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異世界転生して○○になったった(仮)  作者: 太もやし
第三章 異世界冒険者になったった
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第42話 神官見習いになったった

 白い外套カズラを翻し、金糸の刺繍が施された祭服アルバに身を包み、ヴェールを被った司祭のような服装の少女。

 『剣の巫女』の装いになった元同級生――俺より先に、勇者としてこの世界に転移していた『斎藤愛理さいとう あいり』。

 ヴェールから覗く亜麻色の髪と、クウォーターらしく整った顔立ち、腰には、抜刀術に適した反りが強く定寸より短めの日本刀。

 心眼スキルで見ると、勇者流剣術と居合のLVは相当なものだ。

 かつての地味な外見から想像付かないほどの美少女になってる事も含め、『異世界デビューに成功しました』と言っていいだろう。


 その彼女が所属している事が明らかになった『光神教団』は、あの神殿騎士団――獣人集落で鬼畜な所業を繰り広げた連中――が所属していたのと同じ教団だった。


 まさか、イクシオル(バハムート)がその教団のトップで、愛理が巫女だったとは。



「斎藤さん、光神教団のことで、実は……」



 神殿騎士団の部隊を殲滅したのはアルタミラだけど、俺に代わって手を汚してくれたのだ。

 実質、あの連中を殺したのは俺だ。



「何か問題あるの~?」


「光神教には『神殿騎士団』ってのがあるよね。」


「あ~、うちだけじゃなくて、各神殿にあるかな~。

 神殿『騎士』って言っても、国から任命された正式な『騎士』じゃないから、実態は単なる教団の私兵なんだけどね~。

 ここだけの話、貴族の家督を継げない次男三男で他家に養子の貰い手も無いようなドラ息子の引き受け先になってるのよ~、寄付金と引き換えにね!」


「獣人の集落にいた神殿騎士と、俺たちは……」


「……その件ね~。

 もし、今回のモンスター討伐で命を落とした我が教団の騎士たちのことを気に病んでいるなら、無用な心遣いだわ。

 教団の公式見解は、『神託に導かれ、モンスター掃討のため威力偵察を行っていた神殿騎士団の一個小隊が、街道の南にてモンスターの大群と遭遇し、全員が名誉の戦死を遂げた』ってことになってるの。

