第34話 護衛になったった
サミュエル商会の奥にある一室でイゾ達と話し合った後。
待たせていたシグのところへ戻った俺は、耳を疑った。
「聖者さんおせーな、何やってんだ?」
退屈そうに、床に置かれた壺の蓋を開けたり、毛皮を持ち上げてスンスン臭いを嗅いだりしているシグの独り言。
……意味が分かる!
「シグ! 分かる、分かるよ、何言ってんのか!」
ぎょっとした表情で振り返ったシグは、俺の言葉を聞いて一言。
「聖者さんが喋った!!」
なんだよ、その「ク○ラが立った!!」みたいな驚きぶりは。
今までだって喋ってたろ、日本語と念話で。
とにかく、その日、俺は『人族公用語』を使えるようになっていたのだった。
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いきなり公用語を使えるようになった理由として、考えられるのは、知力の値を上げたことくらいだな。
アルタミラから教わった公用語、記憶から引き出して使うことができなかっただけで、ちゃんと覚えていたらしい。
「いや~、よかった、よかった!
聖者さんって、無口だし、用がある時は念話でしか話してくんねえし、いっつも女の胸ばっか見てるし、内心大丈夫かなぁ、って心配してたんだぜ?」
「心配掛けてたのか、悪かったよ。
ってかシグだってアルタミラとカゲミツの胸見てんじゃん、チラ見じゃなくってがっつり見てんじゃん!?」
俺だけ不審者扱いとか納得いかんわっ!
一瞬にらみ合う俺達。
だが、すぐにどちらからともなく相好を崩す。
「直に喋れるってのはいいもんだな。
知ってると思うけど改めて自己紹介しとくぜ。
俺はアイギス冒険者ギルド所属のAランク斥候、シグ・ザウアーだ。
よろしくな、聖者さん!」
そっか、念話で必要なことしか喋らないと、やっぱり親近感湧きにくいよな。
笑顔と共に差し出された右手を握り返し、俺も自己紹介を。
「ああ、こちらこそよろしく!
俺のことは、聖者じゃなくってアイザルトって呼んでくれない?
冒険者ギルドの後輩になるんで、冒険者のことや、この街のこと、色々教えてくれたら助かるよ。」
「まかしといてくれ。
生活必需品からナンパスポットにデートコース、夜のお楽しみまで、この街のことで俺に分からねぇことは無ぇ!」
よ、夜のお楽しみ、だと!?
こうして、がっちりと握手を交わし、悪い笑みを浮かべた俺達は、冒険者ギルドへと向かうため、サミュエル商会を後にしたのだった。
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道々、冗談や下ネタの合間に、道行く人の服装に荷物や馬車を指さし、「これは何と呼ぶ、あれは何と言う?」とシグに物の名前を聞いたり通りの名前を教えて貰ったりしながら、ギルドへと辿り着いた。
傍から見れば、少し知恵の足りない人物に見えるであろう俺の質問に、シグは嫌な顔ひとつせず答えてくれた。
気さくで面倒見が良く、頼れるアニキ、って感じだな。
昨日、街の不良っぽい少年達に一目置かれていたのも分かる気がする。
2つ3つ年上だと思っていたら、実は同い年(20歳)と分かって凹んだが。
向こうは、俺のことを2つ3つ年下だと思っていたらしく、やはり驚いていた。
東洋人は若く見えるらしい。テンプレ通りに。
……決して、俺が小柄だからとか、童顔だからということではない、はずだ。
冒険者ギルドの扉を開くと、大勢の冒険者でごった返していた。
混むのは早朝という話だったが、この時間帯でも混んでるな。
「よぉ、マウザー! えらく混んでるな?」
待合スペースにいる大柄なマウザーを見つけ、挨拶をするシグ。
洞窟生活の時間稼ぎのため嘘報告をして貰った手前、マウザー達とは初対面の設定だが、俺も挨拶しておこう。
「初めまして。
Fランク新人のアイザルトです、よろしく。
シグさんと知り合って、色々教わってます。」
いきなり喋れるようになった俺にぎょっとするマウザーだが、なかなかのポーカーフェイスぶりを発揮した。
「ああ、よろしく。
それよりシグ、緊急クエストだ、カードを確認してみろ。」
Fランクの俺の冒険者カードには何の変化も無いが、シグのAランクカードの裏側には赤い文字が浮かび上がっていた。
文字数から見て、細かい内容までは書かれていないようだが、実に便利な機能だ。
何かの魔法かな。情報の届く範囲はどれくらいだろう。
そこに、ドワーフ女子のブレタが完全武装で現れた。
俺には軽い目礼をしたのみで、淡々と説明する。
「南の街道。モンスター多数。商工ギルド経由、緊急討伐依頼。報酬1.5倍。」
どうやら、南の街道沿いに、急にモンスターが多数出現したようだ。
普段とは違うあまりの数の多さに、行商人達から商工ギルドを通じて依頼があったらしい。
何か異変でも起きているのだろうか。
……まさか、とは思うが。
アルタミラとイクスの戦いで森が黒焦げの汚染地帯になったせいで、棲家を追われたモンスター達、とかじゃないよね……。
「コルスはどうした? もう出発したPTもあるというのに。
街道は物流の生命線だ。
この街に籍を置くものとして、なによりAランカーとして、民のため、率先して討伐に参加しなければ!」
マウザーのこうゆうところ、騎士らしくてかっこいいと思うんだ。
対するシグは、結構現実的だった。
「まぁ待ちなって。
どのみち、諸王国軍が出るまで収まらないんだ。
この状況じゃ、乗合馬車は運航停止、行商人も馬車を出さないだろ。
徒歩で行ける距離も知れてるしな。
俺達冒険者にできることは限られてる。
街の傍を固めて、こちらに来るモンスターだけ漏らさないようにしてりゃいいんじゃね?」
ブレタは無言。どんな結論でも従う、ということだろう。
コルスが居たら結論が出ただろうか。
しかし、馬車が無いと話にならないよな……って、あれ?
