第9話 ご主人さまになったった
眼下には、こちらに向かって首をもたげ、ブレスを吐こうと待ち構えるデスバハムート。
俺達は、光のバリアに包まれたまま、デスバハムートに向かって急降下した!
途端に視界が奪われ、黒い霧の中に突入していた。
迎撃の邪ブレスに突っ込んだのだ。
だが、光の球の中に黒い霧は入ってこない。
防御は完璧、後はヒールをかますだけ。
デスバハムートは進行方向、直前に居たはずだ!
「くらえ、MP半分くらい使ったごっついヒールっ!!」
……ん、手応えが無い。
ただの空き地のようだ?
次の瞬間、俺達の通り過ぎた背後の空間を巨大な爪が抉っていった!
敵はブレスで視界を遮り、いつの間にか斜め後方に回り込んでいたのだ。
「な、馬鹿な!?」
追撃してくる巨大な牙や爪を避けながらジグザグ飛行し、なんとか上空まで逃げ延びる。
子ドラゴンはブレスで応戦していたが、どの程度のダメージを与えただろうか。
俺は逃げ回るのに精一杯で、ヒールを撃つ余裕は無かった。
デスバハムートは、またブレスを吐いて自分の姿を覆い隠している。
死竜忍法、黒霧隠れの術!ってわけか。
バリアを見て、ブレスによるダメージが通らないと見てとるや、ブレスを煙幕代わりに使った肉弾戦に切り換える。
俺達には敵に近付く必要がある、ということにも気付かれているらしい。
「ゾンビのくせに知恵使うなよ!」
< アンデッドに知恵で遅れを取るなんて。
さすがアイザルトね、プークスクス。 >
「ねぇ、今どんな気分?とか聞いてきたら、このまま帰るからな!」
近付かなければヒールを当てられない。
近付けばブレスで視界を塞がれてヒールを当てられない。
「くそ、一体どうすれば!?
……って、そういえば、こういう時のためのスキルあったわ。」
全方位探知スキルをVR画面にして使えばいいじゃない!
そもそも戦闘に慣れていないことと、自分が飛べるようになったこと、ヒールで倒せそうな目途がついたこと、子ドラゴンの勇者並チート見て興奮したこと等、色々な要因で舞い上がっていたようだ。
探知スキルをころっと忘れていた。
本来の俺の臆病さ、もとい慎重さを取り戻さねば。
「いつVR画面使うの?
――今でしょ!」
視界の中で、デスバハムートが敵性認識の薄赤い光に包まれて表示される。
これでもう、煙幕は効かないぜ!
念のため、自分のMP残量を確認する。
体感では満タンではないのだが、いつの間にか回復して「 * 」になっている。
よし、行ける。
「今度こそ、決着だ!
行くぞ、子ドラゴン、ついでにアルタミラ!!」
「< みゃぉー! (おー!) >」
< 誰がついでよ? 誰が!? >
俺達は、光のバリアに包まれたまま、デスバハムートに向かって急降下した!(2回目)
VR画面でデスバハムートの位置を確認しながら、爪や牙の届かない高さまで高度を下げて、その場で滞空した。
別に急降下する必要は無かったけど、勇ましい演出っていうか、まぁ気分だよ、気分。
敵は相変わらずブレスを吐いてくるが、気にしない。
「MP半分くらい使ったごっついヒール」をもう一度唱えてみる。
VR画面のデスバハムートが暖かみのある光に包まれた!
あっさりと、一発で崩れ落ちる巨体。
「よし、楽勝っ!
…ん、ぐごがっ?
がぁああああああああ!!!」
(しまった、成長痛、忘れ、て、…た。)
強張ったまま痙攣する右手から団扇が滑り抜ける。
そして消える翼――飛行能力。
俺は、子ドラゴンを抱き抱えたまま墜落していくのを感じながら、意識を失った。
――――――――――――――――――――――――――
< アイザルト、起きて!
起きなさいよ!
学習能力ってもんが無いの、アンタはっ!? >
激しい喉の渇きと空腹、耳元で喚く女の声に目を覚ます。
このシチュエーションは2回目だ。
しかし、学習能力とか、アルタミラにだけは言われたくないな。
< 格上の相手を倒せば、急激にLVUPして成長痛に襲われるって分ってたでしょ?
