第5話 オカンになったった
最終的な水球の直径、100m近くあったんじゃなかろうか?
水球がはじけた場所から数百m流された。
運悪く、川底のような地形の上ではじけたため、一方向に流されることになったのだ。
大量の土砂と共に流れる濁流、これはもう土石流といっていいだろう。
「よく生きてたな、俺?」
岩と石と砂と泥水のミキサーに放り込まれて、挽肉になるかと思った。
しかし、全身の骨をへし折られ肉を削られるような激痛を感じたにも係らず、体中見回しても傷一つ負っていない。
< アンタ、貧弱な見た目の割に丈夫なのね?
それとも運が良かったのかしら?
まぁ、生きてて良かったわ、ワタシの卵のために。 >
おぃ、ちょっとは反省しろよ!
と、念話には乗せずに心の中で呟くチキンな俺。
今は口や鼻、耳に入り込んだ泥を出すのに忙しい。
べったり濡れた髪も泥だらけだが、乾いて砂になってから取り除くことにしよう。
――――――――――――――――――――――――――――――
考えて逃げた訳ではないが、結果的に、卵から離れたのは正解だったようだ。
あの土石流に巻き込まれたら、きっと割れていたに違いない。
2D探知画面を視界に出し、卵の位置を確認して戻る。
道すがら、先程の災害についてやんわりと抗議の意を表明しておこう。
「さっきの水魔法、どう見ても攻撃魔法だよね?
詠唱みたいなのがいい加減だったせいであんなことになったわけ?」
< 何言ってんのよ?
ちゃんと基本魔法のウォーターだったわよ!
詠唱ってのは使う魔法の効果をイメージして特定するための補助みたいなもので、腕の良い魔術師なら無詠唱でもいけるんだから。
アレはアンタのせいよ! >
「……詠唱してたってことは、得意じゃないんだ、魔法。」
< 闇ドラゴンの最上位、神竜ダークバハムートなのよ、ワタシ!
どんな奴が相手でも、牙か爪か尻尾かブレスで一撃よ!!
魔法なんて滅多に使う必要なかったんだから! >
どんな相手も一撃よ!と仰いますが、その割に殺されてませんでしたか?
もちろん念話には乗せないけど。
話を戻そう。
「俺のせい、ってどういうこと?」
< ワタシには肉体が無いんだから、魔力量の調節はできないわ。
アンタが寄越した魔力を使っただけなんだから! >
そういえば、なけなしの魔力を魅了魔法に注ぎ込んで消滅しかけてたよな、この背後霊。
じゃあ、俺が送った魔力をそのまま使ったことが先程の惨事の原因だと?
俺はほんの少し魔力を送ったつもりだったが、実は規格外の量だったのだろうか?
或いはアルタミラの知力のステータス値が高すぎてあの効果に?
――それだけは無いか。
いや、このうっかり者のドラゴンが魔法を間違えた可能性も捨てきれない。
とりあえず、今は保留にしておこう。
そんなことを考えながら歩いているうちに、アルタミラの巨体が見える丘まで戻ってきた。
見渡した感じ、土石流の被害はこちらに及んでいないようだ。
丘を降り、竜の頭を回って卵に辿り着く。
卵の傍には、天狗面と団扇が落ちていた。
さっき逃げる時に放り出していったらしい。
天狗面が無くても探知スキルを使えるし、俺が全裸とか、もはやどうでもいいし。
もう使わないから両方とも収納しておこうか。
「収納。」と手を伸ばした時、すぐ傍でビシリッと何かが割れる音!
横目に見えたのは――、
「< ――卵にヒビがぁっ!? >」
――――――――――――――――――――――――――――――
土石流の影響は無かったはずだ!
まさか放り捨てた天狗面とかが当たったせいか?
いやいや、卵の殻は頑丈そうだし、俺にそんな腕力ありませんよ?
< ど、どうしようっ!?
中でちゃんと育ってないのに卵が割れたら、―死んじゃうっ! >
「お、おちけつっ! いや、もちつけっ?
こんな時は、瞬間接着剤で応急処置を――、って、持ってねえし!」
殻のヒビからは、粘液のようなものが染み出している。
殻の内側にある膜が破れていれば、雑菌が入り込み、中で繁殖して卵が腐ってしまうだろう。
――そうだ、とりあえず聖魔法のキュアで消毒して、膜にヒールで回復すればいけるんじゃないか!?
