第70話 追跡者になったった
その日、いつものように穴掘りの後、会話も無いままブレタと対練をし、お昼になってアイシャが持って来てくれた弁当を頬張っていると。
少し離れた場所に腰を下ろし1人で昼食を摂るブレタに、ちょこちょこと歩み寄ったアイシャ。
ニコニコしながら、懸命に話しかけている。
どうやら、「俺とブレタを仲直りさせる」という約束を、本気で実行するつもりらしい。
(軽い気持ちで頼んだのに……子供は、予想外なところで真剣だな。)
ちょっとじんわり来た。
健気な幼女が相手では、さすがに無下に出来ないらしく、ポツリ、ポツリと呟くように話すブレタ。
チラリ、とこちらを見たブレタと目が合ったが――
フイ、と逸らされた。
やがて、肩を落としながら戻ってきたアイシャ。
「ごめんね、にーさま。『そっとしておいて』って言われちゃった……」
幼女の笑顔でも、彼女の凍てついた心を溶かすのは難しいらしい。
「いいんだよ。アイシャの気持ちは、ベレッタさんにちゃんと伝わってるさ。ありがとな!」
元気付けようと、ちょっと乱暴にグリグリ頭を撫でまわしてやる。
「えへへ。そうだといいな。それとね、ベレッタねーさまには欲しいものがあるんだって。アイシャが集めてあげるから、にーさまがプレゼントしてあげて!」
なんだろう、花とか?
「集めるなら、俺も手伝うよ。」
「ううん、『にーさまはしゅぎょうでいそがしいからジャマしちゃダメ』ってかーさまに言われてるの。ブランカが一緒だからさみしくないよ!」
そう言って、にぱっと笑う幼女。
こんな小さな子に心配させるなんて、情けないな、俺もブレタも。
「それじゃにーさま、またあとでね!」
「ああ、後でね。」
鬼ジジイが現れたのを機に、アイシャは弁当のバスケットを持って帰っていく。
何を探しに行くのか知らないが、学園内に危険な場所は無いし、体長5mの白狼ブランカも一緒だし、心配することも無いだろう。
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訓練の合間に話しかけてみたが、結局、ブレタと和解することは出来なかった。
「仲間など要らない。私は1人で吸血聖女を倒す。あなたはあなたで聖女を追えばいい。」
とりつく島が無い、というのはこの事だ。
こっちもコミュ力高い方ではないが、あっちはコミュ力以前に人と関わる気がないらしい。
「彼女は、どうして、ああも頑ななんですか?」
練習用の木槍を担いで去っていく彼女を見送りながら、鬼ジジイこと青野氏に聞いてみた。
「……5年前の、ロゴス隧道における『吸血聖女による地神竜襲撃事件』。当時16歳になったベレッタは、恋人が帰り次第、結婚する予定じゃった。」
里に居る炭鉱族は、鍛冶屋を営むブレタの一家のみ。
エルフの子供たちの中で孤立しがちな幼少時のブレタを、ただ1人庇い、親しく付き合ってきたのが、幼馴染のエルフの少年だった。
長じて、お互いに異性として意識し合うようになり、付き合いだして、すぐに結婚の約束をしたのだが。
アイテム屋の一人息子だった彼は、ルメールの取引先に魔道具を納品し、材料となる素材を仕入れて帰ってくる途中で、あの事件に巻き込まれた。
「恋人であり、幼馴染であり、夫になるはずだった少年。
ベレッタにとって、彼が全てだったんじゃろう。半狂乱になって各方面に聖女討伐を嘆願したが、長老たちも執行部も動こうとはせなんだ。
――相手が人魔大戦の英雄だから?
――元勇者である儂の盟友だから?
――普人族社会で尊敬を集める聖女を倒せば、政治問題になるから?
