第55話 接待係になったった
ロゴス隧道の入り口である『地竜門』。
と言っても扉や門塀が有るわけではなく、ただ山腹に洞窟の入口がぽっかり空いているだけなのだが。
エルフたちの歌とその歌声に共鳴した精霊たちの囁きによる『呼び掛け』により、今、ロゴス山脈の主である『地の神竜・ヨルムンガンド』が、地鳴りと共に召喚されようとしていた。
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エルフとの盟約により、ヨルムンガンドは隧道の道を開く。
普段、地底深くに眠るヨルムンガンドが、隧道1Fまで上がって来ることにより、主の出現に怯えた隧道内のモンスターは、細い支道に逃れてやり過ごすか、深い層に身を潜めるか、隧道そのものから逃げ出すかして、エルフ達が隧道を通り抜けるまでの安全が確保されるのだ。
地の神竜は、どんな姿なのだろう。
やはり、バハムートたちのように全長100mサイズなのだろうか。
大地に穴を穿つ巨大な蛇、というよりミミズのような姿を連想してしまう。
地鳴りの発信源がだんだん地表に近づいてきた、と思ったら、不意に鳴りやんだ。
だが、圧倒的な魔力を放つ存在の接近を、エルフの鋭敏な感知能力が捉え続けている。
おそらく、アルタミラやイクシオルのように、人化したのだろう。
隧道を掘ったのが神竜だとしても、巨大な神竜の体のまま隧道1Fに出てくれば、最悪、崩落の危険があるし。
サイズが小さくなった分、隧道の崩落に気を使う必要が無くなったためだろうか。
移動の速度がぐんと上がったのを感じる。
近い。
いよいよ、登場だ。
人化verの外見がどんな風か、楽しみだな。
『地』ということなので、イメージとしては、ドワーフみたいなごついオッサンかな。
逆に、地母神的なナイスバディのおねーさんとか。
出来たら後者でお願いしたい。
待つこと、しばし。
「何事か?
これほど大人数のエルフが一時に訪れるなど、かつてないことだ。
説明を求める。」
甲高い声と共に洞窟から歩み出たのは、褐色肌の全裸美少年……いや、美幼児?だった。
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神竜って、(あのアルタミラでさえ)威厳がどうとか拘る印象だから、強面の偉丈夫か、知識自慢の賢者という線を予想してたんだが。
10歳くらいの、少女と見紛う華奢な少年の姿で現れた。
人化する際に外見を決める基準がどうなってるか、謎だ。
数人の年長者(と言っても、外見は若々しい青年)が、恭しい態度で衣服を着せたり、少年の前に跪いて、神聖ノトス帝国とルメール共和国の戦争から、エルフ排斥までの経緯を説明したりする。
「左様か。そなたらも、難儀であったな。
では、我が隧道を通り、里へ帰るがよい。
……その前に。」
傲然と頭をもたげた少年が、ぐるり、とエルフ達に品定めするような視線を投げ掛けると。
「此度の我のもてなし役、務めおるのは誰ぞ?」
接待を要求しやがりました。
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まぁ、エルフが強制力でヨルムンガンドを支配しているわけでは無く、相手に協力をお願いする立場。
対等どころか、むしろ力関係は明らかに神竜が上だ。
いくら盟約があるとはいえ、呼ばれて出て来てタダで護衛を引き受けるほど、神竜もお人好しではない、ということか。
しかし、美貌揃いのエルフたちに、どんな接待を求めるのだろう。
やっぱり、美女や美少女を選り取り見取り、パワハラセクハラ思うがまま、口には出せないような行為をアレコレ強要する気なのか?
とんだゲス野郎だな、けしからん(うらやましい)!
などと、他人事だと思って油断していたら、褐色肌の少年は、ずんずんこちらに向かって歩いてくる。
(おぃおぃ、まさか、マリエルを狙っているのか?)
神竜が人化した少年の前に立ち塞がる者は無く、エルフ達は、ただ息を殺して見守るばかりだ。
やがて、マリエルの前に立つ少年。
その頭はマリエルの胸までしかなく、ちょうど抱かれている赤子――つまり俺を真正面からまじまじと見つめている。
< お前が『アイザワヒロト』か? >
(何故、ヨルムンガンドが俺の名前を!?)
