第64話 穴掘り人夫になったった
林の中、普人族女性のシフに案内されて到着した広場で俺を待っていたのは、腰に手斧、右手には長くて頑丈そうな棒(杖術用の杖?)を持ち、額には薄らと汗を掻いている炭鉱族の若い娘。
どうやら、今まで杖術の型稽古をしていたらしい。
「……よく来た。話は聞いてる。」
振り向いて、ボソリ、と呟くように話す彼女の顔は……
「ブレタ??」
魔神に転生した前世(この時点から見て未来)において知り合った、冒険者マウザーPTの一員、ドワーフの女戦士ブレタだ!
「あら、ジョシュは彼女と会ったことがあるの?」
「……私はベレッタ。あなたとは初対面。」
別人?
いや、少し細目で年齢も若いが、感情を顕わさない瞳でじっとこちらを見ている彼女には、どう見てもブレタの面影がある。
カゲミツの尻尾の一撃で潰された彼女を、チェインメイルを引き剥がして治療し、体の隅々まで見ている俺が、他人と見間違えるはずはない、と思う。
この時代の俺と面識がないのは当然だが、別人なんてことがあるだろうか?
本当に別人なら、もしかして近縁者――姉妹、或いは母親か祖母の可能性もあるな。
エルフほどでは無いが、ドワーフも普人族より長命な種族。
もし祖母とかなら、特異点(魔神の俺が転生して、今のジョシュが死亡する時)まで、相当の猶予期間があることになるのだが……
「『ベレッタ』の名前の綴りは、この地方――里や旧ルメールでは『ベレッタ』と読むけど、帝国領なら『ブレタ』の発音で合ってるわね。」
かつては冒険者として各地を廻っていたシフの説明で、どうやらブレタ本人だと判断せざるをえない。
未来での彼女は自分のことを何も話さない女性だったが、この時点より後に、帝国で暮らした時期があったのかもしれないな。
「失礼しました。自分はジョシュ・フィーロ。ブルー校長から穴を掘れと言われて来ました。」
ロジーナ(及び長老たち)との約束で、シフたちには未来の話は出来ないのだ。
ブレタとの事は、胸にしまっておこう。
「ムダ話はおしまい。向こうの方に穴を掘って。終わったら報告、確認。その後、埋伏。済んだら、一緒に稽古。」
一方的に知っていて懐かしさを覚えていたが、彼女にはこちらと馴れ合う気は無いようだ。
「それじゃ、私は戻るわね。頑張って、ジョシュ!」
「はい、また後で!」
去っていくシフに手を振って見送り、ブレタの方に視線を向ける。
「ところで、ベレッタさんは、ブルー校長とどういう関係なんです?」
「槍の師匠。……口より手を動かして。ここが戦場なら、いちいち説明してる暇無い。」
突き放すような口調のブレタは、槍の型稽古を再開する。
これ以上の説明は無いようだ。
仕方なく、シャベルを担いで彼女に指示された場所へ向かう。
穴を掘ったからと言って強くなれるとは思えないが、基礎体力向上と、マジックアイテムによる魔力消費⇒魔力量増大、というトレーニングの趣旨が分かれば、無意味とは感じない。
熊獣人のベアトリスから習った気功を実践し続けたお蔭で、俺の体は6歳児とは思えない体格と、平均的なエルフの成人男性を凌ぐ筋力を備えている。
穴掘りくらい、ちゃっちゃと終わらせようか!
……そう思っていた時期が、俺にもありました。
(ナニコレ、全然終わらねぇ)
魔力による肉体強化を禁じられても、里の成人男性以上の筋力があるというのに。
勢いが良かったのは最初だけで、徐々にシャベルのブレードを地面に突き刺す深さが浅くなり、土を持ち上げる度に腕がプルプルと震えてくる。
ブランカとのランニングで持久力だって付いてるはずなのに、息が荒くなり、背中や腰が痛い。
シャベルの柄が現代風のモノでなく、後端が丸めてあるだけの棒状、ということもあって効率的に力を伝えられないのもマイナスだ。
さらに、何もしなくても魔力を吸収するアイテムの効果が発揮され、いつの間にかMPが半減していた。
お蔭で、余計に疲労感が溜まって来る。
そして、地味に精神的にキツイ。
穴が深くなるにつれて、土を放り上げる高低差も大きくなっていく。
疲れてきたのに、より大きな動作をしなければならないのだ。
掘っても掘っても、たかが2m四方深さ1mの穴が、完成する絵が見えてこない。
……思ったより大変だな、これは。
――――――――――――――――――――
数時間後。
クタクタになって足腰立たず、魔力切れ間近で頭痛に耐え、ゼーハーゼーハーと荒い息を吐きながら。
「穴、掘り、おわり、まし、た」
「よし。じゃあ、埋めて。」
掘り終えた穴からなんとか這いあがった俺の前には、棒を構えたブレタが立ち塞がっていた。
「いや、ちょっと、休憩、――ごふっ!?」
腹に激痛を覚えて尻もちを着く。
突き出された棒を、みぞおちに喰らったのだ!
