第56話 ぼっちになったった
エルフの呼びかけに応え、地底深くから昇って来た『地の神竜ヨルムンガンド』は、褐色肌の幼い少年に人化して姿を現した。
『レギダス』と名乗った少年から、接待係という名の話し相手に選ばれた俺。
レギダスからの念話で、ハーフエルフの『ジョシュ・フィーロ』ではなく、人間だった頃の『アイザワヒロト』の名で呼ばれて驚愕した。
なんでも『夢に、兄弟である風の神竜・ウィンディア(故人)が現れ、アイザワヒロトという転生者の赤子に便宜を図るよう、頼まれた』のだとか。
人魔大戦で命を落とした『風の神竜・ウィンディア』なんて、会ったこと無いんだが。
わざわざ、地の神竜に俺の事を頼んでくれたなんて、一体どういった経緯だろう。
『俺がこの人生で失敗し、更なる過去に再々転生した時お世話になりました』みたいな、BADエンド過去ループに突入するフラグじゃない事を祈るばかりだ。
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隧道内を、少年に抱かれて進むこと7日目。
エルフ難民たちの携帯食が尽きかけている。
レギダスに抱っこされた俺を心配し、すぐ後ろ隣りを歩くマリエルの顔にも、疲労の色が濃い。
エルフたちの大半は元冒険者だから、旅慣れているとは思う。
しかし、炭鉱族ならいざ知らず、光精霊の灯りに照らされているとはいえ、太陽光の差さない地底で寝泊まりしながら延々と歩き続けるのは、相当なストレスだろう。
閉所恐怖症や暗所恐怖症ならパニクってそうだ。
レギダスやエルフ年長者たちの「そろそろ出口が近い」「もうすぐ隧道を抜ける」という励ましの声を頼りに、黙々と足を進める難民たちの列。
やがて、
「風精霊が『外』『出口』と騒いでるぞ!」
精霊の囁きを聞き取り、エルフ難民の中から歓声が上がる。
だが、年長者たちは違う囁きを聞きつけた。
「待て、何者かがこの先に居るぞ!」
「この強大な魔力、里の長老が出迎えに来たのか?」
「いや、精霊は『見たこと無いヤツ』だと言っておる。」
すぐ傍に圧倒的な存在――ヨルムンガンドが居るせいで、気付くのが遅れた。
出口に近づくにつれ、人化した地の神竜に匹敵するほどの、強大な魔力の持ち主が近づいてくるのを感知できるようになった。
「皆の者、ここを動くな。どうやら、我の客らしい。」
少年・レギダスが、俺をマリエルの胸に返し、1人で歩を進める。
同時に、洞窟出口からこちらに向かって歩いてきた人物が、エルフたちの前に姿を現した。
「初めまして、ヨルムンガンド。そしてさようなら。
あなたを――殺しにきました。」
光精霊に照らし出されたのは、妖艶な金髪の美女。
紅い瞳、スレンダーなのに修道服の上からでも分かる、出るとこ出てるスタイル。
エルフの透き通るような美貌とは異なる、退廃的な美貌。
清楚ないでたちでありながら、どこか背徳的で淫靡なモノを感じさせる修道女だ。
スキル『心眼』で確認したソイツは、
≪ カミジキ マリナ ≫
種族: トゥルーヴァンパイア
LV: ***
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<ステータス>
HP : ***/***
MP : ***/***
力 : ***
体力 : ***
知力 : ***
精神 : ***
器用さ: ***
速さ : ***
運 : ***
<スキル>
・心眼 LV***
・邪眼 LV***
・眷属化 LV***
・気配察知 LV***
・亜空間収納 LV***
・勇者流剣術 LV***
・人化
・念話
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<魔法>
・聖魔法 LV***
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<属性>
闇
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<耐性>
闇・火・水・風・地属性の攻撃無効
石化・魅了・麻痺・毒の状態異常無効
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<加護>
邪神
闇神
ヤバイ!
現時点の俺では数字が読めないくらいLVやステータス値が高いのは、ヨルムンガンドも同じだが、名前から察するに、こいつはチート転生者だ。
しかも、ヴァンパイアのくせに魔法が聖魔法……、そういえば、『吸血鬼の聖女』ってのが居るんだったか。
たぶん、コイツに間違いない。
だが、なぜ転生聖女が神竜を狙う??
「笑止。アンデッド風情が、1人で我を倒すだと?」
「あら、1人ではありませんわ。捨て駒なら、腐るほど居ましてよ、あなたの後ろにねっ!」
言い終わるやいなや、吸血聖女の魔力の一部が、顔の中心に収束し、両の眼から放射されようとするのを感じ取った。
眼――スキルの『邪眼』?