いきなり、頭の中に直接流れ込んでくる他者の思念。
驚きと共に、懐かしい感覚――『念話』を受け止める。
現在、スキル欄に念話は無いが、前世の感覚を思い出しながら、こちらからも思念を送れないか試してみる。
やがて、頭の芯がクラリと痺れるような感覚と共に、『思ったことを魔力に乗せて外部に届けることの出来る力』が発動したのを感じた。
< なぜ、俺の名前を知っている? ――ぐっ!? >
体の中からみるみる魔力が漏れ出し、あっという間に枯渇する。
たった1度の念話で全魔力を使い切った俺は、激しい頭痛と共に、意識を手放した。
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ヨルムンガンドの『もてなし役』というのは、話し相手や遊び相手ということで、性的接待では無かった。
心がヨゴレてたのは俺だけだったようだ。
それでも、外見年齢の近い児童どころか、赤子がもてなし役に指名されたのは異例の事態らしい。
< 我は地の神竜ヨルムンガンド、人化した姿では『レギダス』と名乗っておる。 >
俺は現在、エルフたちの先頭で、褐色肌の少年に抱えられ、隧道の天井のシミを数えていた。
洞窟内には、契約によって風属性となった複数の『風精霊』が飛び交い、空気の流れを絶やさないようにしている。
酸欠にならないための配慮だ。
そして、俺たちの周囲は、『光精霊』たちが放つ燐光によって、淡く照らし出されている。
精霊の1つ1つに光属性魔法の『光球』のような明るさは無いが、数が多い上に長時間持続するので十分カバーできる。
精霊魔法は、精霊自ら魔素を取り込んで使役者の意図した効果を発動してくれるため、エルフが最初に呼びかける時わずかなMPを消費するのみで、発動後にエルフがMPを消費することは無い。
さらに、精霊そのものが、魔素が凝り固まって出来た存在なので、精霊の魔素吸収・変換効率は高い。
一般的な属性魔法にくらべ、精霊魔法の費用対効果は、はるかに優れているのだ。
隧道を抜けるまで約1週間掛かるが、人数も多いことだし、途中で魔力切れを起こす心配は無い。
そんな行進のさなか、地の神竜が念話で語りかけてくる。
< 赤子の身では魔力も少なかろう。念話などと無理をせず、頷くだけで事足りたものを。
まぁ、道中、先は長い。しばし、我の話に耳を傾けるがいい。 >
聞きましょう。
コクコク頷いておく。
< 我がそなたの名を知っておった理由だが、夢に懐かしい兄弟が現れて告げたのだ。
『アイザワヒロトなる転生者に、便宜を図ってやってくれ』とな。 >
兄弟?
首を傾げて見せると、察して答えてくれる少年。
< 風の神竜ファフナール、愛称『ウィンディア』だ。そなたと、なにがしか縁があるのであろう? >
はて、風の神竜ウィンディア?
会ったこと無いな。
そもそも、人魔大戦の際、魔王との闘いで死んだはずでは?
プルプル首を振る。
< ふむ。思い当たらぬか。まぁよい。
我がローグ大陸を離れたのは、大地が荒廃したためばかりではない。
兄弟が命を落とした忌まわしい地を、そのまま根城に使いたくなかったのだ。 >
その辺は、俺としてはそれほど興味の無い話だが。
機嫌を損ねると困るので、相槌風にウンウン頷いておく。
その後も、エルフとの出会いから交流の歴史と、少年の昔語りは続いた。
赤ん坊の俺が睡魔に耐えられなかったとて、誰が俺を責められよう。
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少年・レギダスは、俺がスヤスヤ寝ている間にも、ずっと抱っこしてくれていたらしい。
さすがに授乳やおしめ交換の時はマリエルに返していたが。
隧道内は、なだらかな下りが続いた後、下層へと降りる分岐点の大きな竪穴がある辺りから登りに転じ、以後、無数の支道と変わり映えしない岩肌が単調に続く。
レギダスが神竜の姿で掘った穴に、地属性の補強魔法『アースウォール』で壁を固めて造ったものだそうな。
ちなみに、俺のスキル欄に『念話』が追加されていた。
ちょっと嬉しい。
身振りだけでは、こちらが聞きたい話題にもっていけないし。
十分な睡眠でMPを回復し(といっても5しかないが)、先程の二の舞にならぬよう、気功で魔力を誘導しながら、魔力を小出しにして念話で会話を試みた。
例えるなら、コップの水を、逆さにすれば一気にこぼしてしまうが、慎重にゆっくり傾ければ、少量ずつ、長時間流すことができる。
そんなイメージだ。
< ふむ、『気』か。長じて精霊魔法の遣い手となれば、そのようないじましい工夫をせずとも良さそうではあるが。 >
いずれ、単に魔力の流れを誘導するだけでなく、気に合わせて魔力を練って密度を高め、打撃攻撃に合わせて撃ち出すことができるようになるはずだ。
めざせ、『勇者流格闘術』修得。
< 俺には時間が無いんですよ。
ある時点までに、オリハルコンの自動人形か高純度魔結晶を材料にした人造人間の体を手に入れて、南方にあるアイギスの街に隠しておかないといけないんです。
そーゆーモノに、何か、心当たりはありませんか? >
まぁ、復活するための肉体を手に入れても、それでようやく再スタート地点に立てるだけだ。
未来に残してきたアルタミラとカゲミツを助け、その後の破滅を回避するのが真の目的なわけで。
< 相済まぬが、我はそのような魔法技術には疎い。これからそなたの暮らす『エルフの里』の長老たちに聞くのが良いと思う。 >
< ……そうですか。 >
イクスのように街中で暮らしてるわけじゃなし、仕方ないな。
そんなこんなで休憩を挟みながら、隧道内を歩き続けること7日。
水は精霊魔法で作り出せるが、携帯用の保存食が尽きかけていた。
なまじモンスターが出ないお蔭で、肉を現地調達することも出来ない。
そろそろ出口が見えてくるはずだが。