第39話 騎兵隊になったった
それは、冒険者達にとって『絶望』といっていい状況だった。
進化の《種》を受け入れたマウザーは、超人的な力で食人鬼を屠ったのだが。
間髪入れず、街道に6体のオーガが現れ、立ち塞がったのだ。
身長3~4タル(m)の巨人達は、巨大な斧や棍棒を持ち、食べ掛けのゴブリンやオークの死骸を片手にぶら下げて集まってくる。
冒険者達の流した血の匂いに惹かれたのか、あるいは剣戟の音を聞きつけたのか。
『食人鬼』という名前の通り、奴らにとって、モンスターより肉の柔らかい人族の方が御馳走なのだ。
「シグ、ブレタ! 2人でコルスを連れて、逃げてくれ。」
オーガの一撃は、金属製の全身鎧を着ていたとしても、脆弱な人族に致命傷を与える威力がある。
満身創痍のシグとブレタが戦ったとて、万に一つの勝ち目もない。
「だが、マウザー1人じゃ……」
無理だ、と言いかけたシグが言葉を飲み込む。
顔は確かにマウザーのものだが、全身の筋肉が膨れ上がった姿は、人族よりオーガに近い。
オーガを素手で殴り飛ばし、ただの斬撃で大木のような手足を斬り飛ばした今のマウザーは、人族と言えるのだろうか。
オーガ達に見劣りしない姿の今なら、互角以上に戦えるのでは?
「……すまない、マウザー! 行こう、ブレタ。」
(足手まといの自分達が居なくなった方が、今の……人族離れしたマウザーには戦いやすい、のかも知れない。)
そう自分に言い聞かせたシグは、片手でコルスを抱え上げたブレタと共に、脚を引き摺りながら街道を逆戻りする他無かった。
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すぐにも襲いかかってくるかと見えたオーガ達だが、マウザーの足元に転がる仲間の死体を見たためか、強力な攻撃を警戒して様子を見ているようだ。
(今がチャンスだ! 近付かれる前に、勇者流剣術の必殺技で1体でも数を減らす!)
「アルティメット・フォース・シャイニング・ブレイドぉっ!!」
しかし、魔力の光を纏ったミスリルの大剣に脅威を感じたのか、魔力の斬撃を回避するオーガ達。
無為に森の中へと吸い込まれた必殺の斬撃は、数本の木々を斬り倒しただけだ。
足止めをする前衛や攪乱役が居なければ、タメの多い必殺技は当たらない。
何体かのオーガが手に持つ死骸を投げつけてきたのを、サイドステップや身を屈めることで躱すマウザー。
背中を見せることなく、いつでも必殺技を放てる状態でじりじりと後退していく。
輝く大剣を警戒し、オーガ達も近づいてこない。
至近距離で必殺技を放たれれば、避けられないと分かっているのだろう。
マウザーとしても、近づいて囲まれれば最後だと分かっている。
膠着状態ではあるが、必殺技を放つための体力と集中力が持続する限り、という条件付きである分、マウザーに分が悪い。
しかし、逃げ出すことは出来ない。
走ったところで、人族の倍ほどの身長があるオーガにあっさり追い付かれるのは目に見えている。
何より、脚をやられたシグや、片手でコルスを抱えたブレタが逃げる時間を稼がなければならない。
たとえ、自分がオーガに引き千切られて貪り喰らわれることになっても。
『剣無き者の剣となれ、盾無き者の盾となれ!』
……それが、マウザーの胸に刻んだ、騎士のあるべき姿だったから。
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駄犬改めシロにまたがった俺達は、街道を北へ遡っていた。
正直、飛んだ方が早いとは言え、街の傍で天狗のコスプレをした変態を目撃されるのは避けたいので、シロの背に乗せて貰ったのだが。
スピードの割りに上下動の少ない安定したフォームではあるものの、軽く時速100kmを超える白狼の背中にまたがっているのは、乗馬経験の無い俺やカゲミツには至難の業だった。
結果、アルタミラの腰にしがみつくのが精一杯な俺と、その俺にしがみつくカゲミツという、ちょっと情けない状況だったりする。
まぁ、前後を美女と美少女に挟まれるのも悪くない。
気持ちに余裕があれば、両腕に抱いたアルタミラのくびれた腰と、背中に当たるカゲミツの胸の感触を思うさま堪能しただろう。
だが、今はそんな気分にはなれなかった。
シロの率いていたモンスターの群れのうち、一部が威力偵察の先遣部隊として、森の中を突っ切って北上していたからだ。
シロが『魔王の卵』でなくなったため、もはや統制のとれないモンスターの寄せ集めとなっているだろうが、アイギスの街へ返したマウザー達の安否が気掛かりだ。
そして、気掛かりなことは、もう一つある。
俺の口から飛び出した光の玉――魔王の素?が、もし他のモンスターに憑りついていれば、新たな『魔王の卵』が出現してしまうかもしれないのだ。
その場合には、その者を討ち取らねばならない。
「アイザルト、まだなの?」
「もうすぐ見えるはずだ。ん、3人……? 離れた場所にもう1人……?」
2D探知画面に表示される青い輝点と赤い輝点。
青の数が少ないぞ?
