第85話 自称勇者になったった
「我が甥、ヨシュ・イーロよ、お前は『槍の勇者・ブルー』の愛弟子で、後継ぎに指名された者だそうだな。
帝国の未来を背負う御方のために、その力を貸して欲しい」
突然現れた、俺の伯父を名乗る人物、『イル・イーロ』から頼まれた内容とは。
「勇者の力を以て、『暗黒魔竜アルタミラの討伐』を!!」
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「すいません、無理です。お断りします。」
即答である。
アルタミラを傷つけるなんて、俺に出来るはずないじゃないか!
「ヨシュ・イーロよ、大任に怖気づくのも分かるが、これは我らが祖国・ルメールの民のためでもあるのだ。どうか、勇気を奮い起こしてはくれまいか」
「よせよせ、こんなガキにちょっとでも期待したオレ達がバカだったぜ。あー、アホらし」
おいおい何なの、俺が臆病だとか頼り無いとか、そーゆー流れなの?
「そこまで仰るなら言わせて貰いますが、あなた方、神竜を舐め過ぎじゃありませんか?
しかも、第2皇子を前線に連れてくるとか、どう考えても自殺行為でしょ!」
未来のアイギスの街で、神竜化したアルタミラが大暴れした光景が脳裏に浮かぶ。
複数の現代兵器をたった一人で操る能力を持った『勇者アガタ』が、戦車砲や重機関銃、ミサイルなどを思う存分叩き込んだにも係らず、ピンピンしてたのだ(一応痛がってたけど)。
帝国兵が何千人何万人居ようと、槍も弓も属性魔法も、彼女に傷一つ付けられないだろう。
「皇位継承の条件には、『皇子自ら陣頭指揮を取って討伐する』ことが明記されておるのだ。
殿下の身を危険に曝すのは忍びないが、だからこそ万全の策を練っておる。」
アルタミラを倒せると思ってる時点で、穴だらけの策じゃないの、ソレ。
「そもそも、『聖女』とは何者です? 本当に信用できるのですか?」
「聖女が信用できるか、予言が当たるかどうかは、この際重要ではない。
陛下がご決断なされたことが重要なのだ。
もともと、戦場で数々の武勲を上げたゲオルグ殿下に、トウマ殿下が皇位継承戦で勝てる見込みはなかった。
しかも、ゲオルグ殿下には知己の勇者が付いておる。
このまま手をこまねいておれば、魔竜討伐の手柄もゲオルグ殿下のものとなってしまうだろう。
暗黒魔竜の現在地情報を先に入手した今しか、我らにチャンスは無いのだ!
この場に勇者であるお前が現れたのは、まさに僥倖。
頼む、手を貸してくれ!!」
(そう言われてもなぁ)
そもそも、俺は『勇者』じゃなくて、せいぜい『勇者の弟子』くらいだ。
後継者っていうのは勇者じゃなくて『地神竜の盟友』の方だし。
過剰なチート火力を期待されても困るよ。
まぁ、火力があってもアルタミラを傷つけるようなことするわけないんだけど。
「そんなことより、そろそろトウマ殿下が御着きになっておられる頃だ。そんなガキほっといて、早くお迎えに上がらねば」
「……うむ。
ヨシュ・イーロよ、頭を冷やしてよく考えるのだ。
父の無念を想え。
ガッシュとて、ルメールに引導を渡す役目など引き受けたくはなかったであろう。だが、国家の滅亡が避けられぬとあれば、いかに傷を浅くするか模索するしか無い。最適解では無かったやもしれぬが、奴は精一杯やれることをやったのだ。
次は、我らが民の礎となる番ぞ。
トウマ殿下の改革によって帝国、いやルメールの地に暮らす人々へ、復興の足掛かりをもたらすのだ!」
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伯父のイル・イーロと、第2皇子付き近衛騎士隊長だというハゲ(クリーグ)は、見張りの兵を2人残して部屋を出て行った。
(しかし、親父の無念、って言葉は応えたなぁ)
途中から相槌を挟む暇もなく捲し立てられたが、心を揺り動かされる部分もあった。
転生者として赤子の頃から意識のはっきりしていた俺は、子煩悩な父親で善き夫だったガッシュのことを明瞭に記憶している。
俺が笑ったといってはガハガハと大笑いし、俺が泣いたと言ってはあたふたオロオロし、俺が腹を空かしたのではと乳を含ませようとしたこともあった(危うくトラウマだ)。
