第65話 弟子になったった
入学して、3か月が過ぎた。
学園には留まることが出来たものの、魔法の授業を受けることもできず、ただ穴掘りと槍の稽古で一方的にボコられる日々。
慣れてきて、体力・魔力的にはキツくなくなってきたが、いつまでも炭鉱族のベレッタ(ブレタ)にいいように小突き回されるのと、一向に魔法の修得が出来ないことに、俺は焦りを覚えていた。
そんな俺を支えてくれるのは、
「ジョシュ、図書館の蔵書の整理に付き合ってくれないか?」
「それより稽古が済んだら菜園の方に手伝いに来て」
「アイシャ、にーさまにお弁当届けるね!」
長耳族のアルベルトと普人族のシフ夫妻に、一人娘のアイシャ。
ブルー校長の許可が下りるまで正式な学生と認められず、学生寮に入れてもらえないので、アル一家と一緒に用務員向けの官舎で暮らしている。
彼らと家族のような共同生活をしているお蔭で、毎日の辛い扱きにも耐えられる、という側面はあるな。
「今日は菜園の方を手伝いますよ。アルは急ぎじゃないでしょ?」
俺は穴掘りと稽古、アルは図書館司書、シフはバーバラと一緒に学園の畑を管理、アイシャは家事手伝いにブランカの散歩。
朝食が済んだら、各々の仕事に出かけるのが日課である。
「仕方ないな。明日頼むよ。」
「体力温存できる程度に頑張ってきてね~」
「ブランカに乗って迎えに行くから、待っててね、にーさま!」
こうして、今日も俺の労働?が始まる。
――――――――――――――――――――
シャベルのブレードを地面に突き刺すときは、腕の力だけでなく、腰を落とし、体重が乗るように。
土を持ち上げるときは、左手を柄のブレードに近い部分に添え、腕や肩だけでなく、足腰など全身の力を使って。
今、俺が掘っているのは、最初の時より大きい4m四方深さ1.5mの穴だ。
体力が付くのと同時に、穴掘りのコツが分かってきた。
MPの最大値も増え、シャベルに吸収される魔力量も以前ほど負担ではなくなってきている。
「穴掘り、終わりました。」
「ん。じゃ、埋めて。」
相変わらず、必要最低限の会話しかしないな、この女は。
だが、シフから聞いて、無感動・無表情に見えるブレタの本当の事情を知った。
5年前のロゴス隧道で、俺たちの案内をしてくれた地神竜を襲い、エルフたちを同士討ちさせた『吸血聖女』。
『カミジキ・マリナ』という名前から日本人と思しき転生者で、ブレタの恋人が命を落とした原因であり、俺にとっても生母マリエルの仇である。
ブレタの目的は吸血聖女を倒すことだった。
だが、チート持ちの転生者を倒すのは、並み大抵の者では無理だろう。
ある意味、オリハルコンの自動人形だの高純度魔結晶で造る人造人間だの、『魔神の魂の器』となりうる秘宝を探さなきゃならない俺と、どっこいどっこいの無理ゲーである。
そんな訳で、俺の方はブレタに共感というか同志という意識を持っているのだが、彼女との仲は相変わらずだ。
元来、彼女1人でこなしていた用務員の仕事に、俺の入園に合わせてシフたちが採用されたことで時間的な余裕が出来たはずだが。
浮いた時間は全て槍の稽古に注いでいるようで、俺以外のメンバーとも事務的な最低限の会話しかしない。
恋人の復讐のため、槍の腕を磨くことしか眼中にないらしい。
「休んでないで、急いで。」
「はい!」
いつも通り、槍の型稽古に余念のないブレタを横目に、気功でMP回復しながら穴埋め作業を行う。
「終わりました。稽古お願いします!」
穴を埋めれば、ブレタの杖(槍に見立てた長い棒)と俺のシャベルで試合形式の稽古だ。
今日こそは、一本取ってやる。
そうすれば、ブルー校長から直々に訓練を受けられる、という約束なのだ。
「……」
無言で杖を構えるブレタと向き合い、こちらもシャベルを槍のように構える。
型を教えて貰えるわけでもなく、ひたすら突かれて打たれて払われて、というサンドバッグのような組手だが、最近、何かを掴めそうな気がするのだ。
対峙してしばらくは睨み合いが続く。
