第78話 某ミトの御老公になったった
徒歩であれば1週間以上掛かるロゴス山脈越えを、巨大な狛犬・ブランカの背に乗って3日(乗り物酔いするメンバーのための休憩が無ければ、もっと早かったと思うが)で走破した俺たち。
帝国・旧ルメール領に近い、という辺りで小休止したところ、ブランカの聴力と、エルフの魔力を感じ取る能力により、前方に戦闘の気配――喚声と魔力の流れを感じた。
この先で、誰かが戦ってる!
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精霊の気配は感じられないので、魔法の種類はおそらく属性攻撃魔法。
そして、魔力の拡散の仕方から、範囲魔法だと分かる。
となれば、長耳族ではなく普人族の魔法師か。
俺は殺気を向けられると『白い光の輝線』として認識出来るので、攻撃がこちらに向けられたモノではないことが分かる。
俺たちを待ち伏せしていたわけでは無いようだ。
ブランカの接近を察知して追い散らされたモンスターの群れと、冒険者PTが行き会ったのだろうか?
「ブランカはここで待て。
ブレタとアイシャは潜伏しつつ側面に廻って。
カイル、ルーク、ソロ、バッカス、マイラは俺と一緒に来てくれ。」
「バウッ < 分かりやしたアニキ > 」「……了解」「うん!」
「「「「「 うっす 」」」」」
全長10mの狛犬ブランカは人前に出せないので、「伏せ」の姿勢で待機。
予備戦力として、ミスリルの槍斧を構えたブレタ、ローブで真っ白な髪と肌を隠したアイシャが、右前方の森の奥へ消える。
差し当たり、俺とチンピラ5人衆が全面に立って交渉、通りすがりの善良なエルフとして加勢を申し出ることにしようか。
うまくすれば、帝国内部の事情を入手して、なんらかの伝手も出来るだろう。
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森に視界を遮られているお蔭で目視することは出来ないが、魔力の濃さと流れから察するに、相手は開けた場所に固まって、全方位に魔法を撃っているらしい。
つまり、囲まれているのだ。
戦闘のさなかに面識の無い俺たちが突然現れたら、攻撃魔法を誤射されるおそれもある。
魔法攻撃を想定し、聖属性の耐魔障壁スキル『聖域』を展開しておこう。
「おまいら、俺のスキルの範囲から出るなよ? 攻撃の意思有りと誤解されないように、精霊召喚はとりあえず無しだ。あと、念のため(物理)障壁魔法は各自で張っといてくれ。」
「「「「「 了解っす、アニキ! 」」」」」
それぞれ障壁魔法を張り、弓と矢筒の準備をしたチンピラたちの様子を確認。
「準備はいいな? 行くぞ!」
「「「「「 うっす 」」」」」
俺たちは、稽古や狩りとは違う緊張を感じつつ、戦闘の場面に飛び出した。
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「聞けぇぇぇいっ! 我等はエルフの里より派遣された巡視官である!
加勢の申し出にまかり越した。指揮官は援軍受け入れの是非をこの場で……」
俺の大音声に振り返った人々は――2グループに分かれていた。
片や、揃いの甲冑を着た4~5人の騎士に護られた、身なりの良い魔法師。
「ご助成感謝いたします! 賊どもを打ち払って下さい!」
もう一方は、武装もバラバラな十数人の荒くれ男たち。
「こいつは賞金首だ! 帝国から亡命しようとしてるのを、やっとこさ喰らいついたとこよ! 邪魔すんな!!」
貴族とおぼしき魔術師は、声からすると女性のようだが……
一方、荒くれ者のリーダーは、はち切れんばかりの筋肉に鎧われた大剣使いで、賞金目当ての冒険者らしい。
(ぉぅふ、想定外だ!?)
一方が人間で、もう一方がモンスターの群れだったら、迷うまでも無いんだけど。
(どっちの言葉が正しいかなんて、判断しようが無いっつーの)
どちらにも味方出来なければ、両方から敵とみなされてしまう。
となれば、戦闘自体を止めるしかない!
「双方、この場は剣を引け! この争い、我等が預かる!」
「この者達が襲ってくる以上、剣を引くわけには参りません!
自衛の邪魔をするというのなら、あなた方も敵とみなします!」
「普人族同士の問題に、長耳族がしゃしゃり出てくんじゃねぇっ!
