「まぁまぁ」と押し止められた。
「キミが目を覚ますの待ってたんだ。ナブラの蘇生の前に気絶しちゃうもんだから、ボクの実演見れなかっただろ?」
いや、アンタほんとに殿下?
一人称は「余」とか「我」とか厳めしい言葉遣いで、臣下の前では堂々としたカリスマオーラ半端無い感じだったのに……
身分を無視したあまりに気さくな態度、そして、ナブラとの試合後、勝者である俺へ送った「拍手」。
(……こいつ、『転生者』だな)
「心眼」スキルで確認することは出来ないが、この時代にそぐわない振る舞いは、前世の知識や習慣から来るものとしか思えない。
「ほら、じっとしてて。言っておくけど、この部屋も魔力妨害の効果範囲内だから、自分で回復系の魔法掛けないように!」
言われてみれば、場所も先程の応接室(地下転移施設への入り口が隠された部屋)ではない。
「ここは……?」
「ボクらだけで内緒話をしたいと思ってね。ドワーフのお嬢さんは、クリーグ達に丁重にもてなすよう申し付けてあるから、心配要らないよ」
居るのは俺たち3人だけ。
簡単な執務机と椅子の置かれた小部屋だ。
クリーグ(ハゲ)から尋問された時の部屋と同じ造りだな。
「建物の中は、どこも魔法が使えない。いや、そもそも聖魔法の使い手が居なければ、蘇生は出来ないはず……。一体どうやって?」
「まぁ見てなよ」
無駄に爽やかな笑みを浮かべながら、衣装の隠しから何かを取り出すトウマ殿下。
取り出されたのは、水色、青緑、濃紺、色違いの透き通った水晶玉が3つ、数珠のように円環状に連なったモノ。
精緻な彫金を施された金具と鎖紐で連結されたソレは、ちょっとした装飾品に見えなくもない。
俺の額に、ソレが軽く触れる程度に押し当てられた瞬間。
「頭痛が、……治った??」
機敏に床から立ち上がってみたが、頭が揺れるような動作をしても、全く問題無い。
まるで治癒魔法を掛けられたように、頭痛がかき消されたのだ。
飲み薬でも塗り薬でも無く、ただ触れるだけで治癒効果を発揮する道具となると、なんらかの魔導具だろうか。
だが、魔法が使えない場所では魔導具も使えないはずだから、ただの魔導具ではないだろう。
「魔法の発動術式を解析し、パターンに還元して、この玉の1つにつき1種類ずつ焼き付けてある。
これは『回復』『治癒』『蘇生』の3種が使えるものだ。
通常の魔法の詠唱と異なり発動段階がショートカットされるから、(別の場所で)あらかじめ魔力を注ぎ込んでおけば、妨害術式によってキャンセルされることもないんだ」
似たようなアイテムに呪文の巻物みたいなモノも存在するが、使用後に発動するので、妨害術式にキャンセルされる点では通常の魔法と変わらない。
「それが、ナブラを蘇生させた『力』?」
「そうだね、これは作成者であるボクと、ボクが許可した者にしか使用できないアイテムで、そういう意味ではボクの力、ということになるかな」
無詠唱であっても発動段階で妨害されるのは経験済みだし、「魔法をキャンセルされない」という部分だけ見れば便利なアイテムかもしれない。
「このアイテムの利点は、魔法をキャンセルされないことだけじゃない。
ボクの許可があれば、属性に関係なく誰でも魔法が使えるんだ。
それが聖女にしか使えないはずの『聖魔法』だろうとね。
おかげで『帝国魔導具史を塗り替える革命』だの『奇跡の業』なんて言われてるよ。あくまで内輪の話だけど」
この数珠みたいな代物が、奇跡だって?
たしかに便利な発明品だけど、そんなに決定的なモノだろうか。
「納得してない顔だね、まぁ、当然かな。でも、これがただのガラス玉じゃないことくらいは分かるだろ?」
鼻先に突き付けられたアクセサリーをまじまじと観察する。
玉の一つ一つは大き目のビー玉くらいのサイズ、中に魔法陣のような模様が浮かんでいるようだが……これは!
