第68話 スタ○ド使いになったった
アルタミラを含む5神竜を倒し、精神感応金属製の巨人を入手することを企む『吸血聖女マリナ』。
その野望を阻むべく、俺は吸血聖女を倒すことを決意し、鬼ジジイこと青野氏に弟子入りすることになった。
しかし、『武術』と称して見せられたのは、独特の体捌きによる『歩法』のみ。
『気』による攻撃察知と併せれば、単体攻撃を避けられるものの、チート聖女を倒す決め手になるとは思えない。
「倒す方法はある。儂の編み出した奥義、『精霊合体』を見せてやろう!」
頼もしげに請け合う鬼ジジイだが。
『精霊合体』ねぇ……
ネーミング、もう少し何とかならなかったの?
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この世界における『精霊』。
それは、魔素濃度の高い場所で、濃縮した魔素が無意識的自我を持つに至ったモノだ。
元々、『魔素』自体、生命の死滅した地球に人類などの知的生命体を復活させるため、外宇宙から飛来した『精神生命体』が物質界に働きかけられるよう、己が身を変じて創りだした半粒子・半エネルギー状の3.5次元物質とでもいうべきシロモノである。
それが凝縮し意識を持つに至った『精霊』は、限りなく精神生命体に近いエネルギー体と言える。
そして、精霊と契約し使役する『精霊魔法』。
エルフは、それを使うことの出来る唯一の種族だ。
本来肉眼で捉えられない『精霊』を、エルフは『視る』ことが出来る。
エルフの長い耳は魔力に鋭敏なセンサーであり、『囁き』として捉える魔力の震動を、可視化して認識しているのだという。
ハーフエルフである俺も、気功によって導いた魔力で耳を強化することにより、精霊が視えるようになっていた。
「ロジーナから、精霊を感じ取る訓練は受けておるな。今から、儂のスキルをお主にも体験して貰う。精霊の囁きに耳を傾けるのじゃ!」
俺に体験させられる、ということは、術者以外にも掛けられるバフみたいなものだろうか?
魔力を強化できるとか、MPを増量できるようなスキルと予想。
鬼ジジイの歌うようなエルフ語の詠唱により、精霊が集まってくるのが『視える』。
学園の敷地が森のようになっているせいか、意外に自然発生的な『野良』精霊の数が多い。
いや、ジジイの詠唱の効果が高いから集まってるのか。
ジジイの背丈の2倍くらいの高さまで、精霊が寄り集まって柱のように覆っている。
同じようなモノが、俺の頭上に集まって、スッポリと体を包んでいるのが分かる。
多分、コレと合体するんだろうな。
「準備はいいか? 驚くでないぞ」
「勿体ぶってないで、早く見せて下さいよ~」
自ら『奥義』と言い切るからには、効果は高いのかもしれないが、それほど驚くようなことになるとも思えない。
(どうせ、想定内の事しかおきないだろ?)
そんな舐めた気分で待っていたら。
鬼ジジイの体を包む精霊の『光の柱』が輝き、俺のヘソの辺りに白い光が伸びてきた瞬間。
ヴゥゥゥゥンッ
意識が、いや、世界がブレるような異様な衝撃が、俺の全身を襲った。
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(眩しい。
ここはどこだ。
光のトンネルの中に居る。
違う、光の渦が、俺を捉えている。
竜巻に吸い上げられるように、上昇して行く。
いや、渦に呑みこまれるように沈んでいる。
そうではない、一歩も動いていない――
周りの世界が、エネルギーの波濤と化して、渦巻き、上昇し、下降している。
待て、ここに上や下があるのか。)
前も後ろも、右も左も、過去も未来も、判然としない。
時折、意味のある何かが、無数の断片となってフラッシュバックする。
(俺は何を見ている。
全てが目に入ってきて、何も見えない。
そもそも、何かを見ようとする俺は誰だ。
――俺は、一体)
《俺》という意識すら保てなくなりそうになったその時、ゆったりと、大きく、方向性を持ったエネルギーが、こちらに向かって打ち付けられて来た。
<驚くなと云うたろうが。自分を見失いおってからに。
落ち着いて、魔力を鎮めろ。まずは自分の体をイメージするのじゃ。>
打ち付ける力強い波のようなモノが、意味のあるものとして認識される。
それは、鬼ジジイの『念話』だ。
(俺は、……そうだ、青野さんのスキルを受けて)
<しっかりせい。体をイメージして、3次元の物質世界に錨を降ろすのじゃ! さもなくば、意識が崩壊するぞぃ>
いつの間にか、体の感覚が無くなり、意識だけの存在になっていたようだ。
相澤広人――いや、ハーフエルフのジョシュ・フィーロの肉体をイメージする。
手を、脚を、胴体を、頭を。
<気功の要領で、イメージした体に魔力を巡らせろ。暴走する魔力を臍下丹田に鎮めるのじゃ>
言われた通りに魔力をコントロールしているうちに、イメージした体の輪郭がくっきりとしてきた。
やがて、膨大な光の渦としか見えなかった世界が、意味のある風景へと変わって行く。
(いや、世界が変わったんじゃない。情報量が多すぎて意味を把握出来なくなっていた俺の感覚――知覚の扉に、フィルターが掛かったんだ)
肉体のイメージが強固になるにつれ、俺の処理能力を超えた過剰な情報が遮断され、処理可能な量に絞られたのだと解る。
やがて、肉体感覚に近い自己認識・世界観を取り戻した俺の目の前には。
もう見慣れた、耳の長いハゲジジイの彫像のように硬直した立ち姿と……その背後に聳える半透明の大男。
鬼ジジイの2倍くらいの背丈があるソイツは、輝くばかりのエルフの偉丈夫だ。
<ようやく戻ってきおったか。心配させおって>
念話を送ってきたのは、鬼ジジイの背後に立つ透き通った巨人の方だった。
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<まぁ、儂も悪かったわぃ。お主がそこまで精霊と相性がいいとはな。危うく、精霊に同化して意識が呑みこまれるところであった。>
<一体、俺は何をされたんですか? なぜ念話で話しを?>
<まずは足元を見てみぃ。>
<へ?>
言われて目を下に向ければ、……自分の足元に自分が居る!?