その間にも疾走を続ける白狼。
やがて、緩やかにカーブした街道の前方に見えてきたのは。
「おとーさん、あそこに見えてる人達がそうでは?」
巨大な白狼が疾走してくるのを見て、青ざめた表情の人族達。
脚を引き摺るスカウトのシグと、右腕が変な方向に曲がったドワーフの女戦士ブレタ、そして目を閉じたままブレタにもたれ掛かる魔術師コルスの姿だった。
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「あら、3人共怪我してるみたいね?」
ひらり、と華麗にシロから飛び降りたアルタミラ。
「何かと思ったらアイザルト達じゃねぇか! このデカイ狼は何だよ、喰われるかと思ってマジびびったぜ。」
俺達の顔を見てホッとした様子のシグ。
「マウザーや他の冒険者達はどうしたんだ?」
俺が疑問を口にする。
「お馬さん達も見当たらないようですが?」
カゲミツは馬に懐かれてたからな。
とりあえず、3人にヒールを掛けながら話を聞く。
「マウザー以外、みんな殺られちまった……。食人鬼が出やがったんだ。」
らしくも無い、暗い表情のシグ。
「お願い、マウザーを助けに!」
珍しく口を開いたブレタ。
コルスはまだ目を覚まさない。
しかし、食人鬼か。
カゲミツが倒した本隊の群れにもオーガが混じってた。
心眼でざっと見た感じ、LV50~70代はあったはず。
LV45のマウザー1人じゃ、もう死んでるかも……。
それでも、死体を食べられてしまう前に蘇生をすれば何とかなる!
「分かった、俺達に任せて、ここで待機しててくれ!」
シグ達に、アイテム欄から剣や弓矢を引っ張り出して渡しておく。
以前、集落を襲っていた神殿騎士団から取り上げたモノだ。
後は、打ち漏らしたモンスターの用心に、
「アルタミラ、シグ達の護衛、頼んでいい?」
「いいけど、こいつらアンタの護衛なんでしょ? 護衛の護衛って、しまらないわねぇ。」
それ言っちゃぁ……。
返す言葉も無く、ず~ん、と沈んだシグ達。
「シロ、急げ!」
気まずいから……じゃなくて、マウザーが心配だからな!
< ぁお~ん!
(あらほらさっさ~!) >
「のわぁぁぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
俺とカゲミツを乗せたシロは、その場から超高速で駆け出したのだった。
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振り落とされないよう、シロの毛を両手に掴んで必死にしがみつく俺と、俺の腰にしがみつくカゲミツ。
シグ達の護衛にアルタミラの方を残したのは、先の戦闘でもカゲミツに倒せない敵はいなかったから、戦力としてカゲミツだけで十分だと思ったからだ。
カゲミツにLV上げをさせたい、という思惑もある。
とはいえ、人化したままではブレスが使えないので、その分を俺が補えればいいのだが。
探知画面を確認すると、すぐそこの大岩を曲がったあたりで、青い輝点とそれを半円形に囲む6つの赤い輝点を確認。
奇跡的に、マウザーはまだ生きている!
「シロ、そろそろスピードを落としてくれ!」
腰につけた皮のホルスターに、イゾから受け取った勇者武器の拳銃――『6連発』が収まっている。
両手でしがみついていては、拳銃を取り出せないからな。
スピードが落ち、振り落とされる心配が無くなったところで、左手でシロの毛を掴んだまま、右手で拳銃を抜く。
形は、西部劇とかに出てくる『ピースメーカー』と呼ばれる回転式拳銃にそっくりだ。
人殺しの道具にそんな名前がついているのは何の皮肉だと思うが、それ以前の拳銃にくらべて、頑丈さと作動の確実性、操作性に優れていたため、非力な女子供でも扱うことができ、荒くれ者相手の抑止力となったことから付けられたあだ名らしい。
しかし、この銃は普通の拳銃ではない。
実弾を発射するのではなく、銃本体に纏わせた魔力を無属性の魔法攻撃――勇者流剣術の斬撃と同じもの――として発射するので、銃の操作と同時に魔力の操作が必要となるのだ。
(時間が無いから試撃ちもしなかったけど、ちゃんと撃てるかな?)
バハムートのイクスと戦った時、ムラクモ――アルタミラの角で作った刀――に魔力を纏わせた事を思い出しながら、銃に魔力を送り込み続ける。
やがて、ヴォォォォンッ、という震動音と共に、銃が明々と輝きだした。
ムラクモの時にも感じた、武器が体の一部になったかのような一体感。
握った銃把の感触で、銃口の向いている先が分かる。
指差すのと同じ感覚で、銃の照準を付けることができるようになった。
よし、いける!