死の大空洞で魔神として転生した際に拾ったモノ、養母ロジーナから餞別に渡された分や、エルフ原種主義者から賠償金代わりに巻き上げた分。
これまでに、高品質なものから屑魔石まで、大量に見て来たからこそ分かる。
「これは、『魔結晶』? それも、かなり高純度……」
「ご名答! これほど純度の高いモノは、皇族以外持ってないだろうね。このアイテムの作成には、欠かせない材料だよ」
俺の目の前に、アイテムをかざして見せる皇子。
言葉の割に自慢げという風ではなく、あくまで事実を述べている、という淡々とした態度。
魔法が使えないはずの環境で効果を発揮した規格外の魔導具だけに、信じざるをえない。
……とはいえ、このアイテムの材料が超レアな高純度魔結晶というのは、単に帝国の財力を誇示するだけであって、殿下の能力とは関係ないような?
そんな内心が顔に出ていたのだろうか。
「あまり感心してくれなかったようだけど、この魔結晶が屑魔石から製錬したものだ、と言ったら、少しは驚いてくれるかな?」
さらり、と爆弾発言を投下してくれた。
――――――――――――――――――――
「嘘だろ、そんなことが出来るはずがない!」
魔結晶とは、大気中の『魔素』が膨大な時間を掛けて石英質の物質に浸透して出来た結晶だ。
高純度のモノとなれば、高濃度の魔素溜り――危険な地下迷宮や死の大空洞付近でなければ産み出されない、超希少品。
そもそも、魔素の存在が魔法文明の大前提であっても、空気のように存在が当たり前過ぎて、魔素が何なのかは知られていない(実は精神生命体が物質界に干渉するために姿を変えたモノ)。
魔法、魔力、という形で利用出来れば十分なので、魔素そのものを研究する必要がなかったのだろう。
ヒュームだろうとエルフだろうとモンスターだろうと、魔素を消費して魔法を発動することは出来るが、魔素そのものを操作することは出来ない(もし操ることが出来る者が居るとしたら、それは精神生命体だけだ)。
魔素を操れない以上、魔結晶は天然でしか産出せず、人工的に生み出すことはもちろん、魔素含有量を上げるなどの精製をすることも出来ない。
だからこそ、屑魔石でも高額で取引されるし、魔結晶を材料に用いて製錬する真銀製武具の価値が跳ね上がるのだ。
これほどの高純度魔結晶を自在に精製する技術が確立されたとなると、経済的にも、魔導科学的にも、革命、いや、大混乱が生じるかもしれない。
「出来るはず無いことが出来るからこそ、『チート』だろ?
そうだ、もう1つ証拠を見せようか。まずは、キミの短刀の鍔を確認してごらん」
(――!)
腰から2本の短刀を引き抜いて仔細に観察する。
俺の短刀は、亡き父が母と俺のために用意してくれたモノ。
柄や鍔など拵えにまでミスリルを使用した、実用向けの特注品だ。
これが装飾用の儀礼的な短剣だと、金属製の鍔の材質が、銀や洋白などの柔らかい金属だったりする。
日本刀の鍔でも、苗字帯刀を許された商人などが持つ刀の鍔は、彫金や象嵌などの加工がしやすい銅製で、華美な装飾が施されたものが多い。
それに対し、斬り合いをするための実用品の鍔は鉄製。
万一、鍔が斬り割られて武器を握るための手指が落とされれば、その時点で勝ち目が無くなるのだから当然だ。
この世界には鉄すら両断するミスリルの剣などが存在するので、本当に良い防具はミスリル製だし、実用品の高級武具なら鍔までミスリル製となっている。
その、ミスリル製の鍔に。
(刀傷が……!)
2本で受けたから威力は分散していたはずだが、固いミスリル製の鍔に鋭利な刃物が喰い込んだ傷跡がはっきりと残っている。
ミスリルというのは、魔法との相性の良さという意味での頑丈さだけでなく、物理的にも硬さと靱性を両立させた高強度の素材。
たとえ同じミスリル製の刃物が当たったとしても、人力では深く喰い込むような傷を付けられるはずが無いのに。
「それではナブラ、腰のモノを見せてあげて」
「仰せのままに」
下げ緒を解いて腰から鞘ごと刀を引き抜き、捧げ持つようにして俺に手渡してくれるナブラ。
外見は漆塗りの鞘に糸巻の柄ではないが、正式に日本刀を扱う時のような恭しい作法。
本当に大事にしていることが伝わってくる。
「殿下から賜った一振、私の宝だ」
「拝見します」
本物の日本刀なら鑑賞する時、口に懐紙を咥えたりするらしいが、さすがにそこまで必要ないだろう。
ミスリルなら錆びないはずだし。
右手で柄、左手で鞘を握り、左手親指で鍔を押して鯉口を切る。
左手の鞘を持ち替えて刃を上向きにし、鞘の内側に刃が当たらないよう注意しながら慎重に鞘を払うと。
「そんな、まさか……」
食い入るように刀身を見分し、思わず絶句してしまう。
刀身の地肌(峰側から刃紋の境界まで)は見慣れた白銀の金属――『真銀』だ。
だが、刃側の部分は、黒く透き通るようでありながら虹色の光沢を放つ、金属とも黒水晶とも見える謎物質――
これは、『精神感応金属』だ!
