第6話 エクソシストになったった
再び全裸の美女に見降ろされながら、聖魔法でワタシを蘇生しろ、と言われたものの、俺には「ヒール」(HP回復)と「キュア」(状態異常解消)の2つしか魔法が無い訳で。
「すいません、無理です。御断りします。」
< この流れで断った!? >
いや、思わず条件反射で断っちゃったけど。
ってか、立ち直り早いな。
さっきの茶番はなんだったんだ。
俺の涙と鼻水に使った水分を返せ!
「本当に蘇生できる魔法とか無いんすよ。
そんな魔法使えるなら、使ってあげたいですよ!」
< アンタ、聖魔法のLVいくつなの? >
「LV1ですが、何か。」
< むぅ、仕方無いわねぇ。
――それじゃ、魔力寄越しなさいよ!
ワタシの攻撃魔法でアンタを瀕死にして、アンタはヒールで自分のHPを回復。
これを繰り返してれば、そのうち魔法のLVが上がって蘇生魔法が使えるようになるはずよ。 >
なるほど、その手があったか。
「だが断るッ!」
さっきの土石流、俺は忘れてないぞ!
「俺自体のLVも1で、HP40しかないから!
さっきの水魔法、加減できなかっただろ?
攻撃魔法とか使われた日にゃ、瀕死どころか骨も残さず消滅させられるわ!」
< そ、それもそうね。
何か他のLV上げ方法は――、そうだ!
HPを回復させるのがダメなら、アンデッドにヒール掛けて倒しちゃえばいいじゃない! >
「ほー、そりゃ良い考えでつね。
で、アンデッドはどこに?」
ここ、俺達しかいないじゃん。
アルタミラ成仏させちゃったら意味ないだろ。
< ちょ、アンタ今失礼なこと考えたでしょ?
ワタシはアストラル体なのっ、悪霊系のモンスターじゃないわよっ!
……今はまだ、だけど。
そうじゃなくて、ゾンビ系のアンデッドがわんさか居る場所に心当たりがあるの。 >
俺の失礼な予想が外れてて良かった。
しかし、ここに来るまでアンデッドすら見なかったけど?
アルタミラは気まずげな微笑を浮かべると、天を指さして言った。
< それは――、この上よ。 >
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俺とアルタミラは、浮遊しながら「死の大空洞」の上にある「暗黒竜の巣窟」を目指していた。
空が明るいのでてっきり地上だと思い込んでいたが、これは日光ではなく、空気中の魔素濃度が余りにも高いため自然に発光しているんだそうな。
本当に地下の大空洞だったのだ。
< ね~、本当にこんな速度で行くの?
飛翔魔法使えばすぐよ? >
「いや、速度の加減とか、絶対できないでしょ?」
生身の人間が超音速で空気の壁にぶち当たれば、最悪、細かい挽肉混じりの赤い霧に早変わりだ。
今、俺の背中でアルタミラが使っている魔法は、たんに重力を中和して浮遊するだけの「レビテーション」。
これなら、威力とか効果の大小は考えなくていい。
そして、上空に向かって進むための推進力は。
パタパタパタ……。
そう、3種の風神器の一つ、「天狗の団扇」である。
扇ぐだけで、風の基本魔法「ウインド」を発動できるマジックアイテム。
今まで股間を隠す役にしか立たなかったが、ここに来て評価急上昇中である。
アルタミラは「こんな速度」というけれど、ドラゴンの飛翔速度と比べちゃダメだろ。
思いっきり扇ぐと大変なことになる可能性があるので、バーベキューでサンマを焼いた時のことを思い出しながら、地面に向けて小刻みにパタパタと扇ぎ続ける。
姿勢制御が難しかったが、ようやく慣れてきた。
慣れるまで進行方向が定まらず、かなり遠回りしてしまったが。
しかし、ヒーローみたいに空を飛ぶ、ってのは子どもの頃の夢だったなぁ。
でも、全裸で足元に向かって団扇を扇いで空を飛ぶ――こんなヒーローは嫌だ。
――――――――――――――――――――――――――――――
2Dの探知画面の表示を上からではなく真横からの視点に変更することで、上下方向の地図として使うことができた。
便利だ。
ちなみに、探知スキルをずっと使い続けているせいか、いつのまにかLV4に上がっていた。