 だから、何も責任を感じる必要は無いわよ?」



 美少女の顔に浮かぶ屈託の無い笑顔は演技とは思えず、本当に気にしていないように見える。


 俺たちが神殿騎士団員を殺したことは、愛理とイクスに知られていたはずだ。

 彼らを殲滅し終えた後で、その場に現れたバハムート(イクス)と戦闘になったのだから。


 全て承知の上で、彼らの死を、『モンスターの大群から街を守るために散った英雄』として祀り上げ、悼むことにするらしい。

 光神教団のイメージアップに利用される、ってことか。


 獣人達を差別して貶め、自分達を『選ばれた~、栄光の~』とか言ってた連中も、教団トップから見れば所詮は捨て駒だった訳だ。


 まぁ、彼らの所業を思い出せば同情はできないが。


 グリューネに目を向けると、『関心ない』という意思表示なのか、腕を組んで俯いている。

 冒険者ギルドは、個人と教団の揉め事に介入する気は無いと見ていいだろう。



「そんなことより、さっさと用事を済ませて、死人の蘇生に行きましょうよ~?」



 ふわり、と微笑わらって俺たちを天幕の外へ誘う愛理。


 あの神殿騎士たちとの関係を伺い知ることはできないが、あまり親しい間柄では無かったのかもしれない。

 それとも、この世界の人間そのものに対して隔意があるのだろうか。

 どちらにせよ、仲間であるはずの彼らの死について、何のわだかまりも無いらしい。


 愛理の人命に対する軽い態度は気になるが、俺たちに都合のいい展開ではある。

 光神教の獣人に対する扱いには引っ掛かりを覚えるが、今は利害が一致している、ということにしておこう。

 ……何より、せっかくこちらの世界で再会した友人と、敵対関係になりたくないし。


 微妙な温度差というか、釈然としないものを抱きつつも、とりあえず、俺はホッと胸を撫で下ろした。




――――――――――――――――――――




 カゲミツにはグリューネの小型天幕で待っていて貰うことにして、グリューネ、愛理、俺の3人は、外壁南門近くに設営された旅団臨時指揮所(仮)へ向かっていた。


 まずは、偵察から帰った冒険者のふりをして、グリューネのお供で軍のお偉いさんに報告して進軍をやめさせ、それから愛理の助手として城へ潜り込む予定だ。


 軍のお偉いさん――旅団長である上級騎士とその幕僚たちが集まる天幕へ向かう途中で、愛理に尋ねられた。



「ところでさ、相澤くん、その神殿騎士の隊長の『遺品』なんて持ってないかな~?」



 そういえば、亜空間収納のスキルで、剣やら鎧やら、連中の装備の大半を剥ぎ取ったな。



「無いことはないけど、どうする気?」


「警戒しなくて大丈夫だって~、遺品泥棒扱いする気とか無いし~。

 この旅団の指揮を任されたのは、上級騎士にして名門貴族(笑)のヒンデンブルグ子爵の嫡男なんだけど、手におえない弟が居て、さっきの話で全滅した部隊の隊長やってたんだよね~。

 デブの皮を被った筋肉ダルマの大男で~、真正のサディストっていう特徴のある人物なんだけど、覚えてないかな~?

 彼の遺品とかあったら、報告の信憑性しんぴょうせいが上がるかも~、って。」



 うん、覚えがある。


 話している最中にキレて襲いかかってきた、オーガのような大男の隊長だ。



「たぶん、コレだと思う。」



 アイテム欄から取り出したのは、1本だけ他の騎士剣ロングソードより大きい――全長1.8m程もある、大剣グレートソード

 獣人の血が乾いてこびりついたままのソレは、人化した状態の俺では持ち上げるのにも苦労するような代物シロモノだ。


 元居た世界での両手剣ツヴァイハンダーは、通常の剣術のような使い方ではなく、歩兵同士の集団戦で、敵歩兵の槍の柄を切ったり槍代わりに突くような使い方をしたらしい。

 この世界では人より大型のモンスターを相手にすることがあるので、対魔物用のメインウェポンとして、冒険者を中心に愛用者も多いようだ。

 その場合は、対人用の小型軽量なサブウェポンと使い分けるのが通常だが、マウザーやあの隊長のように並外れた体力の持ち主は、対人・対魔物両方で大剣を用いることができるのだそうな。