――――――――――――――――――――
「こんなバカなっ!? どうしてミスリルとオリハルコンが鍛接されてるんだ」
かつて一度だけ、これと同じ仕様の刀を見たことがある。
俺の同級生だった転移者、『斎藤愛理』が持っていたモノだ。
だが、アレは転移の際、『風神ティタンダエル』から手渡されたものだと聞いている。
オリハルコンは、勇者武器や、死の大空洞の正体である巨大円盤の材料で、異星系から飛来した『精神生命体』が持ち込んだ謎物質。
人間の技術では壊すことも溶かすことも出来ず、当然加工も出来ない素材のはずなのに。
コレも殿下が作ったのか??
「そのカタナの価値が分かったようだね。そう、オリハルコンを加工したモノだよ」
そう言って、会心の笑みを浮かべるトウマ殿下。
「でも、なぜ加工する必要が? オリハルコンの武器なら、そのままで伝説級の武器になるはずじゃ?」
転移者の『イゾ』から渡された拳銃、『六連発』のことを思い出す。
アレのお蔭であわや大惨事だったからな……
「ボクの母方の先祖に、異世界人の勇者が居たそうだ。
母が現皇帝に嫁ぐ際、代々伝わる家宝、ご先祖様の使っていた大剣を献上する話になってね。
だけど、全長2タル(メートル)の金属の塊を誰も持ち上げられないし、魔導武器として使おうにも注ぎ込む魔力が足りなくて使えないしで、結局お蔵入りになったんだよ。
それで、せっかくのオリハルコンを有効利用できないかと思って、一本の大剣じゃなく、分割して複数の武器を作成したんだ。
その『カタナ』も、そのうちの一本さ」
貴重な素材だから、使いこなせる大きさ・重量で打ち直したというわけか。
「だからって、そう簡単に加工方法が分かる代物じゃないでしょう?」
「魔結晶、真銀、精神感応金属――そして、これらに共通する成分である『魔素』。
異世界人の転移者や転生者も、元の世界で見たことの無い物質だという。
だから研究したんだよ。
自分の正体を知るための、ヒントになると思ってね」
正体?
「たぶん、ボクも転生者、なんだと思う。色々と知識が豊富だから。
だが、前世の記憶は無いんだ」
「それなら、俺と同じ日本人じゃないんですか?」
『日本刀』を知っているなら、その可能性が高いと思ったのだ。
だが、皇子はかぶりを振ってみせた。
「その『カタナ』のデザインは、ナブラから頼まれたものさ。
彼女は『セイレキ2050年代のニホンジン』だったそうだ」
「正確に言うと、私は日系A国人だよ。
祖国がC国との戦争で地上戦の舞台となり壊滅的な打撃を受け、父の代に移民したんだ。
A国海軍に入隊し、実戦配備されたばかりのレールガン搭載艦で太平洋を航行中、どうやら撃沈されたらしい」
なるほど、ナブラは俺や青野さんと同じ、転生者だったのか。
居合などの剣術も、父を始めとする日系人たちに叩き込まれたものだという。
「まぁ、この話の続きはいずれ。オリハルコンの加工についても、いつか見せてあげよう。それより今は、『暗黒魔竜討伐』だ」
トウマ殿下の言葉に、ナブラも頷いて見せる。
彼らの用意した、魔法が使えない環境に、自分達だけ魔法を使えるアイテム、そしてオリハルコンの刀。
「あなた方の『策』ってのが大体分かりましたけど、決定打に欠けるんじゃないでしょうか?」
『人化』は魔法の一種だから、解除するにもスキルを使わなければならない。
最も強力な攻撃である『ブレス』、(人化した状態で使えるのかは不明だが)これも魔法の一種。
つまり、竜の姿ではないアルタミラをこの建物に連れ込んでしまえば、こちらだけ使える魔法とオリハルコン刀で仕留められる、というつもりだろう。
しかし、『誰が猫の首に鈴を付けるのか?』
「暗黒魔竜を人化したままの状態でここに連れてくることが、出来るとは思えませんが?」
どうもご無沙汰してます^^;
次話はなるべく早めに投稿しますよ~