第53話 母子家庭になったった
再転生して半年過ぎた頃、突如引っ越しすることになった。
どうやら、帝国が攻めてくるらしい。
帝国、というのが、未来でガイエナ諸王国の西に広大な版図を誇る『神聖ノトス帝国』と同じなのかどうかは分からない。
そもそも、この国の名前どころか、現在居る場所が、以前?転生したのと同じ大陸かどうかも知らないし。
村人全員が開拓村を捨て、衣類食糧家財道具一式を馬車に積み込み、最寄の城塞都市『ポートフォリア』を目指す。
庶民としては、逃げ惑うしか出来ないのだ。
戦争なんて、迷惑な話である。
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街道で野宿しながらポートフォリアへ向かう途中、軍隊とすれ違った。
村人と馬車は、街道の端に寄って隊列をやり過ごす。
その時、1隊を指揮していると思しき騎士が、馬上から声を掛けてきた。
「ガッシュ、ガッシュじゃないか? マリエルも一緒か!」
「ブルギリス、お前か!?」
馬を止め、ひらりと下馬して、父と肩を叩き合い、俺を抱いた母に微笑みかける人族の騎士。
どうやら冒険者時代の知り合いのようだ。
俺たちは疎開中で、ポートフォリア経由で東の開拓村へ向かうこと。
騎士は元冒険者で、商隊の護衛などをしていたが、帝国との戦端が開かれた後、ルメール共和国騎士団・義勇兵部隊に志願して入団を許され、現在は小隊長となっていること。
互いの近況を報告した後、話題は戦争に移った。
一緒に逃げてきた村人たちも、聞き耳を立てている。
「戦況はどうなんだ?」
「まずいな。かなり押し込まれてる。
俺たちみたいな義勇兵部隊まで前線に駆り出されるなんて、正規兵たる騎士団の損耗率が高いってことだろう。
『エルフの里』に援軍を要請しているが、そっちは望み薄だ。
『人族国家の問題には不干渉』というのがアイツらの言い分だからな。
っと、マリエル、すまん。」
「ううん、『里』の長老たちが頑迷なのは本当のことだもの。
ルメールが帝国に占領されたら、次は里の番なのに。」
「そいつはどうだろうな? 大地の神竜『ヨルムンガンド』の縄張りを、エルフ以外の者が自由に行き来することは不可能だ。
帝国だって馬鹿じゃねぇ。
ロゴス山脈を大軍で踏破するような危険なマネはしないだろうし、里が戦火に巻き込まれることは無い、そういう判断じゃないのか?」
「……」
話しに割り込んだ村人の言葉に、マリエルが黙り込む。
エルフとヒュームの仲は、対立的ではないものの、友好的でもないらしい。
「『トルメク民主国』との同盟が成立していれば、北と東から帝国を牽制できたのにな。」
「ああ。トルメクの連中、周辺国と揉めてる場合じゃないってのが分からんらしい。
ロゴス山脈の南端まで帝国領に収まれば、帝国は挟撃の心配なく東進できるようになる。
いずれはトルメクも攻められるのに、ルメールは対岸の火事だと思ってやがるんだ。」
ガッシュが話題をエルフの里から逸らす。
騎士との会話から、『トルメク民主国』という聞き覚えのある国名を拾えたのは、俺にとって収穫だ。
(未来では『民主国』ではなく、『王国』だった。国王がジョージで、第三王女アリスと俺が政略結婚する話になってたし。)
ここ『ルメール共和国』は、『ガイエナ諸王国』と同じ大陸にあり、帝国は、やっぱり『神聖ノトス帝国』だった。
『ロゴス山脈』とやらも、アイギス冒険者ギルド長のハイエルフ・グリューネワルトから聞いた覚えがある。
問題は、現在から魔神の俺が転生する未来まで、何年の開きがあるのか分からないことだ。
俺の目的は、俺が魔神として死んだ場所と時間に、再々転生すること。
今現在は、魔神として俺が死亡した時よりも、過去に遡った時間である。
『同じ時間線上には同一の魂が並行して存在することが出来ない』という理由で、魔神の俺がこの時代に転生する時が、再転生した今の俺が死亡するタイムリミットでもあるのだ。
その前に、魔神の『魂の器』となりうる肉体を準備しておかなければならない。
「なぁ、ガッシュ。
義勇兵は冒険者上がりだけじゃなく、荒事に縁の無い商人や農民も混じってる。
戦闘を指揮できる人間が足りないんだ。
俺たちの冒険者扶助会のリーダーだったお前なら、すぐにでも小隊長を任せられると思う。
どうだ、一緒に来てくれないか?」
マリエルと、その腕に抱かれた俺にチラリと申し訳なさそうな視線を向けながら、ガッシュを誘う騎士。
だが、ルメールという国は未来で聞いたことないから、帝国に征服されて滅ぶ運命のはず。
「ぁぅー、だぁっ、ほぎゃぁぁぁぁっ(やめとけ、それ、絶対負け戦だぞ!)」
精一杯、抗議の声を上げておく。
「……すまん。俺にはマリエルとジョシュが居るんだ。」
「そうか、そうだよな。
悪かった。
なに、俺はクラン『ウインド・テイル』の元斬り込み隊長、『閃光のブルギリス』だ!
