第36話 もふもふになったった
カゲミツのアイスブレスで凍てついた樹氷の森の中。
ヴォーグの群れの中に、オーガやオーク、ゴブリンらしきモンスター達の冷凍死体が累々と横たわる。
その中に、周りの雑魚モンスターとは一線を隔す巨体。
さすがに、まだ生きている。
この集団のボスのようだ。
全長10mほどの真っ白な狛犬のようなモンスター。
そいつが、今。
< ハッ、ハッ、ハッ、キューン、キュ~ン。
(マジ降参するっす、許して欲しいっす、マジお願いっす。) >
……俺達の前で腹を見せてひっくり返っていた。
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全長100mのアルタミラを筆頭に、身長70mの俺と、LVUPして身長40mくらいになったカゲミツ。
そんな俺達に囲まれ、びくびく震えながらお腹を見せている全長10mの狛犬。
相対的に子犬くらいのサイズでしかない。
犬とかがお腹を見せるのは、服従のサインなんだっけ?
相手が襲いかかってくるにせよ、逃げ出すにせよ、後顧の憂いを無くすために仕留める気だったのだが。
< どうするの? >
< どうしましょう? >
「う~ん、どうしよっか、コレ。」
ムラクモの刀身を右肩に乗せたまま、どうしたものかと頭を捻る。
命乞いされるのは想定外だった。
すげー殺りにくいんですけど。
心眼で確認すると、種族は《 ダイアーヴォーグ(魔王の卵) 》となっている。
熊猪狼の上位種、というアルタミラの嗅覚は当たっていた。
そして、『魔王の卵』か。
本当に魔王候補だったとは。
LVは138。
風属性で、風・水・火魔法を使えるようだ。
無視できないのは、そこそこLVが高いことと、スキルの『強制の咆哮』で自分よりLVの低いモンスターを操れることだ。
他に大したスキルも無いが、異種族をも従える『ハウリングオーダー』だけは厄介だな。
このスキルでモンスターの大群を操っていたのだ。
これが魔王に進化したら、ケルベロスとかオルトロスみたいなメジャーな魔物に進化するのかな?
ちょっと見てみたい気もするが。
「魔王候補を野放しにしておく訳にはいかないしね。
かといって、降参してる相手を殺すのもやだなぁ。」
それこそ、意思の通じる相手を問答無用で殺したりしたら、こっちが魔王みたいだ。
< く~ん、きゅう~ん。
(あの、魔王候補の件でしたら、自分リタイアするっす。でもって、手下にして欲しいっす。) >
お腹を見せたまま、懸命にパタパタと尻尾を振る狛犬。
「リタイアって、出来るの?」
< わん!
(これ、受け取って欲しいっす。) >
狛犬のお腹、ヘソのあたりから、赤く光る半透明の玉が浮かび上がって来た。
直径は1mほど。
実体ではなく、エネルギーの塊のようだが……?
玉が完全に狛犬から分離すると、靄のようなものが体から溢れ出し、しゅるしゅると体が縮んでいく。
そこに居るのは、体長5mほどの白い柴犬、いや、狼か。
心眼で確認すると、LVはそのままだが、種族は《 ダイアーウルフ(アルファリーダー) 》へと変化している。
問題だったスキル、『強制の咆哮』も、相手の戦意を低下させるだけの『咆哮』に変わっていた。
どうやら、このエネルギーの塊が、普通のモンスターを『魔王の卵』へと変質させていたらしい。
空中にふよふよと漂う赤い光の玉。
何か人魂みたいだな。
そんなことを考えながら眺めていると、突如、光の玉が俺の顔に向かってぶつかってきた!
しゅぽんっ、と口に嵌る光の玉。
「もがっ?
んぐっ、
……ごっくん。」
飲んじゃったぁっ!?