探知可能範囲も広がっている。
大空洞の底から上端までの距離は、約4km。
要するに、海面から富士山山頂まで一気に上がるくらいの高低差だ。
暗黒竜の巣窟へと繋がる「裂け目」がある場所まで、あと少し。
子ドラゴンの「< みゃーおっ! みゃーおっ!(おかーさんっ!行かないでっ!) >」という鳴声に後ろ髪を引かれながら俺達が地底を出発したのは、体感で30分くらい前だと思う。
「アルタミラの体の傍を離れないように言い聞かせてきたけど、良い子にしてるかな。」
未だ名無しの子ドラゴンのことを考えながら、俺達は上方にある大地の裂け目に突入した。
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裂け目の入口付近は大きく広がり、上に行くに従って狭くなっている。
下から魔素の自然発光に照らされているので、暗くは無い。
探知画面によって、入口からさらに200mほど上昇した場所、大きく張り出した岩棚の上に「暗黒竜の巣窟」へと通じる横穴があることが分っていた。
岩棚を越えたところで、探知画面を3Dに切り替える。
下からは自然な地形に見えていた岩棚は、上部が完全な平面になっており、何らかの金属で舗装されていた。
完全に人工的な建造物だな。
例えるなら、空母の甲板のようなイメージ。
実際、それくらいの広さがあるんじゃないだろうか。
下からの光が遮られているので少し薄暗いが、何とか見えない事も無い明るさだ。
ひんやりと冷たい、継ぎ目の無い金属の床を、横穴に向かって歩いて行く。
< もうレビテーションは必要無いわね。 >
「うん、ありがとう、もういいよ。
次は照明になる魔法、何か無い?」
< ワタシは闇属性だから光魔法は使えないわ。
火の基本魔法のファイアでも出そうか? >
「学習能力ないの!?
どう考えても大惨事しか予想できないよ?」
一応チート耐性で火属性の攻撃無効になってるけど、アルタミラの魔法で試すのは危険すぎる。
いいから魔力寄越しなさいよ、いや勘弁して下さい、という会話を続けながら横穴の入り口に立つ。
入口は完全な長方形で、高さは約50m、幅約100m、床と同じ継ぎ目の無い金属で補強されたトンネルだ。
大空洞程ではないとはいえ、この辺りも魔素濃度が高いらしく、薄暗いながらも魔素が自然発光し、見通しは悪くない。
トンネル内も金属の床が続く。
天井は緩やかなアーチ状で、奥に行くほど高くなっているようだ。
3D画面の現在の探知範囲は、半径約300m程。
画面の範囲内では、トンネルが続く以外、何の障害物も生命反応も無い。
2D画面に戻し、上からの視点でこの先の地形を確かめる。
入口から500m程行ったところに、少し広い空間があった。
直径200mくらいの円形の広間だ。
円形の広場の先にも道が続いており、トンネルとは反対側にあるそこに、赤い輝点がある。
――アルタミラ達は黄色の輝点だった。
あれが中立という意味だったとしたら、赤い輝点は敵ということか。
こちらとしては相手に会う前から敵対するつもりは無いが、そのような交渉の余地の無い危険な存在なのだろう。
相手がこちらを探知しているかどうかは分らないが、やり過ごせないようなら、アルタミラの魔法に頼るしかないな。
トンネルの出口に近付いた。
眼が慣れてきたのか、さっきより暗くなっているこの辺りでも、何とか足元を確認できる。
この先にいる仮想敵を確認するため、3D画面を選択。
浅いすり鉢状になった広間の上には、直径50mほどの竪穴が上方へ伸びているようだ。
そして、赤い輝点は、ここらから見て広間の奥、斜め上方に向かう横穴への入口付近、こちらより若干高い場所に陣取っている。
――見えた。
探知画面の中で、赤く発光するエフェクトに包まれたソレは、アルタミラの竜の体よりは小さいものの、巨大と言っていいドラゴンだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「アレもドラゴンだよね?