「何か分んないけど、消毒しろっ、――キュア!
それと、とにかく回復しろっ、――ヒール!!」
汚れた手で触らないように、殻から少し手を浮かせて魔法の発動を念じてみる。
詠唱の文句をしらないので適当だが、効果をイメージできるなら問題無いはず。
掌から白い光が生じて卵のヒビに沁み込んでいき、続いて暖かみのある黄色い光が卵全体を包む。
< アンタ、魔族なのに聖魔法が使えるの?
ヒュームの勇者か神官しか使えないはずなのに?? >
「そんなことより、ヒビを塞ぐにはどうしたらいい!?
とりあえず消毒と回復だけしといた。
俺は他の魔法は使えない!
アルタミラはヒビを修復できる魔法とか持ってないの?
俺の魔力を使って――、
……ごめん、なんでもない。」
< ちょっとぉ!
ナニ目逸らしてんのよ?
ワタシが信用できないってのぉ?? >
水難事故がどちらの責任だったかは保留するとして、俺が魔力を提供してアルタミラが魔法を使うと、また災害が発生しかねない。
いいから魔力寄越しなさい、いや勘弁して下さい、という会話を延々と続ける俺達の横で、
――バシンッ!
殻にさっきより大きいヒビが走ると、続けざまにバキッという異音が続く。
自動車のドア程もある殻の破片が宙を舞い、鋭い爪が生えウロコに覆われた太い腕が突き出される。
続いて、ベキッという音と共に穴が拡がると、意外なことに人間に近い形状の頭が覗く。
額から角が生えているが、人間なら美形といえる顔立ち。
やはり肌は爬虫類っぽく、親譲りの黒いウロコに銀髪。
やがて、肩、胸、腹、背中の翼と続いて卵から抜け出し、2本肢で立ち上がった姿は、竜のウロコに鎧われた人間に近い形態――ただし身長4m超(尻尾除く)――の、「竜人」とでもいうべきものだった。
全体の印象は、しいていうなら動力ケーブル付きの某人型決戦兵器に似てる。
――くっ、ちょっとかっこいいじゃないか。
ソイツは、巨体に見合わぬ素早い滑らかな動きで卵の殻の残骸から抜け出すと、全身をブルリと振るわせ、体に付着した粘液を振り飛ばしている。
そして、周囲を見回して俺を見付けると、鋭い眼で俺を睨みつけ、念話と共に吼えた。
「< にゃー(おかーさん?) >」
――――――――――――――――――――――――――――――
< 生まれたわ!
ああ、何てステキなドラゴン!
眼元がカレに似てるわ~、ウフフ。 >
生まれるまで1年掛かる、って話はどこ行った?
っていうか、何か若干ドラゴンじゃないような気が――、まぁ、暫定で子ドラゴンでいいか。
大体、生まれたての怪獣の第一声は、「グガォォォ」とか「キシャァァァ」とか予想していたんだが、「にゃー」って、何だよ、猫かよ。
――くっ、ちょっと可愛いじゃないか。
実際、尻尾を俺に巻き付けながら周りをグルグル回ってる姿は、甘えている猫のようで、愛らしいとも思える。
ただし、その力は完全に凶器だ。
尻尾で押される度にぶっ倒されるし、頭をスリスリ擦りつけられる度に角の生えた額で突き刺されて痛い。
俺もドラゴンみたいなウロコで全身覆われていたなら、痛くも痒くもないんだろうけど。
これは、完全に母親に甘える仕草だな。
どうやら、俺が母親としてインプリンティングされてしまったようなのだ。
まぁ、猫好きな俺としては、にゃーにゃー言いながら甘えられると、涙目で我慢せざるを得ない。
「< にゃー! にゃー!(おかーさん! おかーさん!) >」
< 違うのよ!
この貧相な魔族じゃなくて、アタシがお母さんなのよ!! >
背後霊が何やら騒いでおりますが、もはや手遅れです。
どうやら魔力を送り込んだ者が親として刷り込まれるらしい。
ドラゴンの卵を別の種族が孵化させるなんて滅多に無いことだろうから、そこまで考えてなかったんだろう。
お腹を痛めた覚えは無いが、お母さんの座は俺の物である。
この子、カッコ可愛いし。
「(痛っ、)卵のお母さんになれ、って話だったんだから、(あぐっ、)これでいいんじゃ、(へぶっ、)ないの?
