第51話 時の旅人になったった
俺が異世界だと思っていた世界は、21世紀から1万2千年後の未来だった。
核戦争で人類が衰退した後、大量の隕石衝突を受けた地球は、一度『死の惑星』となっていた。
そこに、他星系から『精神生命体』が飛来し、惑星全土を覆う『魔素』となって地球環境を整えてくれたばかりか、知的生命体との精神的交流を望む彼らによって、人類は復元されたのだ。
だが、彼ら精神生命体は、純粋な善意から人類を救ってくれたわけではなかった。
精神的エネルギーを補給することと、他の知的生命体の精神を理解・吸収・統合し、自らを進化させることが、彼らの目的である。
地球人類からもはや得るモノは無い、と判断すれば、彼らは地球を捨てて、別の知的生命体を探す旅に出る。
その判断をする存在が『神子』であり、俺の孵したカゲミツが、その神子だったったのだ。
カゲミツを守ると誓った俺が死んだことで、この地球の未来が決まってしまった。
このままでは、俺の仇を討つためにアルタミラは闘い、傷つき斃れる。
絶望したカゲミツは『邪神プログラム』を発動し、この星を永久凍土に閉ざされた死の惑星に変えてしまうのだ、と。
「お願いします、風神ティターンダエル! 俺を、あの場所、あの時間に、生き返らせて下さいっ!!」
「いくらボクでも、魂の受け皿が無い場所に生き返らせることは出来ないよ?
最初に転生させた時みたく、新たに魔神の体を造ることは出来るけど、この大陸の『死の大空洞』はキミを産みだしたおかげで魔素濃度が低下しているんだ。
魔素濃度が回復するのを待ってたら、間に合わないよ。
他の5つの大陸にある大空洞は、他の5属性の神たちの支配下にあるから、ボクの一存じゃ動かせないしね~。」
「そ、そんな……」
俺に出来ることは、もう何も無いってのか……?
「でも、1つ方法があるよ。」
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「ホントですかっ? 教えて下さい、どんな方法でも構いません、この先の運命を変えられるなら!」
「要するに、キミを転生させられる器があの場所にあればいいんだから、過去に戻って用意しておけばいいんだよ。」
「へ??」
さも当たり前のような顔をして、無茶を言い出す超美形金髪青年。
「ん、さっき話したよね、ボク達精神生命体は高次元存在だから、時間軸や平行世界を行き来することも出来るって。
まぁ、ボクは直接この世界に干渉することは出来ないから、実際に動くのはキミだね。
つまり、キミを過去の時点に転生させるから、タイムリミットまでに、アイギスのどこかに魔神の魂に相応しい器を用意しておくんだ。
うまく行く保証は無いけど、どうだい、行ってみるかい?」
……少しでも、運命を変えられる可能性があるなら。
「はいっ、お願いします!」
「いいんだね? 今度は、魔神でも勇者でもない、村人Aからスタートだよ。」
「構いませんよ、もう一度チャンスを貰えるなら、贅沢言いません。
それで、代わりの体、ってどんなモノを用意すればいいんですか?」
「一番いいのは、大空洞で産み出すことのできる魔神ボディだけど、それはさっき言った理由で無理だからね~。
そうだね……例えば、総オリハルコン製の機械人形とか、純度の高い魔結晶を錬成して造る人造人間とか、あと、お勧めしないけど、魔力容量の大きい実体系のアンデッドの体を、いつでも憑依できる状態で封印しておくとか、かな?」
「……どれも、村人Aには荷が重そうですけど。
いや、でも、やりますよ、やるしかないんだ!」
「ふふっ、応援してるよ~。」
人類がどうなっても構わないと言っていたが、その割には助けてくれる気のようだ。
正直、ありがたい。
「それと、注意しておかなければいけないことがある。
最初に魔神としてキミが大空洞に転生した時、それがキミにとって、この世界における特異点だ。
これからキミが過去に転生することで、ちょっとしたタイムパラドックスが生じるけど、それで生まれた時空線も、特異点で収束して元の時空線と連続する。
平たく言えば、必ず発生するイベントなんだ。
1つの魂が同時に2つ存在することは出来ないから、時空線統合の修正力によって、村人Aのキミは、その時必ず死ぬことになる。
それがタイムリミットだ。
それまでに、代わりの体をアイギスに用意しておくんだよ。」
「分かりました。」
シュ○ゲの世○線みたいな感じか。
「風神ティターンダエル、チャンスを下さって感謝します。……本当に、ありがとう。」
「礼を言うのは気が早いよ。うまく行くことを祈ってるからね。じゃ、行ってらっしゃい。」
あっさりした見送りの言葉と共に、天狗の面を被った青年の姿が眩い光に包まれる。
(待っててくれ、アルタミラ。必ず、キミに会いに行く。
待っててくれ、カゲミツ。必ず、お前を守るよ。
たとえ、何十年掛かっても、何回生まれ変わっても、必ず、キミ達の、俺の家族の元へ、帰って見せる!)
下方に吸引されるような墜落感を覚えた途端、俺の意識はぷつりと途切れた。
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隔世――それは、時間と空間から切り離された世界。
精神生命体か、霊魂となった意識体しか訪れる者は無い。
ある魂を過去世界へと送り出した青年――風神ティターンダエルの体が、次第にぼやけて輪郭を失い、眩い光の渦となる。
やがて、一際大きく輝いたかと思うと、凝縮した光の渦が拡がり、その中から、巨大な白い龍が姿を現した。
全身を純白の獣毛に覆われた、翼ある蛇――『風の神竜・ウィンディア』。
(我は、公平を貫くには、人類とあまりに長く接し過ぎたようだ。
不完全なればこそ、彼らが愛おしい。
……相澤広人、ヒトの身で世界の運命に抗うキサマに、陰ながら力を貸そう。)
神竜の全身が、すぅっと透明になって行く。
やがて、その姿がかき消すように消えて、隔世は闇に閉ざされた。
第3章、完
次章からは、チート無しの主人公が、ド田舎で赤ん坊からやり直すお話しになります。