色々と尤もらしい理由は付けられたが、皆の本心は分かっておる。
チート持ちの転移者・転生者相手では、勝ち目が無い、と踏んだのじゃ。
それ以来、彼女は自分1人で戦う、と心に決めたのじゃろう。」
圧倒的な強者相手では、誰もが泣き寝入りするしかない。
たぶん、それが大人の選択ってもんだろう。
だが、ドワーフの少女は1人でも戦う道を選んだ。
「……彼女は、転生者を憎んでいるんですか?」
「そうじゃ。そして何より、『チート』という理不尽な力をな。」
ドワーフは頑強な体の持ち主で、男女問わず屈強な戦士となりうる。
腕力が強い上に、見た目によらず器用なので、武器系スキルの才能もある。
ブレタが5年間練り上げた槍の腕は、冒険者として十分通用するレベル。
だが。
「死ぬ気で鍛え上げても、チート持ちの転生者・転移者には通用しない。見た目が幼児のお主に負けたことで、改めてそれを思い知らされたのじゃろうて。」
「……」
「彼女は今、お主の実力を受け入れがたいのじゃ。自分の努力を全否定された気分かもしれん。
じゃがな、彼女なら、いずれ分かってくれる。卵から雛が孵るように、花が自ずから咲くように、物事には自然に熟す機会があるのじゃ。
お主が誠意を持って接すれば、いずれ心が通ずることもあろう。」
まぁ、こちらからは普通に接することにしよう。
いずれ時間が解決する、ってやつかな。
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鍛錬の後。
今日は、アルベルトの手伝いをする日だ。
本当なら軽く汗を拭って着替えてくるところだが、官舎と図書館は離れているので、面倒でそのまま来てしまった。
図書館司書になったアルは、最初こそ蔵書がどこにあるのか分からず右往左往していたが、今ではきっちり把握して、教官が授業に使う歴史書や初級魔法の指導書の貸し出し、学生が借りた物語本の返却など、手際よく事務処理できるようになってきた。
最近ではヒマなくらいで、俺が行っても手伝うことなど殆ど無い。
「ジョシュも本読んで勉強してみるかい?」
「そうですね。古エルフ文字(実は青野氏が持ち込んだ日本語)なら読めるんで。」
「凄いな! 里の長老でも読めない者が大半だというのに。」
「いやぁ、それほどでも。」
実際、日本語で書いてあるのは、木造建築の話とか青野氏の自伝とか、興味の湧かない本ばかりで、あまり意味が無かったりする。
むしろ、アルの空き時間に、ルーン文字みたいな厨2っぽいエルフ文字の読み方を教えて欲しい。
それか、いっそのこと、精霊召喚用の詠唱(お経か歌みたいなの)を教えてくれるよう頼んでみるか。
夕日の差し込む図書室で、アルがそろそろ『光精霊』を召喚しようと詠唱し出したのを横目に、そんなことを考えていたら。
バタンっ
勢いよく内開きの扉が開かれ、
「アル、ジョシュ! アイシャはここに来てる?」
いつになく慌てた様子のシフが現れた。
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いつも夕食の支度を手伝うアイシャが、もう日が落ちようというのに、まだ帰ってないのか?
聞き分けの良い子なので、手伝いを放り出して遊びに行ったまま戻って来ない、なんて珍しいことだ。
学園内に危険な場所は無いとは言え、ちょっと心配だな。
「確か、ベレッタさんの好きなモノを集めてるはずです。一応、ブランカも一緒なんで、園内で迷子になっても大丈夫だとは思いますけど?」
「ブランカが学園の敷地から出て行くのを、子供たちが見たらしいの……」
まさか、5歳の幼女が1人で白狼に乗ってお出かけ?
里の中に居るとは思うが、一体何を集めているのだろう??
「アイシャの探している物が何なのか、ベレッタに直接問いただすのが早いだろう。」
「そうね! この時間なら、官舎の食堂か自室にいるはずよ。行ってみましょう!」
「俺も行きます!」
3人で急ぎブレタを探しに行く。
図書館を戸締りして無い気がするが、普段冷静なアルもそこまで気が回らないようだ。
そんなことよりも。
イヤな予感がする。
(里の中は基本エルフだけで人攫いをするような流れ者の犯罪者は居ないし、人口の少ない地域社会で相互監視の目が行き届いている里で、幼女にイタズラするような事件は見過ごされるはずがない。
アイシャはきっと無事だ。)
必死に自分にそう言い聞かせるが、胸騒ぎは一向に収まらなかった。
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「真銀だって……??」
教員・職員共用の食堂で見つけたブレタを問い質したところ、意外なモノの名前が。
「何だって、そんなモノが欲しいとアイシャに言ったりしたんだ? 子供が、いや、大人だって簡単に手に入れられるはず無いだろう!」
「ミスリルの武器を作るため、材料が欲しかった。欲しい物は、と聞かれ、正直に答えただけ。」
「アイシャはソレを探しに行ったまま、戻ってこないのよ!」
それを聞いたブレタは、一見無表情だが、顔色がすっと青褪めた。
「アルもシフも、落ち着いて。アイシャの行先を探すのが先です。ミスリルはどこで探せば手に入るんですか?」
「……魔結晶と、純度の高い鉄があれば、私の父が製錬出来る」