それとも賞金の分け前目当てか? テメエらもぶち殺すぞ!」
地面には、既に両陣営の死傷者が何人も横たわっている。
どちらも頭に血が上って、引ける状態では無いようだ。
「……万物の根源、神聖なる魔素よ、炎の嵐となりて、敵を燃やし尽くせ――『炎嵐』!」
「しゃらくせぇ、持ち帰るのは死体で良いんだ、魔術師を殺れ!」
魔術師の範囲魔法が俺たちを巻き込んで発動し、賞金稼ぎの弓矢が俺たちまで狙ってくる。
もちろん、攻撃魔法は聖域の前で霧散し、矢は障壁に当たって跳ね返されているが。
「撃ってきやがりましたよアニキ、あいつら許せねぇ、やっちまいやしょうぜ♪」
「ちょ、待てって……」
「「「「 ひゃっはーっ♪ 」」」」
『聖域』に護られつつ、(物理)障壁魔法を解除して樹の影に隠れたチンピラエルフたちは、『俺TUEEE』の機会を逃すまいとばかりに、嬉々として精霊召喚を始めた。
(みんな、人の話聞けよぉ……)
精霊魔法のお蔭で、個人で普人族の大軍に立ち向かえる長耳族は、一騎当千の武勇を重んじ、集団戦闘の技術が軽視されている。
連携なんて適当で、せいぜい、並んで一斉に弓や魔法を撃つくらいだ。
当然、軍の指揮運用の教育を受けていない俺に指揮官としての素養は無いし、彼らにも兵士のような上位下達の整然とした行動は期待出来ない。
とはいえ。
(これから普人族社会でうまく立ち回らないといけないのに、事情も分からないままいきなり大量虐殺とかありえんわ!)
……もうこうなったら、俺も実力行使しちゃうんだぜ!!
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腰の後ろに交差させた鞘から、両親の形見となった刃渡り25cm程のミスリル製の短刀を抜き、両手に握って八卦掌の構えを取る。
青野氏に教わった拳法の型は、そのまま武器術に使えるのだ。
冒険者が剣を持っているのが普通な世界なので、刃渡りの短い刃物は、純粋な武器というよりも、身分を証すモノだったり護身用だったり鉈や包丁替わりだったりする。
だが、勇者流剣術を使える俺には刃物の長さなんて関係無い。
むしろ、長い剣より操作が簡単で、盾代わりに攻撃を弾くことにも使える短刀は、俺にとって相性の良い武器と言えるだろう。
『聖域』は展開したまま、(物理)障壁魔法を維持するのをやめ、精霊召喚の詠唱を開始。
《この地に住まう、小さき者たちよ! 集いて我に汝らの力を貸し与え給え!》
集まってきた無属性の野良精霊たちが、寄り集まってエネルギー体を練り上げて行くのに合わせ、気で魔力を操作して自分の丹田に軽い打撃を与え、『星気体』を肉体から分離する。
――すぐに、怒号と剣戟と魔法の炸裂する轟音が途絶え、人々の動きが静止した。
まるで、時間が止まったかのような風景。
野良精霊を呼び集めて分身体を作り上げ、霊体となって憑依することで、肉体の脳に縛られない意識の超加速状態を実現する、青野氏直伝の奥義――『精霊合体』スキルを使ったのだ。
(目標は、全部で30人くらいか。バカエルフたち5人も止めなきゃならないのが、ホント余計だよな。)
超加速状態では俺自身も身動きは取れないが、魔法の発動は可能。
ということは、無属性の魔法攻撃である『勇者流剣術の斬撃』を放つことも出来る。
そして、本来は剣技の斬撃動作に乗せて発する技だが、気の扱いに習熟した俺は、肉体の動作なしで『なんたらブレイド』を撃てるようになっていた。
静止した時間の中で2本のミスリルの短刀に魔力を注ぎ込み、明々と輝く刀身から、細く薄く伸ばした『気』の流れに乗せて、複数の目標に分散して光刃を同時に発射。
(よし、解除っ!)
ズバババババババババババキィンッ
幾筋もの光の斬撃が戦場を駆け抜けた瞬間。
「なんだっ」「うわっ」「ひぃっ」「武器がっ?」
騎士の剣が。
魔術師の杖が。
賞金稼ぎたちの剣が、槍が、斧が、弓が。
――柄だけを残して消し飛んだ。
「「「「「 うひゃぁぁぁぁ 」」」」」」
……ついでに、チンピラエルフたちの召喚した精霊も散らされ、召喚者の足元も焼け焦げた。
精霊合体を解いた瞬間、2本の短刀から発した光刃が、それぞれの手にした武器などを撃ち抜き破壊したのだ!
「全員、動くな! 改めて、この場は我等エルフ巡視官が収めさせて貰う!