俺、ここに来た目的忘れてたよ。
「マウザーさん、実は……」
元々、獣人の集落の件でマウザー達に護衛を頼むつもりだったのだ。
イゾが集落まで馬車を出してくれるので、それに乗っていけば、モンスターの出現地域をハシゴしながら討伐もできるだろう。
「獣人達を馬車に乗せたら、一旦アイギスまで戻ります。
討伐依頼の報酬は、その時受け取ればいいでしょう。
その後も、できたら男爵領まで護衛をお願いしたいんですけど。」
「聖……アイザルト君の提案に乗らせて貰おう。
シグ、ブレタ、異存あるか?」
首を横に振る二人。
マウザーとブレタはサミュエル商会へ向かった。
俺とシグは、アルタミラ達を呼びに親父さんの酒場兼宿屋へ……、
おっと、忘れるところだった。
愛理との連絡は冒険者ギルド窓口で~という話だったが、この忙しさでは無理だな。
愛理宛てに、伝言を残しておこう。
伝言カードに、イゾ達と南の街道へ向かい、もう一度アイギスに立ち寄る旨、記入しておく。
カードを伝言掲示板に貼り付けると、俺達は酒場へ向かった。
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渋るアルタミラを説得し、メイド服を脱ぎたがらないカゲミツに懇願し、二日酔いのコルスにはキュアを掛け。
3人と合流して、サミュエル商会へやってきた。
そこで目にしたのは。
大きさも形もバラバラな、あまり上等とは言えない馬車が6台。
無理してかき集めた感じだな。
荷台は空だが、
「これで全員乗れるかなぁ?」
獣人達は40人以上居たはず。
ちょっと心配になるが、詰めれば一台に7~8人乗れるか。
「おぅ、来たな、にーちゃん。
手伝ってくれる冒険者達にも、馭者を頼んだ。
にーちゃんは、馭者、できるか?」
「いえ、無理っす。」
アルタミラ以外に、乗ったこと無いんで。
「ん、わかった。
じゃ、俺っちとベアトリス、冒険者4人で馭者をやろう。
にーちゃん達は、先頭の俺っちの馬車に乗りな。」
言われた通り、アルタミラ、カゲミツと共に先頭の馬車の荷台に乗り込もうとして、馭者台に場違いな人物を発見。
「ファリーネさん、あなたも行くんですか?」
「あ、うん。
イゾがこんなに張り切ってるの、久しぶりだから。
街道の方も賑やかで、何か面白そうだし。」
遊び半分かい。
まぁ、そこはLV104の聖女。
聖魔法の遣い手として役に立ってくれそうだけど。
「お店の方は大丈夫なんですか?」
「平気、平気。
イゾがアイギスの領主館を留守にする時は、大抵店を閉めて付いてくのよ。
私、一応イゾの養女だし。」
幼女が養女か。
この世界の両親とはどうなってるんだろう、とか俺が気にすることじゃないな。
こうして、サミュエル商会の前を出発した俺達。
馬車はイゾの貴族特権で検問を受けることもなく、アイギスから街道へと続く道を軽快に走りだした。
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馬車が走り出して小一時間。
先行していた冒険者PTが、モンスターに追われて逃げて来る場面に遭遇。
「おいっ! 引き返せ! この先は無理だっ。」
年配のリーダーらしき人物が、必死の形相でこちらに向かって叫んできた。
逃げ遅れた魔術師らしき人物が転倒すると、そこに躍り掛かる巨大な毛むくじゃらのモンスター。
「ウェスっ!」
仲間を助けようと反転しかけるPTメンバー達。
そこへ、
パパァァンッ。
いつの間に抜かれたのか、イゾの拳銃が火を噴く!
あっという間に、6匹のモンスターが頭を吹き飛ばされて倒れる。
銃声は2発分に聞こえたが、6発撃っていたようだ。
「右手で銃を構え、引き金を引いたまま、左掌で撃鉄を操作して撃つ、『ファニング』って撃ち方だ。
連射速度だけなら、近代的な自動式拳銃より早いんだぜ。」
撃ち終わった銃をファリーネに渡すと、続いて左の拳銃を抜いて撃つ。
その間に、ファリーネが回転弾倉を交換してイゾに渡す。
それが何回か繰り返されると、街道まで出てきたモンスター達は、殺されるか森の中へ逃げ帰るかして姿を消した。
もちろん、探知画面にはまだ多数のモンスターがひしめいているが。
馬車を降りて武器を構えていたマウザー達が近寄ってきた。
「すげぇ……!」
口笛を吹くシグ。
構えた弓を射る暇もなかったようだ。
大剣を握ったマウザーは、イゾの元へ来ると、膝をついて挨拶をした。
「その武器、『6連発』ですね。
……お目に掛かれて光栄です、『黒鉄の勇者』様。」