第30話 おのぼりさんになったった
人目に付かないよう、人化して林冠ぎりぎりの高度を飛翔してきた俺とアルタミラとカゲミツに、勇者で元同級生の愛理と、彼女を抱えたバハムートのイクス。
総勢5人の一行がアイギスの南大門に着いたのは、午後遅い時間だった。
大門から離れた森の中に着地し、街道まで出て、いかにも「ずっと歩いてきました」という顔で門前へ到着。
門前には、馬車に乗った行商人や、巡礼、冒険者達の列が出来ていた。
門限まで時間があるとはいえ、盗賊やモンスターを警戒し、暗くなる前には街へ着いておくのがこの世界の常識だ。
道中で夜営するなら、安全のために護衛を雇って隊商を組む必要がある。
そのような資金の無い行商人や、巡礼を乗せた乗り合い馬車は、早朝に街を出て、夕刻までに次の街や村へ着けるように移動するのだ。
どうやら、ちょうど混み始める時間帯に到着してしまったらしい。
しかし、イクスと愛理は、列を無視して入市手続の兵士が居る受付へと歩を進める。
日本人としては、ちゃんと列に並ばなくていいのか?と不安になるが。
人形のように表情を消し去った愛理が身分証を2枚掲示すると、一人の兵士が手をかざして鑑定魔法の呪文を詠唱する。
内容を確認し、驚きを見せる警備の兵士。
さらに、イクスがローブに付いている留め金を見せると、兵士の態度が恭しいものに変わる。
そして、愛理がいくばくかの金銭を渡すと、俺達はそのまま門を通ることが出来た。
兵士達の態度から、イクスがそれなりの地位を認められている人物であることは間違いなさそうだ。
並んでる人達には申し訳ないが、手続が簡単に済んで助かった。
……しかし、偉い人の権力で列に割り込む、ってのはあまり気分のいいものじゃないな。
次からは、自前の身分証でちゃんと列に並ぼう、日本人的に!
「ところで、警備兵の詰所で人物照会して仮入市証を貰え、って或る人から聞いてたんだけど、無くて良かったの?」
「イクスが身元保証人になったんだから、人物照会も仮入市証も要らないっしょ~。
入市税も人数分にさらに上乗せして払ったし~。」
「税金、出して貰ったんだね。
ちゃんと払うよ、いくら?」
冒険者のコルス達が、街に入る時の手続にと渡してくれた銀貨・銅貨を引っ張り出したが、
「あ~、いいって、いいって。
イクスのお金なんだから、私の懐は痛まないし~。」
「そ、そっか、ありがとう。」
なんか知らんが、ずいぶん性格変わったよな、齋藤さん、いや愛理は。
受付の兵士の前で見せた無表情な顔は、ちょっと昔の面影があったかもしれないけど。
そして、門を入ってすぐの広場で。
舗装された石畳の路面、木の柱に石壁?の、平屋かせいぜい2階建ての建物。
地味な麻の服を着た平民達のなかに、時折仕立ての良い服をきた裕福そうな商人らしき人物が護衛を連れて歩く。
行商人の荷馬車とはあきらかに造りが違う、乗客の快適さを追求した紋章入りの馬車が通る。きっと貴族のものだろう。
城壁に囲まれた、中世ヨーロッパ風の都市を目にした俺は。
(なんというか、安定の異世界ファンタジーだな。)
転移石とかワープ技術っぽいものがあると聞いていたので、もしかして機械文明もそれなりに発達しているのかと思ってたのだが、テンプレ通りの剣と魔法の世界らしい。
何故かほっとしてしまうのは、アニメやゲームとかのサブカルチャーに毒されている証拠かも。
ボーっと周りを見回して完全におのぼりさんと化していた俺の鼻先に、イクスがいつの間にか巻物を突き付けていた。
< 冒険者ギルドで登録するのであろう?