このままでは埒があかないが、焦りは禁物だ。
ブレタの木槍は3mほど、俺のシャベルは1mくらい。
得物の長さの差で、先制攻撃を喰らうことになる。
迂闊に近寄れば、移動しようとした動きにカウンターを合わせられるのだ。
槍は左掌の中で柄を滑らせ、左手を前にして動かさず、後ろの右手を突き出すことで突く。
その際に、前から見ているとほとんど姿勢がぶれないのでタイミングが取れないし、槍の先端は点状に見えるので距離感や間合いが掴みにくい。
突きを払って内懐に飛び込むしか勝機は無いと思うのだが。
穂先を払った後に俺が飛び込むより、木槍を手繰り寄せてもう一度突き出す方が早くて、必ず連続突きの餌食になってしまう。
或いは、払った方向に合わせて木槍を回転させ、石突で打たれる、脚を払われて倒される。
無策のまま前に出るのは悪手。
この3ヶ月の間、考えに考えた末、昨夜思いついたのは、ブレタの体勢を崩すことだった。
ジャブのような軽い突きは、射程こそ短いが連続突きも可能で隙が無い。
だが、本気で突いた時は、前方の左手と後方の右手の位置が近づき、槍の端っこを両手で持って支える体勢になり、その瞬間は梃子の原理で非常な重量が掛かるので、自由には動かせないだろう。
その時に穂先を押さえながら間合いを詰めれば、懐に入ってシャベルのブレードを突きつけることが出来るはず。
軽い突きを避け続けて、ブレタが本気の突きを見舞ってきた時がチャンスだ。
前後左右、どちらにも動けるよう、リラックスしながらも集中を途切らせない状態で待つ。
今までは、攻撃を受けた時の痛みを予想して体が硬くなりがちだったが、今日は攻める気で待っているせいか、いつもより相手がよく見える。
(――?)
異変は、何の前触れもなく現れた。
突如、白い光の線がブレタの胸の辺りから伸びて、俺の太腿を貫くコースを抜ける。
(目の錯覚??)
直後、ブレタの木槍が、全く同じコースで突き出されてきた。
キィンッ
シャベルのブレードを使い、丸められた木槍の先端を余裕で払いのける。
続けて、白い光が斜め下から孤を描いて俺の頭をすり抜けて行く。
ブンッ
その跡をなぞるように木槍の石突が薙いでくるのを、頭を下げて躱す。
直後、跳ね上げた石突を振り下ろすように上から突いてくるのも、サイドステップで躱す。
「――!?」
初めて、ブレタの表情に変化が現れた。
突然、華麗にコンボを躱されたことに驚いたのだろう。
昨日まで一方的にボコってたんだから当然か。
懐に入ろうと思った瞬間、ブレタが膝を抜いて大きく後ろに退がった。
ブレタが下がったのも初めてだ。
一旦距離を置いて対峙し、槍とシャベルを構え直す俺たち。
無言のまま、ブレタの双眸がキラリと光ると、さっきよりも激しい攻撃が繰り出される。
二段突き、石突の振り上げ・振り下ろし、穂先での水平な切り払い、回転軸を変化させながらの大車輪による連撃・追撃。
だが、同じように躱し続ける俺。
攻撃の直前に来る白い軌跡が、さっきよりクッキリと見えているので余裕である。
どうやら、彼女の『殺気』のようなモノを、目で見ることが出来るようになったらしい。
殺気の本気さ加減によって、白い軌跡の太さや明るさに差が出るようで、フェイントと本気の区別もバッチリだ。
「ハァ、ハァ」
白い軌跡を見てから躱す、というイージーモードでブレタの槍を躱し続けるうちに、ブレタの息が上がってきた。
紅潮した顔で荒い息を吐き、攻撃も大振りで雑になってきている。
格下のはずの俺が、自分の攻撃を涼しい顔で躱し続けるのを見て屈辱と怒りを覚えているようだ。
(そろそろか?)
ブレタの槍が、突いた後、逆袈裟切りに振り上げられ、続いて石突が跳ね上がって来る。
それを避ければ、再び突きが来るはずだ。
ざっ
わざと不必要に大きく後ろに跳びすさって避け、よろり、とバランスを崩した瞬間。
今までで最もクッキリした太い線で、白い軌跡が俺を貫き、
「ハァァッ!!」
輝く白い光線の跡を辿って、裂ぱくの気合いと共に槍が突き出される!
(今だ!!)