 巨漢とは思えぬ流れるような足運びと、動作の起こりを捉えられないほど体に馴染んだ突きや斬撃、重い大剣を軽々と振り回す体力。

 人格は問題ありそうだったが、きっと、武人としてそれなりの力量を備えた人物だったのだろう。



 慣れた手付きで抜き身の大剣を受け取った愛理は、ハンドルに彫り込まれた紋章や、ヒルトに埋め込まれた魔石、柄頭ポメルに施された象嵌ぞうがんを子細に検分する。



「総ミスリル造りの大剣、光神教団の紋章、神殿騎士である証の血滴石、ヒンデンブルグ家の家紋をかたどった金の象嵌。

 あのゴリラの持ち物で間違いないわ~。

 相澤くんから、ご遺族に渡してくれるかな?」



 ある意味犯人の俺が遺品を渡すのか。

 気が重いなぁ……




――――――――――――――――――――




「軍を引け、と言うのだな?」



 天幕の入り口を潜り、まず目に入ってきたのは、正面に座る態度のデカい貴族と、数人の取り巻きっぽい騎士たち。

 グリューネと愛理、2人の美少女の全身を舐めるように見た後、俺の方はチラッと見てすぐに興味を失ったようだ。


 このエラそうな貴族が、あの隊長の兄でナントカ家の嫡男らしい。

 血の気の多い巨漢の弟とは似ても似つかぬ、痩身中背の酷薄そうな人物だ。

 そして奥の方に座っているのは、仰々しい法衣を着て宝冠を被った聖職者イクス

 こちらは、完璧なポーカーフェイスで俺のことを無視している。


 グリューネと貴族が時候の挨拶や美辞麗句の応酬を終えたところで、やっと本題に入った。



「この者は、斥候に出した冒険者ギルドの手の者です。

 Fランクではありますが、ただ1人生還しました。

 この者の報告によれば、偵察中の冒険者PTはモンスターの大群に遭遇、包囲され、同じくモンスターと交戦中だった光神教神殿騎士団の小隊と合流、撤退戦を試みるも全滅。

 その後、救援に現れたポゴーダ男爵とその従者たちによって、モンスターを率いていたボスのダイアーヴォーグが討伐され、群れの統制は崩れ自然消滅した、とのことです。

 相違ありませんね、アイザルト?」



 片膝を着いた俺は、グリューネの言葉を受け、教わった通りの作法でお辞儀をして肯定の意を表す。

 下々の者は、勝手に喋ってはいけないのだそうだ。



「獣人保護派の元『黒鉄くろがねの勇者』か。まだそのような力を蓄えていたとはな。

 勇者を引退した腑抜けが、何故そんな場所に?」


「さぁ、そこまでは。」


「軍がここまで準備を整えておったのに、引退した元勇者に手柄を横から攫われました、では我らの面子めんつが立たん。」



 そこに愛理が口添えをする。



「その件ですが、今回の討伐の功績は、神殿騎士団が主体ということになります。 そうなれば子爵さまの名声も上がりましょう。

 それというのも、全滅した小隊を率いておられた騎士は、ワルター・フォン・ヒンデンブルグ殿だからです。

 アイザルト、例のモノを。」



 手に捧げ持つ大剣を、出来るだけうやうやしい態度で差し出す。



「ふむ、アレの持ち物に相違ない。モンスター狩りなど下賎な冒険者どもの仕事、と言っておった愚弟が、進んでモンスターの矢面に立つとは信じがたいが……。光神教団が事実と認めてくれるのだな?」



 ぐふふ、と気味の悪い笑みを浮かべる貴族。

 あ、笑顔似てるわ、やっぱ兄弟だな。



「此度のモンスターの襲撃は、我が『光神教団』の尽力により収束した。

 先頭に立って闘い命を落としたのは神殿騎士団。その神殿騎士を率いたのは、ヒンデンブルグ子爵家の3男、ワルター殿。

 そのような次第でよろしいかな?」



 俺たちが来てから初めて口を開いたイクス。

 その提案は、要するに手柄の横取りだ。

 汚い、さすが大人、汚い。


 まぁ、イゾが元勇者ってのは、シグ達に調べて貰った時も話に出なかったくらいで、本人も目立つ気無さそうだから、たぶん気にしないだろうけど。

 それ以前に、本当の手柄はカゲミツな訳で、それは公表できるはずも無いし。

 とりあえず、神殿と貴族の旅団長個人にはメリットのある話だろう。



「元勇者が表舞台に立つ気が無いなら、ありがたく手柄を戴こうではないか。

 手の掛かる愚弟であったが、最後は家名に華を添えてくれたわ! 

 出征は中止する。

 街から軍に供出した物のうち、糧食として供出した備蓄用の食糧や、輸送用の馬と馬車などは返還しよう。

 それでよろしいかな、ギルド長?」




――――――――――――――――――――




 整列した兵の前で、旅団長が演説し、イクスは『光神アストルのご加護が~』と説法を始めた。


 俺たちは、指揮所(仮)を出ると、一旦グリューネの天幕に戻る。



「おかえりなさい、おとーさん!」



 フードをはねのけて飛びついてくるカゲミツの頭を、ガシガシ撫でてやる。

 短い時間とはいえ、1人にさせたのは初めてかもしれない。

 10代後半くらいの外見と、思慮深く大人しい性格で忘れがちだが、この子、まだ生後数か月なんだよな。



「待たせたね、1人で寂しかったかい?」



 俺の胸に飛び込んでスリスリしてくる褐色肌の銀髪美少女。

 この世界にはシャンプーとかないのに、さらさらの銀髪からいい匂いがする。

 うん、可愛い。和む。

 和むだけだ、決して鼻の下なんか伸びてない!



「アイザルト、鼻の下伸ばしておる場合か?

 蘇生魔法を使えば、この先、お前は注目の的となるんだぞ。

 その覚悟はしておけ。」



 真剣な表情で話すグリューネ。

 すいません、真面目にやります。


 現在、諸王国で『蘇生リザレクション』を使える聖職者はわずか2名で、どちらも既に高齢。

 聖魔法を習得したからといって誰もが蘇生リザレクションを使えるわけではなく、使えたとしても成功率は低いらしい。

 つぎ込むMP量で成功率が左右されるから、一般的な人族聖職者のMP量(多くても500程度)では、ほぼ蘇生不可能だろう。

 ファリーネも使えるはずだが、うまいこと秘密にされているようだ。



「もし、人族社会で厄介ごとに巻き込まれたならば、北の『アレクラスト半島』を目指すがいい。エルフ族の多く住む、森と湖の大地だ。大地の神竜『ヨルムンガンド』の縄張りである『ロゴス山脈』に阻まれ、人族国家の権力もそこまでは届かない。