< な、アイザルト! >
< おとーさん? >
腹の中が、灼けるように熱い。
体の周りに、どこからともなく靄が集まってくる。
全身の骨がごきゅり、と軋み、全身の肉がぶつり、みちり、とちぎれては繋がり太くなっていく。
この感じは、……成長痛?
「ぐおああああぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は、天に向かって咆哮した!
――――――――――――――――――――――――――――
むおぉぉぉぉぉん。
響き渡るのは、俺の唸りか、大地の鼓動か。
霞の晴れた俺の視界に映るのは。
ごつごつとした太い腕! 足!
みなぎる広背筋、うねる僧帽筋、隆起する大臀筋。
そして、盛り上がる大・胸・筋!
めっちゃマッスルやでぇ、俺の体!!
異変はそれだけに終わらなかった。
さらに、全身を毛で覆われていたのだ。
これは獣毛ではない。
胸毛、腹毛、脛毛、そして初めて見たよ腰毛!
男らしいのを通り越した、全身を覆う贅沢なまでのムダ毛っ!
「な、な、なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!」
< ハッ、ハッ、ハッ。
(アニキぃ、男らしいっす。シビレルっす。どこまでも付いていくっす!)>
< おとーさん……。
どんな姿になっても、おとーさんはカゲミツのおにーちゃんですッ! >
< アイザルトが、アイザルトが、……むさいオッサンに!
はっ?
ど、どんな姿になっても、愛しているわ、アイザルト、でも、なんて姿に、うぅ……。 >
なに、この通夜みたいな雰囲気と、一匹だけ変に熱い視線。
どぉぉしてこうなったぁぁぁぁっ?
「う、うわぁぁぁぁぁん!」
俺は、アルタミラとカゲミツの視線に耐えられず、伸びたモミアゲと繋がったヒゲで覆われた顔を両手で隠すと、身を翻して走り去った。
――――――――――――――――――――――――――――
「助けてイゾえもん! イゾえも~ん!
アルタミラが、アルタミラが、俺のことオッサンって言った~。」
俺が助けを求めたのは、リアルおっさん、いや、元勇者のイゾだった。
土煙を立てて街道を全力疾走してくる毛むくじゃらマッチョの巨人を見て、一瞬銃を構えたイゾだったが、心眼で俺だと分かってくれたようだ。
「おい、おれっちのどこが2等身の青ダヌキに似てるってんだぁ?
こう見えて8等身だぞ、腹出てっけど。」
「イゾ、あれは猫型ロボットよ? 知らないなんて、非国民だわ。」
イゾに目隠しされたファリーネからツッコミが入る。
「国民的アニメの話はよそうや。
もう一つの国民的アニメの弟キャラに名前が似てるせいで、トラウマあんだよ。
そんなことより、どうしちまったんだ、その姿は??」
かくかくしかじか。
ボディビルのモスト・マスキュラーのポーズを極めつつ、さっきの出来事を報告。
「ボスから光の玉を押し付けられたら、にーちゃんが『魔王の卵』になったってかぁ?
ってぇことは、その光の玉が原因なんだな。
そのモンスターがやったみたいに、体から取り出せば元に戻るんじゃねぇか?」
「どうやったら体から取り出せるんですか?」
「わからん!!」
胸を張って断言するイゾ。
「そんなぁ、このままじゃヤダヤダ! なんとかしてよ、イゾえも~ん!」
サイドチェストのポーズを極めつつ、大胸筋をぴくぴくさせてみる。
「アイザル太くんよぉ、ちぃっと落ち着いてくれや。
っ~か、さっきからやたらとポージングとかしやがって、ほんとは余裕あんだろ!?
やり方なら、俺っちじゃなくって、そこのモンスターに聞いてくんな。」
そういって指さした場所には。
< わん! ハッ、ハッ、ハッ。
(アニキぃ、置いてくなんてひどいっす! マジどこまでも付いていくっす。) >
白い狼が、お座りをして尻尾をちぎれんばかりに振っていた。
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魔王候補とか、どうしてくれんだよ!