真銀も以前の地球には存在しなかった物質だが、幸いにして、ドワーフの鍛冶屋なら作ることが出来る素材のようだ。
「じゃあ、アイシャは魔結晶を探しに?」
分かってたら、ロジーナから譲られた魔結晶を用立てたのに。
「あの子には製法を教えてない。子供に集められるとは私も思ってないから。ミスリルの素材は、冒険者として稼いで自分で買うつもり。」
……子供の言うことだから、と本気で相手にしなかったのか。
ぶつり。
堪えていた何かが、俺の中で切れた音がした。
「アイシャはなぁ、アイシャは、真剣なんだよ! 本気で、俺とアンタを仲直りさせよう、って張り切ってたんだよっ!! それを、それを――」
「ジョシュ、落ち着け!」
「そうよ、あの子の行先を突きとめるのが先よ。子供たちに、どっちに向かったかもう一度詳しく聞いてみましょう?」
2人に羽交い絞めにされて我に返った。
そうだ、早く探しに行ってやらないと。
もうとっぷりと日も暮れて、辺りは真っ暗だ。
ブランカが付いていると言っても、戻って来れないような状況に陥ってるかもしれない。
「……私も行く」
ボソリ、と呟いたブレタを無視して、俺はブランカの出奔を目撃した子供たちに話しを聞くため、学童寄宿舎へ向かった。
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少し冷静になってみれば、ブレタに罪があるわけではないと分かる。
アイシャがどこへ何しに行くのか、ちゃんと確認しなかった俺にも責任がある。
それでも、
(ブレタが、あんな依怙地な態度を取らなければ。或いは、ミスリルの入手が困難なことをちゃんと説明してくれれば。)
感情論では、彼女の大人気ない態度が全ての原因に思えて仕方ない。
……いや、アイシャの真剣さを軽く見ていた俺も同罪のはずだな。
アル達を待たずに先に駈け出した俺が、怒りや後悔に苛まれながら寄宿舎に差し掛かった時。
前方に、散漫な複数の気配を感じた。
「よぉ、半エルフ。血相変えてどうした?」
「お前と同じ出来損ないの半エルフの妹ちゃんに、泣き付かれでもしたか?」
「アタシら嘘は吐いてないわよぉ。下賎な半エルフが、天然ミスリル鉱脈を見つけられるわけないじゃん。」
「お、お前ら……」
ニヤニヤしながら行く手を遮ったのは、5人の最上級生。
かつて、俺とブランカに絡んできて、魔法で攻撃したばかりか、大人を焚き付けてブランカを射殺させようとした悪ガキどもだ。
こいつらが何か吹き込んだせいで、アイシャは1人で出掛けて戻ってこないのか……
「何だ、泣きそうなツラしやがって、そんなにくや――ぐべっ!?」
リーダー格の少年が言い終わる前に、体が動いた。
踵で相手の足を踏みつけると同時に、右手の人差し指と親指を伸ばし、残りの指を握った状態で、踏込みつつ相手の喉を突いていた。
そのまま壁に押し付け、人差し指と親指で頸動脈を圧迫し、中指第二関節で喉笛の下、左右の鎖骨の合わせ目の少し上をグリグリと押え付ける。
「キサマらのせいで、アイシャが戻って来ない! 言え、妹をどこに向かわせた!?」
「やべでぇ、ぐるじ」
「てめぇ、なにしやが、ひっ?」
(――殺してやろうか)
そう思いつつ睨んだ俺の視線を正確に読み取ったのか、取り巻きたちが後ずさった。
喉を押さえられたリーダー格の少年は、俺の腕を払いのけようと弱々しく抵抗するが、へたり込んで顔が紫色になっている。
「早く言えっ! アイシャの行先はどこだっ!!」
「ジョシュ、そこまでよっ、殺してしまうわ?」
追い付いてきたシフに腕を抑えられ、リーダー格を放してやると、弱々しく地面に丸まって咳き込んだ。
薄暗くてよく見えないが、地面から少し湯気が立ち、アンモニア臭がする。
失禁したようだ。
……こんな連中相手に暴力振るって、何やってるんだ、俺は。
「済まないな、キミ達。娘が帰ってこなくてね、少し気が立ってるんだ。何か知ってるなら、教えて貰えないかな?」
アルベルトが、俺に替わって少年達から情報を聞き出す。
冷静な口調だが、抑えた怒りが染み出すような迫力に、少年達はペラペラとさえずり出した。
「あ、あの、俺たち、ミスリルの入手方法を聞かれて」
「天然のミスリル鉱脈が、ロゴス隧道の深層にある、って聞いたことがあったから」
「でも、アンタにゃ無理って言ったのよ? まさか、あんな小さい子が1人で採りに行くなんて思わないじゃない」
ロゴス隧道――地竜門(北口)か!
「ぁ、待つんだ、ジョシュ!」
「待って、大人たちで捜索隊を出すから、あなたはここに――」
(じっとしていられる筈が無い!)
制止の声を振り切って、闇の中を走り出す。
八卦掌を習い出してから体重移動がスムーズになったせいか、妙に足が速くなった。
脚が悪くて杖を突いてるアルはもとより、狩りと剣の稽古で鍛えてるシフの足でも追い付かれることはないだろう。
(このまま学園正門へ向かい、大通りを突っ切って里の南門――かつてロジーナを見送った門から地竜門へ向かおう。)
だが、正門に着くと、門を塞ぐように一騎の武者が。
誰かに先回りされた?
俺を捕まえる気か――
「走って追いかける気? 後ろに乗って。目的地の指示を」
そこには、本身の槍と手斧、革鎧で武装したブレタが、赤羚羊に騎乗して俺を待っていた。