アルタミラが説得とかできないの?」
< 無理ね。
アレはもう、ドラゴンじゃない。
……ただのアンデッドモンスターよ。 >
そういうことか。
俺がヒール掛けて倒さなきゃいけない相手、つまり敵ってことだ。
しかし、全長30mを軽く超えるドラゴンのアンデッド。
――どう見ても俺より強そうだ、っていうか俺より弱い敵いるの?
まずは、弱点や攻撃方法は何か調べよう。
この距離で使えるかどうか分らないが、心眼スキルを使ってみる。
≪―≫
種族: ドラゴンゾンビ
LV: 97
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【ステータス】
HP : *
MP : *
力 : *
体力 : *
知力 : ―
精神 : ―
器用さ: *
速さ : *
運 : ―
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【スキル】
・邪神の傀儡
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【魔法】
―
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【属性】
邪・闇
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【耐性】
闇属性の攻撃ダメージ半減
邪属性の攻撃無効
聖属性の攻撃ダメージ2倍
魅了・睡眠の状態異常無効
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【加護】
邪神
スキルは発動したけど……、LV97だって!?
ナニソレ怖いっ!
「ちょっと、アルタミラさんっ、無理っ、無理だよコレ!?
さっきも言ったろ?
俺、LV1なんだから!
LV97の相手をどうしろと??」
< 大丈夫よ。
近づかずに、ヒール撃ってりゃいいんだから。 >
「な、なるほど、……ヒールの届く距離ってどれくらい?」
< さぁ?
でも、鑑定スキルが届いたんなら、ヒールも届くんじゃない? >
「そ、そうか、なら何とかやれそう、かな?
でも、ヒール何回すればいいの?」
< それは、アンタのヒールの回復量と、敵の耐久力(HP)次第ね。 >
「敵のHP……、0じゃん!
うは、楽勝!!」
LV97でビビったけど、よく見たら力も体力も0、知力も……って、あれ?
表示が違う?
「*」と「―」って――
< え、おかしいわね?
アンデッド化すると能力は下がるけど、耐久力は生前の値まで戻るはずなのに。
LV97のブラックドラゴンなら、どんな弱い個体でもHP1000以下ってことは無いわよ? >
「な、なんだってーっ?」
「*」の表示は、俺のスキルでは表示不能、って意味だったのか?
じゃあ、こいつの力や体力、早さも―――
その時、3D画面内で、赤く発光するエフェクトに包まれた巨体が動いた。
ドラゴンゾンビは、咆哮ひとつ上げず、地響きと共にこちらに突進してきたのだ!
――――――――――――――――――――――――――――――
黒い小山が、直径200mの浅いすり鉢状の広場を突っ切って、こちらに突進してくる!
動き出したのに気付いてから、ほんの一瞬でもう直前まで迫っていた。
津波とかが迫ってくるのもこんな感じだろうか?
足が竦んで動けない。
< 何やってるのよ!?
ヒール、ヒール撃って! >
「うわぁぁぁ、ヒール、ヒール、ヒールっ!!」
光に包まれた途端、無表情のまま、がっくりと膝を折るドラゴンゾンビ。
しかし、スピードの乗った巨体は、慣性の法則で、地面を削りながらこちらに滑って向かってくる。
「まずい、こっち来る!
逃げないと――、グッ?
ぐぁぁぁぁぁ!?」
ドラゴンゾンビが体勢を崩し、地面を滑ってくるのを見た瞬間、全身が燃え上がるように熱くなり、俺の体に激痛が走った。
全身の皮膚を引き剥がされるような、全身の筋肉が引きちぎられるような、全身の骨がへし折られるような激痛!!
横倒しになった黒い小山が目の前に迫ってくるのに、逃げ出すどころか立ち上がることもできず、地面でのたうちまわる。
そして、ドラゴンゾンビの巨体が圧し掛かってくるのを、絶望と共に見上げながら、俺は意識を失った―――。