俺たち義勇兵部隊で帝国兵を蹴散らして、なんとか停戦交渉に持ち込んで見せるさ。
達者でな、ガッシュ、マリエル! ジョシュは元気な子に育てよ。」
俺の頭を金属製の手甲を嵌めた手でさらりと撫でると、鎧をガチャガチャいわせながら鐙に足を掛け、ヒラリと馬上の人となるブルギリス。
「ブルギリス、死ぬなよ!」
「ご武運を。」
手を挙げて応える騎士と義勇兵たちを見送って、俺たちはポートフォリアへの逃避行を再開した。
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思わしくない戦況を耳にして、暗い雰囲気となる逃避行。
もしも魔神だった時の俺が得意の聖魔法を振るい、兵士の後ろでワイドヒールやリザレクションを連発してたら、大軍相手でも持ちこたえることが出来ただろうか。
まぁ、兵士が死ななくても、食糧や武器弾薬などの補給が間に合わなければ戦争継続出来ないだろうけど。
いずれにしろ、ただの赤ん坊でしかない今の俺に、どうこうできる話ではない。
だが、かつての冒険者仲間からその能力を請われ、義勇兵に誘われたガッシュは、ずっと暗い顔で悩んでいた。
そして、逃避行中の他の村人から、意味ありげな視線を受けるマリエル。
強力な魔術師揃いのエルフの里が、ルメール共和国に援軍を送らないと分かり、その不満がエルフであるマリエルに向かいつつあるのだろう。
同盟国ならまだしも、単に友好的なだけの隣人に『見捨てられた』、というのは逆恨みな気もするが、エルフの里に期待していた分、裏切られたという気持ちが芽生えるのも仕方無いのかもしれない。
その夜の野営では、たき火を囲んで村人たちの会議らしきモノが始まった。
「ここで逃げても、いずれ帝国に攻め込まれるだけだ! 皆で義勇兵に志願しよう。」
「俺たちみたいな素人が、戦ってどうなる? 犬死するだけだろ。」
「降伏すればいいじゃないか。税が重くても、殺されるよりマシさ。」
「役立たずの政治家どもは、国民を大勢犬死させてからでなきゃ降伏しないだろうよ。」
「ルメールに力があることを示せば、停戦合意も可能かもしれない。最悪でも、無条件降伏ではなく、ある程度譲歩を引き出して帝国に編入されるはずだ。」
「それまでに、何人死ぬと思ってるんだ?」
「戦わずに屈するのか、臆病者め! 俺は義勇兵に志願するぞ! ――ガッシュさん、あんた元Aランク冒険者で傭兵経験もある腕利きの剣士だったんだろ? あんたの意見を聞かせてくれ。」
「そうだ、ゴブリン1匹殺した事の無い農民が、戦場で通用するはずがないって、そいつにハッキリ教えてやってくれ。」
「誰だって最初は素人さ。ガッシュさんがリーダーになって俺たちを率いてくれれば、俺たちの生存率だって上がるだろ?」
「……俺は、……。
……少し、……考えさせてくれないか。」
抗戦派と恭順派の間で板挟みになったガッシュは、その後一言も発することなくたき火を見つめていた。
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開拓村から1週間かけて、城塞都市ポートフォリアの南門に到着した。
ここで、問題が生じた。
門前で検問していた警備兵たちが、『エルフは帝国と通じている、スパイの可能性がある』と言い出した。
援軍を出さなかったエルフの里に対する不満が、これまで善き隣人であったはずのルメール在住のエルフたちに向けられたのだ。
戦時下のストレスから、魔女狩りのような状況になりつつあるようだ。
「そんな、違います! 私たちは、ただ戦火を逃れてきただけです。」
俺を抱くマリエルを捕縛しようと、殺到する警備兵。