しかも、アルタミラにむさいオッサンっていわれたんだぞ?
「こ、こ、このド外道がァァァ~!!」
右手で白狼を掴んで、顔の前まで持ち上げる。
< わん。わわん!
(ア、アニキぃ、そこはド外道じゃなくって、ド畜生っすよ。
ささ、オイラのこと、もう一度罵ってくだせぇ!) >
こ、こいつ、なんて複雑な属性なんだ!?
「いいから、さっきの光の玉の出し方教えろ!
さもないと、カゲミツの経験値に変えちまうぞ!」
何としても、吐かせてやる!
< く~ん、くぅ~ん。
(そんな~、せっかくのアニキの渋いお姿が~。) >
こいつの趣味は聞いてないっての。
そこへ、アルタミラとカゲミツが到着。
< あのね、アイザルト。
さ、さっきは驚いちゃったけど、その姿も、わ、悪くないわよ?
むさ、男らしいじゃない! >
< おとーさん、その、なんでしたら、これからは『おぢさま』とお呼びします! >
「そ、そう?
実は、筋肉はちょっと嬉しかったんだよね、ずっとコンプレックスだったから。
後はムダ毛処理さえすれば、……って良いわけあるかぁ~!?」
俺の種族欄、魔神の横に、きっちり表示された『魔王の卵』。
これまで必死に回避して来た魔王フラグ。
へし折らなければ、俺だけじゃなく、カゲミツの未来まで危うい!
「さぁ、玉の出し方を吐け、吐けってんだ!」
< わん、わぉん!
(お腹のあたりに、魔力をぎゅーんと集めて、ぐわっと来たらむぅんって感じで、玉がぬぷり、と抜けますよ!) >
「そんなんで分かるかぁ!」
< きゃいん、きゃいん、きゅ~……。
(むぎゅ、苦しい、でも、アニキの腕の中で死ねるなら、オイラ……。) >
口から泡を吹きながら、悶絶しかける白狼。
どことなく恍惚の表情に見えるのは気のせいか?
「落ち着けって、にーちゃん!
さっき逃がした冒険者達が、応援連れて、そろそろ戻ってくるかもしれねぇ。
とりあえず、人化しとかねぇとまずいだろ?」
それもそうか。
ファリーネの目隠しをするイゾを更にベアトリスが目隠ししている間に、俺とアルタミラとカゲミツが人化。
人化したらムダ毛だけでも元に戻らないか? と淡い期待を抱いていたが、そんなことは無かった。
とりあえず、それぞれに服を渡して着ようとするが。
俺の手足が太くなりすぎて、着ていた麻の服のサイズが合わない!
やむをえず、伸縮性のある、ファリーネ謹製の半袖プリントTシャツと短パンを身に纏う。
脛毛の濃さは、刈り集めたら小さい手袋くらい編めそうな毛量である。
そんな手袋はイヤだ。
そして、肥大した胸囲で伸びきったTシャツの生地は、今にも破れそうだ。
これは、もしかしたら。
北○の拳みたいに、怒りと共に服が破ける場面とか、再現できるかもしれない!
思わず、モスト・マスキュラーのポーズを試したくなるが、雰囲気的に怒られそうだからやめておこう。
「落ち着いたか? にーちゃん。」
「ええ、厨二なソウルが囁いてますが、なんとか。」
「そ、そうか。頑張って自重してくれ。
ところで、ベアトリスが思いついた方法があるんだが、試してみるか?」
白狼の言語力と表現力は当てにならない。
藁にも縋る気持ちで、いっちょ試してみますか。
「ベアトリスさん、よろしくお願いします!」
ごきっ、ボキリ、という指の関節を鳴らす音と共に、身長2mの熊獣人の巨大メイドさんが、満を持して俺の前ににっこりと立ち塞がった!
あれ、なんだろう、嫌な予感が……。