第73話 地神竜(ヨルムンガンド)の盟友(2代目)になったった
妹のようなハーフエルフの幼女・アイシャを探しに来た俺とブレタが遭遇したのは、白狼ブランカを囲む人喰猿の群れと、そのボスである巨猿《アスラ・バブーン(魔王の卵)》。
魔王候補の巨猿は、縄張りに入り込んだ獲物を、食べるためというよりは、いたぶって殺すのを楽しむために襲ってきたらしい。
じわじわと嬲り殺しにするために手加減しているお蔭で、エルフの里の捜索隊が来るまで時間を稼げると思ったのだが。
突如、眩い光を放った魔道具のシャベル。
ついに、封印が解けたんだ!
「獲物を前に余裕ぶっこいてたことを後悔させてやる! 伝説の武器を喰らえっ」
「ナニィッ!?」
……元勇者から手渡されただけに、超レア武器か何かだと思うよね、普通。
ぷるりん、ふにゃん
真の姿を現したソレは――こんにゃくみたいな質感の、全長5mの角っぽいモノ。
武器かどうかとか以前に、使い道がワカリマセン。
「……オノレ、フザケオッテ、シネェェェッ!」
墓穴を掘ったぁぁぁっ!?
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すぐに、怒り狂った巨猿が、5本の腕に発動させた攻撃魔法を放ち、空いた腕を振りおろしてくるだろう。
俺の体を貫く何本もの白い軌跡――殺気の攻撃予測線が、数瞬後の俺とアイシャの運命を無慈悲に教えてくれる。
同時にこれだけの攻撃、とても避けきれない。
とっさに魔法障壁を何重にも張ったが、攻撃魔法には効果が無いし、巨猿の腕の一撃にはとても耐えられまい。
殺られる――
(また、家族や仲間を助けられず、何も出来ないまま死ぬのか!?)
「ギャァァァァァァッ!?」
諦めかけた俺が目を閉じた瞬間、頭上で魔力がはじけ、巨猿の絶叫が響き渡る!
(なんだ??)
とまどっている間に、俺の体がヴンッ、という震動に包まれると、世界が静止した。
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<情けないのぅ。この程度の敵相手に諦めおって。今のままでは、とうてい吸血聖女は倒せんぞぃ?>
<青野さん!>
どうやら、『精霊合体』して分身体でこの場に現れ、俺に同じスキルを使ってくれたらしい。
肉体の視点より少し高い位置――分身体の視点から周囲を確認すれば。
巨猿の5本の腕に発動している魔法には、それぞれ相反する属性魔法がぶつけられて相殺されていた。
火球には水柱、地槍には風刃。
そして、振り下ろそうとした巨猿の腕は、これまた巨大な魔法の氷剣で貫かれていた。
ブレタとブランカの方を見れば、月光で傷を塞がれ、生命水で治癒力を強化されている。
突然魔法が発動したように思ったのは、青野さんがそれら全ての魔法を、超加速状態で無詠唱発動したからだろう。
さすが、元勇者の奥義!
だが。
<アイシャにも、回復魔法を掛けて下さい! ひどい傷なんです!!>
<すまんのぅ。その娘、手足を捥がれておるだけではない。全身を強打され、内蔵に深刻な損傷を受けておる。儂には、手の施しようが無いのじゃ……>
<うそ、でしょ……?>
にーさま、にーさま、といつも俺に付いて回り、絵本を読んでとしつこくねだり、寝る時に寂しいと俺のベッドにもぐり込んできて、小さな体で一生懸命シフの手伝いをし、嫌いなピーナルとカロットを残しては俺やアルの皿にそっと盛り、グリグリ頭を撫でるとエヘヘと笑う、この幼い命が。
<……助からないんですか!?>
<聖魔法が使えればのぉ。あいにくと、里には、神官だの僧侶だのといった者はおらんのじゃ。エルフは抽象的な神への崇拝よりも、身近な精霊との交流を重んじる種族ゆえ。>
<そん、な……どうして>
(ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ)
昼飯の時、どこへ何しに行くのか聞き出して、ちゃんと止めておけば。
いや、日課の訓練が済んだ後でもいい、どこへ行ったか確認し、学園内に居ないことに気付いてやれば、もっと早く追い付けたはずだ。
<気持ちを切り替えろ! まだ闘いは終わっておらんぞぃ!>
<だけど、そんなの、あんまりだっ>
この5年間、本当の妹のように一緒に暮してきた女の子が、こんな無残な最期を迎えるなんて。
アルやシフに、何て言えばいいんだ。
悔やんでも、悔やみきれない。
<お主は戦うと決めたのじゃろう? 誰かが命を落とすたびにピーピー泣くつもりか? 戦士として、為すべきことを為せっ!>
<為すべき、こと……>
<儂の肉体は、まだ遥か後方。先ほどの無詠唱魔法・同時多重発動で、この分身体の魔力は品切れ状態じゃ。一度合体を解除して新たに精霊を集め合体すれば魔法を使えるが、それでは間に合わんかもしれん。ベレッタと狼を救えるのは、お主だけじゃ!>
<救う?>
こんな俺に、何が出来るっていうんだ?