同じ開拓村から来た村人たちも、助けてくれようとはしない。
そこに、ガッシュが警備兵数人を突き飛ばして、剣を抜いて立ち塞がった。
「待て、俺の妻と子に手を出すな! 俺は、フィーロ家の3男、ガッシュ・フィーロだ! この剣の紋章を検めよ!」
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俺たちは、ルメール共和国下院議員を務めるフィーロ家当主にして、ガッシュの父であるジョゼフ・フィーロの屋敷へ、丁重に送り届けられた。
まぁ、共和国の議員といっても、この贅沢な屋敷を見れば、よその国の貴族と大差ない感じだ。
そもそも、世襲制の議員って、ほぼ貴族だろ。
庶民が立候補して議員になれると思えないし。
「ガッシュ、よくぞ戻った。
この国難に際し、高貴なる義務を果たすために舞い戻るとは、それでこそフィーロ家の男よ。
しかし、本当に義勇兵に志願するのか?
騎士団長のゾンダークとは古くから昵懇の間柄、人事局に手を回して上級騎士を拝命することも出来るのだぞ?」
マリエルと俺のことを完璧に無視して、ガッシュにだけ話しかけるジョゼフ。
なるほど、結婚に反対していたのは本当らしい。
「俺、……私は、妻子と、私を育んでくれたこの国を守りたいだけです。
軍での栄達を求めているわけではありません。」
「しかし、数合わせの義勇兵など、戦術的には捨て駒扱いだぞ?
わざわざ前線で危険に身を曝すことはない。
大局を見て後方で兵を指揮するのも、重要な役目だ。」
一応息子の事を心配してるらしいが、方向性が間違ってる気が。
ガッシュがぎりりと歯を食いしばる。
義勇兵として戦地に赴いた、かつての冒険者仲間を侮辱された気分かもしれない。
「それに、嫡男であるケニスは議員秘書としていずれ私の跡を継ぐ身。
次男のウィルはザクレブ州行政官として勤めておる。
文民統制の我が国では、どちらも軍人にする訳にはいかん。
3男のお前が軍の中央に進んでくれれば、我が派閥の軍における影響力が増すだろう。
どうだ、お前が上級騎士を拝命するなら、ワシとて考えを改めんではないぞ。」
その、改める『考え』というのは、どうやら俺たち母子のことらしい。
「それでは、マリエルとジョシュを、無事、『エルフの里』へ送り届けて下さい。
そうしてくれたら、我が身を共和国に捧げるのに何らの後顧もありません。」
「そんな、アナタ!? 私たちを離さないって言ってくれたじゃない?」
「黙れ、このヒトモドキが!
ワシよりババアのくせに少女のような形で息子を誑かしおって。
スパイ容疑で投獄されないだけでもありがたく思え!」
「やめて下さい、父上!
我が妻への暴言、聞き捨てなりません。取り消して下さい!」
「ふん、まぁいいだろう。
エルフ様はヒュームより高貴な種族なんでしたな、エルフの伝承では。
我らヒュームの汚らわしい国に、これ以上滞在することはありませんぞ。
無事出国できるよう、最大限の便宜を図らせていただきましょう。
……これで良いか?」
吐き捨てるような口ぶり。
こんなヤツが父方の祖父だなんて、残念だな。
「マリエル……。
この国では、お前とジョシュは迫害を受けるかもしれない。
頼む、どうか、安全な場所で、生きていてくれ。
この戦争が終わったら、必ず迎えに行くよ。
ジョシュのことを、頼む、頼む。」
「は…い…。必ず、必ず迎えに来て下さいね、アナタ……。」
こうして、俺とマリエルは、ルメール国内の開拓村ではなく、『エルフの里』へ向かうことになった。
そして、これが父ガッシュとの、今生の別れとなったのだ。




