第71話 猿ハンターになったった
白狼ブランカに乗って、真銀の天然鉱脈を探しにロゴス隧道へ向かったらしいアイシャ。
アル達の制止の声を振り切り、彼女を追い掛けようとした俺の行く手を遮るように、赤羚羊に跨った武者が。
「後ろに乗って。目的地の指示を」
それは、槍と手斧で武装し、革鎧に身を固めた炭鉱族の女戦士、ブレタだった。
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里から地竜門までは、街道の一本道。
身体強化して走っていくつもりだったが、……少し頭に血が昇っていたらしい。
現着した時疲れ果てていたら意味が無いし、騎獣に乗っていけるならそうすべきだ。
ブレタに対して、わだかまりが無いわけではない。
だが、一刻一秒を争うこの場面で、差し伸べられた手を払うほど、俺もガキじゃない。
「恩に着ます。アイシャ達が向かったのは、ロゴス隧道です!」
「わかった。森を直進してショートカットする。」
差し出された手に掴まって、赤羚羊の背に跨る。
ヤクールは、赤い毛並に捻じれた角を持つ、馬より少し小さい体躯の、カモシカのような動物だ。
平地では馬の方が早いだろうが、整備されていない山野を駆け回るにはうってつけの騎獣。
「振り落とされないように気を付けて。」
「はい!」
ブレタの腰にしっかり手を回すと、勢いよく駆け出すヤクール。
街道を逸れ、森の中の獣道へずんずん入って行く。
「前方、枝が張り出してる。伏せて」
「川幅の狭いところを探して飛び越える。ジャンプに備えて」
暗視の効く炭鉱族のブレタには、夜間の森の中も苦にならないようだ。
急斜面を駆け上がり、細かい足場に着地しながら崖を降り、狭い渓流を飛び越え、ジェットコースターのように目まぐるしい。
上下動が激しく、振り落とされないようにするのが精一杯。
途中、夜行性動物の気配や、モンスターが放つ白い殺気を感じ取ったが、追いかけてくる者は無かった。
追い付けないと分かっているのかもしれない。
俺に出来るのは、ブレタを信用してしがみつくことだけだった。
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「もうすぐ地竜門。準備して」
目的地に近づく頃には、慣れない赤羚羊の騎乗で足がガクガクしていたが。
「――了解!」
身体強化して街道を走っていたら、とてもこの短時間では到着できなかったはず。
ヤクールが並足になったところで、呼吸を整え、気功の調息法を実施する。
そして、突入に備え身体強化を掛けようとしたところで。
「待って! 魔法を発動すれば、そのシャベルに魔力を吸い取られる」
(――そうだった!)
布ケースにしまって背中に括り付けた魔道具のシャベル。
こいつを持ったままで、魔法は使えない。
そういえば、日課の鍛錬の後、着替えもせずにアルの図書館へ直行したんだった。
俺の装備は「布のふく」「皮のくつ」「なぞのスコップ」の3種類だけ。
両親の形見・ミスリルの短刀2本組や、ロジーナがくれた外套を装備してくるべきだった。
(どんだけ頭に血がのぼってたんだよ、俺!?)
アイシャたちのことが心配なのと、ブランカが付いているのに戻って来れないことから考えて、今の俺になって初の実戦を経験する可能性がある。
不安と興奮と緊張で、冷静さの欠片も無くなっていたようだ。
ミスリルの短刀さえあれば、勇者流剣術の斬撃『なんたらブレイド』を撃てるのに。
前世の魔神の時は亜空間からアイテムを引き出せたので、装備の点検をすっかり失念していた。
悔やんでも、取りに戻る時間は無い。
(どうする、シャベルをここに置いていくか?)
――いや、俺はまだ勇者流拳法のスキルを獲得していない。
素手では強力な『無属性魔法+気』の打撃を撃つことは出来ない。
八卦掌も素人の生兵法レベル。
対人ならまだしも、ロゴス隧道のモンスター相手に通用するとは思えない。
この際、シャベルでも、素手よりはマシだろう。
それに、俺1人ではなく、味方が居る。
「ベレッタさん、俺の武器はシャベル一本。――頼りにしてますよ?」
「……まかせて」
槍を扱くブレタが、頼もしく見えた。
――――――――――――――――――――
地竜門の前に着き、ヤクールから降りる。
怯えたヤクールが、どう宥めても隧道内には入ろうとしないからだ。
ブレタが鼻づらを撫でながら何か囁くと、ヤクールはキュゥ、と一声鳴いて森に駆け込んでいった。
「帰りはどうするんです?」
「呼べば戻ってくる。繋いでおけばモンスターの餌。」
なるほど、森の中を自由に駆けまわっている方が、ヤクールには安全なのだろう。
「それじゃ行きましょうか」
「待って」
地面にしゃがみ込んだブレタが、何かを調べている……
「大きい狼の足跡。隧道内じゃなく、森に向かってる。それだけじゃない、複数の魔獣の足跡……」
――キュィィィィィィッ
「あの鳴き声は!?」
「ヤクールの悲鳴、足跡と同じ方向」
「行ってみましょう!!」
シャベルを槍のように構え、地竜門から脇に逸れた森の中へ突っ込む。
ブレタが先頭で、夜目の効かない俺は彼女の背中を見失わないように追いかける。
(――!?)
突如、前方から、俺にしか見えない白い殺気の光芒!