<このタイミングになったのが残念じゃが、お主に与えた魔道具の説明をしよう。
アレは、儂が地神竜から契約と友好の証として受け取った、『竜の誓いの角』。
持ち主となった儂が、武器ではなく、敢えて日用品のシャベルの形に変えたモノだ。
闘いから身を引き、大地に根差して生きる決意の表れとしてな。>
それじゃ、俺がアルタミラから受け取った『神竜剣ムラクモ』と同じシロモノだったのか、あのスコップが。
<封印が解けたということは、所有者が儂からお主に上書きされたということ。
お主が、新たなる『地神竜の盟友』として認められたということじゃ!
柄に紋様を施してあったじゃろ、アレは、盟約を書き換えるため、お主の魔力がずっと注ぎ込まれるように仕組んだ術式だったんじゃ。>
<それじゃ、今、あの状態の『竜の誓いの角』に俺の魔力を流してやれば……>
<そう、勇者武器に劣らぬ、伝説級の武器が出来上がる。それで、勇者流剣術の斬撃を放ち、準魔王を討つのじゃ!>
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《ソレは、『竜の誓いの角』。
持ち主の魔力に反応して、自在に形を変えることのできるマジックアイテムよ。》
かつてのアルタミラの言葉を思い出す。
剣にも槍にもスコップにも、俺が思い描くモノへと自由に形を変えられる、謎物質のアイテム。
(……そうだ、武器の形である必要はないんじゃないか。)
例えば、人魔大戦で魔王堕ちした勇者が持ち込んだのは、オリハルコンの武器ではなく、『オリハルコンの巨人』だった。
そして、オリハルコンだの魔結晶だのといった素材で造った体は、魂の受け皿になりうる。
(それなら、神竜の角で造った体にも、魂が宿るんじゃ――?)
試してみる価値はある!
静止したように見える世界で、分身体の腕を『竜の誓いの角』へと伸ばす。
<よし、やる気になったようじゃな。やり方は分かるか?>
<はい。>
ただし、俺が求めるのは伝説の武器じゃない。
アイシャの、俺の妹の命だ!
分身体の腕から魔力を注ぎ込むと、ふやけた角がドロドロした不定形のモノに変わり、アイシャの体を呑みこんだ。
<待て、何をする気じゃ!?>
変化は一瞬で、超加速状態でも、その過程に介入し止めることは出来ない。
<こ、こんな事が可能じゃとは……>
一際眩い光に包まれたその物体――いや、そこに立っているのは、もうモノではない!
それは、どこかにアイシャの面影を残しながら、成人女性の体付き(……モデルは人化アルタミラ)をした、白い少女。
人間と神竜の角が融合した、新たな人造生命体。
<これが、俺の答えです。青野さん、アイシャの星気体がこの体に定着するように、様子を見ててやってくれませんか。>
<……良かろう。じゃが、準魔王を、どうやって倒す気じゃ?>
<それは、俺に考えがあります。この超加速状態なら、正攻法以外にも出来ることはありますよ?>
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今の俺が魔王候補に遭遇したのは初めてだが、前世、魔神の俺は出会っている。
元勇者・イゾと共に、アイギスの街から獣人集落へ向かう途中に遭遇した、駄犬シロ。
そして、魔物を魔王候補たらしめる『魔王の種』――赤いエネルギーの球体の存在を知ったのだ。
駄犬シロから魔王の種が飛び出して、あいつは《ダイアーヴォーグ(魔王の卵)》から、ただの《ダイアーウルフ》に戻った。
そして、今度は俺の体に魔王の種が入り込んで一悶着あり、熊獣人メイド・ベアトリスに助けられた一件。
あの時は、『気』で魔力を導き、魔王の種を分離してから、魔力の籠った蹴りで叩き出して貰うという、かなり乱暴な手段を取った。
今、分身体の俺は、肉体の体を動かすことも、攻撃魔法を使うことも出来ないが、魔力を精密にコントロールすることは出来るのだ。
あの巨猿の体内の魔力をコントロールし、魔王の種を分離して叩き出してやる。
ベアトリスにして貰ったのと同じことが、俺にも出来るはずだ!




