第76話 推定勇者(仮)になったった
神竜の角と融合し大人化したアイシャ、魔法で傷口も癒えたブレタらと共に、大猿を仕留めた巨大な狛犬・ブランカ(シロ)を従え、街道へ向かおうとしたところ。
「動くなっ! 弓と魔法が、お前たちを狙っているぞ!!」
いつの間にか、俺たちに武器や魔法を向け包囲していたエルフの狩人たち。
「邪悪な転生者を、眷属の準魔王もろとも討ち取れっ!」
おまいら、俺たちを捜索&救助に来たんじゃなかったのかよっ!?
――――――――――――――――――――
「貴様ら、無体な真似は許さん!」
「やめなさい、あなたたち! ジョシュもベレッタも里の住民じゃないの!」
捜索隊に加わっていた鬼ジジイとシフが叫んでいるが。
「異分子の元勇者と普人族は黙っていろ!」
リーダー格の一声で、黙殺された。
「これは、我等高貴なるエルフの尊厳を守る闘い。半端者の半エルフで薄気味悪い転生者が、準魔王を操り里の実権を握ろうと企んでいる。その怪物を手懐けているのが何よりの証拠、断じて見過ごしにはできん!」
殺気の白い光芒には細いものや薄いものもあったが、今の演説で迷いが吹っ切れたのか、全体の太さや明るさが揃い、クッキリしてきた。
皆さん、殺る気になってしまったようだ。
このピンチを乗り切るには。
<青野さん、精霊合体して彼らに非致死性拘束魔法を!>
<無理じゃ、大量の契約精霊がひしめいておるせいで、野良精霊を集められんっ!>
マジっすか。
無詠唱でも、超加速でない通常の発動では、魔力の流れに敏感なエルフたちに察知され、スタンを抵抗されてしまうだろう。
彼らの殺意を押しとどめる方法は無いのか?
矢だけなら魔法障壁でしのげそうだが、上空にひしめく火炎鳥やら嵐精が放つ範囲魔法から逃れるすべはない。
高まる緊張の中、ソレは突然の出来事だった。
「こんなこと、執行部が許さないわ! みんな、一部の急進派に加担する気なの?」
「ぁ、かーさま!」
「アイシャ!? よせっ」
止める間もなく、シフの声を聞きつけたアイシャがパッと駈け出したのだ。
「――!」
急な動作に刺激されたのか、数人の射手が思わず矢を放ってしまった!
(間に、合わないっ――)
肌も髪も白い半裸の美女が、まさか救出に来た目的の幼女だとは、誰も思わなかっただろう。
遅れて駆け出した俺が魔法障壁を張るよりも早く。
ヒュン、ブスリ、ブスリ
無慈悲な鏃が、アイシャの体に突き立った。
――――――――――――――――――――
「アイシャぁぁぁぁぁっ!?」
「……ぃっ」
ぃっ?
「いったぁぁぁぁいっ、いたいよぉぉぉ」
ぽとり、ぽとり
アイシャの体を貫いたかと思った矢は、突き刺さることなく地面に落ちた。
「アイシャ、無事か、怪我は??」
駆け寄って確かめても、服に穴が開いただけで、傷口どころか出血の跡さえない。
痛覚はあるようだが、おそろしく防御力の高い体らしい。
「ひどいよぉぉ、なんでみんなアイシャをいじめるのぉぉぉ?」
幼女の口調で泣き叫ぶ白い美女。
中身がアイシャだと知ってる俺が見ても、鬼気迫るものがある。
「アイシャ? アイシャなの??」
我に返り、慌ててこちらに駆け寄ろうとするシフだが。
「いたいの、もう、ぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヴォォォォォォンッ
全身を明々と輝かせたアイシャの姿。
その膨大な魔力の波動に、誰もが息を呑み、硬直した。
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(この波動は、……アレじゃないか、ヤバイだろ!?)
かつて、アルタミラの角で作った『神竜剣ムラクモ』。
バハムート相手の戦闘で俺が勇者流剣術の斬撃を初めて放った時の、大量に魔力を注ぎ込んだムラクモの震動が、今のアイシャの状態にめっさ似てるんですけど!
暴走すれば生命の危険を感じさせる、強大なエネルギー。
「アイシャ、落ち着くんだ、シフも迎えに来て」
「もう嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
痛みで、猿たちに手足を捥がれたトラウマが呼び起されたのか。
俺の目にしか見えない光の柱――殺気、とすら呼べない膨大な『気』の塊――が、空間をなぞっていくのを見てゾッとする。
癇癪を起したアイシャが右手を振るうのだ。
膨大なエネルギーの放出と共に!