この書状を持って、ギルドへ行き、身分証を作ってくるがよい。
我は忙しいのでな。
後は愛理が案内をしよう。 >
羊皮紙っぽいざらざらした紙の巻物に、蜜蝋で封がしてある。
ローブの留め金と同じ紋様の指輪が、蜜蝋を溶かして封をする時の刻印になっているようだ。
愛理はと見れば、ちょうど、携帯用のペン&インク壺セットと蜜蝋の塊と小さい画板のようなものをアイテムインベントリに収納するところだった。
この場で書いたのかよ!
どうも、愛理はイクスの秘書みたいな感じだな。
これで普段の喋り方がわざとらしいギャル語でなければ、普通に美少女なのに。
……まぁ、俺はハーレムとか作れるガラじゃないから、関係無いけど。
軽く片手を挙げて去っていく長身イケメン金髪中年を見送った俺達は、愛理の先導で冒険者ギルドへ向かうことにする。
コルスが言ってたシグの親父さんの酒場には、後で顔を出しておこう。
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アイギスの街は、中央にかつての王城、現在は諸王会議の会場となる議事堂を擁する宮殿区画があり、その周りを貴族街、さらにその周りを平民街となるように、城壁によって区画されている。
平民街と貴族街の境界となる門には警備の兵が立ち、生鮮食品を運ぶ商人以外の平民が立ち入ることはあまり無いそうだ。
街全体を守る外壁には南と北の2つの大門しか無いのだが、貴族街を囲む内壁には東西南北4つの門がある。
冒険者ギルドは、平民街の一角、貴族街西門のすぐ傍にあるらしい。
南大門前広場からだと、アイギス大通りに沿って貴族街南門まで北上し、そこから内壁に沿って貴族街西門まで行くのが最短で迷わずに行けるルートだそうな。
そんな訳で、俺達は貴族街南門に向かってアイギス大通りを歩いていた。
アイギス大通りは、南北に走る、この街のメインストリートである。
大きな商館が軒を連ね、人や荷馬車が行き交う。
その大通りに交差するように、何本もの通りや路地が東西に走っている。
ある通りとの交差点に差し掛かった時、もの凄く違和感を覚える光景に出くわした。
上半身は赤い蛍光色のプリントシャツ、下半身は膝上までの短パン、足元は裸足にサンダル、そして、何故か腰にガンベルトで二丁拳銃という、滅茶苦茶な格好のおっさん。
オモチャの二丁拳銃をぶら下げた子供が、そのまま大きくなってしまったような痛々しさだ。
その背後に、メイド服のようなものを着て、首輪と手甲、脚甲をつけた女性。
そんな格好の背の低い黒髪のオッサンと、付き従う大柄な女性が、左の通りから歩いて来て挨拶をした。
「よ~、愛理ちゃん! おひさしブリ大根! 元気してる~?」
予想はしていたが、日本語だった。
どこに出しても恥ずかしいオヤジギャグと共に、片手を挙げて近付いてきた厨二っぽいおっさん。
無駄に太くて男らしい眉毛が暑苦しい、小太りのナイスミドルだ。
近付いてみると、背が低いおっさん、というのは間違いだった。
冒険者のマウザーよりは低いだろうが、背は180以上あるだろう。
背後のメイドっぽい女性が大きすぎるせいで、錯覚したのだ。
女性の身長は、どう見ても2mを超えている。
親しみやすい造形の顔立ちは美人だが、無表情。
長い茶髪から覗く耳は、丸味を帯びて獣毛に覆われている。
獣人のようだ。
そして、巨大な胸の膨らみは、マジでスイカ入れてんの、ってサイズ。
メイド服に似ているがちょっと違うと感じたのは、腰から胸の下を絞り上げて、胸を強調するようにデザインされているからだ。
某ファミレスの制服に近い感じ。
首輪から察するに、奴隷、ということか。
思わずドン引きする俺の横で、頭を下げて挨拶する愛理。
「お久しぶりです、イゾさん。」
愛理の態度は、親しげとは言えないが、丁寧なものだ。
俺も、空気を読んで挨拶しておこう。
「初めまして、こんにちは。
愛理の友人で、相澤広人と申します。
この世界ではアイザルトと名乗ってます。」
「お~、やっぱり日本人か!