これ以上の戦闘行為は、エルフの里への敵対行為とみなす。」
しーん、と静まり返る一同。
ある者は呆然と、ある者は恐怖に引き攣った顔で、俺を見ている。
「敵対する意思無き者は、武装解除し、両手を頭の後ろに組んで地面にうつ伏せになれ!
抵抗する者は今の攻撃をその身に受けることになるぞ! 死にたければ掛かってこい!」
俺の言葉を理解したのか慌てて突っ伏す者、周りを見てのろのろと伏せる者。
反応はそれぞれだが、逆らう者は居ないらしい。
(良かった。ホントに殺すわけにはいかんし。)
彼らからすれば、何の気配も発動の予兆も無い攻撃を、いきなり喰らったのだ。
何をされたか分からなくても、俺がその気ならとっくに殺されていたことは分かっただろう。
例えるなら、数km先から高性能のライフルで狙撃されたような気分かもしれない。
<ブレタ、アイシャ、それぞれのリーダーを捕まえて連れてきて。
ブランカはそのまま待機だ。
……あと、おまいら、ブランカの所に行って着替えて来てね。>
青褪めた顔でコクコク頷くチンピラエルフたち。
……交渉の席に、失禁した仲間が居ては恰好つかんからね。
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「こんなマネしやがって、一体どういうつもりだ?」
冒険者のリーダーは獣人の血が混じっているらしく、灰色の体毛に覆われた筋肉質な巨漢だった。
「俺は帝国冒険者ギルド・ルメール支部所属、B+(プラス)ランク冒険者のミハイロフだ。
この一件は、ギルドから正式にエルフの里に抗議させて貰うからな!」
「私は巡視官のジョシュだ。
エルフの里は、帝国と国交を開いているが、同盟を結んでいるわけではない。
たとえ帝国の法に照らして犯罪者であったとしても、亡命者を引き渡す義務は無いし、身元を調べて問題が無ければ、受け入れる可能性もある。
ましてや、帝国内の一ギルドに遠慮する義理は無いな。」
「ちっ」
ちょっと強気で行くことにした。
里はほぼ自給自足であり、資源とか資金で帝国に依存しているわけでは無いので、軍事的な圧力以外は無視していい。
ルメールの統治が安定した今なら、帝国の進軍も不可能ではないだろう。
ただし、地神竜の住まうロゴス山脈を越えて攻め入る覚悟があれば、の話だ。
「さて――」
「先程は、魔法の範囲に巻き込んで大変失礼を致しました。もっとも、私の魔法では全く効果が無かったようですが……」
はらり、とフードを下ろした魔術師。
こちらは、貴族と思しき小柄な金髪の普人族女性だ。
歳の頃は20代後半から30代前半くらいか。
中々の美人だが、どっかで見たことあるような……?
「我等が介入せず引き下がっていれば、攻撃魔法の範囲に入ることは無かったでしょう。
あなたの行為は正当防衛ですので、どうかお気になさらず。
ところで、亡命希望というのは本当ですか?」
「はい。現在、帝国内の権力争いにおいて、国軍が台頭し貴族派の粛清が行われております。
私など、本来なら追われるような大物では無いのですが、婚約者が貴族派の重鎮、スプリングフィールド辺境伯のご子息だったもので。」
「そうですか。自衛戦闘以外での殺人や傷害、窃盗・横領などの罪を犯していなければ、エルフの里は来る者を拒みません。
ただし、エルフの同行者が居なければロゴス隧道を越えることは出来ませんが。誰か、同行者の当てがおありでしたか?」
「実は、親しくさせて戴いた『グリューネワルト』様から戴いた書状がございまして、身の危険を感じたら、帝国内で見つけたエルフに書状を見せて協力を乞うように、と。
これがその書状です。」
大切そうに道具袋から取り出したのは、筒状に丸められた書状。
里で作られた上質な紙、封蝋の印は……ロジーナの印!?
「中を拝見しても?」
「どうぞ。」
逸る心を抑えつつ、破らないよう慎重に開封する。
『この書状を目にしたエルフに、我が友コルスへの最大限の助力を求む。
ロジーナ・グリューネワルト記す』
目に飛び込んできたのは、懐かしい筆跡――俺の養母、ロジーナが書いた字に間違いない!
「確認のため伺いますが、あなたのお名前は?」
「……申し遅れました、私、ガランド子爵の娘、コルスと申します。」
(なんてこった。)
俺と目が合った後、ポッと頬を染めて目を逸らすこの初々しい美女は……
未来のアイギスで冒険者マウザーPTの後衛をしていた、したたかな面構えのふてぶてしい中年女魔術師、『コルス・ガランド』だよ!?




