表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生して○○になったった(仮)  作者: 太もやし
第四章 村人Aになったった
58/102

第52話 赤ん坊になったった




 まどろみの中、突然体を押し上げられ、朦朧としながらも意識を取り戻す。


 暗く、長く、狭いトンネル。

 手を伸ばそうとするが、全身を締め付けられて動かない。


 苦しい。


 ただ、暖かい壁にぎゅうぎゅう挟まれ、ゆっくりと、しかし確実に、頭上方向へ押し出されていく。


 どれだけの時間、そうしていたのだろう。


 やがて、閉じた瞼越しにも眩しく感じる、暴力的なまでの光。

 頬に触れる外気。


 自然に、すぅぅっと空気を肺いっぱいに吸い込む。



「ほぎゃぁぁぁぁぁっ!!」



 ……こうして、俺は。


 ごくごく平凡な赤ん坊へと転生したらしい。




――――――――――――――――――――




 数日後。


 生後すぐは周りの景色がぼやけて見えなかったが、徐々に目の焦点が合うようになってきた。

 まだ首が回らないものの、周りを見回すと。

 目に入ってくるのは、木で出来た梁天井、石造りの壁。


 あまり裕福でない庶民の家だと思う。


 藁製のミカン箱みたいなベビーベッドの脇には、ゆったりした布の服を着た、細身の若い女性、いや、少女と言っていい外見の母親らしき人物。


 細面の整った顔立ち、栗色の髪、尖った耳、平らな胸……エルフだ!


 優しげに微笑んでいる彼女が、俺の母親なのだろうか。

 だとすれば、俺もエルフなのか?


 気になった途端、視界の隅に明滅する光。


 これは、最初の転生で持っていた、自他のステータスをゲーム画面のように表示するスキル、『心眼』?



≪アイザワ ヒロト≫

 種族: ハーフエルフ

 LV: 1

――――――――――――――――

<ステータス>

HP : 1/1

MP : 5/5

力  :  1

体力 :  1

知力 : 12

精神 :  1

器用さ:  1

速さ :  1

運  :  5


<スキル>

・心眼    LV1

――――――――――――――――

<魔法>    

・(未収得)

――――――――――――――――

<属性>

 光

 闇

 風

――――――――――――――――

<耐性> 

 ―

――――――――――――――――

<加護>

 光神

 闇神

 風神




(おおっ!)



 スキルの心眼が残ってる! LV1だけど。

 知力も、LV1で12あるなら高い方じゃないか?