マリエルと俺をエルフの里へ疎開させるために、正規軍の将としてルメールに身を捧げることを誓ったのが、父の最後の姿だった。
短い期間だったが、彼が愛情を注いでくれたことは疑いようがない。
伯父の言葉を反芻するうち、亡き父の笑顔が浮かんでくる。
未来の世界を救う、という目的の前には、俺たちエルフを排斥したルメールが滅亡したことも、帝国の後継争いも、どうでもいいことなのかもしれないが。
父母を始め、あの戦乱で命を落とした人々のために何か出来ることがあるとすれば、今この国に住む人達を少しでも幸せにすることではないだろうか。
帝国が侵略路線から内政重視に転向すれば、軍縮によって退役した兵士が働き手として故郷に戻る。
一時的には失業者が溢れ、治安問題や住居・食糧不足が生じるとしても、長い目で見れば労働力の増加となって、被征服地域も活気を取り戻すだろう。
ルメール共和国という国自体の復活は難しいだろうが、後は歴史の流れに任せるしかない。
(……アルタミラを倒すのは論外だけど、第2皇子に力を貸してもいいかな)
コルスが言う通り英明な皇子なら、圧政を敷くこともないと思うし。
それに、第2皇子が皇位継承することになれば、コルスが逃げ回る必要も無くなる。
何より、アルタミラが関わってる話なら、部外者として見物してるわけにはいかない。
彼女は俺の未来の嫁で、もしかすると今からお付き合いする可能性も微レ存。
むしろ当事者と言っていい。
(よし、俺がこの一件を解決してやろうじゃないか!)
「俺の伯父に伝えてくれないか、『暗黒魔竜討伐に、勇者ヨシュ・イーロが参加する』と!」
見張りの兵士の1人が慌てて飛び出して行くのを見送りながら、俺は、アルタミラを始め、誰も傷つけることなく『魔竜討伐』を達成する方法を考えていた。
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戻ってきた兵士に案内されたのは、建物1階の奥にある、豪華な貴賓室。
装備一式返却されて、ブレタも同時に釈放され、俺と一緒に跪いている。
ちなみに、この室の隠し扉から、転移石のある地下施設に出入りできるのだとか。
「この者が、我が甥にして、『槍の勇者・ブルー』の後継者、『ヨシュ・イーロ』、その供『ブレタ』にございます。御見知りおきを」
「うむ。我が魔竜討伐への助勢、大儀である」
「お初にお目に掛かります、トウマ殿下。
ハイエルフにして槍の勇者『青野三郎』が後継者、ヨシュ・イーロにございます。
こちらは我が相棒、ドワーフの戦士ブレタ。
此度の栄誉ある戦いに参加致したく、馳せ参じました。
是非とも、我ら両名を、旗下にお加え下さい!」
一段高い場所に設置された椅子に座って、跪く俺とブレタを見下ろす金髪の青年――『第2皇子トウマ・アレグリオ・ノトス』。
背後に長身の護衛を2人従えた皇子は、エルフを見慣れた俺から見ても、近寄り難いほど整った貌を持つ小柄な美少年(24歳)だ。
といっても、引き締まった体付きで姿勢が良く、柔弱な印象はない。
全身から圧倒的な《気》が放たれているため実際より大きく見えるが、威圧されるのではなく、思わず目が惹き寄せられてしまう。
真っ直ぐ射抜くような怜悧な瞳の中には静かな炎が燃えており、自然と従いたくなるような気分になる。
これがカリスマってやつか。
生まれながらに人の上に立つ人物とは、こういう者なのだろう。
で、そんな彼が俺を見つめている。
後ろに立つ、目深にフードを被った護衛が耳打ちしてからというもの、穴が開くほどじっと見てる。
不敬かもしれないが、俺も視線を外せなくなって、まじまじと見つめ返してしまう。
「ヨシュ・イーロと言ったな。イルの係累ゆえ出自を疑ってはおらぬが、実力の程は知れぬ。後の護衛が腕試しをしたいと申しておるが、受けて立つか?」
「ご所望とあらば!」
この先、俺の考える案を呑んで貰うためには、実力を認めさせ、信用を勝ち取る必要がある。
この建物の中では魔法が使えないが、1対1の対人戦なら、物理だけでもいけるはずだ。
なにしろ、青野さんの弟子として、ブレタと共に鍛えてきたからな。
……だが、仮にも勇者を名乗る俺に、模擬戦とはいえ戦いを挑むとは、こいつ一体何者なんだ?