第35話 ガンマニアになったった
街道に横たわる、毛むくじゃらの怪物の死体。
熊のような体形で、牛ぐらいの大きさがある、豚のような顔つきの狼?のようなモンスターだ。
心眼で鑑定したそれは、<猪狼熊>。
猪なのか狼なのか熊なのか、はっきりしろ。
ほんの数秒で倒したその数は、30体以上ありそうだ。
そして、ほとんど一発で怪物を仕留めたイゾの拳銃。
その武器を見てマウザーが発した言葉。
「黒鉄の勇者、か。」
頬をポリポリと掻くイゾ。
「俺っちが勇者やってたのは、10年も前の話だよ。
今は辺境の貧乏領主さ。」
照れているのか、と思いきや、遠い目で寂しげな横顔をする中年。
これで腹が出てなかったら、ちょっとかっこ良かったかもしれない。
「失礼しました。
あの時救われた者の一人として、一言お礼を申し上げたかったのです。」
頭を下げて、その場を後にするマウザー。
怪我をした冒険者の様子を見に行くようだ。
ファリーネもそちらに向かったので、俺の聖魔法は出番ないな。
じっと見ている俺の視線に気づいたのか、イゾが弁解するように言う。
「魔王を倒してこの世界に残る選択をした時、勇者じゃなくなったんだよ。
今の俺っちは、正真正銘、ただの貧乏男爵さ。」
「この世界に残った、ということは、元の世界に戻るチャンスがあったんですか?」
「ああ。
異世界転移した勇者が魔王を倒すと、ゲートが現れる。
そのゲートに吸い込まれると、『狭間の世界』へ行くんだ。」
転生した俺やファリーネには関係ない話だが、転移した愛理なら戻れる可能性があるのか。
「本当は、そこから元の世界へ転送されるはずなんだけどな。
転移した時にも会った、天狗の面を被った男に言われたんだよ。
『望むなら、この世界に残ってもいい』ってな。」
天狗の面を被った男。
俺や愛理をこの世界に送り込んだ、自称『風神ティターンダエル』だ。
『自分はただの公務員ですよー』とかほざいてたが、異世界人をこの世界に集めて、何の得があるんだろうか?
目的はノルマか? 昇給か? 昇進なのか?
「なんでも、この世界に存在できる勇者の数には上限があるらしくてな。
新しい勇者を任命するために、勇者の称号を返納するのがこの世界に残る条件だったのさ。
勇者の称号を失って、HP・MPやステータス値はごっそり減っちまった。
LVが残ってたのが救いだけどな。」
「……後悔、してるんですか? この世界に残った事を。」
「いや。
惚れた女も、共に戦った仲間も、俺っちを頼る連中も、この世界にいる。
俺っちの居場所は、ここなんだ。
……だが、未練が無いわけじゃない。
両親は俺っちが生きてることを知らねぇ。
長男だってぇのに、老後の面倒も見てやれねぇ。
年くってきたらよぉ、そんなことが気になってくんのさ。」
両親かぁ。
うちは姉ちゃんが婿とって家業継いでくれてるから、親の老後は大丈夫だろう。たぶん。
「おっと、戻れねぇにーちゃんに、こんな話は酷だったな。
すまねぇ、忘れてくれ。」
そうだな、話題を変えよう
「ところで、6連発って?」
「ああ。
回転式拳銃のことをそう呼ぶのさ。
チート武器に拳銃を選んだ勇者が他に居なかったせいで、俺っちの代名詞みたいになっちまってよ。」
「じゃあ、その拳銃が勇者のチート武器なんですか?」
確かに、モンスターをあっという間に倒していた。
範囲攻撃魔法なら襲われた冒険者を巻き込んでいただろうし、単体攻撃魔法ならあれほどの連射速度は望めないだろう。
でも、魔王に通用するような武器には見えない。
「こいつはレプリカさ。
風の基本魔法ウインドを回転弾倉に圧縮して、『爆』の呪弾を飛ばしてるんだ。
本物は、ファリーネのアイテム・インベントリに預けてある。
今の俺っちのMPじゃ、一発撃つのが精一杯なんでな。」
「MP、ってことは、魔力を使う武器?」
「おう。
にーちゃんも勇者流剣術使えんだろ?
魔力の刃を飛ばす『光刃』って技があるんだが、それを拳銃から発射してると思えばいい。
にーちゃんくらいMPがあれば、マシンガンみたいに連射できるぜ。」
なにそれ! ちょっと欲しいかも。
人化した状態では、ムラクモを振り回すことはおろか、持ち上げることすらできないだろう。
腰にナイフをぶら下げているが、これはナタ兼包丁の生活用品だし。
神殿騎士から奪った剣がアイテム欄にあるけど、剣道の経験もない俺が、普通の剣を振り回してもね。
つまり、人化解除しない限り、俺は戦力外なのだ。
その点、拳銃なら照準を付けて引き金を引くだけだから、俺でも扱えそうな気がする。
「おっ?
