第38話 狂戦士になったった
「そんなに心配か? にーちゃん。」
「えぇ、どうしても気になるんで。」
難民と化した獣人の集落へ馬車で向かっている途中に、モンスターの大群に遭遇した俺達。
人化解除した俺達、というか、ほぼカゲミツ一人の活躍で大半は殲滅したものの。
率いていた元ボスの駄犬によれば、モンスターはこの場にいたモノだけでなく、偵察部隊ともいえる一群が、アイギス寄りの北の森に先行していたそうだ。
俺の口から飛び出した例の玉が、その中のモンスターに憑りついたら、また魔王候補が生まれてしまう!
「そうか。なら止めねぇ。
だが、北上すれば、冒険者達に出くわすかもしれん。
正体見せるわけにゃあいかねぇだろ。
……コイツを持ってきな!」
どさり、と手渡されたのは、皮のホルスターに入った拳銃――オリジナルの勇者武器――『6連発』だ。
「いいんですか? こんな大事なモノを!」
「2丁あるんだ、構わねぇよ。
それに、今の俺っちのMPじゃ、一発撃ったら御終いだ。
ソイツはにーちゃんにやるよ。
使い方は、勇者流剣術で武器に魔力を纏わせる時と同じだ。
役に立ててくれよ!」
オリジナルの6連発には、現在イゾが使っている拳銃に付いているような銃剣が付いていない。
MPが続く限り弾切れの心配の無いこの銃に、近接武器は必要なかったのだろう。
「はい、大事にします!」
そこに駄犬から提案が。
< わん、わわん!
(アニキ、お急ぎならオイラに乗って下せぇ!)>
そういえば、泣きながら全力疾走した身長70mの大鬼に、余裕で追い付いてたな、この駄犬。
「よし、わかった。お前は今日から『シロ』だ。よろしく頼むぞ!」
どさくさだけど、一度は飼ってみたかったんだよね、犬。
でも、こいつ狼だったっけ。まぁいいや。
こうして、イゾとファリーネは、ベアトリスが人力車のようにして引く馬車に乗って南へ向った。
討ち漏らしたモンスターが集落を襲うといけないから、先行して村を守ってもらおう。
そして、俺とアルタミラとカゲミツは、駄犬改めシロの背にまたがって街道を北へ。
何事も無ければ、マウザー達と合流して馬を回収するだけだ。
……何事も無ければ。
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疲労から、注意力が低下していたのだろう。
足元の血だまりに足を滑らせ、一瞬体勢を崩した。
(まずいっ! 避けられねぇっ!)
ぎりぎりのところにマウザーの盾が割り込み、なんとか身を捩ったシグは、地面に転がって命拾いした。
だが、脚を掠めた棍棒が、左足の膝関節をどうにかしたらしい。
脚を引きずって歩くのがやっとだ。
もう、フットワークは使えない。
気絶したままのコルスを抱えて木の幹にもたれ掛かるシグの目に、盾を使った防御に徹するマウザーの姿が映る。
親父のステアーがまだ現役の冒険者で、PTのリーダーだった頃、PTに入ってきた元騎士で凄腕の勇者流剣術使い。
それがマウザーだった。
ギルド内でもすぐに頭角を現し、PTのリーダーを親父から譲り受けたマウザー。
そのマウザーが、自慢の大剣を振るうこともできず、ひたすら盾を使った防御を余儀なくされている。
攪乱役のシグ達が、勇者流剣術の必殺技を放つ隙を作ることが出来なかったのが、痛い。
このままでは、じり貧だ。
「もういい、マウザー、逃げてくれ!」
「お前こそ、コルスを連れて逃げろ。ブレタも行け!」
右腕をへし折られ、左手で戦斧を構えるブレタが、ゆっくりと、しかし断固とした決意を漲らせて首を横に振る。
(くそっ、俺に攻撃力の高いスキルがあれば!)
思わず魔術師のコルスを揺さぶって起こしたくなるが、打撃によって意識を失った人間の頭部を揺らしてはいけない、という冒険者の鉄則を思い出して踏み止まる。
安静を保ったまま、できるだけ早く回復魔法を掛けなければ。
そうこうしている間に、マウザーに気を取られて背中を見せたオーガの、大木の幹のような太腿に、ブレタが戦斧を大きく振りかぶって突っ込んだ!
(あのバカ女!)
破壊力はあるが、リーチが短く取り回しが悪い、つまりヒット&アウェイに向かない戦斧で、相手の懐に飛び込むようなマネは自殺行為だ。
しかも、狙いが太腿では、行動力を奪うことはできても、致命傷にはならない。
ブレタにそれが分からない筈は無い。
マウザー達を生かすために、自分の命とオーガの足を天秤に掛けたのだ!
ざっくりとオーガの太腿に食い込む戦斧。
だが、骨で止まったらしく、両断するには程遠い。
怒り狂ったオーガの、振り向きざまの一撃が振るわれる。
ブレタが棍棒のリーチから逃れるのは絶望的だ、と思われた。
「ブレタ! 逃げろぉぉぉっ!!」
筋力強化と反応速度上昇の賜物か、棍棒の軌道、ブレタの前に割り込むことに、ギリギリ間に合ったマウザー。
しかし、不安定な体勢で、真正面から盾で棍棒の一撃を受け止めることになり、吹き飛ばされて大木の幹に叩きつけられた。
マウザーの口から、ごぽり、と大量の血液が溢れ出る。
正面に立ち塞がったオーガが棍棒を振り上げても、逃げることすらできない。
「マウザぁぁーっ!!」
冒険者マウザーが、街道脇から急襲してきたオーガとの戦闘で、今まさに命を落とそうとしていたその時。
ぎゅぅぅぅぅんっ!
