第75話 邪悪な魔獣使い(冤罪)になったった
鬼ジジイこと青野氏のスキル、『精霊合体』によって超加速状態になった俺は、この状態でも魔力を操作できることを利用し、巨猿を魔王候補たらしめている『赤い半透明の光る玉』を分離して叩き出すことで、魔王候補になる以前のモンスターに戻す作戦に出た。
精神エネルギー体となった俺たち以外は静止しているように見える世界で、何の危険も妨害もなく巨猿の体内に侵入。
例の光る玉を分離することに成功し、魔力を使って体外に押し出そうとしたところで。
『ヤぁ、ヒサしぶり。げんきソぅだネ。』
宿主を強制進化させる《種》と接触した。
種――その正体は、風神ティタンダエルの御霊分によって産み出された分体。
分体を通じ、神竜の角を集めれば『魔神の魂の器』を造ることができる、などの有意義な情報を得ることが出来た。
そこまでは良かったのだが。
「それじゃ、ボクは次の宿主の所へ行くよ。……アレなんか良いなぁ。」
ロックオンされたのは、俺の愛犬ブランカ。
う~む、凶暴なモンスターが『魔王の卵』になるくらいなら、ウチのブランカの方がいいんじゃないだろうか。
……っていうか、アイツ、駄犬シロだよな。
――――――――――――――――――――
精霊で作られた分身体から、俺の精神を分離し、肉体に戻った途端。
しゅぅぅぅぅぅ
超加速状態が解けた俺の目の前で、小山のように聳えていた巨猿の体が、霞か霧のようなモノを放出しながら見る見る縮んでいく。
ぎゅぅぅぅぅん
同時に、巨猿の腹部から飛び出した『赤い半透明の光る玉』――《種》が、青野氏の回復魔法で傷の癒えたブランカを目指し、一直線に飛んで行く。
しゅぽん、……ごっくん
予定調和なまでに、疑う様子も見せず赤い玉を呑みこんだブランカ。
普段から、『変なモノ食べちゃダメ』って言ってあるのになぁ。
ブランカの周りに霧のようなモノが集まり、膨大な魔力の渦が生まれる。
(うむ、これが世界の選択だ。許せ、ブランカ。)
まぁ、死ぬわけじゃないし、変身後の変態っぷりを知っていれば、あまりシリアスな気分にはならない。
むぉぉぉぉぉん
ブランカの周りに渦巻いていた魔力エネルギーの渦が収まった時。
『ウオォォォォォォ~ルゥゥゥゥ、ルルゥゥゥゥゥンッ』
全長10mの白い狛犬――アイギスから南下した街道で出会った、あの駄犬シロ――が、遠吠えと共に姿を現した。
――――――――――――――――――――
『ガルルルルル<お前ら、邪魔>、グォォォォォォンッ!<消えろッ!>』
《ダイアーヴォーグ(魔王の卵)》のスキル、『強制咆哮』。
咆哮によって、自分よりLVの低いモンスターを従わせることの出来るスキルだ。
「キャキャ、キャキャキャ」「ホウ、ホゥ、ホホホゥ」
ブランカのLVは意外に高く、43ある。
対する人喰猿たちのLVは、高くても大体15前後。
ブランカの咆哮に逆らうことはできず、雪崩を打って、我先に逃げて行った。
そんな中、一匹だけ残った大柄な猿。
《上位人喰猿》。
さっきまでの魔王候補、6本腕の巨猿の元の姿だ。
「クカカカカ??<ナンダ、ナゼチカラガナクナッタ??>」
元から念話で喋るだけの知能があったのか、一度進化すると力を失ってもある程度の知能が残るのか。
駄犬シロがダイアーウルフに戻っても念話で話すことが出来た例から、後者の可能性が高いのかも。
などと観察していたら、目が合った。
「……クケェェェェェッ!<キサマノセイカ、シネェッ!>」
殺気を露わにして襲いかかる、体長3mを越える大猿。
こいつはLVが76もあるせいで、ブランカの咆哮が効かなかったのだ。
「ジョシュ、気を付けて!」
槍を脇に構えたブレタが、こちらへ加勢に向かってくる。
「大丈夫、さっきまでに比べれば楽しょぉ……」
って、素手じゃん、俺!
唯一の武器だったシャベル(実は地神竜の角)は、アイシャの新しい肉体になってしまった。
殺気の白い光芒を避けるのは簡単だが、そうしたら後ろのアイシャが危ない。
即座にアイシャの前に障壁魔法を張り、身体強化した状態で八卦掌の構えを取る。
相手と正対せず、相手を円の中心と仮想した円周上を転身しながら移動する歩法で、カウンターとなる体当たりや肘打ち、金的、目潰し狙いだ。
牙を剥いて突っ込んでくるところを、闘牛士のように転身して避け、肋骨の辺りを狙って肘を打ち込むが。
「カカカカカ!<イタクモカユクモナイワ!>」
――全然効いてねぇ。
バックハンドで振るわれる大猿の腕を魔力障壁で止めておいて、膝を抜いて沈み込む動作で加速しながら、一気に下がって距離を置く。
身長差があって、目に指が届かない。
体重も身体能力も違い過ぎる。
捕まったら最後だ。
「アイシャ、俺が時間を稼いでる間に逃げろ!」
「にーさま、危ないっ!」
むにゅり
(へ!?)
逃げると思っていたアイシャが、何故か俺に抱きついてきた!