< 『邪眼』だ、目を見るなぁぁっ! >
俺の全MP(5)を注ぎ込んだ念話が、対象未指定で隧道内にいる者の脳内に響き渡る。
マリエルを含め、初めて聞く俺の念話に驚きつつも、吸血鬼から視線を逸らすエルフたち。
だが、なまじ魔力の流れに敏感なエルフたちは、吸血聖女の顔に集まる魔力を警戒したばかりに、邪眼を直視してしまった者が続出した。
「何をするの?」
「駄目だ、魅了されてるっ!」
「気絶させるか、倒すしかない!」
邪眼の効果で魅了された者と、そうでない者との間で、凄絶な同士討ちが始まった。
短剣や細剣を抜き弓矢を構えた者たちが、素早い動きで同胞に襲い掛かり、敵味方で精霊魔法が飛び交う。
「きゃあぁぁっ!?」
(マリエル? マリエルっ、―― < 母さぁぁんっ!! > )
魔力切れで頭痛と共に意識を失いかけるさなか、俺を庇ったマリエルが背後から短剣で刺され、口から吐血したのを見たのが、俺の知る彼女の最後の姿だった。
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意識を取り戻した時、既に隧道を抜けて、青空の下だった。
あの後、エルフを操っての奇襲に失敗した吸血鬼は、地神竜との一騎打ちで劣勢となるも、まんまと逃げおおせたらしい。
周囲には、人数を半数以下に減らし、憔悴しきったエルフ難民たち。
そして、俺は、マリエルではなく、再び少年・レギダスの腕に抱かれていた。
「済まなかった。まさか、我を狙ってくる者が居ようとは。
……そなたの母の事、許せ。」
(そうか、やっぱり、マリエルは、……もう、居ないんだな。)
沈痛な面持ちのレギダスの謝罪を、虚ろな気分で受け止める。
気が付けば、視界が歪み、頬が濡れていた。
いつの間にか、とどまる事無く、滂沱の涙が流れている。
自分の半分以下の歳の夫相手に、初々しい新妻として幸せな家庭を築いていたマリエル。
少女の姿でありながら、確かに母性を感じさせる慈愛に満ちた眼差しで、甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれた。
今生だけ、1年にも満たない間だったが、母として、俺に精一杯の愛情を注いでくれたことに疑いは無い。
もう、二度と彼女の笑顔を見られないのか。
(彼女は、確かに俺の母親だったんだ……)
父・ガッシュと生き別れ、母・マリエルを喪い。
俺は、再び家族を失ってしまった。
レギダスに念話を返す気力も無く、呆然としたまま腕に抱かれ、どれだけ時間が過ぎたのだろう。
「ここまでくれば、見送りは十分であろう。我は、反対側の地竜門まで戻るとしよう。」
後続のエルフたちを迎えに、隧道の入り口へ戻るらしい神竜。
一斉にひれ伏し、地神竜を讃え礼を述べるエルフたち。
先の襲撃で仲間を失ったというのに、こんな時でも儀礼を欠かさない彼らを、俺は寒々しい思いで眺めた。
「アイザワヒロトよ、困ったことがあれば我を呼ぶがいい。必ずや力になろう。我が兄弟との約束なれば。」
俺は、少年の腕から、マリエルがPTを組んだ時一緒だったドワーフ女性に預けられた。
< ……お世話になりました。いずれ、また。 >
レギダスが悪いわけでは無いことは、分かっている。
彼も、エルフたちに召喚されて出てきたところを狙い撃ちされた被害者だ。
だが、マリエルを喪って、胸にぽっかり穴が開いたような気分の俺には、余裕が無かった。
無理やり気を巡らし、絞った魔力で念話による最低限の挨拶を返す。
「うむ。さらばだ。」
浮遊魔法でふわりと浮きあがると、眩い光と共に巨大な地神竜が大空に舞う。
全長100mを越える、硬い鱗に覆われた、巨大な蛇の姿だ。
峰の彼方へ飛び去る神竜の姿を、生き残り全員で見送った。
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エルフ難民をここまで率いてきた年長者PTの中から、リーダーと思しき女性が進み出て、俺を抱いたドワーフ女性に近づいてきた。
「神竜さまから、キミが転生者だと伺った。あの時の念話による警告のお蔭で、全滅の危機を免れた事、改めて礼を言おう。」
用があったのは俺で、赤子に対するものとは思えない礼を述べてきた。
どうやら、中身は赤子でないことが知れ渡ってしまったらしい。
「母君のこと、謹んで哀悼の意を表する。
我らの恩人であるキミの今後の生活は、私が後見人となって、責任を持って面倒を見よう。
ハーフエルフだからと言ってキミを見下す者が里に居れば、厳重に注意する。
『グリューネワルト』の名に懸けて、キミの味方となることを誓おう。」
ハラリ、とフードをはねのけた金髪のエルフ美少女。
彼女は、俺の知るアイギス冒険者ギルド長、ハイエルフのグリューネワルトだった。