 ただの村人Aとしては、破格の扱いだと思う。

 それに、ハーフエルフってことは、美形になれる可能性大だな。


 風神、GJグッジョブ




――――――――――――――――――――




「ジョシュ、良い子ね~、たくさん飲んで、元気に育つのよ?」



ちゅばちゅば


 現在、授乳プレイの真っ最中。

 ……いや、プレイじゃなくガチだ。


 俺が貧しく清らかなおっぱいを飲んでいるのは、赤ん坊だから仕方無いのである。

 決して邪な気持ちはあるが、体の方はピクリとも反応しないので、セーフである。

 むしろ気恥ずかしいのに、口は自然にむしゃぶりついて、一心不乱に吸っている。

 うん、体は正直だな。



「がっはっは、でかしたぞ、マリエル! よくぞ元気な男の子を生んでくれた!」



 髭もじゃなマッチョが、俺の父親である。

 生まれた日には狩りに出かけていたらしく家に居なかったが、先日帰って来たのだ。


 美女と野獣なこの夫婦。


 俺の母、長耳族エルフのマリエルと、父、普人族ヒュームのガッシュ。

 2人は冒険者上がりらしい。


 大半の冒険者は、ギルドからチマチマした仕事を斡旋して貰う、日雇い労働者と変わらない存在だ。

 ダンジョン攻略して財宝を手に入れる、危険度の高いモンスターを討伐する、傭兵として活躍する、など、一流冒険者として名と財を成すのはごく一握り。

 小銭を貯めて街で何かの店を出したり、辺境の村に落ち着いて開墾して農民になる、って辺りが、冒険者として穏当な終わり方である。

 犯罪者になったり、ダンジョンで朽ち果てアンデッドになるのに比べれば、よっぽどマシだろう。


 その点、わが両親は、そこそこ腕の立つ冒険者だったようだ。

 心眼で見ると、マリエルはLV63の元魔法師、ガッシュはLV31の元剣士。

 母の方が強かったりする。

 これ、ガッシュは絶対尻に敷かれてるよな。

 豪放磊落な夫に優しそうな妻。

 幸せそうな家庭だ。


 ……しかし、せっかく生まれた息子の俺は、最初の転生で魔神の俺がこの世に現れる前に、必ず死ぬことになるのだ。

 それが何年後なのか分からないが、凄く悲しませることになるだろうな。


 生まれたのが俺で、正直、申し訳ない。

 この両親には出来るだけ親孝行したいところだ。




――――――――――――――――――――




 数か月経った。


 最初の頃は、寝るか泣くかおっぱい吸うくらいしかできなかった。

 意識は20歳の男なのに、赤ん坊の肉体に閉じ込められ自由に動けない、というのは結構な拷問である。

 早く成長したいが、なかなか思い通りにはいかない。


 もっとも、まだ『這い這い』は出来ないが、手足はかなり動くようになってきた。

 首が据わった頃から、手足の曲げ伸ばし、指で何かを掴む練習、寝返りなど、基本的な筋トレ?を意識的に行っている。


 うん、俺って普通の赤ん坊だな。


 そろそろ、ワンランク上の鍛錬を始めようと思う。


 俺には、早く成長して、探しに行かなければならないモノがある。


 機械オリハルコンの体か、高純度魔結晶とホムンクルスを作成できる魔導師の知り合い、最悪でも、出来るだけ強い実体系のアンデッドの体を邪気祓いして封印したもの。


 なんとかして、魔神の俺が死んだ場所と時間に、魔神の魂のまま復活できる『体』を用意しておかなければならないのだ。


 そのためにも、ただの村人Aになった俺は、出来るだけ強くならなければならない。

 前世で『転生モノ』小説を読んで空想していたような、赤ん坊時代からの自己鍛錬を行う必要があるだろう。


 一番やりたいのは、毎日、MPを使い切るまで魔法を行使することだ。

 しかし、現在の所、素質はあるらしいのだが魔法未修得である。


 そこで、この時代には重要視されていない『気功』の練習を始めようと思う。


 元勇者『イゾ』のPTメンバーだった熊獣人のメイド、『ベアトリス』が使っていた『魔闘流空手』。

 なんでも、魔力の流れを『気』でコントロールすることで、オリハルコン製の勇者武器や高価なミスリルの武器に頼らずとも、無属性魔法の打撃技を叩き込むことができる『勇者流格闘術』、という話だった。

 もちろん、非力なエルフで徒手格闘術を極めようと思っているわけではない。


 『気』などという効果のはっきりしないモノに頼らなくても、ダイレクトに意思を具現化する『魔素』に満ちた世界。

 当然、『気功』を鍛錬する者は少ない。

 だが、気のコントロールに成功すれば、肉体や魔力の操作がより精密になる。


 今生では、魔神のように無限のMPがあるわけでは無いのだ。


 MPをできるだけ増やす努力と、少ないMPを効率的に使う工夫。


 魔神の頃にはあまり必要なかった修練を、可能な限り実践して行こうと思う。




――――――――――――――――――――




 気功の第一歩は、呼吸をコントロールすることからだ。


 ヨガや武術の流派によって詳細は異なるが、ベアトリスに手ほどきして貰った『丹田式呼吸法』を行うためには、前段階として、まず、『腹式呼吸』を身に付けなければならない。