ってか、ちっさ! 幼児だからって、いくらなんでも小さ過ぎ。
(……ん?)
よく考えれば、俺の目線も高い。
凍りついたように動かない鬼ジジイと同じくらいの高さ、ということは、6歳児の俺の倍以上の背丈になっている。
<この体は??>
<精霊を集めて造ったエネルギー体じゃ。儂らは『星気体』を体の外に押し出して、精霊の集合体と合体しておる。これが、『精霊合体』じゃ!>
おぅ、想定外、っていうか完全に斜め上だ。
<あのぉ~、確かにビックリしましたけど、これでどうやって吸血聖女を倒すっていうんです?>
幽霊になったからって、アンデッドを祟り殺すつもりかよ。
<儂やお主の『物質の肉体』を見て、何か気付かぬか?>
<ピクリともしませんね。>
そうなのだ。
まるで石像になったかのように、全く動かない。
<体が動かないのではないぞ。時間が止まっておるのじゃ>
<あ~、なるほど……。って、なんだってぇぇぇぇぇぇ!? 本当ですかっ!>
デ○オのス○ンド、『ザ・○ールド』みたいだ!
それが本当なら、とんでもないチートじゃないか!!
<もちろん嘘じゃ。>
<おぉぉいっ!?>
こ、このジジイは。
<時間が停止しておれば、光すら届かず、肉体の視覚に合わせた儂らの感覚で世界を認識出来るはずも無かろう。>
<しょうもない嘘吐かないで下さいよっ>
<じゃがのぉ、全くの嘘ではないぞ。
儂らは今、時間がおそろしく引き伸ばされておる。
肉体から解き放たれ精霊と合体した意識は、脳の処理速度から自由になるのじゃ。もっとも、意識の方が耐えられる範囲ではあるがの。
まるで時間が止まっておるように感じられるのは、超高速に加速された意識で会話をしておるからじゃ。>
<おおっ!>
○ールド違いで、ア○セル○ールドの方だったか。
それでもすげぇ!
って、あれ?
<体動かせないんじゃ、意味無くないすか?>
<普通に動かせるが、脳から出た信号が神経を伝って体を動かすまでに、おそろしく時間が掛かると感じるじゃろうな。体を動かしたくば、『精霊合体』した体で魔力を操作し、現実の肉体を魔力で操れば良い。ただし、今の加速状態で不用意に肉体を動かせば、体が負荷に耐えられん。お勧めはせんな。>
やっぱり意味無いじゃん。
<それよりも、吸血聖女の体を入手するのに、有効な方法に気付かんか?>
実体系高位アンデッドの体を手に入れる、と口で云うのは簡単そうだが、邪悪な魂のみ祓い、肉体を傷つけず確保するには……?
聖反死魂で浄化すれば肉体も崩壊してしまう。
ヒールで倒すには、相当なMPを注ぐ必要があるだろう。
魔神の時は出来たが、今は不可能だ。ってか、そもそも今の俺は聖魔法使えないし。
いや、それどころか、仮にも『聖女』相手に聖魔法が効くのか?
<正攻法では無理じゃろうの。
正解は、儂がお主にしたように、肉体から星気体を叩き出し、再び戻る前に、肉体をアイテムとして魔道具に収納してしまえば良いのじゃ!>
<……なるほど>
何か出来そうな気がしてきた。
でも、叩き出した魂はどうなるのだろう?
悪霊とかになって呪われたらヤダな。
<アンデッドの体の入手は良いとして、吸血聖女の魂はどうなるんでしょう?>
<今の儂らの状態なら、精神だけの存在を攻撃することもできる。そもそも、エルフでないマリナは精霊合体出来んから、超加速したお主に、何をされたか分からんまま星気体を破壊されるじゃろう。
……苦しませずに、隔世に送ってやって欲しいのじゃ。>
<分かりました>
精霊合体――斜め上のスキルだが、どうやら修得は必須のようだ。