「危ないっ」
ブンッ
白い軌跡をなぞるように、ブレタに向かって何かが投げつけられた。
足を止めたブレタを追い抜き、シャベルのブレードを盾のようにかざして、ぶち当たってきた物体を受け流しつつ払い落とす。
ぐちゃり
潰れながら落下したソレは、
「ヤクール……」
俺たちを乗せてきてくれた騎獣の生首だ。
「ジョシュ、気を付けて。人喰猿の群れ。」
「ええ、前方、木の上に3匹、地上に4匹。」
暗視の効かない俺には敵の姿が分からないが、殺気の白い光芒で相手の居場所も数も分かるのだ。
クカカカカッ、ホゥッ、ホゥッ、ホホホホホゥッ
嘲笑うかのような鳴き声は、威嚇と同時に、仲間を呼び集める警報でもある。
ぐずぐずしていれば囲まれる。
速攻で倒すしかない!
「樹上は俺が。ブレタは地上の4匹を」
「承知」
気功と魔力操作によって、俺の体はかなり鍛えられている。
身体強化を掛けなくても、近場の木の幹を蹴って飛び上がれば、太い枝の上に陣取る猿型モンスターに届く!
ダンッ
突進した先の幹を蹴って、斜め上方に飛び上がると、届くはずがないと油断していたらしい猿より、高い位置に跳んだ。
「クケェっ!? ――ギャッ」
そのまま、シャベルのブレードを振り下ろすと、頭蓋を叩き割りながら地上に叩き落とす。
猿が居た枝にしがみ付き、何とか這い上がって下を見下ろすと。
少し慣れてきた夜目に見える死骸は、体長2mほど、ゴリラよりもヒヒに近い体付きで、凶悪な顔つきの魔獣だ。
「ホウッ、ホウッ」「カァッ」
仲間がやられたのを見て、太い枝から枝へジャンプしながら迫ってくる2匹の魔獣。
想像以上に身軽だ。
暗視の効かない俺は、この枝から別の枝に飛び移ることは出来ない。
地の利は向こうにある。
ここでの戦いは不利。
素早く地上に降り立つと同時に、怒りで興奮した猿たちが俺目掛けて飛び降りてくる。
ゴスッ
一匹目の落下にカウンター気味の突きを見舞うと、猿の鳩尾のあたりに、ゾブリ、とシャベルのブレードが埋まる。
「ゲェェッ」
どさり
下敷きにならないように回避するが、シャベルは手放すしかなかった。
「カカカカッ」
俺が得物を手放したのを見て、既に地上に降りていたもう一匹が、調子づいて飛びかかってきた。
とっさに、八卦掌の歩法で転身して躱しながら、瞬間的に身体強化して踏ん張り、残しておいた足を引っ掛けると、面白いようにつんのめって地面に激突する猿。
障壁魔法を張って上から押さえつけ、その首筋を踵で踏み砕いた。
ビクンビクンと痙攣する猿から、糞尿の臭いが立ち昇る。
『相手に自分の武器を印象付けてから、わざと手放すことで相手をコントロールする、という戦法もあるぞぃ。』
わざと手放したわけではなかったが、訓練中のジジイとの雑談を思い出したおかげで、武器を失ったことによるパニックに陥らずに済んだようだ。
シャベルが無ければ攻撃手段が無い代わりに、補助魔法を使えるのだ。
臨機応変に戦うべきだろう。
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ブレタの方も4匹を瞬殺したらしく、俺が鳩尾を刺した猿に留めを刺してシャベルを回収した時には、槍を振って血払いしていた。
赤羚羊の仇は取ったな。
「ジョシュ、狼の足跡は先に続いてる。」
「分かった、急ごう。」
さっき、思わず『ブレタ』と呼んでしまったが、特に気にしてないようだ。
まぁ、それどころじゃないし。
森の中、四方から、白い殺気の塊りがこの場所目指して集まってくる。
囲まれたら終わりだ。
早く移動するにこしたことは無い。
途中、1匹か2匹で向かってくる猿を倒しながら、更に森の奥へ進む。
いずれ、エルフの里の大人たちの捜索隊が向かってくるだろう。
精霊たちからこの騒ぎを聞き取り、闘争の場にやって来られると期待しているので、脱出はあまり心配していない。
それよりも。
(アイシャ、ブランカ、どこに居るんだ)
時折、飼い主の俺の目を盗んで森へ散歩に行き、おやつ代わりに狩りもしていたブランカは、LVもちょっと上がっている。
この程度の魔獣の群れに後れを取るとは思えないが、アイシャを守りながら、となれば話は別だ。
(――無事でいてくれ!)
祈るような気持ちで暗い森の中を走るうち、前方に開けた場所があるのに気付く。
「ここは……」
「静かに。」
前方に満ちる、複数の白い殺気の塊り。
ブレタに口を塞がれる。
いつの間にか上っていた月が、闘技場のように丸く開けた場所を白々と照らし出すと。
(ブランカっ!!)
白い毛並を血に染めた大狼が、無数の人喰猿に囲まれ。
さらに、白狼の正面、奥の方には、体長5mのブランカが小さく見える、巨大な6本腕の猿が!!
「何だ、アレは……?」
『心眼』スキルを発動させると。
《???》
種族:アスラ・バブーン(魔王の卵)
LV:76
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【ステータス】
HP : ***/***
MP : ***/***
……
魔王候補じゃねぇか!?




