第72話 封印を解きし者になったった
月明かりが照らし出したのは、血に染まった白狼・ブランカと、それを囲む人喰猿の群れ、そして、見たことも無い巨大な6本腕の巨猿。
スキル『心眼』で確認したソイツは……
『種族:アスラ・バブーン(魔王の卵)』
――って、魔王候補じゃんよ!?
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魔神が死んで『隔世』に赴いた時、風神から聞いた話では、『魔王』というのは、この星の魔素濃度調整のために、精神生命体によって意図的に創り出された存在である。
勇者に討たせるために生み出された、ある意味、勇者と表裏一体をなす『道化』の役回り。
ありていに言えば勇者の引き立て役、だろうか。
だが、まだ魔王になってすらいない、『魔王の卵』段階だというのに。
チート勇者としてではなく、生身の体で見上げるソイツは。
――『絶望』の一言に尽きた。
小山のような巨体は、蹲っている状態で10mはあるだろう。
巨木の幹より太い6本の腕、膨大な筋肉で膨れ上がった体躯。
弓矢も剣も槍も、人力で振るった武器の一撃など、この怪物の前では蟷螂の斧、いや、蚊に刺された程度かもしれない。
高威力の単体攻撃魔法や勇者流剣術のスキルを持った人間が、数十人掛かりでやっと戦えるだろうか。
要するに、高LV冒険者のレイドPTか、練度の高い軍隊が必要だ。
間違っても、槍とシャベルの物理攻撃オンリーな駆け出し冒険者(見習い)2人組+狼1頭で立ち向かえる相手じゃない。
「どうする、ジョシュ。後続の捜索隊を待つ?」
「人喰猿の群れだけでもキツイのに、俺たちだけであの怪物と戦うのは論外ですね。
っていうか、ブランカは何故逃げないんだ? アイツの足なら追い付かれることもないだろうに……。
――まさかっ!?」
一本の大木を背にして唸り続けるブランカの足元には、人喰猿の屍が累々と横たわっている。
その場に止まって、何匹もの猿を屠ってきたのだろう。
つまり、その場を動かない、いや動けない理由があるのだ。
(アイシャっ)
ブランカの背後の大木、そこにアイシャがいるんだ!
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「俺がヤツラの注意を引きます。ブランカの後ろの大木に妹が居るはずなんで、妹を連れてブランカに乗って逃げて下さい!」
「何を言うの? 武器も防具も無しに、あの怪物と渡り合うのは不可能」
シャベル一本に布の服。
いや、フル装備だったとしても、元より勝ち目は無い。
「渡り合う必要はありません。シャベルを捨てて、障壁魔法を張ってひたすら耐えます。その間に、エルフの捜索隊を呼んで来て下さい!」
「……あなたの妹がこんな所へ来てしまったのは、私のせい。時間稼ぎは、私がする!」
「ブレタ!?」
止める間もなく、隠れていた茂みからザッと飛び出して突っ込んでいくブレタ。
(無茶だ!)
「ウオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォリャァァァァっ!!」
「ギャッ」「グェェ」「クカカ、ギャンッ」
雄叫びと共に繰り出された槍の穂先が猿の急所を的確に貫き、振り下ろされた石突が頭蓋を叩き割る。
闇の中、月明かりを反射してキラリ、と槍の穂先が光るたび、猿たちが断末魔の悲鳴を上げながら屠られていく。
ブレタの鬼神のような獅子奮迅振りに、奇襲を受けた猿たちが逃げ腰になるが。
『ヴァッハッハッハッハッハ、チカラナキモノガ、ワレニハムカウカ。オロカ、オロカ。スグニコロサズ、テアシヲイッポンズツモギトッテヤレ!』
大音声で哄笑した後、喋りやがったよ、6本腕の大猿が!
しかも、相手をいたぶって楽しむ気だ。
ブランカと対峙しているのも、逃げ出せない事情を分かった上で、すぐに止めを刺さず嬲ってるのか。
リーダーである魔王候補の言葉が分かるのか、逃げ腰だった猿たちがブレタを包囲し始める。
くそっ、ぐずぐずしてる暇は無い!
<ブランカっ、俺がアイシャを連れて飛び乗ったら、ブレタを咥えて逃げるんだ!>
「バゥッ!」
念話に応えたブランカが、四肢を踏ん張ってグルルルル、と唸りながら猿たちを威嚇。
猿の包囲が下がった隙に、ブランカの後ろの大木目掛けて走り出す俺。
その行く手を、数匹の猿が阻む。
だが、攻撃は全て筒抜けだ。
殺気の白い軌跡を避ければ爪の斬撃や噛みつき、突進、全て余裕で躱すことが出来る。
一匹目、シャベルですくった土を猿の顔面にぶちまけ、目潰ししておいて返すブレードで頭蓋を叩き割る。
返り血を浴びながら2匹目の猿の喉笛にシャベルを突っ込み、転身してシャベルを引き抜きながら回転を付けて3匹目の顔面にブレードを叩き込む。
喉と顔を抑えてのたうち回る猿たちにそれぞれ止めを刺し、次の猿にシャベルを向けると、ソイツは逃げていった。
形状的に突き刺すと抜けにくいシャベルのブレードは、叩きつける方が効率的なようだ。
ブレタが大半を引き付けてくれているお蔭で、何とかブランカの後ろに回り込むことが出来た。
「アイシャっ! 迎えに来たぞ、一緒に逃げよう!」
暗くてよく見えないが、大木の根本に小さい洞がある。
この中か!?
