第41話 容疑者になったった
食人鬼との戦いで、『6連発』から発射した高出力の魔力弾。
想定外の威力を持つ魔力弾が向かった先は、アイギスの街の方向だった。
人的被害を懸念し、その被害を確認すべく、アイギスの城門前に辿り着いた俺とカゲミツ。
話を聞けそうな人物を物色していたところで、声を掛けられた。
「アイザルト、とカゲミツ、だったな? こちらへ来たまえ。」
冒険者たちの名簿を作成している受付机の後ろに、小ぶりな天幕が設営されており、その入り口で手招きしている金髪で耳の長い美少女。
アイギス冒険者ギルド局長――ハイエルフのグリューネワルトだ。
フードとマントで人相を隠した不審者2人組。
それが俺達だと、どうして分かったんだろう?
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天幕の中には椅子と小さな机が1つずつ置かれ、何通かの手紙を書きしたためている最中だったようだ。
俺達を歓迎している、という雰囲気ではなく、無表情のまま椅子に腰を下ろしたグリューネワルト。
切れ長の瞳が、友好的とは言えない色を湛えてキラリと光る。
「どうして、俺達が分かったんですか?」
「私がハイエルフなのは、自己紹介の時に話したはずだ。
ハイエルフは、魔法に精通したエルフ族の中でも、特に精妙な感覚を持っているのだ。
私も、魔力を感知し扱うことにかけて、人並み以上に長けている。
妙なスキルに頼らなくても、人族と魔族の区別は付くし、アイザルト、キミのように膨大な魔力の持ち主を見紛うことは無い。
その隣にいるのが、暗黒魔竜ではないが人族でも無い者、となれば、消去法で、同行していたカゲミツと推測できる。
これで疑問は解けたかな?」
スラリとした華奢な肢体に、作り物めいた完璧な美貌。
動かなければ精巧な人形を思わせるほどだが、俺達へ向けられた視線には、確かに生身の人間だと思わせる感情が宿っていた。
つまり。
――めっちゃ怒ってるよ!?
「ギルドで面会した際、『くれぐれも面倒事を起こすな』と釘を刺しておいたはずだな。
しかし、城壁を灼き貫いた先の一撃には、キミの魔力の残滓が感じられるようだ。
この事に気づいているのは、現在、私1人だが――。
キミは魔王として人族に宣戦布告した、と捉えて良いのだろうか?
それとも、自分の力を誇示したくて、戯れにあんな一撃を放ってみせたとでも?
一体、どういうつもりかね!?」
ダンッ、と机を叩いて怒りを顕わにするハイエルフ。
びくり、と震えて俺のマントの裾を掴むカゲミツ。
あぁ、やっぱり被害があったんだ……。
「あの、やっぱり、亡くなった方が大勢いらっしゃるんでしょうか?」
「貴族街、平民街の住民に被害は無かった。
だが、まずいことに、諸王国会議の会場――故王宮に被害が出たのだ。
各国の諸王が誰一人欠けなかったのは不幸中の幸いだが、随行していた王女とその護衛が、崩れ落ちた屋根の下敷きとなり死亡した。
モンスターの大群の出現と、諸王国の中枢を狙った規格外の攻撃に、『魔王の再来か』と首脳陣はパニックに陥った。
モンスターの討伐のために編成された騎兵団ばかりか、急遽、諸王国軍の虎の子にして防衛戦力の要である魔術師団まで駆り出して、街道に軍を差し向ける騒ぎになったのだ。
民衆も怯えている。
私も伝手を頼って、各地に散った勇者を招聘しようと書状をしたためていたところだ。
冒険者ギルドにも、スカウト職の者を斥候役として従軍させるよう依頼が入っている。
――この騒動に、どう責任を取るつもりかね!」
元々、モンスターの大群が襲来する騒ぎがあったところに、更に紛らわしい示威行動をしてしまった、と。
騒ぎを大きくした責任か。
申し訳ないが、それよりも、被害者の方が気になる。
俺は罪を償うつもりでここに来たんだ。
「すいませんでした。
あれは戦闘中の事故で、無関係な誰かを傷付けたり、迷惑を掛けるつもりじゃなかったんです。
それよりも、亡くなられた方がいらっしゃるなら、俺の聖魔法で蘇生させて下さい!
建物その他の被害については、持ってるアイテムを売却して、出来る限り賠償させて貰います。」
ピクリ、とグリューネワルトの長い耳が動く。
「魔族が聖魔法、しかも蘇生だと??」
まずは、出来る限りの誠意を見せよう。
「とりあえず、俺を亡くなった方のところまで連れて行って戴けないでしょうか?」
「キミの態度から察するに、人族に敵対する意思も、諸王国を滅ぼす気も無いようだが……あの一撃を放った下手人を、信用しろと?
私個人がキミを信用するとしても、魔族を諸王国会議の会場へ連れて行くなど、不可能だ。」
「そんな! 亡くなってから時間が経てば経つほど、蘇生の成功率は下がるんですよ?