予測していた俺は、ブレタとブランカの居る側へ、慌てて回避。
「まずいぞぃ、この魔力はっ――!?」
青野さんも気づいたみたいだが。
ドゴォォォォォォォンッ
アイシャの右手から放たれたビームのようなもので、爆風と共に地面に大穴が開いた。
飛び散る岩石の破片、噴き上げられた大量の土砂、噴き出す高温の水蒸気。
「バゥッ!<アニキ、オイラの影へ!>」
俺とブレタを庇って立ち塞がったブランカの前に、魔力障壁を張り、必死に防ぐ。
シフのことは心配だが、青野さんに任せるしかない。
そのまま、エネルギーの巨大な柱が空間を薙いで行くに従い、山の彼方まで焼け焦げた割れ目ができ、上空の精霊たちが魔力を散らされ瞬時に蒸発する。
「ぜ、全員退避!」「か、勝てるわけないっ」「本物の魔王だ、逃げろぉぉ」
降り注いだ土砂を振り払って、這う這うの体で逃げ出すエルフたち。
包囲されていた時に数えた殺気の数と比べて、人数は減ってないようだ。
振るわれたエネルギーの先には、幸いにも人が居なかったらしい。
エルフたちはどうでもいいが、アイシャが手を汚すことにならなくて良かった。
だが。
「踏み止まれ、エルフの勇者たちよ! アレを見よ! この戦い、必ずや地神竜が我等に力を貸して下さる!!」
リーダー格が指さす方向には。
『キシャァァァァァァッ<盟約の手続きによらず我が眠りを妨げるとは、一体何事だっ?>』
地竜門の上空、月明かりをバックに、ロゴス山脈の主――とぐろを巻いた巨大な蛇が、怒りを顕わに滞空していた。
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夜空を覆うような巨体が、俺たちの頭上で停止する。
今にも押し潰されそうな圧迫感だ。
「グオォォォォォンッ!<先の一撃、只事ではあるまい。申し開きを聞こう。>」
魔王候補の巨猿が暴れても気に留めなかった地神竜が、アイシャの一撃で目を覚ましたのだ。
おそらく、地中深くまで衝撃が伝わったのだろう。
一体、どれほどの威力なのか。
「アイシャ、落ち着くんだ――」
爆風による土煙が収まった後には、ぐったりと横たわる白い美女。
今の一撃で魔力を使い切ったのか?
「しっかりしろ!」
「にーさま、ちから抜けちゃった、立てないよぅ」
怪我はないようだが、動けないらしい。
もしかして、神竜の角で作った体は、魔力が動力源も兼ねてるのかも?
土砂塗れの体を掘り起し、身体強化して抱きかかえる。
「ジョシュ、アイシャ!」
「無事か、小僧!」
駆け寄って来るシフと鬼ジジイ。
「2人とも、無事でしたか!」
「かーさま……」
「この娘が、アイシャなのね。信じられないけど、面影があるわ。……ありがとう、ジョシュ、アイシャの命を救ってくれて。」
「ここへ来るまでに、経緯は話しておいたのじゃ。里で待っておるアルベルトも、きっと分かってくれるじゃろうて。」
「……はい。」
批難されるのを覚悟していたが、なんとか受け入れて貰えそうだ。
母娘を再会させられて、本当に良かった。
だが、ホッとしたのもつかの間、エルフのリーダー格が、地神竜に訴え始めた。
「地神竜よ、此度の騒動、全てそこな転生者の仕業! 魔王と準魔王を従え、我等を支配せんと企んでおります。どうか、我等にご助力を!!」
被害妄想なんだけど、アイシャの力を見た後では笑えないな。
「グルルルル……<お主らは……>」
神竜の意識がこちらに向けられた途端。
凄まじい重圧に、足元が頼り無くなり、胃がせり上がってくるような錯覚を覚える。
次の瞬間、パァァッ、と巨大な蛇の体が光に包まれたかと思うと、幼い少年・レギダスの姿になって、俺たちの前に降り立った地神竜。
しかし、圧倒的なプレッシャーが減じた訳ではない。
どうする気だ? 対応を間違えたら、神竜と戦わなきゃならんのか……
「久しいな、アオノ。それにジョシュ。しかし、我の角を使って作ったのが、シャベルの次は生きた娘か。はっはっは、お主らには本当に驚かされるぞ。」
めっちゃフレンドリーだった!
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「地神竜よ、何をしておられるのです! そいつが元凶ですぞ!」
向こうでギャーギャー騒いでいるリーダー格には目もくれず。
「アオノよ、壮健のようで何より。しかし、どうしたというのだ? 我が盟友の座を譲るなど……。」
「儂も寄る年波じゃ。そろそろ後進に道を譲る時期よ。レギダス、そんな顔をするでない、今すぐくたばる訳ではないわ。」
老人?たちのしんみりとした会話を邪魔しないように、こっちはこっちでやることやっておこう。
「ブレタ、ブランカ(シロ)に乗って逃げる準備を。」
「分かった。」
「シフ、アイシャに何か着る物ありませんか?」
「私の上着を羽織って。」
「ブランカ、俺の尻の臭いを嗅ぐのは後にしろ。みんなが乗れるように『伏せ』!」
「クゥ~ン<えぇ~、もっとクンカクンカさせてくだせ~>」
そして、体を動かせないアイシャ。
「今から、俺の魔力を送ってやる、そうすれば、きっと動けるように……」
どうやってたっけ?