 そのためには『横隔膜』を上下に動かす筋肉を操作しなければならないが、赤ん坊の体では、全体的に筋肉も神経も発達していないのだ。

 普通に腹式呼吸が出来ないので、必然的に、『腹から声を出す』練習をするしかない。


 すぅぅぅっと息を吸い込み、



「ほぎゃぁぁ、ほぎゃぁぁぁっ!」



 つまり、泣くのが一番である。

 ……うん、実に普通の赤ん坊だな。



「どうした、ジョッシュ! おむつは、……濡れてねぇな。腹減ってんのか?」



 たまたま帰宅していた父親ガッシュが、泣き声に呼ばれてやって来た。

 残念ながら、彼は赤ん坊の世話にはあまり役に立たない。



「お母さんは出掛けてるし……。そうだ、お父さんのオッパイしゃぶるか?」



 名案を思い付いた、って顔して上半身裸になり、大胸筋で盛り上がった片乳を掴んでイソイソと俺に近づけてくるマッチョな中年。



「ほぎゃぁぁぁ、ほぎゃぁぁぁぁ(やめろ、トラウマになんだろうが!?)」


「あらやだ、アナタったら何してるの? 男の人がそんなことしても出るわけないでしょ、もう。フフフッ」



 その日、ギリギリのタイミングで帰宅した母親マリエルによって、トラウマはなんとか回避された。




――――――――――――――――――――




 やっと、半年経った。


 赤ん坊の1日は、とにかく長い。

 加齢と共に時間の経過を早く感じるようになる、という話を聞いたことがあるが、子供の頃ってこんなに時間が経つのが遅いのか、と呆然とした。


 その長い1日の大半を、地味な赤ん坊的筋トレと発声練習に費やして、意識的に体を動かしてきたお蔭か、最近、脳の神経支配が全身に行き届いて来たのを感じる。

 手足の感覚が、生前に近づいてきたのだ。


 寝返りや手足バタバタをマスターした俺は、一般的な赤子より早い時期に『おすわり』を修得し、座った状態で体を捻ったり、後ろを向いたりしても倒れないようになった。

 体幹部分の筋肉が強化されてきたようだ。


 次いで、『這い這い』の型を練習。

 腹ばい状態での這い這いは、もはやマスターした。

 次なる段階、四足歩行的な美しい這い這いをするために、現在は上体を支える筋肉を鍛えている最中である。



「おおっ、ジョシュ、もう這い這いできるのか? さすが俺とマリエルの子、天才なんじゃないか?」



 膝をついた腕立てのような姿勢でプルプルしている所に、両親が畑仕事から帰ってきた。


 何の作物を育てているのかは知らないが、それだけでは生活が厳しいので、時折ガッシュが森へ狩りに行っているらしい。



「大げさですよ、アナタ。

 でも、この子はよその子より成長が早いみたい。

 赤子にしては寝る時間が短いのに、発育は良いし、こんなに早く這い這いできるようになるなんて。

 それに、……この子から、魔力とは違う、別の、もっと微弱なエネルギーの流れを感じるわ。」



どきり。


 『小周天しょうしゅうてん法』によって強化された『気』の巡りを察知するとは、さすがエルフ。


 どうやら、丹田式呼吸を行いながら『練気法』を行ってきた効果が出ていたようだ。


 専門語では、体の中で気を巡らせることを『小周天しょうしゅうてん』、天地と体内の気を交流させることを『大周天だいしゅうてん』というらしい。

 俺がベアトリスから教わったのは『練気法』まで、後は、前世で大学の選択スポーツ科目にしていた太極拳の知識だ。


 初歩の『練気法』は、感覚の発達した両手のてのひらを、呼吸を行いながら遠ざけたり近づけたりする。

 掌に気が集まっているイメージと共に動作を繰り返すうち、掌を近づけた時には磁石の同極を近づけたような反発を感じ、掌を遠ざけた時には磁石の異極を離す時のような引力を感じるようになる。

 この感覚を何と言うのか専門語を知らないので、便宜上、『気感』と呼ぶことにした。


 この気感を、掌の間だけでなく、掌と腹、胸、足などとの間で感じるようになるまで拡げるようにする。

 次は、丹田式呼吸を行いながら『臍下丹田せいかたんでん』と呼ばれる下腹部の辺りに気感が生じるのを待ち、集めた気を体の中で巡らせる練習をする。


 体の正中線のうち、下唇から股間まで体の前面を通る線を任脈にんみゃく、肛門から体の背後を通り頭頂を回って鼻の下まで伸びる線を督脈とくみゃくという。

 『小周天法』は、男性の場合、督脈に沿って気を上げ、任脈に沿って気を下ろし、ぐるぐると体内を気が巡るようにするのだ。


 前世での太極拳の授業ではほとんど『気』の流れなど感じることはなかったが、ベアトリスから習った練気法のお蔭か、あっさり小周天に成功した。

 現在のところ、気の流れをコントロールしても、MPがほとんど無いため、魔力を導いて巡らせるところまでは行かない。

 早く魔法を修得して、MPを増やす鍛錬を始めたいところだ。



「ねぇアナタ、せっかくだから、私の実家の件、考えてみてくれない? この子にはきっと魔法の才能があるわ。エルフの里で暮らした方が、この子の将来のためになると思うの。」

「う~ん、しかしなぁ。エルフの里じゃ、ヒュームの俺は白い眼で見られるだろうし、ハーフエルフのジョシュは一段下に見られるんだろ? それなら、俺の実家に泣き付いた方が……」



 はて?


 これまでそんな話は聞かなかったが、どうやら、ここでの暮らしを捨てて、移住する予定があるらしい。

 移住先についてどちらの実家を頼るか、で揉めているみたいだ。

 普段イチャラブな夫婦だが、両方の実家が結婚に反対したためか、互いの実家にわだかまりがあるようだ。


 その日の夜は、遅くまで言い合いが続いた。




――――――――――――――――――――




 突然だが、引っ越すことに決まった。


 俺が孤独な鍛錬に励んでいる間に、世間では色々と事態が進んでいた。

 どうやら、帝国が攻めてくるので、この辺りは戦場になるらしい。

 全住民が集落を放棄するようだ。


 家の外に出たこと無い新生児の俺にとって、現在の住所に未練は無いが、せっかく家を建て、畑を開墾し、作物を育ててきた両親には酷な話だ。


 衣類や鍋釜など、家財道具一式を複数の世帯共同で借りた馬車に詰め込み、大人たちは手に武器になりそうなモノを持って馬車と共に歩く。

 父ガッシュもその中にいる。

 俺は、馭者台に座る母マリエルの膝の上だ。


 ここから、最寄の城塞都市『ポートフォリア』へ向かい、そこからは別々に目的地を目指す。

 俺たち家族の行先は、ガッシュの実家が用意してくれる場所――ポートフォリアの東に位置する開拓村に決まったようだ。

 俺たちのように行先の無い家族は、ポートフォリアの外周に設置された仮設天幕で避難民生活を余儀なくされるらしい。



 ……戦争か、迷惑な話だな。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