ブレタは俺の誘いに嵌った。
半身になって紙一重で渾身の突きを躱すと、伸びきった突きが一瞬止まる。
その瞬間、左手で槍の柄を掴むと、ブレタが引き戻そうとする力に逆らわず、スルリと相手の懐に入り込み、右手に握ったシャベルのブレードを、彼女の首筋にピタリと突き付けた。
「これで一本、ですよね?」
これまで一方的にボコられてきた後で、初勝利に思わずドヤ顔を浮かべてしまった俺を、誰が責められよう。
などとニヤついていたら、ブレタの逆鱗に触れてしまったらしい。
「……認めない。こんなの、認めないっ!!」
「ぇ? ちょ、まっ」
槍を放り捨てたブレタが、俺を押し倒そうと伸しかかってくる。
彼女に怪我をさせないように、こちらもシャベルを放り投げ応戦するが、平均よりマッチョとはいえ所詮ハーフエルフ、しかも子供の俺では、女性ながら屈強な炭鉱族であるブレタ相手に、組打ちで敵うはずもなく。
「むぎゅぅ、タップタップ」
「ぐぅぅ、認めない、これまであんなに頑張ったのに、こんな子供に負けるなんて、絶対に認めないっ」
地面に押し倒され、体重・筋力ともに上回る彼女に馬乗りになられては、降参する他ない。
……いや、密着した状態でムチムチした感触を味わうのも悪くないな。
もう少し抵抗しようか?
「そこまでじゃっ!!」
突然、静止の声が掛けられた。
「へ?」
「老師……」
いつからいたのか、シ○ーン・コ○リー似の禿エルフ、鬼ジジイだ!
さっきまで、俺たち以外の人間の気配など無かったのに?
「ベレッタよ、そなたは年若い娘の身でありながら、よくぞここまで槍の腕を練り上げた。
しかし、それだけでは勇者や聖女に遠く及ばぬのだ。
『自称勇者(笑)』の貧弱な小僧に負けて、分かったであろう。これが『チート』というモノよ。
少し頭を冷やすが良い。今日はもう休め。」
「……はい」
悔しげに顔を歪め、目尻に涙を浮かべたブレタが走り去って行く。
……っていうか、
「俺も納得行きませんよ! 赤ん坊に転生してからずっと努力してきたのに、チート扱いとか、マジ無いっすわ! しかも『自称勇者(笑)』ってなんですか、(笑)って!!」
ニヤリ、と笑って受け流す鬼ジジイ。
「まぁ、そう怒るな。前世の記憶があって、生まれてすぐ技術を磨き始める、というだけでも十分チートじゃろ? それより、壁を突き抜けたようで良かったではないか。」
壁を突き抜けた??
「お主の『気功』は今まで、体内に気を循環させたり、外部から気を導引するだけじゃった。そういう『思い込みの壁』を作っておったのじゃろうな。」
まぁ、言われてみればそうかな。
魔力操作はあくまで副産物だったし。
「だが、それでは武術の役に立たん。
今日、初めて相手の『気』を視ることが出来たから、技術・体力共に勝る相手との勝負に勝つことが出来たのじゃ。」
「アレってやっぱり、『殺気』とかだったんだ……」
相手の攻撃を事前に察知できる技術。
確かにこれはチートかもしれない。
「そういうわけじゃからして、一次試験合格、じゃな。
儂の直弟子として受け入れよう。
明日から、ベレッタと一緒に鍛えてやるぞぃ。」
「それじゃ、ついに魔法を教えて貰えるんですか?」
晴れて学園に正式入学か?
「いや、まだじゃの。武術の鍛錬が先じゃ。
精霊魔法であれ属性魔法であれ、その真価は圧倒的な火力。大量破壊兵器の代替品、というところに行きつく。
じゃが、お主に必要なのは、大規模戦闘スキルではない。
生き延びるための個人戦闘スキルじゃ!」
薄々アヤシイと思っていたが、この人はやっぱり怪しい!
「個人戦闘スキルって、どういうことです? しかも大量破壊兵器とか現代語が混じってますけど……」
改めて心眼スキルを使用すると、見えていたはずのステータスが文字化けしている……
しかも、名前が『ブルー』じゃなくなってるし。
≪ アオノ サブロウ ≫
種族: ハイエルフ
LV: ***
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<ステータス>
HP : ***/***
MP : ***/***
力 : ***
体力 : ***
知力 : ***
精神 : ***
器用さ: ***
速さ : ***
運 : ***
<スキル>
・勇者流槍術 LV***
・勇者流拳法 LV***
・全方位探知 LV30(MAX)
・気配察知 LV30(MAX)
・心眼 LV30(MAX)
・偽装 LV30(MAX)
・精霊合体
・光の壁
・念話
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<魔法>
・精霊魔法 LV***
・光魔法 LV***
・地魔法 LV***
・水魔法 LV***
・火魔法 LV***
・風魔法 LV***
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<属性>
光
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<耐性>
光・火・水・風・地属性の攻撃無効
石化・魅了・麻痺・毒の状態異常無効
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<加護>
光神
「将来、お主の前に立ち塞がるのは、かつての儂の仲間、『吸血聖女』マリナじゃ。
『地神竜の盟友』、『真なる精霊使い』にして、元『槍の勇者』、この『青野三郎』が、お主に全てを叩き込んでくれよう!」