「マウザーを助けるぞ、オーガを蹴散らせ、シロ! カゲミツは魔法攻撃を頼む!」
大岩を曲がったその先には、7体のオーガが!
って、あれ?
……マウザー、居ないじゃん??
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巨大化して上空から見ていた時と違い、人化した状態で見る食人鬼は、人族の倍くらいある筋肉の塊だった。
外見は、ア○コミに出てくる緑色の巨人に似た体形で、赤銅色の肌をしている。
前頭部には角が一本。
顔付きはかなり凶暴そうだ。
しかも、棍棒や斧や大剣を装備してるし。
そんな中、大剣持ってこちらに背を向けている1体だけ、肌の色が白くて小さめだ。
駆け出したシロがソイツに突っ込もうとした瞬間、足音に気付いたソイツが振り向いた。
「ぇっ??」
「シロ待ったぁぁぁぁっ!?」
急停止するシロと、シートベルトなんて無いので前方に飛び出す俺とカゲミツ。
「へぶっ!?」
「きゃっ!?」
「聖者さまっ!」
大剣を投げ捨てて俺達を受け止めたオーガは、マウザーの顔をしていた。
っていうか、マウザーだった。
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「ぇっと、マウザー、だよね? どうしてこうなった??」
確か、身長190cmくらいの、プロレスラーのような大男だったが、ここまでデカくは無かったはず。
それが、身長2mの熊獣人メイド、ベアトリスよりも背が高く、ボリュームも凄いことになってる。
「聖者様、お話しは後で。食人鬼どもが掛かってきます!」
こちらが武器を手放したことで、オーガに付け入る隙を与えてしまったようだ。
6体のオーガが、包囲する半円を狭めるようにして接近してくる。
突出する個体が居ない辺り、連携が取れているようだ。
厄介だな。
俺達を地面に降ろし、大剣を拾って構えるマウザー。
大剣が明々と輝くと、必殺技を放つ準備に入る。
「シロはマウザーの援護を、カゲミツは魔法を!」
俺の握っていた拳銃は、と見回せば、手からすっぽ抜けて前方――オーガに近い側に落ちていた。
慌てて駆け寄り、拾い上げて撃鉄を起こし、オーガに向けて引き金を引く。
――ガチリッ!
(んなっ、弾出ねぇっ!?)
どうやら、一度手放したことで、纏わせていた魔力が抜けてしまったらしい。
眼前にせまるオーガ(その1)。
魔力を再充填する時間は無い。
「凍て付く氷よ、彼の者を縛る鎖となれ、――『アイシクルバインド』!」
カゲミツの水魔法がオーガ(その1)の脚を凍りつかせ、足止めをする。
ヒュンッ!
オーガ(その1)の振り回した長柄の戦斧を、カゲミツの魔法のお蔭で何とか掻い潜ると、アイテム欄からとり出した、豪華な装飾を施された騎士剣を叩きつけた。
ガッ。
硬く締まったオーガ(その1)の太腿に当たった刃は、ほとんど食い込んでいない。
そこへ、別のオーガ(その2)が棍棒をフルスイングしてきた。
ブンッ!
パキィィンッ。
攻撃を弾こうとして突き出した騎士剣は、根元からあっけなく折れてしまった。
「破壊の炎よ、敵を穿つ矢となりて疾く行け、――『フレイムアロー』!」
「グァラァァァァッ!?」
またしてもカゲミツの魔法に助けられる。
まぁ、俺の防御力からすれば、この程度の物理攻撃で死ぬはず無いんだけど、凄く痛そうではあるし。
顔面を押さえてのたうち回るオーガ(その2)。
だが、カゲミツの魔法はブレスほどスキルLVが上がっていないので、致命傷にはなっていないようだ。
しかし、これは、人間の力で剣とか槍を振り回してどうにかできる相手じゃないよな。
高威力の魔法や必殺技が無ければ、携帯ロケット砲か、対物ライフル、最低でも象撃ち用ライフルぐらいの火器を持ってないと、オーガを倒すのは無理な気がしてきた。
右手に持った拳銃が頼り無く思えてくるが。
(でも、こいつは仮にも勇者の武器。信じるんだ!)
人化解除は最後の切り札。
人型のままで戦うためには、コイツを使いこなすしかない。
シロとマウザーがオーガ(その3~6)を相手にし、オーガ(その1・その2)が魔法で無力化している間に、再び銃に魔力を注ぐ。
ヴォォォォンッ!
ガチリ、と光り輝く拳銃の撃鉄を起こし、両手で構えて、魔法の拘束を解いて向かってくるオーガ(その1)に狙いを付け、引き金を絞るように引く。
その瞬間。
ドゴォォォォォォォン!
世界が轟音と白い光に包まれた!