「げぇっ、ぐふぅ、な、なんで」
「あなたは甘えている。敵が目の前にいたら、休憩などできない。」
痛みで胃が引き攣り、胃液が喉元にせり上がる。
(ひでぇ、鬼か!?)
思わず、ブレタを睨み付けるが。
「イヤなら去ればいい。あなたの面倒を見る時間を取られなければ、ブルー老師から稽古を付けて貰える時間が増える。わたしは困らない。」
「ぐっ」
(なんて女だ!)
怒りが体に火を点けたのか、シャベルを杖替わりになんとか立ち上がった。
(誰が逃げ出すかっつぅの。分かったよ、穴を埋めてやる! その後、稽古でボコボコにしてやんよ!)
……そう思っていた時期が(以下略
――――――――――――――――――――
穴は掘るより埋める方がラクだ。
魔力切れを起こせば気絶するので、この後の稽古に備え、穴埋めの間に気功を行った。
調息法から大周天法へ移行して、気の充填と同時に大気中の魔素を吸引し、MPを全回復。
万全とは言えないまでも、気力十分でブレタに挑んだことまでは覚えているのだが……
「うぅ、ここは……」
気が付けば、体中に薬草の青臭い湿布をベタベタと貼られ、ベッドに横たわっていた。
どうやってやられたのか記憶にないが、俺はボコボコにされたらしい。
「にーさま、気が付いた! かーさま!」
パタパタと隣室に駆けて行くのは、俺が妹みたいに可愛がってるハーフエルフの少女、アイシャだ。
見慣れない室内は、用務員詰所とも様子が違う。
どうやら、アル達が暮らす官舎に連れて来られたらしい。
「にーさま、大丈夫?」
「また、手酷くしごかれたわねぇ。ジョシュ、気分はどう?」
アイシャと一緒に、おしぼりを持って現れたシフ。
長年冒険者・剣士として鍛えてきた彼女は、俺の体術の先生でもあり、ちょっとくらいの打ち身や擦り傷で心配するようなことは無い。
その彼女が『手酷い』というからには、相当ひどくやられたようだ。
「最悪です……。あちこち痛いのもあるけど、ベレッタさんの木槍に、全く歯が立たなかったのが……」
「あはは、彼女は若いけど、私より強いからね。」
気功とランニングで体を鍛えてきたし、アル・シフ夫妻と実戦形式の組手もしてきた。
チートは無くても、現代日本人だった頃の俺より遥かに強くなったという実感があった。
それなのに、文字通り手も足も出なかったのだ。
今考えれば、穴掘り直後のみぞおちへの一撃は、手加減されたものだったのだろう。
稽古では、何をされたのか分からないうちに瞬殺されてしまった。
未来ではカゲミツに一撃でやられたイメージが強かったが、ブレタが対人戦でこれほど強かったとは。
「ブルー校長は、何がしたいんでしょう? ベレッタさんに俺を叩き出させるつもりじゃないですよね??」
鍛えてあるとはいえ、(肉体強化魔法抜きで)穴掘りするだけでも少年の体には負担だというのに。
稽古ともいえない一方的ないたぶりを受けただけでは、強くなれると思えない。
ただのイジメじゃないよな?
「それはないでしょう。教員採用されたクローディアに聞いたんだけど、闇属性持ちのジョシュが学園に残れるよう、みんなを説得してくれたのはブルー校長よ?」
「あの鬼ジジイが??」
あまりの意外さに、思わず心の中で付けた仇名を呼んでしまった。
「あははっ、鬼ジジイって、ブルー校長にぴったりね! でも、私たちを学園に受け入れてジョシュをサポートする体制を作ってくれたんだし、感謝しないとダメよ。
ベレッタさんも、手加減しなかったのは、『上には上が居る』ってことを教えてくれたんじゃないかしら。」
なるほど。
鬼ジジイは、養母からも『信用できる人物』と言われてたし、色々考えてくれてるのかもしれない。
「校長には感謝しますけど、ベレッタさんは『自分の稽古時間が減るから迷惑』って言ってましたよ?」
「……そう。彼女は、まだ強くなりたいのね。本気でやるつもりなんだわ、復讐を。」
「復讐??」
もしかして、未来で出会った彼女は、冒険者をしながら敵討ちの旅をしていたのか?
「ええ。5年前、私たちをロゴス隧道で同士討ちさせた――ベレッタの許嫁だったエルフの青年を殺した『吸血聖女』への復讐を。」