興味あんのか、にーちゃん。
へっへっへ。
やっぱ男の子はそうでなくっちゃな。」
俺の目の輝きを見て、嬉しそうなイゾ。
完全に、コレクションを自慢するマニアの表情である。
戻ってきたファリーネに、「オリジナル出してくれ」と声を掛けた時。
「アイザルトっ!!」
「だんな様っ!!」
アルタミラと獣人メイドが同時に警告の声を上げた。
――――――――――――――――――――――――――――
2D探知画面で見ると、数百もの赤い輝点が、まとまった動きを始めている。
その中心に居るのが、群れのリーダーか? 判別は付かない。
2D画面では、大きさや種類まで分からないからな。
「アルタミラ、何だかわかる?」
「この臭い。
たぶん、上位種ね。
もしかすると、魔王の候補者かもよ?」
魔王!
そんな設定もあったな。……すっかり忘れてた。
「まじぃな。
こいつらが街を襲えば、リーダーが魔王に進化するかもしれねぇ。」
既に、前方の街道に現れた集団だけでなく、森の中にも赤い輝点が押し寄せている。
背後に回り込まれれば、完全に包囲されてしまうだろう。
俺達だけなら、アルタミラが竜化してブレスで一掃、で話は簡単だが。
マウザー達に、俺達の正体を見られたくない。
しかし、想定外の敵の数。
人化したままではマウザー達を見殺しにしてしまう。
(どうしよう?)
俺がおたおたしている間に、イゾが指示を出す。
「冒険者達は、馬車から馬を放して、分乗して後方へ応援を呼びに行け!
ここは俺達で何とかする!」
馬は馬車1台につき1頭で、6頭。
マウザー達が4人に、逃げてきたPTが5人。
馬車の速度では逃げ切れないが、1頭に二人乗りすれば、十分逃げられる。
「しかし、それでは、貴方達が!」
マウザー達が踏み止まろうとする。
「おめぇらが居たところで足手まといだ!
ここは、元勇者と聖者に任せて、早く逃げろ!」
なんか死亡フラグみたいだな。
俺達に目礼して走り去るマウザー達。
「これで、にーちゃん達も本気出せるだろ?」
「ええ、助かりました!
でも、イゾさん達は?
ファリーネさんだって居るのに。」
「俺達のこたぁ心配いらねぇよ。」
ファリーネが差し出した竹竿のようなものを地面に6本突き刺して、そこに縄を張り巡らせ直径3mほどの結界を作ると、何やら唱え始めるイゾ。
「あめつちにしろしめすおんかみのかごにてめいず、このちにじゃあくのおしいるべからず――『禁!!』
これで、敵さんはここに入れねぇ。
ここから後ろへ抜けようとする雑魚はまかせろ。
おめぇらは、ボス相手に暴れてきな!」
これが禁呪か。
弾丸に呪いを込めたり、結界を張ったり、陰陽師系のスキルなのかな?
イゾには似合ってないけど。
「分かりました!
ベアトリスさん、イゾさんの目隠しお願いします。」
「なに、……まさかの着替えシーンだとぉ?
待て、ベアトリス、ちょっとだけ、むぎゅぅ……。」
気持ちは分かるが、見せません。
胸にイゾの頭を挟んで掌で目隠しするベアトリスに手を振ると、俺とアルタミラとカゲミツの衣服を亜空間に収納。
「アルタミラ、カゲミツ、頼む!」
一斉に人化解除すると、空に舞うアルタミラとカゲミツ。
そして、巨大化した俺は全裸で大地に着地する。
「じょわっ、へあっ!」
この解放感!
なんだろう、だんだんフ○チンが癖になってきたような……。
「にーちゃん、いいから、さっさと行けや!」
おっと、ポージングしてる場合じゃなかった。
「了解っす!」
ベアトリスの胸に挟まれたままファリーネの目隠しをしているイゾに手を振ると、俺はムラクモを召喚して握りしめ、群れの中心部へと走り出した。
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モンスターの種類は、さっきイゾが倒したヴォーグだけでなく、群れの中心付近には豚頭の人型や、鬼っぽい奴らが整然と隊列を組んでいる。
LVはバラバラだが、高くても50代だ。
LV40前後のマウザー達にはきついかもしれないが、LV200前後のイゾ達なら問題無い。
「グガアアアアアアァァァァッ!!」
上空でアルタミラが一声吠えると、一斉に恐慌に陥り、バラバラに逃げ出すモンスター達。
カゲミツが低空でアイスブレスを吐いている。
探知画面で、みるみる減っていく赤い輝点。
ダークブレスの毒素やファイアブレスの森林火災で、イゾ達を巻き込むことがないように配慮してくれたんだろう。
バハムート同様ライトニングも吐けるんだけど、俺やアルタミラに光属性の耐性が無いから遠慮してるんだな。
俺が何も仕事しないうちに、どんどん減っていくモンスター達。
カゲミツのLV上げのつもりなのか、アルタミラは直接の手出しはしないつもりのようだ。
まったく遮る者もなく、ボスのもとへと進んでいく俺。
そして、群れの中心に居たのは……。