「アイシャ!!」
覗き込んだ俺の鼻を、金気臭い臭気が迎える。
猿たちの返り血を浴び、血だまりを駆け抜け、さんざん嗅いだのと同じ――血の臭い!
「アイ……シャ……」
そこには、乱暴に扱われ、壊れた人形のようにボロボロになった、幼い妹の姿があった。
――――――――――――――――――――
「……ぐぬぅぅぅぅぅっ」
それは、猿どもへの怒りなのか、妹を喪うことへの恐怖なのか、自分の無力さへの悔恨なのか。
俺の中に、熱くて冷たくてどす黒い、固いしこりのようなモノが生まれ、胸を食い破って外に出ようとしている。
そいつに全てを任せ、猿どもを殺して殺して殺しまくってやるっ!!
後がどうなろうと知ったことか――
「に……さ、ま」
「アイシャ!?」
生きてるっ!
絶望からおかしくなりそうだった心が、一筋の光明に照らされて踏み止まった。
震える手を伸ばし、血のこびり付いた、一本しかない妹の腕にそっと触れる。
「ごめ、ん、な、さぃ……」
「もう、大丈夫だ。よく頑張ったな。」
「にげ、て……」
「一緒に帰ろう、回復魔法を掛けて貰えば、きっと……アイシャ?」
「……」
大丈夫、脈はある。
意識を失っただけのようだ。
出血量は心配だが、『生命水』や『月光』を掛けて貰えば助かるはず。
ただ、高LVの聖魔法が使えない以上、命を取り留めても、元の体には戻らないだろう。
それでも。
生きていてさえくれれば。
ズシンッ!
――バキッ
「キャインッ!」
アイシャを抱きかかえ、さぁ脱出だ、と勢い込んでいた俺の耳に、地響きと共にブランカの悲鳴が。
「ブランカっ!?」
振り向けば、向こうに、木々をなぎ倒して吹き飛んだブランカの姿。
息はしているようだが、口から血を吐き倒れている。
そして、間近に聳える巨大な黒い小山――巨猿。
振り抜いた形の巨猿の腕の一本が、ブランカをぶっ飛ばしたのか。
残り5本の腕の掌には、それぞれ魔法で産み出した火球や岩槍を発動させている。
単体の物理攻撃だけなら避け続ける自信があったが、同時に複数の攻撃を撃たれたら……
「ヴァッファッハッハッハ、コザカシイチビメ、ニガストオモッタカ?」
「……俺たちを喰っても、腹の足しにはならないぞ?」
ブランカに乗って逃げる案は潰えた。
こうなれば、里の捜索隊が到着するまで、なんとか時間を稼がなければ。
「ニンゲンハ、ニクハスクナイガ、コロスノガタノシイ。
キョウフニオビエ、イタミニナキサケビ、イノチゴイスルノヲ、ジワジワツブスノガオモシロイ。
サァ、ヒッシニアガケ!」
(くっ、この野郎っ)
眷属の人喰猿たちが、じりじりと包囲の輪を縮めてくる。
巨猿は、魔法を使えばいつでも倒せる相手を、わざと殺さないように加減しながら嬲る気だ。
逆に、俺が必死に逃げ回っている間なら、止めを刺しに来ないかもしれない。
(悔しいが、シャベルで反撃するよりも、シャベルを捨てて魔法障壁を張り、回避に専念するべきか?)
迷いつつ、左手にアイシャを抱え、右手に持った唯一の武器、魔道具のシャベルを握りしめた瞬間。
――ヴゥゥゥゥゥゥンッ
シャベルが眩い光を放った!
――――――――――――――――――――
『このシャベルは仮の姿で――』
『お主に貸し与えた魔道具のシャベルな、アレの封印が解ければ――』
そう、このシャベルは、実は凄い伝説級のアイテムだったりするかもしれない!
長さ1mのスコップは仮の姿、元『槍の勇者』の持ち物だけに、オリハルコン製の槍とか、それに匹敵するアイテムの可能性が。
「獲物を前に舌なめずり、3流が仇になったな! 伝説の武器を喰らえ!!」
「ナンダトッ!?」
これで窮地を打開でき……
ぷるんっ
「へ???」
その感触は、ゼリーのような粘土のような、およそ武器には相応しくない質感。
輝きながらどんどん大きくなっていくソレは、太くて持ちきれなくなり、ぷにょり、と俺の手から滑り落ちた。
やがて、光が収まった時、地面に横たわっていたのは。
手前の端は幼児の身長ほどの直径で、反対側が尖った形状の、真っ白な細長い円錐。
長さ5mほどの、柔らかい角のようなモノだった。
……これで、どう戦えと。
「……ヨクモオドロカセテクレタナ、フユカイダ、シネッ!」
「のぉぉぉぉぉぉっ!?」
この巨体から繰り出される攻撃は、八卦掌の歩法で躱せる規模じゃない。
範囲攻撃(物理)だ。
とっさに、無詠唱で障壁魔法を何重にも張る。
しかし、障壁魔法は物理攻撃を防ぐだけで、魔法攻撃は防げない。
幸い範囲魔法は撃てないようだが、火球や岩槍がちょっとでも掠めたら……
(くそっ、どうすれば!?)