 覚えておくといい。」


「心配してくれてありがとうございます。一応覚悟はしてるつもりですよ。」



 もしかしたら、王族に聖者認定されると、何かの義務を負わされるかもしれない。

 勇者と一緒に魔王倒してこい、とか、隣国との戦争に参加しろ、みたいな。

 魔王認定されるよりはマシだが、アルタミラやカゲミツ達と引き離されるような事になったら本末転倒だ。

 イゾに協力を頼んだ獣人集落の一件に決着がついたら、その時は森と湖とエルフの国へ逃げちゃうおうかな。



「ハイエルフといえども、人族ヒュームの社会では冒険者ギルド長という肩書以上の力は無いのだ。力になれなくて済まない。」


「そのお心遣いだけで、十分です。」


「光神教団の『聖者』として認定されれば、余計な手出しもされないわよ? どう、ウチに来ない?」



 それも悪くない気がするけど、まだ『光神教団』の実態が分からないからなぁ。



「考えとくよ。」


「え~、反応薄っ!?」



 こうして俺たちは、グリューネに別れを告げ、外壁南門へ向かった。




――――――――――――――――――――




 教団の馬車に乗り込み、冒険者用の外套マントを収納して、愛理から渡された白い外套カズラに着替えた俺とカゲミツ。

 国教である光神教団の『剣の巫女』、愛理のお蔭で、平民街と貴族街を遮る中壁、貴族街と故王宮を遮る内壁、どちらの門もフリーパス。

 徒歩なら外壁南門から小一時間掛かるアイギスの中心――故王宮まで、10分と掛からず到着した。



 故王宮は、かつてこの地域が『クヴェルガ王国』だった時代の王宮だ。

 建国した初代の王は獣人と人族のハーフ、妃はハーフエルフだったという。

 そのため、種族差別が比較的少なく、獣人やエルフ族には住みやすい国だったようだ。

 その反面、森林での狩猟採集とささやかな農業が主体で、工業や商業はあまり発展せず、国力は低かった。

 結果、この地方の弱小国家群が抗争を繰り返す過程で併合され、『ガイエナ諸王国連合』が出来上がる頃には、国の影も形もなくなっていたのだ。

 残されたのは、諸王国の地理上の要衝ようしょうとなったアイギスの街と、その中心である故王宮。

 王宮とは名ばかりで華美な装飾はほとんど無く、どちらかというと官公庁の庁舎のような建物である。


 その中の、一際大きいドーム状の建物は、壁にぽっかり黒く焦げた大穴が開き、天井が一部崩れていた。


 ……やっちゃったなぁ。



「光神教団の『剣の巫女』、愛理です。トルメク国王女、アリス様のお亡骸なきがらをお浄めに参りました。後ろの2人は見習い修道士です。」



 愛理がイクスの印璽を押した書類のようなものを見せると、衛兵にも話が通っているらしく、あっさり中に招き入れられた。


 飾り気のない薄暗い通路を通って、建物の中心に向かう。

 この建物の中心は、王と重臣たちが内政を執り行うための執務室だった部屋で、現在は諸王国のトップが集まる諸王国会議室となっている。


 金属製の大扉の前に立つ警備の兵にまた書類を提示。

 警備兵が開錠の呪文を唱えると、大扉がギギギ、と軋みながらゆっくり開いていく。


 円形の室内は、意外に明るい。

 天井に描かれた魔法陣と、嵌め込まれた魔石によって、照明魔法が発動している。

 だが、明るい理由はそれだけではなかった。

 崩れた天井から、陽が差し込んでいるのだ。


 その真下には。


 落下した天井の一部……何トンあるのか分からない、巨大な瓦礫。

 磨かれた石床にはヒビが入り、瓦礫との隙間から赤い液体が染み出している。


 ……この下に、被害者の遺体があるのだ。




――――――――――――――――――――




 この瓦礫――土魔法で構築されたセメントの塊りのようなもの――を、どうやってどかすんだ?