しかも、凄い力だ?
「何やってんだ、早く逃げ――」
「にーさまは、私が守る!」
「カカカカッ!<バカメ!>」
地面に俺を押し倒し、上に覆いかぶさったアイシャ。
その背中に、爪の生えた太い腕を振り下ろそうとする大猿。
「やめろぉぉぉぉっ、――!?」
ガキリ、ゴキュ
突如、巨大な顎が現れ、大猿の上半身が消失した。
そして、ブシャッと血を噴き出す下半身が、ドサリ、と地面に倒れる。
ゴキュ、ゴキュ、……ごっくん
頭上には、硬い骨を噛み砕き、咀嚼する体長10mの犬型モンスター。
ギョロリとした目をこちらに向け、生臭い息を吐きながら、血に塗れた巨大な牙を開く。
……おぃおぃ、まさかコイツ、俺たちのこと忘れて、喰う気じゃないよな?
「すまん、ブランカ! 人身御供に差し出した俺が悪かった、元に戻してやるから――」
べろり
舐められた。
「ハッハッハ、バウ!<アニキ、オイラやったっすよ、褒めて褒めて!>
バウバウ!<ご褒美にアニキのお尻の臭い嗅がせて!>」
……うん、確かに俺の知ってる駄犬だ。
――――――――――――――――――――
「にーさま、ひとみごくうって何?」
「キューン<なに?>」
俺の前には。
女の子座りして小首を傾げる舌足らずな白い美女と。
お座りして小首を傾げる怪異な容貌の巨大な白い狛犬が。
「ジョシュ、これは一体……」
「信じられないとは思いますが、アイシャとブランカですよ。」
普段、冷静で表情を変えないブレタの顔に、驚愕の色がありありと浮かんでいる。
ブレタでさえこれなんだから、アルとシフが見たら卒倒するよな。
それはともかく。
「アイシャ、なんで言う通り逃げなかったんだ? 危うく、また死んじゃうところだったんだぞ!」
「ごめんなさい、にーさま。
だけど、にーさま、こんなにちっちゃくなっちゃって、アイシャが守ってあげなきゃ、って思ったの。」
「俺が縮んだんじゃなくって、お前が大きくなったんだよっ!」
「……ぇ?」
驚いて、自分の体を見下ろしたアイシャの感想は。
「ホントだっ、かーさまより大きくなってるっ!」
「そこじゃねぇよ、っていうか隠しなさい。俺のシャツを着るんだ。」
ぷるんっ、たゆんっ、って揺れる果実に、つい目が行ってしまうのだよ。
記憶の中にある女性から、咄嗟にアルタミラの容姿を思い出してモデルにしてしまったのは、他に(カラダを)よく知ってる相手が居ないんだからしょうがないよね。
脱いだシャツを手渡すと、ハッとしたように自分の手を見詰めるアイシャ。
「そうだ、わたし、手や足がちゃんとあるっ! どうして? あんなに痛かったのに……」
「そ、それは……」
過酷な体験を、説明して思い出させる必要があるだろうか。
曖昧にしておいた方がいいかも?
「わ、悪い夢を見たんだよ。」
「でも、イジワルなおサルさんたちが、一杯死んでるよ?」
周りには、猿たちの屍が累々と転がっている。
「あなたは、わたしのためにミスリルを探しに来て、あの猿たちに襲われた。
ブランカが必死に守っていたところに、ジョシュとわたしが救出に来た。
その後は、よく分からない。」
ブレタは、誤魔化さずに淡々と事実を語った。
そして、俺を真っ直ぐに見て問い掛ける。
「ジョシュ、何が起きたの?」
「……詳しい話は帰ってからにしましょう。ブルー校長たちの捜索隊も、近くまで来てくれてるはずなんで。」
「うん、おうち帰ろう!」
「バウ!」
ブレタは青野さんの魔法で怪我も治っているが、疲労の色は濃い。
アイシャとブランカ(シロ)は元気そうだが、アイシャは事件によって心の深い部分ではショックを受けているはず。
俺も、アイシャを助けるため必死だったとはいえ、初めて生き物(といっても魔物だけど)を殺したせいか、今頃になって気持ち悪くなってきた。
早く帰って風呂で血の臭いを落としたい。
「わかった。帰りましょう。」
ブレタも頷き、街道へ向けて足を向けようとした、その時。
――周りの暗い森の中から、何本もの殺気の白い光芒!
「動くなっ! 弓と魔法が、お前たちを狙っているぞ!!」
いつの間に近づかれたのか、20人程のエルフの狩人たちが、弓矢を構えて俺たちを包囲していた。
――――――――――――――――――――
「やめて、何をするの、あそこに居るのはジョシュとベレッタよ!?」
「やめんか、お前ら! ジョシュは準魔王を倒し、新たな『地神竜の盟友』となった勇者じゃ!」
抗議の声は、シフと青野さんだ。
しかし。
「準魔王というのはこの怪物だろう? それを操っている者が勇者なはずが無い。
それに、『地神竜の盟友』の証たる、伝説級の武器はどこだ? 見当たらないではないか!」
光精霊に照らし出された、狩人の中心人物らしき男は。
……昔、俺とブランカに弓を向けた大人たちのリーダーじゃないか!
「かの者こそ、準魔王を操る黒幕、邪悪な転生者だ。怪物もろとも討ち取れっ!!」
どっから出てくるんだよ、その根拠のない憶測は!?