俺っちは、井園勝雄だ。
こっち来てからはイゾって呼ばれてる。
よろしくな、にーちゃん!」
念のため、心眼スキルで確認すると、≪イゾノ カツオ≫ヒューム(商人)LV16、となっている。
勇者じゃなくて、ほっとした。
しかし、色々とツッコミどころが多すぎて、どこから突っ込んでいいのやら。
俺がどうでもいいことに悩んでいると、イゾの視線が、愛理と俺、後のカゲミツ、そしてアルタミラへと向かう。
アルタミラに向いた視線は釘付けで、鼻の下が伸びている。
「ぉう! 色っぽいねーちゃんだなぁ。
人間だったら、是非お付き合い願いたいところだったぜ。」
(ウチの嫁を変な目で見るな!)
ムッとしかけた俺は、ある言葉にゾッとした。
今、人間だったら、って言ったよな?
「イゾさん、もしかして人物を鑑定するスキルを……?」
スキルに心眼とか無かったはずだが?
ニヤリと笑う中年。
「ぉお、安心しな。 言い触らしたりしねぇよ。
しっかし、おめぇさんも、変わった種族に転生して難儀だなぁ。
黙っててやる代わりによぉ、……そっちの色っぽいねーちゃん一晩貸してくれや?」
厭らしい顔付きで舌舐めずりしそうな中年。
(この野郎っ!)
人化を解いて踏み潰してやろうか、と思った瞬間、獣人のメイドがおっさんの背後に近付くと、
「ダンナ様、危なーい。」(棒読み)
太く尖った爪の生えた右手の掌で、おっさんの頭を張り飛ばした!
「おぶっ!?」
重力を無視したかのように、華麗に回転しつつ宙を舞うおっさん。
「危うく、お顔を毛虫に刺されるところでしたわー。
あら。
眉毛でしたかー、間違えました、うふふ。」(棒読み)
今の、死んだか?
と、思いきや、むっくりと体を起こす中年。
「痛ぇよ、ベアトリス!?
冗談に決まってんだろ、お前が居るのに浮気なんかできるわけ無ぇっての。」
あの打撃を受けて、なんともないのか?
冒険者でもない、LV16の商人が??
毒気を抜かれてポカーンな俺。
興味なさそうなアルタミラ、びっくりしているカゲミツ、そして、能面のように無表情な愛理。
巨大獣人メイドは、俺の前に来ると、二コリと微笑みながら頭を下げた。
「ごめんなさいね、質の悪い冗談だから、気にしないで。」
こちらも日本語だ。
「日本語ってことは、あなたも、転生者なんですか?
それと、首輪してるのは?」
奴隷だとしたら、主人に暴力振るって大丈夫なの?
「日本語は、ダンナ様から教わりました。
首輪はご想像通りで、私はダンナ様の奴隷です。
10年前、ボロボロになって捨てられたところを、奴隷という名目でダンナ様に保護されました。
ダンナ様は、見た目は脂ぎって厭らしい中年で、中身も脂ぎって厭らしい中年ですが、それほど悪人じゃありませんよ。」
そうか、脂ぎって厭らしい中年か。
……どこを信用しろと?
「痛てて、<地癒!>」
心眼で確認した時、スキルに無かったはずの地魔法を掛けるおっさん。
どうなってるんだ?
「にーちゃん、すまんすまん。
冗談だから気ぃ悪くすんなよ?」
そう言って、暑苦しい顔に爽やかな笑顔を浮かべるという高等技術を発揮するおっさん。
「それじゃあな、愛理。
例の件、イクスに頼んどいてくれよ。
それと、にーちゃん、こっち来てから、色々足りないもんや欲しいもんあんだろ?
うちは色々取り扱ってるからよぉ、暇な時にのぞいてくれ。
んじゃあな!」
手を振り去って行く珍妙な男女を見送り、どっと疲れた俺。
俺達の正体を知った上で、敵にならなかったのはありがたいが。
「……あ、店がどこにあるか聞くの忘れた。」
まぁ、そのうち愛理に案内して貰おう。
俺達は、再び冒険者ギルドへ向かって歩き始めるのだった。