て、(そこは!?……ぁ、ぁあ、)噛んじゃ、噛んじゃらめぇ~っ!」
卵の殻を盾替わりにして防いでいたが、何故か軟らかいところを狙ってくる。
甘噛みらしいから怪我はしないけど。
ちなみに、この殻もレア素材らしいので、ちゃっかり貰っておこう。
< そうなんだけど、なんだけど、でも!
ワタシが、本当のお母さんなのにっ!
……悔しいっ!
この子を返してっ、返してよー!! >
なんか大岡裁きみたいになってきた?
まぁ、アルタミラは実体が無いから引っ張れないし、俺と子ドラゴンはくんずほぐれつ相思相愛だから、既に決着は着いているがな!
「そんなことよりも、この子のご飯、どうすんですか?」
さっきから俺に甘えているのは、お腹すいてるせいだと思うんだ。
さすがに実の母親の肉を喰わせるのは嫌だわ、俺が。
まぁ、人間の感覚というか感傷にすぎないかもしれないけど。
俺の背中でグスグス泣いていたアルタミラだが、我が子の食事と聞いて正気を取り戻したようだ。
< ドラゴンは、必要なエネルギーのほとんどを、体内の魔力をエネルギーに変換することで補ってるの。
だから、何かを食べさせる必要は、それほど無いわ。
獲物を捕って食べるだけであの体を維持しようと思ったら、上位ドラゴンが数頭いるだけで世界中から生き物が狩り尽くされるわよ。 >
「じゃあ、何も食べなくていいの?」
< 生まれたては魔力を消費してるし、成長期の間は魔素の吸収量が体の成長に必要な魔力量に追い付かないわ。
だから、母親が魔力を送ってあげるの。
……角をやさしく握って、そこから魔力を注ぎ込んであげて。
ドラゴンは角に触られるのを嫌がるけど、……自分のお母さんには触られても大丈夫なはずだから。 >
言われた通り、そっと子ドラゴンの角を握り、魔力を送り込む。
しばらくそうしていると、その場で腹這いになり、丸くなってスピスピと鼻音を立てながら眠ってしまった。
< これで、もう大丈夫ね。 >
寂しそうに笑うアルタミラ。
我が子を無事に生かすこと、それが未練で現界に留まっていたのだ。
予想外に早かったが、卵が無事に孵った以上、ここに留まる理由は無くなった、ということだろうか。
「アルタミラさん……もう、逝ってしまうんですか?
俺、ドラゴンの育て方なんて分んないですよ?」
正直いうと、俺には「かっこいいペット、ゲットだぜ!」くらいの軽い気持ちしか無いのだ。
本当の母親なんて、なれるわけない。
そんな覚悟してなかった。
それに、この世界で最初に知り合ったアルタミラとここでサヨナラなんて、……俺が寂しくなるよ。
< いいの!
……もういいの。
本当なら、孵るはずのなかった卵を、アンタが孵してくれた。
この子が、無事、この世に生まれてくれた!
感謝してるわ。
それだけで、満足……。
……ううん、本当はそうじゃない、そんな訳ないっ!
この子の傍に居て、一人前に成長するのを見届けたい!
この子が強くなるまで、守ってあげたいの!! >
「あのっ、アルタミラさん、良かったら、ずっと俺に憑いててもいいですよ?
これくらいの魔力、貢いだってどってことないですから!」
< ありがとう。
お人好し、……ううん、やさしいのね、アンタ。
でも、死者の魂が、いつまでも現界に留まってはいけないの。
留まっていても、いずれ悪霊系のモンスターに堕ちるだけ。
もう逝くわね。
弱っちいくせにやたらと魔力が余ってて、やさしくて、変な魔族クン。
アンタに会えて良かったわ。
――本当に、ありがとう、アイザルト。 >
くそ、何だよ、今になって、急に、そんなしおらしいこと――、しかも俺の名前間違ってるし。
世界が滲んで……前が、良く見えない。
「何でずが、変な魔族っで。
アルダミラざんごぞ、変なドラゴンでずよ……ぅぅぐスッ」
< アンタみたいな変な魔族、初めて見たわよ。
大体、魔族のくせに聖魔法だなんて。
……ん!?
聖魔法?
あ~~~~~~~~~~!
そうよ、聖魔法よ!! >
「へ?」
アルタミラは俺の背中から離れて浮遊すると、俺を見降ろし、ビシっと指をつき付けて言った。
< アンタ、ワタシを蘇生しなさいよっ!! >