カゲミツが人化する前は、角を握って送り込んでたな。
俺にムラクモをくれたお蔭で角の無いアルタミラには、人化した状態で……
「ダメダメ、ダメ絶対っ、幼女にあんな事やそんな事!」
「にーさま、どうしたの?」
「ななななんでもないよっ!」
そうだ、竜形のアルタミラには、口に手を突っ込んで送ってたよ、たしか。
「今から指先に魔力を集めるから、それを吸ってくれ。」
「うん。」
気功でMPを全回復した後、魔力をコントロールして、アイシャの口に含ませた指先に集める。
指をチュパチュパされるのも、そこはかとなくエロい気がするが、あんな事やそんな事よりは良いだろう。
「――先ほどの一撃は、この娘か。なるほど、生きた伝説級武器か、不憫な……。」
いつの間にか、青野氏との会話を切り上げて、俺とアイシャを覗き込んでいた地神竜。
「我が角と融合した娘よ、汝は我が眷属に同じ。いつでも我を頼るがいい。」
「レギダスさん……。ほらアイシャ、御礼を言うんだよ。この人の角のお蔭でアイシャは助かったんだ。」
「ぁ、ありがとう。」
恥ずかしいのか、俺の影に顔を隠してしまうアイシャ。
まぁ、お受験もないこの世界で、平民の幼女にそんな大層な礼儀作法を期待されても困る。
改めてシフから丁重な感謝の言葉を受けた後、俺をチラリと一瞥したレギダスは。
「この者、『ハーフエルフのジョシュ』を、勇者アオノの後継者、我が盟友と認めるっ!
以後、ジョシュに剣を向けるは、我に刃向かうに等しいと知れ。
証はこの娘、我が『誓いの角』と同化したアイシャ!
この2人に便宜を図り、くれぐれも粗相の無いように頼む。」
大音声で宣言した。
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「な、馬鹿な、我等純血のエルフを差し置いて、そのような半端者を盟友などと……」
「勘違いするな。我は『エルフという種族』と盟約を結んだのではない。
人魔大戦で共に戦ったエルフの1人1人と盟約を結んだのだ。
勇者アオノはその1人、今なお生き残る掛け替えのない我が戦友。
そのアオノが選んだ後継者に、そなたらが文句を言う権限などない。」
「そ、そんな……」
「もし、ジョシュが共に来いと言うなら、我はそなたらとロゴス山脈を捨てて、共に旅立つ覚悟だ。」
がっくりと膝を付くリーダー格。
泥まみれのエルフの集団を、どよ~んと沈んだ空気が包む。
こうして、エルフ原種主義者たちによる、どさくさ紛れのハーフエルフ排斥運動は幕を下ろしたのだった。
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その後は、特に何も起きなかった。
見送るレギダスと別れ、俺と青野さん、アイシャとシフ母娘、ブレタの5人で、巨大狛犬に乗ってさっさと帰還。
本来なら、捜索隊に御礼するなり労いの言葉を掛けるなりするところだが、俺たちを狙った相手にそんなの不要だし。
全員がエルフ原種主義者だった訳ではないようだが、ブランカを見て恐怖に駆られたために、リーダー格の口上に乗せられてしまったようだ。
青野さんから長老会議の方へ報告が行くので、全員にいずれ何らかの処分がされるだろう。
問題は。
「ブランカのことですけど、どうしたらいいでしょう? 魔獣用の隷属紋も、進化したら消えちゃったみたいで。」
野放しにしておく訳には行かないが、かと言って《魔王の卵》なんて魔物、里の中で飼えるのか?
「お主が接触したという《種》の言葉を信じるなら、真の魔王とせぬために、お主が傍に居て躾けねばなるまい。儂が長老議会に掛け合って特例を認めて貰えるようにしよう。」
「それじゃぁ?」
「学園の敷地内で飼えるように便宜を図る。それと、お主を晴れて正式な学園生として受け入れよう。」
「ありがとうございます! 良かったな、ブランカ、一緒に住めるぞ?」
「バウっ!<あぁ、これからもアニキのことペロペロしていいんすねっ!>」
……犬の言葉を翻訳する『バ○リンガル』って商品、流行らなくなった理由が分かる気がする。
「正式な魔法の授業に加えて、武術の鍛錬もこれまで以上に仕込んでやるぞぃ!」
「はい! 頑張ります!」
「……一緒に頑張りましょう、ジョシュ。」
ブレタもデレたようだし。
「にーさま、アイシャも一緒だよ!」
「ジョシュは寄宿舎に入るけど、同じ敷地内だからいつでも会えるわね。(娘をこんなカラダにした責任、取ってくれるのよね?)」
「は、はははいぃぃ。」
家族と仲間と恩師とペット。
もうしばらくの間、この里の暮らしを堪能するのも悪くない。
第4章・完
拙作にここまでお付き合い戴き、誠にありがとうございます。
次章は、作中で数年後からスタートの予定。
まだ大まかなプロットしかないので、再開は1か月くらい後になるかもしれません。
今後とも、拙作をよろしくお願い申し上げます。