丈夫なアンタはともかく、この子に何かあったらどーすんのよ? >
それは…、確かにそうだ。
そこまで気が回ってなかった!
「ごめん、子ドラゴンは!?」
見回せば、俺のへその上で丸まって、スピスピ鼻音を立てながら寝ている。
……無事で良かった。
そして、俺がクッション代わりに凭れかかっているスベスベしたものは、神竜アルタミラの巨体だった。
竜のアルタミラが動物園で見た巨大ワニくらいのサイズ、子ドラゴンが子猫サイズ、人型アルタミラは俺の小指くらいのサイズだ。
どうやら、俺の巨大化も進んでしまったようだ。
竜のアルタミラの全長の半分まで行かなくとも、きっと身長40m以上あるんじゃないだろうか。
ますます人間離れした怪物になっていくようで、複雑な気分だな。
さて、自分がどうなっているか心眼スキルで鑑定してみたいところだが、とりあえず今は、それを確認するよりも大事なことがある。
子ドラゴンをそっと地面に横たえて立ち上がり、神竜の体を見降ろす。
聖魔法のLV上げも、さっきの戦闘も、全てこの為だった。
緊張のあまり、声が震える。
「アルタミラ。
……いいよね?」
< ええ、お願いするわ。 >
蘇生魔法――、本当に死者を蘇らせる奇跡が、俺に可能なのか?
「神様仏様ご先祖様、去年死んだじっちゃんにうちで飼ってた猫のクロ、お願いします、目の前のドラゴンを蘇らせて下さいっ!
――リザレクションっ!!」
確か使用MP量で成功確率が上がったはず。
出し惜しみ無しで、残りの全MPを注ぎ込む!
神竜アルタミラの巨体が、白銀色の眩い光に包まれた。
やがて、光が消え去った後には、ピクリとも動かない神竜の巨体。
さっきまで念話で話していたアルタミラの霊体の気配も無い。
まさか、成仏しちゃったなんてことは……、
「アルタミラ?
成功したのか??
アルタミラ!
……何とか言えよ!?
アルタミラァァァァっ!!」
「< グ、ゴガァァアアアアアアアアアアアアアア!?
(ちょ、痛っぁああああああああああ!?) >」
巨獣の絶叫が響き渡る!
「< ググッ、ゴァア、グァラァッ!?
(アイザルトっ、アイザルトさん、アイザルト様ぁ!?)
ガァッ、グガァ、グオオオォォォォォォ!!
(早くっ、早く、ヒール掛けてぇぇぇぇぇぇ!!) >」
どうやら、蘇生したからといって、死因となった傷まで塞がるわけではなかったようだ。
「わ、わかった。
――キュア、それにヒール!」
使いきったはずなのに、いつの間にか余裕でヒールできるMPが溜まっていて良かった。
アルタミラの傷口をキュアできれいにした後、全体にヒールを掛けた。
――――――――――――――――――――――――――
< はぁ~、もう一回死ぬかと思ったわぁ。 >
声量がハンパ無いので、アルタミラには念話だけで話して貰うことにした。
俺はアルタミラの前に胡坐をかいて座り、子ドラゴンは俺の腿の上で腹這いになっている。
「生き返ってくれて良かった、ホントに良かった。
……また会えて嬉しいよ、アルタミラ。
ぅ、ぇぁ、っていうか、なんていうか、き、危機は脱したようだな、このアイザルト様のお陰で!
ほら、アイザルト様に感謝の言葉とか、何か言うことあるんじゃ、ないかな、かな?」
会心のウザい笑みを浮かべながら、ドヤ顔を向けてみる。
別に感謝の言葉が欲しいわけじゃないんだけど、やり遂げた感と気恥ずかしさが混ざり合って、自分でもよく分らないテンションになってるんだ。
振り返ればあっという間の冒険だったけど、無駄にならなくて良かった。
ほとんどチートのお陰だけどな!
< なによ、人が素直に感謝しようと思ったらムードぶち壊すとか。
まぁアイザルトだし、仕方ないわよね。
ほら、ワタシの角に触って! >
アルタミラは、首を垂れると、額の角を俺の前に差し出した。
言われた通り、アルタミラの額から生えた角にそっと手を添える。
確か、竜は角に触られるのを嫌がるんじゃなかったっけ?