どこからともなく飛来した、赤く光る玉が、マウザーの口に飛び込んだ!
――――――――――――――――――――
どことも知れぬ場所、いや、マウザーの内側から、問いかける、声。
『――汝、力を欲するか?』
マウザーの頭を粉砕しようとオーガの振り下ろす棍棒が、止まっているのかと見紛うほど、ゆっくりと降ってくる。
時間の流れが、無限に引き延ばされているようだ。
『ああ、力が欲しい! 仲間を守り、己の信念を曲げず闘い抜くための、力が!!』
ふいに、周りの景色が消え失せ、目の前に立つ人影。
『力を欲するならば、――我を受け入れよ!』
その人物は、――二足歩行する真っ白な犬の体に、マウザーの良く知る少年――アイザルトの頭が乗った、奇怪な姿をしていた――。
――――――――――――――――――――
『すまない! ちょっと考え直してもいいだろうか?』
即答である。
犬頭人の逆バージョンのモンスターが、知人の顔をしていることに、言い知れぬ不気味さを覚える。
(力は欲しいが、こんな姿になるのは御免蒙る。)
『いやいやいやいや、ちょっと待とう? 何、この外見? 外見の問題なの!?』
マウザーの心の声が筒抜けのようだ。
『この姿は、直前の2体の宿主の影響がごっちゃになってるだけよ?
キミがこの姿になるわけじゃないってばさぁ~。
それよか、聞いてくれよ~。
あいつら、俺のこと要らないからって、叩き出したんだぜぇ~?
ちょ~ひどくね?
俺、こう見えても、神からの贈り物、進化の《種》なんだぜっ!』
『進化の《種》、だと? 私の魂を奪いに来た悪魔ではないのか??』
『ちげーって!
宿主を進化させる贈り物だよ。
モンスターを魔王に! 人族をスーパーヒーローに!
どうだ、イカスだろ、ナイスだろ、最高だろ、俺ってば!!』
得意げに、何かのポーズを取っている逆コボルト。
『その割に、まったく有難味を感じさせないな。
正直、信用できん。
言動が凄く小物、いや道化じみてて、下級悪魔にしか思えない。』
『小物いうなよ~。前の宿主の影響受けちゃったんだよ~。
まぁ、ともかくアレだ。
貫禄なぞ不要ですっ。偉い人にはそれが分からんのですっ!』
いや、偉い人――民を導く責任を負い、その重圧に耐える者なら、自ずと貫禄を備えているものだと思うが……?
『そんなことより、そろそろタイムリミットだぜ?
急がねぇと、頭割られちゃうっての。
こまけーこたぁいいんだよ、とりあえず進化しとけ!!』
確かに、このまま仲間も助けられず、むざむざオーガのエサになるくらいなら……。
こいつが悪魔の種だったとしても、私は力を求めよう!
『お前を受け入れよう。私に、力をくれっ!』
『盟約は為されたぞっ! 後でクレームとかクーリングオフとか、ぜってー受付けないかんな!』
『な、何だその不安にさせる発言!? ……ぐ、ぐぁぁぁぁぁっ!!』
体が、熱い!!
しゅぅぅぅぅぅ。
霧のようなモノに全身を包まれ、灼けるような痛みに襲われる。
そして、留め具を引きちぎるようにして、体から防具が弾き飛ばされた!
霧が晴れた瞬間。
元に戻った景色。
だが、体が異常に軽い。力が、漲ってくる!
オーガの振り下ろす棍棒を掻い潜るようにして内懐に踏み込むと、全力でオーガの下半身を殴りつける。
「ゴゲェェェェッ!?」
奇怪な悲鳴を上げて、一撃で吹き飛ぶオーガ。
やはり、オーガでも男の急所は同じらしい。
両手に垂れ下がるガントレットの残骸や、体にまとわりつくプレートメイルの部品を剥ぎ取り、己の体を見下ろすと。
腕も脚も、体幹部も。
凄まじいまでに筋肉が膨れ上がり、見慣れた自分の体の、倍以上の太さになっている!
身長も少し伸びたようだ。
身に着けていた防具のほとんどが、体に合わなくなっていた。
(剣と盾は、どこだ!?)
盾は遠いが、剣はすぐ傍だ。
マウザーが拾い上げた剣を両手で構えるのと、股間を抑えてうずくまっていてオーガが立ち直るのとが、ほぼ同時だった。
勇者流剣術の必殺技を放つ余裕は無い、と判断したマウザーは、そのまま棍棒を持つ右小手に向けて一撃放つと見せ掛けて、そのまま地を這うようにして下段へ斬りつける。
ザシュッ!
ブレタの戦斧が食い込んだのと反対側の脚に斬りつけると、あっさりと太腿を切断した。
倒れ込んだオーガの、棍棒を持つ右手を難なく切り落とし、首にとどめの突きを見舞う。
ビクリ、と大きく体を震わせると、そのまま動かなくなるオーガ。
(やったぞ! 通常の剣技のみで、オーガを倒したぞ!)
「すげぇっ! すげえよ、マウザーっ!!」
脚を引き摺りながらも、駆け寄ってこようとするシグ。
だが、その脚がぴたりと止まる。
「やべぇ。まだいるぞ!? ……4体、いや5、……6体だ!」
がさり、と茂みを揺らして現れたのは、片手に棍棒や大斧、片手にオークやゴブリンなどの死体を引き摺る、オーガの集団だった。