この街や王族に危害を加える気はありませんし、王族に取り入って人族社会を支配しようとか、そんな面倒なこともしたくありません。
罪や失敗を償うために、蘇生できる命を蘇生したいだけなんです。
俺自身が、自分の存在を肯定して、胸を張ってこの世界で生きていくために!」
ふぅ、とため息を吐き、こめかみの辺りを揉んでいるグリューネワルト。
「イクスからの書状にあった通りだな。
キミが勇者たちと同じ世界から転生してきた、というのは本当らしい。
筋金入りのお人好しで、殺す覚悟も殺される危機感も持たない、平和ボケした世界の住人だ、と。」
「そ、それは……」
「だが、私は嫌いではないぞ、そうゆうの。
エルフの里から出ない連中には、そんな人物も居る。世間知らずかもしれないが、よく言えば純粋と言えるだろう。
甘い、というのも悪いことではない。キミがその甘さを失わずにこの世界で生き通せるなら、ね。
力に溺れるよりも困難な生き方だが、その覚悟があるのだな?」
「……はい!」
もとより、そのつもりだ。
魔王になって、テンプレ通りに勇者との闘いを演じる気なんて無い。
アルタミラと一緒にカゲミツを守って、この世界で生きていく。
仮に、有力者たちに顔と名前がバレるにしても、『魔神』であることは隠して、聖魔法の遣い手――『聖者』ということで通したい。
「若さから出た返事かもしれないが、キミの言を信じよう。
ギルド長として、キミを諸王国会議の会場へ連れて行くことはできない。
しかし、王女の御遺体を清める聖職者に助手として同行させれば、故王宮に潜り込むことはできるだろう。
それでいいかね?」
「はい、十分です。信用してくれて、ありがとうございます。」
「聖職者……これはイクスに頼るのが一番だな。早速連絡を付けよう。」
そこで名前が出るってことは、聖職者なのか? あのロリコン中年ドラゴン(バハムート)は。
「イクスに連絡を取る必要はありません。」
突如、天幕の入り口を塞ぐ人影。
鋭敏な感覚を持つハイエルフや、探知画面を常時展開している俺に、気付かれることなく近づける人物といえば。
「話は聞かせて貰ったわ、相澤くん、じゃなくってアイザルト。
イクスなら、2人のことも気付いてるし、もうじきこの広場に現れるわよ。
必勝を祈願するために全軍の前で祈りを捧げるパフォーマンスのお仕事があるから、持ち場を離れられないけどね。
それはそれとして、私を置いてくなんて、マジひどくない!?」
顔の下半分をスカーフで覆い、亜麻色の髪にバンダナ、革のマントに胸当て、グローブにブーツ、一見すると地味で目立たない女冒険者。
だが腰に差しているのは、この世界では珍しい――日本人にはおなじみの、日本刀。
元の世界で中学の同級生だった少女――現在、俺とイクスの連絡役を務める『斎藤愛理』だった。
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「あぁ、ごめん、緊急クエストとやらでギルドが混雑してたから、連絡付かなくって。
一応、出掛ける時、受付の伝言板にカードで伝言残しておいたよ?」
「うん、街を出たのはスキルで把握してたからイイんだけどさぁ~、チョット冷たくない?
ところで、イクスから聞いたんだけど、南の方でずいぶん暴れてくれたみたいじゃん?
モンスターの群れ、ほぼ全滅したらしいし~。
討伐軍、空振りになっちゃうね~。」
「本当か、それは! では、キミ達が、街を守ってくれたのか?」
「はい、まぁ。大半はこの子の活躍です。」
そういってフードの上からカゲミツの頭を撫でてやると、恥ずかしそうに俯きながらも、喜んでるっぽいカゲミツ。
「さっきの魔力弾は、その戦闘での流れ弾、っていうか……」
「ふむ……」
厳密には、イゾも少し活躍して、俺はオーガ2体をオーバーキルしただけ……うん、細かいことはいいよな。
「グリューネ、都市側の代表である五大老の1人として、経費の無駄遣いを防ぐためにも、出陣を止めた方が良いのではないでしょうか?」
俺とカゲミツにはくだけた態度で話しかけていたのに、ギルド長に対しては改まった態度になる愛理。
俺達の緊張をほぐすために、一応気を遣ってくれているのだろうか?
「しかし、先行して偵察に出した者から何の報告も無いのだ。
協力要請を受けたとはいえ、軍にとって部外者である私には、報告も証拠も無しに出征を止める権限など……」
偵察? そういえば。
「俺達は、南の集落に用事があって馬車で街道を南下中、冒険者PTが逃げて来るのに遭遇しました。
力を解放してモンスターと戦う姿を見られたくなかったので、護衛に雇っていた冒険者PTと一緒に馬で先に帰したんですけど、帰路で食人鬼に襲われたらしくて。
逃げてきたPTは結局全滅したそうです。」
死体を見ていないけど、シグたちから聞いた話ではそうだった。
出来たら蘇生してあげたかったけど、あの時はマウザーを助けることで頭一杯だったし、オーガに食べられたなら死体は残ってないだろう。
申し訳ないが、運命だったと諦めて貰うしかない。
「全滅した冒険者達の名前は分からないか? 良ければ護衛の冒険者達の名前も。」
「逃げてきたPTのリーダーは、ラムダ、か、ラドム、だったと思います。護衛は、マウザーというAランク冒険者のPTを雇いました。」
「やはりか……。では、マウザーに話を聞けないか?」
「いやぁ、それがちょっとまずいことになってて、話が出来る状態じゃないっていうか。」
人間やめちゃったんだよね、マウザー。
「そこで提案があります。
アイザルトを偵察から帰った冒険者ということにしてはどうでしょう?
王族の蘇生に関して、聖職者の件は、私と同行するということで。」
そう言うと、ばさり、とマントを翻す愛理。
一瞬だけ全裸が見えた! いや、見てないよ、チラッとしか見てないよ?
亜空間収納のスキルを使った早着替えだ。
マント――ではなく、法衣の裾が下りた時、そこに立って居たのは、修道女を派手にしたような白い衣装の……巫女?
「光神教団イクス法王猊下の名代として、勇者である『剣の巫女』、愛理がお供致します。」
『光神教団』って、あの神殿騎士団の連中がいた教団??
次話投稿は、今月末くらいを予定してます。