< 竜は恩義を忘れないわ。
――我、神竜アルタミラは、闇神イストラの名の下に誓う!
魔族アイザルトよ、我と我が子を救った汝に、我が命運を委ねよう。
我は汝の敵を打ち滅ぼす剣となり、
汝の身を守る盾となり、
汝の悲哀を包む闇となり、
汝の足を支える大地となり、
汝の渇きを癒す水となり、
汝の勇気を熾す炎となり、
汝の背中を押す風となろう。
我は汝と共に生き、汝と共に滅びよう。
――汝を我が主と認め、主従の契りを交わさん。
我が忠義の証、受け取り給えっ!! >
俺の手の中にある角が光輝き、バキッという異音と共に、折れた角が手の平へと転がり落ちた!
角は根元の僅かな長さを残して折れてしまった。
角の断面は年輪のようになっており、中央から血が滲んで流れ出している。
「ちょっ、どーすんだよこれ!?
角が無いと魔素吸収できないんだろ?
血も出てるし、って、ヒール!!
あれ、なんでくっつかないんだ?」
折れた角を傷口に合わせてヒールを掛けたが、傷口は塞がっても角は元通りにならなかった。
< 心配いらないわ。
そのうちまた伸びてくるから。
それよりも、その角にアンタの魔力を流し込んでみなさいよ。 >
「あ、うん。
――何だこれ?」
魔力を送った途端、硬かった角がグニャリとした質感に変わる。
まるで、軟らかい粘土のような……。
< ソレは、もう竜の角じゃなくなってるわ。
持ち主の魔力に反応して、自在に形を変えることのできるマジックアイテム、『竜の誓いの角』よ。
まぁ、剣とか槍にすれば、伝説級の武器になるはずよ。
アイテムの名前はアンタが付けるといいわ。
変な名前付けたら許さないけどね。 >
形を自在に―――
俺が思い浮かべたのは日本刀だった。
西洋の剣は、エクスカリバーとかの名前を聞いたことがあっても、実物なんて見たことが無い。
その点、日本刀ならテレビの時代劇や大河ドラマで見かけるし、実家でじいさんの形見の刀を触ったこともある。
正宗とか村正は見たこと無いので、じいさんの刀を元にイメージした。
じいさんの形見刀は、全長1m弱、刃渡りは65cmほど、鍔に近い根元の部分は厚みが1cm以上もあり、蛤刃で、ズシリと重かった。
あれは、美しさよりも、折れず曲がらず、という頑丈さを追求した戦場の刀だったんだろう。
出来あがった刀は、そんなじいさんの形見刀のイメージそのまま、鍔元付近で反りの強い、厚みのある剛刀だった。
まぁ、俺の身長に合わせてすごい長さだけど。
頑丈さ重視の俺にはぴったりの刀だな。
まぁ、これで誰かを斬るつもりなんてないけどさ。
< ふ~ん、反りのある片刃の剣か。
砂漠の民が使う剣に似てるわね。 >
名前は、日本神話の宝剣にあやかって――、
「名前は、――『神竜剣ムラクモ』でどうかな?」
< 悪くないわね。 >
「アルタミラからの誠意の籠った宝物だから、大事にするよ。」
俺は、ムラクモを両手で握ってバランスを確かめた後、亜空間へ収納した。
鞘が無いと危ないし、そもそも服が無いと腰に差せないし。
< さて、『竜の誓いの角』を受け取ったわね。
これからはアンタがご主人様よ。
早速だけど、魔力寄越しなさいよ! >
「へ?」
< ワタシの角をあげちゃったんだから、アンタがワタシに魔力を供給するのよ。
当たり前じゃないの。
1日3回、毎日よ。
さぁ、まずはワタシの寝室へ行きましょう。
この子と3人で暮らすのよ。
掃除とか、育児とかやって貰わなくっちゃね。 >
「あれ、俺、何かの罠にかかっちゃった?」
……異世界に来て、バツイチ子持ちドラゴンに捕まった気がするのは、きっと俺の気のせいだ。
第1章 完