 人化解除した状態なら余裕で持ち上げられるが、ここでそんなことしたら、俺の体で建物が倒壊する。



「まずは、コレ、片付けちゃいましょう。」



 愛理が手を伸ばし、瓦礫に触れた途端、巨大な塊が消失する。

 ああ、なるほど、亜空間収納か。


 おぉ、と周りに立っていた数人の関係者――各国の王族とその護衛たち――から感嘆の声が漏れるが、すぐに悲痛な呻きに変わる。


 瓦礫の消えた場所には、ぺちゃんこになった2つの赤黒い肉塊が、かつてドレスだった生地と金属鎧の残骸を纏いつかせ、血だまりの中、べちゃり、と床に張り付いていた。




 これでは即死だったろう。

 重要な臓器が全て押し潰されている。


 頭を吹き飛ばされた人間(魔術師のコルス)を蘇生した時以来の大仕事になりそうだ。


 すぐさま治癒結界リジョネーター・フィールドを発動した。

 全体をキュアで消毒して、まずは、ドレスを着ている方――たぶん王女――にリザレクションを掛けて、ヒールで骨格を復元する。

 次に重要な臓器――心臓、肝臓、腎臓のあたりを修復していく。

 治癒結界の回復量では追い付かず、臓器を修復してもすぐ活動停止――死亡してしまうので、何度もリザレクションを掛けなおす。

 俺の現在のMPは36万弱。

 MPを大量にぶち込んだほうが蘇生の成功率が高まるが、何回も掛けなおすのでムダ撃ちはできない。

 1回につき、MPを1000くらいつぎ込んでいく

 中途半端な状態で意識が戻ると地獄の苦しみを味わうことになるので、脳の修復は最後にしよう。

 全身の傷口から血が噴き出している。

 心臓と血液の循環器系がちゃんと機能している証拠だ。

 既に出血多量だろうけど、これ以上血を失わせることはないので、傷口を塞いでいく。

 そろそろ頭部を修復しよう。

 キュアを掛けながら、飛び出して破裂している眼球を、水晶体を零さないように眼窩に戻してヒール。

 くだけた顎や頬骨、鼻なども修復していく。

 最後に、はみ出した脳髄を頭蓋に押込んでヒール。



「……ぅ、ぅう」



 意識を取り戻した!



「ぉお、アリス!」



 それを見たヒゲの中年男性が駆け寄ってこようとするが、



「まだ動かさないで下さい! 出血量が多くて、全身に血が足りません。治癒結界から出せば、すぐ死亡します。造血作用のある回復アイテムか食べ物を持ってきて下さい! 体温を保つために毛布とかあればそれも!」




――――――――――――――――――――




 ヒゲの中年男(たぶんどっかの王様)にあれやこれや指図して顎で使いながら、護衛の女騎士の方も蘇生を済ませた。


 2人とも血塗れで衣装もボロボロだが、徐々に生気を取り戻しつつある。

 もう治癒結界を解いてもいいだろう。



「ありがとうございます! 全く、なんと御礼を申し上げたら良いのやら。」


「いやぁ、素晴らしい! 大がかりな儀式を行っても成功率の低い蘇生魔法を、たった1人で成功させるとは! やはり、あなたは聖者さまでいらっしゃるのでしょうか?」

「今、どちらにご滞在ですかな? よろしければ我がイスハンへお越しください。新たな光神教神殿の建設が進んでおりましてな。そこの司祭さまを任せられる人物を招聘しようと思っていたのです。」



俺が指図したヒゲの中年――患者の父親はともかく、他の王族にも囲まれてしまった。



「いえいえ、私1人の力ではありません。全ては神(名前何だっけ?)の御心のままに。それに、あなたの用意して下さった回復アイテム(何かの生き胆?)の効果も大きかったのです。」



 俺は、ヒゲにだけ話しかけて、他の面々にはあいまいな笑顔で一礼すると、後の対応は愛理に丸投げした。



「現在、光神教団で聖者認定の審議を行っております。発表されるまでは、どうかご内聞に。また、彼の今後につきましては、教皇であるイクシオル猊下が手元に置いて直々に教導するとの仰せ。ご承知おき下さい。」



 俺がイケイケな営業マンなら、ここで王族たちに顔と名前を売り込んで、成り上がる努力をするだろうけど。


 火事場のような救急医療?を済ませて精根尽き果てた俺は、早くヒキコモリたかった。


 獣人たちを連れてこちらに向かっているイゾやアルタミラ、人間やめちゃったマウザーにペットのシロ、そしてシグ達。


 仲間の下へ帰りたい。



「お待ちください、聖者様! まだ謝礼を致しておりません!」



 必死に引き留めようとするヒゲのおっさん。



「いや、そういうのはいいんです。」



 これは罪滅ぼしだから。

 本当は『すいません、俺がやりました』と謝罪しなければいけないのだが、余計に混乱しそうだから黙っておこう。

 建物の修理代は、グリューネか愛理に渡せばいいかな。



「そ、それではあまりにっ、……そうだ! わが娘、アリスを娶って戴けないでしょうか?」



 は? 今何と??



「実は異世界から召喚された勇者様につきまとわ……求婚されているのですが、本人がどうしてもイヤだと。どうだい、アリス。聖者様にその身を捧げては?」


「はい、お父さま。一度は失ったこの命。身も心も、全て聖者様に捧げ、お仕え致します!」



「……え~」



 俺と視線が合うと、ニッコリ微笑む王女。


 ……どうみても幼女なんですけど!?






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